>      三匹の虎

 


「うんっ…。」
 薄暗い部屋にくぐもった声が響く。
俺の背中に太くたくましい腕がまわされた。
俺の体が強く抱きしめられる。
「気持ちいいのか?」
 俺が小さくささやくと、俺の肩に乗せられていた頭が小さく縦に動いた。
俺はあぐらをかいたままの姿勢で腕の中にいる虎――――マサヨシの体を抱きしめた。
薄暗い部屋で、互いに全裸で…。
オス同士とはいえ、この状況でしていることといえば唯一つ。
「あっ、イサムさ…!」
 マサが俺の耳元で小さく声を上げた。
俺はマサの肩をつかむと、そっと体を離していく。
お互いの腰だけでつながっている。
だがそれは、確かな熱をはらんでいた。
「ほら、かけてみろよ。」
 俺はベッドサイドにあるテーブルに置かれていたマサのメガネをとると、
そっと彼の鼻の上にそれをおいてやる。
もともと虎人であるマサはとてもたくましい。
だがそこにメガネをかけてやるだけで、マサはとても理知的な顔を見せる。
「い、イサムさん…これは…」
「よく見えるだろ?」
 そういって俺は自分の腕にある虎独特の縞模様を見せ付けた。
マサは顔を赤らめて視線をそらす。
「下まで…よく見えます。」
 その言葉に俺は視線を下へとずらす。
そこには大きく反り返ったマサの雄がそそり立っていた。
俺はそれをそっと自分の手の中におさめる。
マサが小さく喘いだ。
手と、マサの間に唾をたらしてゆっくりと扱いてやる。
「はぁ、ああああぁ……。」
 マサの喘ぎが少しずつ大きくなってきた。
それにあわせるように、俺も腰の動きを大きくし、下から激しくマサを突き上げる。
部屋の中に、マサの喘ぎと濡れた音が響いた。
「い、イサムさぁんっ!」
 普段のマサからは考えも付かないような、情けない声で俺の名前を呼ぶ。
俺はずれ落ちてくるマサのメガネを、自分の鼻で押し上げながらマサの鼻にそっとキスをした。
「だめ、ダメ!ダメですっ!」
 大きく声をあげながら、マサは俺の手の中で爆発した。
「俺も出すぞっ!」
 片方の手でマサを強く抱きしめ、俺は彼の体内に大量の精液を吐き出した。

 

 


 情事の後。
俺とマサは同じベッドで体を寄せ合って横になっていた。
頭の後ろで手を組み、俺はタバコを咥えたまま天井をぼんやりと眺めていた。
そんな俺の体に手を這わせ、ゆったりとした時間を過ごしているマサ。
情事が追われば彼の表情はいつもののんびりとしたものに戻っている。
……このギャップもいいんだよな。
そんなことを考えながら、俺はそっとマサの頭をなでてやった。
「なあマサ…。」
 俺の言葉を受けてマサがゆっくりと顔を上げる。
「俺んとこで暮らすわけには……いかねえよな……。」
 答えのわかっている呟きを漏らし、自分で自分に答えを返す。
何度なく問いかけて、何度となく答えられてきた問いかけ。
マサもわかっているのだろう。
いつものように少し寂しい笑みを浮かべて、彼は答えた。
「すいません。
イサムさんの気持ちは嬉しいんですけど…。
やはり、弟が一人立ちするまでは一緒にいてあげたいんです。」
 顔は笑っていても、メガネの奥に見える目は寂しさにあふれていた。
すまん。
おそらくは聞こえないであろう大きさで、
おれはそう呟いてマサの頭を抱きしめた。
灰が落ちないように注意しながら状態を起こし、テーブルの上に乗せた灰皿にタバコを押し付ける。
そんな俺の様子を見ている間に、マサはいつもの笑顔に戻っていた。
マサのあごをつかみ、軽く口付ける。
「タバコ、においますよ。」
 マサの言葉を気にも留めず、俺は改めて舌を絡めた。
長いディープキスと、濡れたいやらしい音が俺を高ぶらせる。
「もう一回……」
 俺がそう言いかけた時に、マサの携帯がなった。
「はいはいはいはい。」
 マサは全裸のままでベッドから飛び出すと、あわてて自分の服に飛びついた。
ソファに脱ぎ散らされたスーツの内ポケットから鳴り続ける携帯を取り出す。
大きな手で、扱いにくそうに小さな携帯を操作していた。
なんとなくしらけてしまった俺は、新しいタバコに火をつけながらマサの動きを観察する。
大きな体に立派な縞模様。
太い足の間にぶらぶらと揺れる男根と、縞々の尻尾。
どこからどうみても立派な雄だが、俺に抱かれる時はいつもいい声でなく。
理性的なマサが、自分からねだってくる姿がたまらない。
そんなことを考えていると、俺の愚息がかけられたシーツを持ち上げていた。
「はい…はい…はい、わかりました。
すぐ向かいます。」
 そういってマサは携帯を閉じた。
「すいません、イサムさん……。」
 携帯をしまいながら、泣き出しそうな顔でマサはこちらを振り返る。
いつものことだ。
「急患なんだろ。
さっさと行って来いよ。」
「ありがとうございます!」
 そういうとマサはひったくる様にして服を着ると、そのまま風のように走り抜けていった。
こういうときは普段のトロさを感じさせないんだがなあ…。
ふと、床に落ちているものに目がとまる。
「わすれもんだぞーっと…。」
 一人で呟きながら、俺はマサのボクサーパンツを床から拾い上げた。
ノーパンで仕事いってやんの…。

