時の詩
俺の名前はゴードン。
とある国で軍人をしている虎獣人だ。
俺たちの国は獣人だけが集まって出来た国。
今でこそ物好きな人間も混じってはいるが、もともとは人間に迫害された獣人が集まって出来た国だった。
それゆえに、他国との関係は決して良好ではない。
今回のように、戦争一歩手前の小競り合いも決して珍しくなかった。
「将軍!」
野営のテントに部下が飛び込んでくる。
「動きがあったか?」
俺の言葉に部下は首を縦に振った。
「使いの者がこれを。」
そういって丸められた羊皮紙を差し出した。
俺はそれを手に取って中に書かれた文章を読む。
そこには一時休戦の旨が記されていた。
休戦といっても何年も続くようなものではない。
数日、あるいは数週間しか続かないかりそめの休戦。
互いに準備を整える期間を持とう、というような意味だ。
俺たちの戦争にはルールがある。
誰が決めたのかは知らないが、闇討ち、不意打ち、奇襲など正面から正々堂々と闘わないことは禁じられていた。
そしてそれは幸いにも俺たちの国にも適用されている。
もしルールのない戦いを経験してきたものがいたとすれば、俺たちの戦争を「戦争ごっこ」と言って笑うだろう。
俺自身、そのように感じている面があるからだ。
だがもしそうなれば部下の命や、国民の命が数多く奪われる。
そうなるのは、さすがに俺もごめんだった。
「将軍、どちらへ?」
「散歩だ!」
振り上げたこぶしを下ろせぬまま、俺は滾る血を抑えるための日課をこなすことにした。
最低限の装備以外をはずして森の中へと入っていく。
こういうときは部下にも会わず、一人気を静めるに限る。
俺は野営から離れるようにゆっくりと歩みを進めた。
いつもの散歩コース。
もう一月以上になるにらみ合いの間に、俺は自分が歩くコースを決めていた。
「ん・・・。」
ふと、いつもと違う道が目に付いた。
藪が茂り入れないと思っていた場所に、よく見るとうっすらとした道がある。
こんなところに獣道があったのかと、俺は探検気分でそこを歩いた。
左右から襲い来る藪をなんとか掻き分けながら俺は前へ進む。
そして、突然視界が開けた。
目の前に広がる大きな湖。
そして、その澄んだ水の中に女神がたたずんでいた。
正確には、黒く長い髪を腰まで届かせた全裸の女性。
だがその神々しさから俺は彼女を女神だと思った。
呆然としたまましばらくその人間を見つめる。
俺が我に返るのと、彼女が俺の存在に気づいたのはほぼ同時だった。
「きゃあっ!」
彼女は両腕で胸を隠しその場にかがみこむ。
男の俺に裸を見られたのだ、正常な反応だろう。
「す、すまない!」
なぜか俺も自分の勃起を手で隠し、後ろを向いた。
「み、見ていないからとにかく服を着てくれ。」
俺の言葉にしばらく沈黙が続く。
そして、ぱちゃぱちゃと水音が近づいてきた。
その音が俺の後ろで足をとめると、今度はごそごそと衣擦れのような音が聞こえる。
「もう・・・いいですよ。」
美しく通る声を聞き、俺はその場で振り向いた。
簡素な服を来て、長く解いていた髪を両手でひとつにまとめている。
俺はそんな何気ないしぐさに見とれていた。
「あの・・・?」
大きなおさげを作った彼女はいつまでも口を開かない俺に怪訝そうな表情を浮かべた。
その言葉に俺は再び我に返る。
「あ、いや、すまん!覗くつもりはなかったんだ!」
俺は慌てて弁解の言葉を並べ立て、その場を取り繕う。
おそらく今の俺は赤面していることだろう。
女性と話すだけでこんなに緊張するのは、生まれてこの方初めてだった。
「いえ、私も無用心でしたし・・・。」
俺のとっさの言葉に彼女は丁寧に返事を返した。
伏し目がちにゆっくりと話すその言葉に俺は思わずペースを乱される。
「ええと・・・なんだっけな。」
何か話したいと思うが言葉が出てこない。
そんな俺の顔を見つめていた彼女は、突然何かに気づいたような表情を見せた。
「あ。」
そういって彼女は口元を押さえる。
「すいません、申し送れました。
私、アリスと申します。」
そういって深々と頭を下げる。
「あ、ああ。名前か。
