ソードマスター2


「疲れたねぇー。」
 ばふ、と音を立てて少年はベッドに倒れこんだ。
柔らかな枕と暖かい毛布にじゃれ付くように少年はごそごそとベッドに潜り込む。
彼の名はエル。
世間では『剣聖』と呼ばれるほどの腕前の持ち主である。
もちろん、蒲団にじゃれ付く姿からは想像もつかない。
 そして、それを微笑みながら見つめる虎の青年。
逞しい体に落ち着いた笑顔、そして寡黙な雰囲気。
エルの従者、アトラである。
「最近野宿続きだったから、ベッドがあるだけで気持ちイイや…。」
 そういって幸せそうな顔でエルは蒲団にしがみついている。
長旅が続く彼らの生活の中では、野宿をすることも珍しいことではない。
だがここ数日は天気も悪く、悪条件の中での野宿が続いていた。
流石の彼らもすっかり疲れがたまっていたのである。
「しばらくはぐうたら生活推奨〜。」
 幸せそうな顔でエルがそう言った。
だが残念そうな顔でアトラは首を横にふる。
「それが…仕事を探さないことには懐具合が心もとないのですよ。」
「えーっ。」
 さっきまでの幸せっぷりはどこへやら、エルは不満そうな顔でベッドから起き上がる。
「しばらく休もうよ〜。」
「食費と宿代だけでも…
あと二日しかもちませんよ。」
 アトラの言葉を聞いてエルは言葉に詰る。
それでも顔は不満を表したまま、床を見つめていた。
「まあ、今日のところはゆっくりと休みましょう。」
 慰めるように言ったアトラに、エルが突然しがみついてきた。
そのまま押し倒されるようにベッドへと倒れこむ。
「え…」
「じゃあ、今日のうちに一杯しようか。」
 そう言ってエルはニヤリと笑う。
「は、ははは…。」
 アトラは引きつった笑いを浮かべるしかなかった。

 


「エル様。
もう起きる時間ですよ。」
 次の日の朝。
ベッドに潜り込んだままのエルをアトラが揺さぶる。
「うー、後五分…やっぱ十分…。」
 頭まで蒲団をかぶりながら眠そうな声でエルが言った。
その様子をみてアトラが溜息をつく。
「10分前にもその台詞聞きましたよ。」
 そう言って溜息をつきながらエルの蒲団を引き剥がす。
冷たい朝の空気に全身をさらし、エルは思わず身震いをした。
流石に蒲団がなくてはエルも寝て入られない。
しぶしぶ起き上がって、あたりに脱ぎ散らかされた服を身に付ける。
半分眠ったままの顔でだらだらと服を身につけるエルをみて、
アトラは大きく溜息をついた。
「ほら、早くしてください。
朝食の時間が終わってしまいますよ。」
「わかってるよ〜。」
 そういいながら相変わらずエルはのろのろと着替える。
その間アトラはベッドに腰掛けたままエルが着替える様を見つめていた。
後は上着を着るだけ、となったところでエルがアトラに歩み寄る。
「…アトラがあんまりみつめるから…。」
 そういってやや顔を赤らめながらエルはアトラの足下にひざまずく。
アトラは「え」、と声を漏らそうとして唾と共にそれを飲み込んだ。
エルの頭が自分の股間にうまり、ズボン越しにアトラを刺激する。
昨日の夜に散々抜いたはずが、エルの刺激にあっという間に
それは鎌首をもたげ始めていた。
「い、いけません…。」
 そう言いながら、腰を持ち上げエルにズボンを脱がせるように促している。
エルはズボンを下ろし、下着の前あわせから太い肉棒を取り出す。
それはいまだ半立ちながら十分な大きさを誇っていた。
ソフトクリームを舐めるようにエルはそれをゆっくりと舐めあげる。
それにあわせるようにアトラの吐息が漏れていた。
「ハァ…あっ…。」
 小さいながらもはっきりとした声。
アトラの声を聞きながらエルは上機嫌でそれを舐めていた。
「えへへ、いつ見ても大きいよねえコレ。」
 いつもは尻で受け止めているそれを、エルは大きく口を開いて飲み込んだ。
アトラはずるりとしたその感触に思わず体を振るわせる。
体を支えていた手を離し、片手をエルの頭にそっと載せた。
大きな手で小さな頭をゆっくりと撫でさする。
それに気づいたのか、エルは上目遣いでアトラを見上げた。
目が合い、思わず赤面するアトラ。
それに気づき、エルは口にくわえていたものを吐き出した。
アトラの視界にエルの唾液と自らの先走りで濡れた赤黒い肉棒が飛び込んでくる。
「エル様…。」
 切なげな声でアトラは呟く。
それを聞いてエルはニヤリと笑うと再びアトラにしゃぶりついた。
「はっ…ああっ!」
 先ほどよりも激しい動きにアトラは身をよじる。
エルは速めに終わらせるつもりらしい。
どんどんとアトラを追い立てる。
「んむぅ…エル様…そんなにしたら…
わ、私はあ…。」
 シーツを強く握り締めながらアトラは大きくのけぞった。
その様子を上目で見ながらエルはさらに強く吸い付いてくる。
「あ…んんッ!」
 エルの口の中で、アトラはあっという間に果てた。
口の中に大量にあふれてくる精液をエルは全て飲み込んだ。
「ごちそうさまー。」
 後からあふれてくる液体を搾り取るように全て舐めとると、
アトラの股間から顔を離してエルは笑顔でそう言った。
快感の余韻に浸るアトラは、エルの笑顔を見て思わず顔を赤らめる。
後始末が済んだモノをしまいこむと、アトラは照れを隠すように立ち上がった。
「さ、さあ朝食にしましょう。」
「今飲んだ…。」
 照れを隠すための発言が、アトラはエルの言葉にさらに顔を赤くしてしまう。
これ以上何をいってもからかわれると判断したのか、
アトラは無言でエルの手をとるとそのまま一階にある食堂へ向かって歩き出した。