 

 


「あふ…。」
 俺はあくびをかみ殺し、椅子から立ち上がる。
翌日、俺は何をするでもなくぼんやりと過ごしていた。
といってもすることがないんだから仕方がない。
俺の仕事は私立探偵。
もとい。
流行らない私立探偵。
そういうわけで、今日も自宅兼事務所でだらだらと過ごしているわけだ。
頭をぼりぼりと掻きながら、インスタントのコーヒーを入れる。
安物のコーヒーはうまいものではないが、金がないのだからしょうがない。
応接用のソファに腰かけ、コーヒーをすすりながら俺はテーブルの上においてあった新聞に手を伸ばす。
「なになに……児童の学力低下が深刻化?」
 俺にとってはどうでもいい話だ。
改めて俺は新聞を広げ、記事に目を通す。
宝くじは…はずれてる、と。
その時、とびらが遠慮がちにノックされた。
どうせセールスの類だろうと、俺は立ち上がり扉に向かう。
「ほい、どうぞー。」
 気の抜けた声で返事を返すと、扉が開いた。
虎の顔が扉の隙間からこちらをのぞく。
まだ若い…おそらく10代だろうと思われる。
「おっさん、ここって探偵事務所だよな?」
 おっさん…。
まあ、確かにもう30超えてるんだが…。
「ああ、何か用かボウズ。」
 少しむっとして俺は言い返す。
俺の言葉に虎は部屋に入ってくると、後ろ手に扉を閉めた。
若いはずだ。
俺は彼の服装を見て妙に納得する。
彼はまだ学生服を着ていた。
「ボウズはねえだろ、これでも高校生だぜ。」
「だったら学校行ってきな、ここでは授業なんかやらねえぞ。」
 そういって俺は彼に背中を向ける。
どうせろくな依頼じゃないだろう。
せいぜい嫌いなヤツの弱みを握れとかそんなところが関の山だ。
「おいおい、仕事の依頼だぞ。
どうせ暇なんだろ?」
 ぐ。
そりゃ、暇だ。
事務所内には呑みかけのコーヒーと、読みかけの新聞。
他には何もない。
そして誰もいない。
暇なのは一目瞭然だ。
「話だけでも聞いてくれたっていいだろ。」
 俺が一人で落ち込んでいると、少年はかってに部屋の中に入り込みソファに腰掛ける。
テーブルに置かれていたコーヒーを手に取り、口をつける。
「まじぃ。」
 …俺の飲みかけなんだが、そっちはいいのか?
俺は諦めて少年の向かいに座る。
「ところで、学校はどうした?」
 少年の手からコーヒーを奪い返し、一気にそれを飲み干した。
「今昼休み。
だから時間ねーんだよ。」
 昼休みに学校抜け出していいもんなのかは疑問が残るが、あえて放っておくことにする。
どうせうち追い出したってこういうヤツはそこらフラフラして遊んでるだけだろう。
「高いぞ?」
「大丈夫だよ、へそくりしてるから。」
 いつから高校生はへそくりを溜める世の中になったんだ。
学力低下が深刻化してるというのはこのことだろうか。
俺は深々とため息を付いた。
そんな俺のため息に気づいているのかいないのか。
彼は勝手に話を始めた。
「最近さ、兄貴の様子がおかしいんだよ。」
「は?」
 思わず声を漏らした。
兄貴て…こいつブラコンか。
「彼女でもできたんだろ。」
 俺は興味なくつぶやいた。
しかしコイツの兄貴って言うと…やっぱ虎なんだろうな。
なんとなく、俺はマサのことを思い出した。
「いやいや、恋人は前からいるんだよ。
よく俺の前で甘い会話ってやつ楽しんでるしな。」
 恥ってモンはないのだろうか。
まあ俺には関係のないことなので適当に聞き流す。
「で、どうおかしいんだよ。」
 俺のやる気はどんどん下がっていく。
やっぱ追い出すかなあ…。
「なんかなー…。
俺をさけて誰かと連絡とってんだよな。
かといって恋人と連絡取るときはは相変わらず隠さねえし…」
 なんじゃそりゃ。
そりゃお前の兄貴だってプライバシーはあるだろうよ…。
もはや俺は完全に興味をなくし、さっさと追い出すことに決めた。
「ちなみに、兄貴の写真な。」
 そういって出された写真をみて、俺はその場に凍りついた。
ま、マサじゃねえか!
「お、お前の兄貴ってコイツか!?」
 俺は出された写真をひったくり、もう一度写真を見る。
しっかりと着込んだスーツに、趣味の悪い柄のネクタイ。
銀縁の小さなメガネと、柔和な笑み。
どう見ても、マサだ。
「へ?
知り合いか?」
 きょとんとした顔で少年が俺を見る。
えーと…。
知り合いっつうか…。
「いや…そういうわけじゃ…。」
 さすがに彼氏だとは説明できず、かといっていい説明も思いつかないので適当に言葉を濁す。
向こうもそれについて言及するつもりはないらしい。
「でさ、兄貴の様子を探って欲しいんだよ。
何日か様子見て、特に変なことに巻き込まれたりしてないんだったら別に相手が誰でもかまわねえし。」
 変なことって…例えばどんなことを想像しているんだろう。
まあ医者とかやってると逆恨みも多いしな…。
普通ならこんな依頼は受けないんだが、マサのこととなると話は別だ。
俺は立ち上がり、事務机から書類を何枚か出すと料金の説明を始めた。