俺はゴードンだ。」
そういって俺は右手を差し出した。
彼女は笑顔でそれを握り返す。
彼女の手は、とても柔らかかった。
次の日から俺は今まで一定しなかった散歩の時間を、特定の時間に決めて行うようになった。
そして、必ず湖へと足を運ぶ。
そこには必ずといっていいほど彼女の姿があった。
彼女は相変わらず湖で水浴びの習慣を続けており、その場面に出会うこともしばしばあった。
もちろんそんなときは覗かないように注意しながら、彼女が湖から出るのを待つことがルールだ。
俺と彼女はすぐに打ち解けた。
彼女の話は俺の知らないことが多く、俺の話は彼女にとって興味深いものだった。
二人の時間は、俺にとって殺伐とした戦いの中の一服の清涼剤だった。
「ほらこれ。」
そういって彼女は足元に生えていた草を摘み取る。
「これ、すりつぶして傷口に塗れば薬代わりにもなりますし、
おひたしにしてもおいしいんですよ。」
そういって手にした薬草を俺に渡してくれる。
「なるほど・・・俺たちは怪我しても舐めて治すことが多いからなあ。」
そういって俺は頭をぼりぼりとかく。
そんな俺を見てアリスはおかしそうにくすくすと笑った。
俺も一緒になって照れ笑いを浮かべる。
戦争という非日常の中で、俺たちは交友を深めていった。
もちろん、俺にとってはただの友達関係で終わらせたくはない。
彼女もはっきりとは口にしないが、俺のことを憎からず思っているようでもあるし。
そう思って、俺は歩きながらそっと彼女の手を握った。
彼女の肩がぴくりと反応する。
そして、彼女は弱々しく、けれど確かに俺の手を握り返してきた。
「アリス・・・。」
それから俺たちの中が進展するのに時間はかからなかった。
俺が口付けを求めれば彼女は目を閉じてそれを受け入れる。
彼女の柔らかな舌を俺の大きくざらついた舌が捉える。
「ん・・・。」
一度顔を離しお互いの顔を見つめ合う。
潤んだ彼女の瞳はとても扇情的だった。
それだけで、俺は時分を抑えられなくなる。
俺は彼女をその場に押し倒した。
「いいか・・・?」
俺の問いかけに、彼女は無言で口付けることで答えた。
俺の手が、服の上から彼女の胸に触れる。
そのふくらみは俺が力をこめれば、存在を主張するように押し返してくる。
俺は彼女に優しく口付けながら、服の下に手を這わせた。
俺の大きな手を受け入れられずに、彼女の服のボタンが一つ、はじけ飛んだ。
慌てて俺は手を抜き取る。
「大丈夫、後で直しますよ・・・。」
そう言って、彼女は自ら衣服を脱いだ。
上衣を脱ぎ、下着姿になる。
「アリス・・・綺麗だ・・・。」
俺は彼女の露出された肌を舌でなめ上げた。
彼女の口から小さな喘ぎがもれる。
俺は我慢できずに、彼女の下着を剥ぎ取った。
ずっと隠れていた彼女の毛が俺の前に晒される。
「アリスッ!」
俺は興奮して、横たわる彼女の股間に顔をうずめた。
舌を伸ばし、彼女の粘膜をなめまわす。
「あっ、ゴードン・・・。」
彼女が俺の頭を抱え体をくねらせる。
彼女の動きに合わせて、体の下にある草がガサリと音を立てた。
俺は彼女の腰を押さえ込むと舌を彼女の内部へと這わせる。
「ああっ!」
彼女の口からは更に大きな声が漏れた。
ぴちゃぴちゃと湿った音があたりに響く。
誰かが歩いてくれば音に気づかれてしまうだろう。
アリスは体をのけぞらせながら俺の肩を握り締める。
俺は上に手を伸ばすと、彼女の豊満な胸を優しくもみ始めた。
「やっ、ゴードン・・・。」
彼女の動きが大きくなる。
俺の手で、舌で彼女が感じているのだ。
俺はいったん体を起こし彼女から離れた。
アリスは不思議そうな、それでいて快感で上気した顔で俺のことを見上げている。
「もうきつくてな。」
そういって俺は自分の前をくつろげた。
下着の中に押し込められた雄の象徴が大きく張り詰め、天を衝いている。
アリスはそれをじっと見つめて、ごくりとツバを飲んだ。
「怖いか?」
俺が耳元でささやくと彼女は首を横に振った。
そしてそっと俺の股間に手を伸ばす。
彼女の手が俺に触れると、俺は思わず体を震わせた。
快感で思わず息をのむ。