 

 

「ふうー。」
 朝食を食べ終え、エルは大きく伸びをする。
結局なんだかんだとしていたせいで、朝食を食べ終わるころには10時を過ぎてしまっていた。
「エル様、行儀が悪いですよ。」
 箸を放り出して伸びをしてみせるエルに、アトラは口元をぬぐいながらいさめるように言う。
エルはその言葉をききながらも気持ちよさそうな顔で伸びを続けていた。
「…あの。」
 弱々しい声が聞こえたのはそんな幸福感に満ちた時だった。
あまりにも弱々しくて、二人は最初聞き間違いかと思ったほどであった。
「…あの。」
 先ほどより少し大きい声が聞こえ、ようやくエルがアトラの後の女性が気が付いた。
「ん、何か?」
 出そうになった欠伸をこらえ、少し涙目になりながらエルが首をかしげた。
人間の女性は申し訳なさそうな顔で小さく頷く。
「どうぞ。」
 アトラが隣のテーブルから椅子を持ってきて女性に勧めた。
女性は小さく会釈すると進められた椅子に腰掛ける。
長い黒髪にレースの上着、長いスカート、そして何よりも申し訳なさそうな表情から
いかにも気の弱そうな女性であることが見て取れた。
ただ、額のところに見え隠れする鉢巻のようなリボンだけが目に付いた。
「私たちに何か御用でしょうか。」
 彼女が座り、落ち着いたのを見計らって絶妙のタイミングでアトラが口を開いた。
アトラの言葉に彼女は首を縦に振り、ゆっくりと口を開く。
「…その、剣士様とお見受けしたのですが。」
 ともすれば宿の外から聞こえてくる喧騒にさえかき消されてしまいそうな小さな声。
アトラはそれを聞き逃すことなく、肯定の意思を込めてゆっくりと頷いた。
「…ええと、手伝って欲しいことがあるのですがよろしいでしょうか。」
「そうですね、話の内容次第になりますが。
――――エル様、ちゃんと聞いてください。」
 一人話から外れてヨーヨーをはじめていたエルに、アトラは視線を向けることなく言い放った。
長い話になるだろうと一人遊びに入ろうとしていたエルは、アトラに釘をさされしぶしぶヨーヨーをしまいこむ。
その様子を気にすることもなく、女性は話を続けた。
「…私、アナトと申します。」
「僕はエルね。
で、あっちの大きいのがアトラ。」
 アナトの自己紹介を受けて、アトラよりも先にエルが口を開いた。
大きいの、といわれてアトラは少し不満そうな顔を見せたが黙ってアナトの言葉を待つ。
「…今、ヒトを探しているんですが…。
…どうしても、探しても見つからないんです。
…よろしければ、手伝って頂けないかと…。」
 最後の当たりはフェードアウトするように聞こえなくなっていった。
エルはその話を聞いてにっこりと笑う。
「いいよ、手伝ったげる!」
 そういってエルはアナトに向かって握手しようと手を差し出した。
それをさえぎるようにアトラが口を開く。
「その前に…聞かせていただけませんか。
ただのヒト探しならわざわざ剣士である私たちを雇う必要はないはずです。
なぜわざわざ私たちを?」
 アトラの言葉にエルはあー、と声をもらす。
アトラに言われて初めてそのことに気が付いた様子であった。
アナトは少し言いにくそうによどんだ後、顔を上げた。
「…その、話、長くなりますがよろしいでしょうか。」
 アトラはゆっくりと頷いた。