 

 

 

「よし、契約成立だな。」
 そういって俺は契約書に書かれた名前を見る。
ノゾミねえ…。
正面に座る虎の顔を見る。
どう見てもノゾミってツラじゃねえよな。
「何見てんだよ、おっさん。」
 不満そうにノゾミが呟く。
きっと散々名前のことでからかわれているんだろう。
まあそれはこの際どうでもいいが。
「とりあえず…三日後でいいのか?」
 俺の問いにノゾミは頷いた。
「じゃあ頼んだぜ、俺は授業に戻るからな。」
 さっさとそういうと彼は走って部屋を出て行ってしまった。
時計を見るともう13時になろうとしている。
昼休みの終わりが近いのだろう。
「さて…。」
 俺は一人で呟いた。
よく考えれば、俺はこれから恋人の身辺調査をするわけで。
改めて考えるとマサに悪いことをしている気がする。
しかし…アイツが浮気してるとも思えんしなあ。
事情を話せない以上直接聞くわけにもいかんし。
別に裏切ることじゃないよな。
 適当に自分にいいわけすると、俺は出かける準備を始めた。
開いていたシャツの胸元を閉じて、ネクタイを締めなおす。
かけてあった古いコートを羽織ると、俺は事務所をでて鍵をかけた。
「どうしたもんかなあ…。」
 考えてみれば相手どころか、相手の周りにも俺の面は割れている。
となると聞き込みもできないし…。
やっぱ尾行が妥当な線だな。
俺は内ポケットから手帳を取り出すとぱらぱらとめくり、今日の日付を探す。
今日のマサの勤務は…午前中で終わりじゃねえか。
俺はあわてて地下の駐車場に走る。
見失う前にマサの勤めてる病院にいかないと。
車に飛び乗ると、乱暴にキーをまわし俺はアクセルを踏み込んだ。

 

 