彼女の手によって下着が引き下ろされると、俺自身が大きく跳ね上がった。
「凄い・・・。」
アリスの口から感嘆の言葉が漏れた。
柔らかな手が俺を撫でまわす。
その刺激で俺の先端からだらだらと透明な液体が溢れ出した。
「すまん、我慢できない。」
俺はそう言って彼女の入り口に自分の剛直をあてがった。
彼女の体が小さく震えている。
俺は彼女の中に入らないように注意しながら先端を彼女にこすりつけた。
「あっ・・・。」
腕を俺の首に絡ませ、悩ましげな表情を見せる。
俺はゆっくりと腰を前後させた。
彼女の感覚が俺の先端に伝わる。
それだけで俺はイってしまいそうに気持ちよかった。
いったん腰の動きを止め、名残惜しさを感じながら彼女から離れる。
獣人である俺のサイズは彼女には少々きつい。
俺を受けいれられるように、俺は彼女の入り口を指でほぐし始めた。
「んっ・・・。」
小さな声を上げて彼女は俺の指を受け入れた。
唇をかんで必死で耐えている。
彼女が絶えるのは苦痛か、快感か。
「大丈夫か?」
俺がそう聞くと彼女は小さく頷いた。
十分に湿ったのを確認して、俺は指を引き抜いた。
「行くぞ・・・。」
俺は先端をあてがうと、ゆっくりと侵入を開始した。
やはりサイズが違うのか、彼女の中はかなりきつく俺の侵入を拒んでいる。
俺は彼女の腰を抱えると先ほどより力強く彼女の中へ押し入った。
「あああっ!」
アリスはたまらず声を上げる。
「入った・・・ぞ。」
彼女は俺をきつく締め上げていた。
だがその中の肉は柔らかく、俺の全体を刺激する。
「アリス・・・。」
俺はゆっくりと腰を引き、再び最奥へと腰を進める。
それに反応するように彼女は嬌声を上げ、四肢を俺に絡み付けてきた。
俺は彼女の腰を抱え上げると、そのまま持ち上げて向かい合わせで座る。
「ゴ・・・ドン・・・。」
彼女が弱々しく俺の名を呼んだ。
ソレに答えるように俺はゆっくりと腰を振る。
「はんっ!」
彼女が再び大きな声を上げた。
感じてくれているようだ。
俺もまた、彼女に絞り上げられるような感覚に陥り快感で尻尾を暴れさせる。
彼女の胸に顔を埋め乳首をなめると彼女はそれから逃れるようにのけぞった。
それでも俺は腰の動きだけは止めない。
俺が奥を衝くたびに彼女の口から小さく息が漏れる。
俺も彼女も快楽に没頭していた。
やがて、彼女が絶頂を迎えた。
「あっ・・・はぁっ・・あああああっ!!!」
大きな声を上げ、前身をびくびくと震わせながら俺にしがみつく。
それと同時に彼女の柔らかな肉が俺のペニスに押し付けられる。
「俺も・・・もうダメだ・・・。」
そう言いながら俺は彼女を押し倒し、激しく腰を振る。
パン、パンと腰をぶつけ合う乾いた音があたりに響く。
「イくッ!」
そして俺は動きを止め、彼女の奥に自分のタネを吐き出した。
何度も何度も彼女の中に射精する。
射精が終わっても、俺たちはつながったままでいた。
「アリス、愛してるよ・・・」
俺たちは熱い口付けを交わした。
こうして俺たちは結ばれた。
この後も、何度となく俺たちは肌を重ねた。
やがて、休戦が終わる頃。
空は黒い雲で覆われ、今にも雨が降ってきそうな日。
俺たちは、いや、俺は真実を知ったのだ。
「将軍!」
部下がテントの中に飛び込んできた。
「敵の将軍が一騎打ちを申し込んできました!」
俺はその言葉に、自分の耳を疑った。
一騎打ちなどとうの昔に廃れた文化だと思っていたからだ。
「将軍…、いかがなさいますか?」
俺が呆然としていたせいだろう、部下は心配そうに俺に声をかけた。
「…受ける。」
そう言って俺は剣を取るとテントを出た。
誰にも邪魔されず、トップ同士での勝負。
それでケリがつくのなら、部下達を無駄に死なせる心配も無い。
俺が勝てば、それで終わりなのだ。
そう思い、俺は敵の将軍が待っている場所へと急いだ。
そこで、俺は事実を知った。
「アリス・・・?」
相手の将軍を見て、俺は思わずそう呟いた。
相手の将軍は、どうみても俺が愛した女。
アリスだった。
俺の動揺も気にとめず彼女は叫ぶ。
「我が名はアリシア・マリクドール!