 

 

「…大体、半月ほど前のことです。
…私、父から届け物を預かりました。
…封筒に入れられたもので、中身まではわかりません。
…ただ、父は決して人に見られるな、と何度もしつこいくらいに言っていました。
…日も落ちそうな時間でしたけど、父の様子をみて急いで届けた方がいいだろう、
と思いましてすぐに出発しました。
…街の反対側になりますが、日が落ちるころにはなんとか間に合うだろうと思ったんです。
…でも、途中で誰かが後をつけてるのに気付いたんです。
…それも、一人じゃなくて何人もいて、怖くて逃げました。
…それでも、その人たちはついてきて。
…私、とっさに通りすがったヒトにその封筒を預けたんです。
…そのヒトを、一緒に探して欲しいんです。
…ただ、また誰かにつけられんじゃないかと思うと怖くて…それで貴方達に…。」
 そういってアナトは言葉を切った。
アトラはそれを聞いて頷きながら何事かを考える。
エルもエルでぼんやりとした表情で何かを考えていた。
「もうひとつ、伺ってもよろしいですか。」
 アトラの問いにアナトは無言で頷いた。
「封筒の中身を、お父上に確認するわけにはいかないのですか?
狙われていたのがその封筒であるなら中身を知った方が安全にいけると思うのですが。」
 アトラの言葉にアナトは悲しげな顔をして俯いた。
「…そういうわけにもいかないのです。
…その日以来、父は行方不明になってしまいまして…。」
 場に気まずい空気が漂う。
アトラが再び口を開こうとするのを、エルが制した。
「ねえアトラ、手伝ってあげてもいいでしょ?
とりあえず宿代も稼がなきゃいけないんだし。」
 まだ色々と聞いておきたいアトラではあったが、
エルなりの考えがあるのだろうと察してアトラもしぶしぶ首を縦に振った。
「それでは、最後に報酬の話だけ…。」

 


「さーて、どこから探そうかー。」
 宿を出て、エルが大きく伸びをしながらいった。
依頼主であるアナトとは別行動で、それらしいヒトを見つけたら連絡を取る手はずになっている。
「それよりエル様、聞かせていただけませんか。
どういった考えがあってこの依頼を受けたんですか。」
 アトラが心配そうな顔で尋ねた。
前を歩いていたエルが不思議そうな顔で振り返る。
その表情がさらにアトラを不安にさせた。
「え…。
考えって…ヒト探しなら楽だし、観光ついでにできるなって。」