「うおおおおおお!」
 俺はあわててブレーキをかけた。
ちょうど今、道を歩いていたマサとすれ違ったのだ。
見失う前にとあわてて俺は手近な駐車場に車を止める。
駐車場から飛び出すと、マサの背中が遠くに見えた。
なんとか間に合ったようだ。
俺は小走りに走ると、マサに気づかれない距離まで近づく。
「しかしまあ…。」
 目の前であんだけ急ブレーキかけたのに、気づいてないこいつも相当ニブイ。
まあニブイのは前からわかってたんだが。
自分の彼氏と同じ車種の車が目の前で急ブレーキかけたら気づくだろ、普通。
もちろん今回は気づかれないほうが良かったのだが。
付かず離れずの距離を保ちながらそんなことを考えていると、突然目の前からマサの姿が消えた。
何のことはない、横手にある店に入っただけだろう。
横の店を見上げると、それは銭湯だった。
「そういや風呂好きだったような…。」
 一人呟きながら俺も銭湯ののれんをくぐる。
普通に考えたら室内は尾行がしにくいのだが、マサは別だ。
俺は扉をくぐると狭い更衣室を見渡す。
いた。
既にメガネを外したマサが服を脱いでいるところだった。
近眼のマサはメガネを外してしまうと他人の顔を見分けることすらできない。
俺にとってはこれほど好都合な状況もない。
俺は番台で金を払うと、服を脱ぎ始める。
マサは既に服を脱ぎ終えて全裸で浴室に向かっている。
たくましい体に太い尻尾、体中にある縞模様。
そしてタオルで隠すこともせず、ぶらぶらと股間でゆれているモノ。
どこから見てもいい男だ。
俺も服を脱ぐと、浴室に入る。
中は俺とマサの二人だけだった。
む…マサがこっちを見ている。
まさかばれるはずが…。
「イサムさんじゃないですか。」
 ばれた。
「目、見えるのか?」
 俺は思わず聞いてしまった。
ひょっとしたらシラを切れたかもしれないが、それももう遅い。
「恋人のことくらいわかりますよ。」
 そういって笑って見せた。
む。
かわいいじゃないか…。
俺は思わず顔を赤らめて、黙り込んでしまった。
マサがにっこりと微笑み、湯船の中で体を横にずらす。
横に座れということだろう。
俺は軽くかかり湯をするとマサの隣に腰を下ろした。
「ところで、どうしてこんなところに?」
 いきなり答えにくいことを聞かれてしまった。
一応ノゾミはコイツの弟はいえ、俺の依頼主であるわけで。
依頼主の情報をばらすのは探偵にとってはご法度だ。
しかし嘘を言うのは気が引けるし、なによりここで説明して直接本人に聞いた方が話は早い気がする。
「うー……。」
 鼻の頭まで湯船に沈みうなっていると、俺の手にそっとマサが手を重ねてきた。
水面から顔を上げてマサの方を見る。
「お仕事なんですね。」
 そういって優しく微笑んだ。
答えにくそうにしている俺を察してくれたんだろう。
俺の手をにぎるマサの手に、少し力が込められた。
地面につけていた手を持ち上げ、マサの手を握り返す。
そっとマサの頭が俺の肩にもたれてきた。
横を向くと、目を閉じたままマサは頭を俺に預けている。
俺はマサの手を離すと、改めて彼の肩を抱き寄せた。
彼の手が俺の腿に伸びる。
「イサムさん……。
サウナ、いきませんか?」
 俺の顔をのぞきこんでマサが言った。
改めてみれば浴室の奥にサウナの入り口が有る。
浴室からでは中がよく見えないが、あまり広くはなさそうだ。
「いくか…。」
 そういって立ち上がった俺たちの股間は、二人とも天を衝くようにそそり立っていた。

 

 