ゴードン将軍とお手合わせ願いたい!
私が負ければわが軍の負けを認めよう、
私が勝てば、そちらの軍の負けを認めてもらいたい!」
鎧を着たアリスは、辺りに響き渡る声でそう言った。
俺はあまりのことに思わず呆然としてしまう。
アリスは俺のことを知っていたのだろう。
でなければあんなに平然としていられるとは思えない。
「将軍!」
後ろから部下に声をかけられ、俺は我を取り戻した。
後ろにいる自分の部下達を見てから、再び彼女に視線を戻す。
白い鎧に、何時もと違いまとめられた黒い髪。
そして強い意志を秘めた瞳。
「…わかった。」
そういって俺は剣を抜いた。
アリスは無言で腰に下げていた剣を抜く。
彼女の剣は俺よりもずっと短く、細かった。
鎧も非常に小さなもので必要最低限のものしか身に付けていない。
それらの装備品や、普段のアリスの動きを考えればスピードでこちらを圧倒するタイプだと予測がついた。
たいして俺は大きな剣にしっかりとした鎧を着込んだ重戦士。
だが、それでも獣人は人間と比べて桁外れの筋力を持っている。
重い装備を着込んでいても彼女のスピードに引けをとるつもりは無い。
最初に動いたのは彼女だった。
両手で剣を構えると、姿勢を低くしてこちらに駆け出してくる。
それに合わせるようにして俺は彼女に向かって走った。
彼女は俺とぶつかる前に、大きく横へ跳ぶ。
「ッ!」
咄嗟に横を向いて剣を構えた。
予想通り、素早い彼女は横に飛んだ後、再びこちらへと身を躍らせていた。
彼女の鋭い剣が俺の剣とぶつかり大きな金属音を立てる。
勢いを殺さぬまま、彼女は俺の横を通り過ぎ間合いを取った。
俺は後ろをとられまいと再び彼女の方を振り向く。
そこには既に剣を構えたアリスが迫っていた。
「クゥッ!」
剣でのガードは間に合わない。
咄嗟にそう判断した俺は彼女の剣筋に自分の二の腕をぶつけた。
ガキン、と音がして俺の肩に鈍痛が走る。
鎧で防いだとはいえ、彼女の振るう剣の衝撃が関節に伝わったのだ。
速い。
彼女の速さは俺が予想していたよりもずっと上だった。
何とか防御に回るのが精一杯だ。
第三撃にそなえて俺は再び後ろを向く。
そのときには既に、小さく飛び上がり剣を上段に構えたアリスが目前まで迫っていた。
俺はそれを防ぐために剣をかざした。
俺の剣と彼女の剣が交わり、そのままの姿でお互いに一瞬動きが止まる。
「もらった!」
そういった彼女は、左手を俺の腹に向かって伸ばしてきた。
彼女のか弱い力では鎧の上から俺にダメージを与えることは出来ない。
だが嫌な予感を感じた俺は、彼女の剣が前腕に引っ掛かるのを承知で咄嗟に後ろに飛んだ。
彼女は俺を追ってくることはしなかった。
俺はそのまま間合いをとると再び剣を構えなおした。
彼女の剣に切り裂かれた腕から血が滴り落ち、地面に吸い込まれていく。
それにも構わず俺はじっと彼女を見詰めた。
もしかしたら、という思いがあった。
そして、俺は彼女の左手に黒い塊を見た。
「『能力者』…なのか?」
『能力者』。
それはこの世界に確かに存在するイレギュラー。
この世界には魔法というものが存在する。
一定の手順(儀式)を踏むことで火をおこしたり、風を吹かせたりする力のことだ。
だが『能力者』は魔術師とは違う。
『能力者』はなんの手順を踏むことも無く、自らの意思で力を行使する。
ただし、魔術師のように何でも行えるわけではない。
『能力者』が使えるのは生まれつき持った一つの力のみ。
例えば、俺が持つ「物事の本質を見る力」のように。
「あれだけで、気づいたんだ…。」
彼女はそう呟いた。
それは、俺の言葉に対する肯定でもあった。
「…俺もそうだ。」
彼女はへぇ、というような顔で俺を見た。
「ということは…感知系の能力ってことだね。」
そう言う彼女は、今まで俺が愛した女とは別人のようだった。
どこかこの戦いを楽しんでいる、俺には彼女の表情がそう見えた。
「これ、見えるんでしょう?」