 アトラはその場に崩れ落ちた。

「ど、どしたの?」
 膝を突き、よつばいの姿勢のままアトラは返事を返すこともできない。
半ば予想はしていたものの、エルのあまりにも能天気な考えにアトラは思わず涙がこぼれそうだった。
「えーと…僕はどうしたらいいのかなあ…。」
 そんなアトラを眺めながらエルはつぶやく。
その言葉が届いたかのようにアトラは必死で立ち上がった。
「私が、私がしっかりしなければ!」
「よっ、アトラ、男前ー。」
 揶揄するかのようなエルの言葉に少し恥ずかしさを覚え、アトラは軽く咳払いをする。
「ところでエル様。」
「何?」
 気を取り直して、アトラがエルに尋ねる。
「彼女の話を聞いていたときに何事か考えていたようですが、
あれは何を考えておられたのですか?」
 表情そのものはボンヤリとしたものであったが、
それでも何か考えている様子であったからこそアトラはエルの判断に任せたわけであった。
もっとも現実はそれをしっかり裏切られたわけであるが。
「あー…。
ほら、彼女話す前に一拍置くでしょ。
…聞き取りにくいなあって。」
「ああああっ!」
 アトラは自分が壊れそうになるのを必死で押しとどめた。
思わず荒くなる息を何とか整える。
「もう少し…もう少し人を疑うってことを覚えてくださいっ!」
 そういわれてエルはきょとんとした顔でアトラを見つめる。
しばらく考えた後、ようやくエルは口を開いた。
「…なんか怪しいところとかあったっけ。」
 アトラはもはやため息しかつけなかった。
旅に出る前は良家の息子としての生活しかしたことがなかったエル。
そんなエルに常識を求めるのが間違いだったのかも知れない。
「たとえばですね。
彼女はお父上が行方不明と仰っていましたが、
それならば頼まれた封筒よりも先に肉親を探したい、というのが人情だと思うのですが。」
「せ、責任感が強いとか?」
「それと聞きそびれてしまいましたが、届け物を紛失したのなら届け先にも連絡するべきでしょう。
場合によってはそちらからも協力を仰げるわけですから。」
「う〜。」
 アトラの説明にエルは頭を抱えてうなりだしてしまった。
そんなエルを見ながらアトラは大きくため息をつく。
旅に出て1年弱、本当にこの先大丈夫だろうかとアトラは心配でならなかった。
「アトラっていつもそんな難しいこと考えてるの〜?」
 ようやくうなるのをやめてエルは顔を上げて聞いてきた。
「別に難しいことではありませんよ。
話を聞いていく中で違和感を感じれば良いのですし。
それに自分の身を守ることなのですから。」
「いいよそんなのー。
直感で何とかなるって。
なんかの罠だったら片っ端から斬れば済むでしょ。」
 そういってエルは一人自己完結を果たした。
確かに剣士としてだろう、エルの直感はすさまじいものがある。
それに罠にかかったとしても大抵の罠なら簡単にくぐり抜けるだろうし、
いざ向き合ってしまえばエルの剣に勝てるものはそうはいない。
もちろんアトラもそのあたりのことは重々承知ではあるが。
「だからといって身の危険を増やす必要もないと思うんですが…。」
 こっそりとつぶやいたアトラの言葉にエルは気付くこともなく、
能天気な笑顔を浮かべながら歩いていくのだった。

「さ、それじゃあ気分を切り替えてヒト探し頑張ろうよ!」
 無責任とも思えるエルの言葉にアトラはもはやあきらめの境地で頷いた。
先ほどアナトに説明された特徴をメモした紙を眺める。
「これが特徴…ですか。」
 アトラはそれを見ながらまたもやめまいを覚えた。
「えーっと、なんだっけ。」
 エルの言葉にアトラはメモ書きを読み上げた。
「ひとつ、黒い毛皮の狼。
ふたつ、右目に眼帯をしている。
みっつ、『スピン』と名乗った。
…だけですね。」
 手がかりとしてはあまりにも少ない。
今回訪れているこの街はかなり大きく、人口も軽く4桁を数えるだろう。
その中でこれだけの手がかりとなると、かなり厳しい。
「キーになりそうなのは眼帯かなあ…。
ん、アトラ、どしたの?」
 何か考え込んでいる表情のアトラをエルが見上げる。
「あ、いえ…。
なんだか見たことがある気がして…。」
「『スピン』ってヒト?
眼帯したヒトなんて知り合いにいたっけ…。
へくちょっ。」
「風邪ですか?」
 くしゃみをしたエルにアトラが尋ねる。
「またウワサされてるんじゃない?」
「昨日の夜、裸で寝たせいじゃないかと思いますけどね。」
 なんだかんだで、二人はのんびりと観光気分でヒト探しを始めるのだった。

 

 