「イサムさん!」
 サウナにはいたっとたん、マサが俺に激しくキスを求めてきた。
俺は彼を抱きとめると、それに応じる。
口をあけ、鼻と鼻をこすり合わせながら舌を絡めあった。
二人とも自然と息が荒くなり、あたりにはハァハァという荒い息遣いが響く。
「イサムさん、私…」
 口を離し、マサが口を開く。
その表情をみて、俺はマサを強く抱きしめた。
「ごめん…ごめんな…。」
 強く、強く。
しっかりと俺は最愛の男を抱きしめた。
俺たちの腰の間で熱をはらんだ棒がぶつかり合い、快感を生む。
俺はマサをサウナの段に座らせると、おもむろにその股間にしゃぶりついた。
「あああっ!」
 大きくのけぞりながら、マサは遠慮なく声を張り上げた。
外に聞こえているかもしれないが、今の俺たちにはそんなことは思いつかなかった。
口の中に有る硬い肉の棒をしっかりとのどの置くまでくわえ込み、舌を絡める。
俺が動くたびにマサの口からあえぎ声が漏れた。
「ひっ!はぁ、あああっ!」
 しっかりと愛撫を続けながら上目遣いに見れば、大きな口から涎をたらし、目には涙を浮かべている。
いつにない乱れ方に、俺もいてもたってもいられなかった。
マサを口から吐き出すと、俺はそのまま彼を押し倒し足を持ち上げる。
「イサムさん…ください…。」
 自分で足を支え、大きく脚を開いて菊門を俺に見せる。
俺を誘うようにひくつく穴、そしてその上にはぬらぬらと光りながらゆらゆらゆれる大きな竿。
「いやらしいな……。」
 俺が思わず漏らした呟きに、マサは顔を赤らめて横をむいた。
そんな様子をみて俺は笑みをこぼす。
「いくぞ。」
 言葉とともに俺はいきなり挿入した。
「ああああああっ!」
 いくら毎日行っていることとはいえ、さすがに前戯なしではきつかったらしい。
根元までしっかりくわえ込まれた状態で、俺は動きを止めた。
「休むか?」
 だがマサは首を振る。
俺がキスをすると、マサは俺の首に腕を絡めてきた。
ゆっくりと俺は腰の前後運動を始める。
「はあぁぁぁ…。」
 マサの口から吐息が漏れた。
内壁が俺に絡みつき、強い刺激をもたらす。
自然と俺の腰の動きが早くなっていった。
「マサ、マサ…。」
「イサムさん…。」
 俺とマサの手が、指が絡み合う。
俺は彼の耳元に口を寄せ、小さくささやいた。
「マサヨシ、愛してる…。」
「い、イサムさんっ!」
 ほぼ同時に、俺たちは果てた。

 

 

 

「そういやお前昨日の晩パンツ忘れていったぞ。」
 背中をマサにこすってもらいながら俺はいった。
ああ、と小さく呟いてマサが頷く。
「さっきズボンぬいで気がつきましたよ。」
 さすがに気づくの遅すぎだろ。
トイレ行ったりしなかったのだろうか。
いや、それ以前にズボンのなかでぶらぶらして気づくんじゃ…。
そう思って俺はちらりと振り返る。
平常時からでかい、マサのモノが目に飛び込んできた。
…ゆれる隙間がないのか?
「で、だ。」
 マサの手からタオルを受け取り、今度は俺がマサの背中を流す。
広い背中を力をこめてごしごしとこすった。
「仕事の話なんだがな…。」
 周りに人はいないが、俺は念をいれてそっとマサに耳打ちした。

 

 

 