そう言って彼女は左手をこちらに見せた。
本来はそこには何も見えないだろう。
だが「本質を見る」ことができる俺の目には、黒い塊が写っていた。
よく見ればそれは内側に向かって渦巻いている。
まるで、空気が圧縮されているように。
そして俺は理解した。
あれは、重力の塊だ。
「重力を操るのか…。」
俺の言葉に、彼女はさすがに驚いた顔を見せた。
だがそれも一瞬のこと、すぐに冷静な顔に戻る。
「正確には『圧力』、だね。」
空気が渦巻いて見えるということは、おそらく空間がその部分に圧縮されているということ。
風ならばそれが黒く見えることは無い。
そう考えて俺は重力と判断したのだ。
彼女はニヤリ、と笑うと剣を鞘へと戻した。
その右手には、やはり圧力の塊が見える。
「もう剣は必要ないでしょう?」
そう言って、彼女は一瞬悲しそうな瞳を浮かべた。
そして、再びこちらに向かって走り出す。
その瞳は何かを決意しているかのようにも思えた。
俺は慌てて頭を戦いに切り替える。
あれを剣で受けることは出来ない。
先にこちらの攻撃を当てるか、かわすしかない。
剣をしまったことで彼女のリーチは極端に短くなった。
間合いに入られる前に、一撃を入れる!
俺も先ほどと同じように彼女に向かって走り出した。
突然彼女は足を止め、自らの手を地面に向かって叩きつけた。
その瞬間、彼女の手に見えていた塊が大きく見える。
「!?」
俺の耳を刺す轟音。
言葉に表すことの出来ない音を立てて、地面が揺れた。
咄嗟に態勢を立て直そうとして、地面が凹んでいることに気づく。
彼女は地面に高圧を叩きつけることで小規模なクレーターを造ったのだ。
そう判断して、態勢を立て直したときにはもう遅かった。
両手に圧力をもった彼女が迫っていた。
彼女は、地面に崩れ落ちた。
咄嗟に突き出した俺のツメが彼女のわき腹を掠めたのだ。
その瞬間、確かに彼女は動きを止めていた。
まるで、俺にやられることを目的としていたかのように。
「アリス!」
咄嗟に駆け寄り、彼女を抱きかかえる。
わき腹の傷は、大量の血を吐き出しているものの致命傷には至っていない。
「ゴードン…。」
彼女は俺の名を呼びながら、俺の顔を撫でた。
「すまない、アリス…。
すぐに手当てをさせる。」
だが彼女は首を横に振った。
「ゴードン、話を聞いて欲しい…。」
「それよりも傷を!」
だが彼女はかたくなに首を横に振った。
「私は、命を狙われていたの。」
俺が彼女の話を聞く気になるのを待って、アリスは口を開いた。
周りに聞こえないように、小さな声で。
「上層部の人間達に…。
私は、ここで勝っても負けても命を奪われる予定だった。」
彼女の息が少しずつ荒くなる。
わき腹の傷が痛むのだろう。
「だから、私はここで死ぬ。
彼らの手にかかることなく。
そうすれば、少なくとも何も知らない私の部下達は貴方の捕虜として助かるはずだから。」
確かに、もしここで俺が負けていればおそらく彼女だけでなく彼女の部下達も消されていただろう。
逆にここで彼女が死ねば暗殺者達は手を下す必要が無い。
「ゴードン、私の部下達をお願い…。」
「アリス…だが、だが!」
俺に、腕の中で愛する女を失えと言うのだろうか。
「いくら貴方でも、私をかばいながら闘うのは無理だから。」
そういって、彼女はあきらめた表情を浮かべた。
「アリスっ…!?」
彼女はどこに隠し持っていたのか一本のナイフを取り出し、自らの胸につきたてた。
止める暇もなく彼女の胸に突き立ったそれは、まるで彼女から血を吸い出しているかのように血液をあふれさせた。
「ごめんね、ゴードン…。」
彼女はそれだけ言うと静かに眼を閉じた。
「アリス〜〜〜〜〜〜ッ!!!」
俺の声があたりに響く。
俺には、叫ぶことしか出来なかった。
雨が、降っていた。
一滴、また一滴と地面に降り注ぐ。
それは彼女の頬に、一筋の後を残した。
そう、それはまるで――――――――
それはまるで涙のように。