 ヒト探しを始めてはや三日。
「見づからないねえ〜。」
 鼻声のエルがつぶやいた。
ずずっ、と音を立てて鼻水をすする。
「エル様、やはり休んでいたほうがいいのでは?」
「大丈夫だよ〜。どうぜただの鼻風邪だっで。」
 しゃべるたびに情けない鼻声を聞かされ、アトラの方が情けない気分になるのだが、
実際鼻水が出る以外これといった症状がないのでアトラもあまり強く言えない。
「ぞんなことよりヒト探しだよ〜。」
 アトラが書いた絵を懐から取り出して眺めてみる。
「似てないっでことはないど思うんだけどなー。」
 アトラにしてみれば数少ない情報から適当に描いただけなのだから、似てる方が不思議だと思うのだが
エルはなぜかそれが似ているという確信があるらしい。
「どうじよう、そろぞろ二手に別れようが?」
 その言葉にアトラは少し悩んだ。
その方が効率はよさそうだが、今はエルの体調も心配である。
何より、今はもうひとつ心配事が増えていた。
「ついて来てるヒトのごと?
一人しか来てないみだいだし、腕もたいしたこどなさぞうだから、
アトラの方にいっでも大丈夫だと思うよ。」
「やはり…尾行されているのですね。
まさかとは思ったのですが。」
 そういってアトラは角を曲がる際に自分達が歩いてきた方向を見る。
怪しい影があるわけではないが、常に感じる視線から尾行が付いているのは間違いなかった。
アトラが気付いたのは前日のことなのでいつからついてきているかはわからない。
「そんなに封筒の中身は重要なものなんでしょうか…。」
 一人でつぶやくようにアトラはいって、考え込む。
単純に手紙であるならば誰か重要な人間の秘密であると考えるのが妥当だが、
ヒト探しとして依頼された自分たちにもついてくるということは、
中身は手紙以外の何かが入っていたのかもしれない。
「エル様はどう思われますか?」
 顔を上げて、アトラは目を丸くした。
いるはずの場所にエルがいない。
「ぞれじゃあアトラ、僕ごっちいくね〜。」
 エルの声に振り向けば、先ほどの曲がり角をエルは逆方向に歩いていた。
アトラが止めるまもなく、エルの小さな背中は見えなくなってしまう。
もちろん、エルの剣はアトラの腰に刺さったままである。
「本当に大丈夫…なんですかねえ…。」
 腰に刺さったエルの剣を軽く撫で、アトラはエルと逆方向に歩き出した。
その後に続くように、狼が歩く。
二手に分かれても、狼は迷うことなくアトラを選んでいた。

 

 

 その日の夜、宿の一階にある食堂でエルはは机に突っ伏していた。
「う〜、疲れた〜。」
 結局今日も目的の人物は見つからず、エルは先に宿に帰ってきていた。
心なしか体調はさらに悪くなり、いつもの元気はすっかりなくなってしまっていた。
「にいちゃん、大丈夫か?」
 逞しい腕が目の前にぬっと突き出てきた。
顔を上げれば、宿の主人が先ほど頼んだスープを手に立っている。
「体調悪いんなら寝てたほうがいいぜ?」
 そういって身を起こしたエルの前にスープを置く。
安いという理由でいつも注文しているメニューであったが、
今回は食欲がわかなかったためである。
いつもよりほんの少し量が多くなっているスープに口をつけながら、
エルはアトラの帰りを待つことにした。
宿がはやっていないせいか、夕食時にも関わらず当たりに他の客の姿はない。
もっとも今のエルにとって辺りが静かなのはありがたいことであった。
「そうそう、そういえば。」
 宿の主人が思い出したようにエルに声をかける。
「お前さんに客が来てたぜ。
今は仮眠とるからって自分でとった部屋で休んでるけどな。」
「客…。」
 思わず客室がある二階を見上げる。
アナトさんかな、と思ったが寝ているということなのでわざわざ尋ねるまでもないだろうと判断し、
エルは一人スープをすすった。
無言でずるずるとスープをすする音だけが食堂に響く。
 ふと時計を見上げるとすでに7時半を過ぎている。
今まで二人で探していたときは、街のヒトの出歩く時間を考えて6時には切り上げるようにしていた。
エルも少し早めとはいえそれぐらいを目安に宿に戻っていた。
流石に少し遅すぎる。
 そう思っていたとき入り口から誰かが入ってきた。
狭いとはいえ明るい食堂。
にもかかわらず誰か、としか表現できないのはあからさまに顔を隠しているせいであった。
服は全身黒ずくめ、体型も服の上からでは判別しきれない。
顔を隠している布の盛り上がりを見ると、人間のように思えるがやはりはっきりしない。
帽子を目深にかぶっているせいもあるだろう。
その怪しい人物は無言でエルの机に歩み寄る。
エルもとっさに身構えるが、相手の動きからはこちらを襲おうとする気配は感じ取れない。
エルが無言でにらみつけている間にも、その人物はエルの元へと近づく。
やがてテーブルに辿り着くと、懐から一枚の紙を取り出した。
それを裏向けたままテーブルに置くと、すっとエルに向かって差し出す。
「…?」
 エルは目線をそらさぬままそれを摘み上げる。
それを確認したうえで、黒ずくめの人物は踵を返して宿から立ち去った。
黒ずくめが完全にいなくなったのを確認してから、受け取ったメモに目を通す。
「なんだ今の、知り合いか?」
 あまりにも怪しげないでたちに、宿の主人も気になったのか顔を出してくる。
「ねえおじさん…、僕の客って何号室で寝てる?」
 エルの声は、心なしか震えていた。