「なんだよおっさん、こんな夜中に…。」
 その日の夜、俺はノゾミを自分の事務所に呼び出していた。
俺はタバコを咥え、じっとノゾミの顔を見つめる。
改めて見てみれば、マサに似ている気がしなくもない。
しかし反抗期なのかそれとも元からそういう性格なのか。
はねっかえりの強い性格は口調や態度だけでなく表情にもにじみ出ていた。
「なんなんだってきいてんだよ。」
 俺は大きくため息をついた。
やっぱり俺はコイツと合わない気がするなあ…。
「お前の兄貴に頼まれたんだよ。
この時間にここに呼び出してくれってな。」
 俺の言葉を一瞬理解できず、きょとんとした顔を見せる。
…今の顔は少しマサに似てるな。
「ど、どういうことだよ!
俺が依頼したことはもうわかったのか?」
 噛み付かんばかりの勢いでこちらに詰め寄る。
大きな声を上げられて、俺は思わず耳を押さえた。
こいつ…馬鹿でかい声しやがって。
応援団か何かしているんだろうか。
「あー、これから本人が話してくれるだろ。」
 そんな話をしていると、ノックの音に続いて事務所の扉が開かれた。
「すいません、イサムさん、ノゾミさん。
遅くなりました。」
 申し訳なさそうな笑みを浮かべてマサが入ってきた。
ノゾミがあわてて後ろを振り向く。
「兄貴!…に…後ろは…?」
 マサの後ろに人影があることに気がついて、ノゾミがたずねた。
特に口を挟むことでは有るまい、と俺は黙ったまま様子を見ている。
俺の意図を察したのか、こちらに一瞥をくれた後マサは笑顔で口を開いた。
「ええと、ノゾミさんに内緒でプレゼントの用意をしていたんですよ。
どうもそのことで心配させてしまったようで、ノゾミさんにもイサムさんにもご迷惑おかけしました。」
 そういってマサは大きく頭を下げた。
その拍子に、後ろに立っていた人物とノゾミが顔を合わせる。
「お前…マコトじゃねえか!」
「うるせえ、その名前でよぶな!」
 ノゾミと顔をあわせた少年はマコトと呼ばれて声を張り上げた。
こいつも、自分の名前が嫌いなんだろうか。
そんなことをぼんやりと考えていると、二の句が告げないノゾミにマサが頭を上げて説明を始めた。
「ええと、今日はノゾミさんの記念日なので。
マコトさんに会わせてあげようと思いまして、ノゾミさんには内緒で来ていただいたんです。」
 そういってマサは改めて笑顔を浮かべた。
ふと俺は疑問を口にする。
「なあマサ。」
「なんです?」
 俺の言葉にマサが笑顔のままこちらに顔を向けた。
相変わらずノゾミは固まったまま、マコトはそっぽを向いたままである。
俺は手元にあったコーヒーをすすった。
「今日ってなんの記念日なんだ?」
 俺の問いにマサは表情一つ変えずに答えた。
「ちょうど一年前、ノゾミが童貞を捨てたんですよ。」
『んなあああああああああっ!』
 ノゾミとマコトが同時に声を上げる。
俺は思わず口に含んでいたコーヒーを吹き出していた。
「ど、童貞?」
 俺の言葉にマサはしっかりと頷いた。
「兄貴、覗いてたのかよ!」
 ノゾミが語気を荒げて問い詰めた。
ノゾミは自分の言葉がマサの言葉認めてるようなもんだと気づいているのだろうか。
そんなことを考えている間にもマサはノゾミの問いに首を横に振って答える。
そして改めて答えを返した。
「覗いていたわけではありませんが…。
マコトさんが部屋に泊まった次の日に使用済みのコンドームがいくつも出てきましたし…。
シーツには出血の後もありましたし、ローションもこぼれていましたし。
何より夜にはかなり激しい声が聞こえてきましたので…。」
 真顔でいうなよ、そういうことを。
ノゾミもマコトも赤面してるじゃないか。
「で、一年目の今日に引越ししたマコトさんと会わせて上げられればな、と思いまして。」
 てっきり俺は別れ別れになった親友を引き合わせる計画だと思っていたのだが…。
どうやら思っていたのとは少し様子が違うようであった。

「おいおっさん!」
 俺が呆れ半分、疲れ半分でぼんやりしていると突然俺を呼ぶ声が聞こえた。
見れば顔が赤いまま、ノゾミはこちらを指差して叫んでいる。
「兄貴にばれるなんざそもそも契約違反だろ!
絶対金は払わねえからな!」
 それだけ叫ぶとノゾミは風のようにその場を走り去った。
まあ、初体験の様子を暴かれてそれでもその場にいようとするやつなんざそうそういないよな…。
見ればマコトの方もノゾミを追う様にして部屋を飛び出した後だった。

「はああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁ…………。」

 俺は大きなため息をついて机に倒れこんだ。
さっき吹き出したコーヒーがあたりを汚している。
なんだかもう疲れた…。
散々騒動に巻き込まれた上に、金まで入ってこない。
「イサムさん。」
 マサは机に突っ伏した俺を、後ろから抱きかかえる。
「今日も、泊まっていっていいですか?
…たぶん、私は今日は帰らないほうがいいので。」
 マサ…。
お前、なんていうか…。
「なんですか?」
 いつもの笑顔でマサは微笑んでいた。
「…………ま、いいか。」
 俺は頭を切り替えると、マサの肩を抱いて。
優しく甘いキスをした。

 

 

 

 


                                            終