 

 

「そろそろ…吐いてもらいたいんだがなあ。」
 髭面の男が仰向けに寝ているアトラの顔に、自分の顔を近づけ囁いた。
「ですから…先ほどから知らないと申し上げているはずですが。」
 アトラの返答に、髭面の男は残念そうにため息をついた。
「ならもうしばらく…楽しませてもらうか。」
 そういって、男はアトラのむき出しの体に手をのばす。
他の男達も好き勝手にアトラの体をいじり倒している。
中には乳首に吸い付くものや、これ以上ないほどに勃起したアトラの肉棒をしゃぶりあげるものもいる。
手足を縛られ、抵抗もできないアトラはそれらの刺激に耐えるしかなかった。
唯一自由になる尻尾を机の脚に絡ませ、必死で耐える。
「そろそろこっちの方も行くかな。」
 そういってリーダーらしい髭面の男はアトラの肛門に手をのばす。
騒いでも仕方がないことがわかっているアトラは、それでもじっと耐えた。
「少しは騒いでくれた方がやりがいがあるんだが…。
結構使ってるな、指がすんなり入る。」
 そう言いながら軽くアトラの肛門をほぐすと、髭面の男は早々に自分のモノを取り出した。
アトラの喉が大きく動く。
辺りにツバを飲み込む音が響いた気がした。
取り出されたもののサイズはアトラと比べても遜色がない。
人間にしてみれば相当な巨根の持ち主である。
その先端がそっとアトラの尻にあてがわれる。
「吐くなら今のうちだぜ?」
 もちろん本心ではないだろうが。
そして、ゆっくりとアトラの中に巨根が入ってきた。
久しぶりに受け入れた尻は悲鳴を上げる。
痛みが脳天まで駆け上がるように一気に上ってアトラを苦しめた。
ゆっくりと挿入されたそれは、ようやく亀頭が入り込んだ程度で止められる。
「結構いい締りだな。」
 髭面がアトラの顔を覗き込んでにやりと笑った。
思わずアトラは顔を赤くする。
その表情をみて髭面はにやりと笑うと、再び腰を動かし始めた。
あらかじめ塗られた潤滑剤が、動かすたびにくちゃくちゃと音を立てる。
少しずつ感じられる快感を、アトラは必死で耐えた。
熱くたぎった肉棒を腹の上でゆさゆさと揺らしながら、歯を必死に食いしばり声をこらえる。
「じゃあ俺はこっちもらっていいですかね。
こんなでかいの遊ばせとくのはもったいないでしょう。」
 そういって、スキンヘッドの男がアトラにまたがった。
ごそごそとズボンと下着を脱ぎ、自らの尻に潤滑剤を塗りたくる。
アトラのモノにも冷たい感覚が走った。
「じゃあいくぜ。」
 そういって男はアトラのモノをつかむと、そのまま腰をゆっくりと下ろしていった。
ずぶずぶとアトラの巨根が飲み込まれていく感覚に見舞われる。
「うううぅぅ…。」
 思わずアトラの口から呻きが漏れた。
暖かい粘膜がアトラをゆっくりと締め付ける。
「おお…コイツはきくなあ…。」
 アトラにまたがっているスキンヘッドの男も思わず声を漏らした。
ここしばらくはエルの手と口だけで、女性とも縁遠くなっていたアトラには
誰かの体内に入ることが久々だった。
「ううっ…!」
 思わず精液をもらしそうになったアトラは、必死で射精をこらえる。
アトラが射精をこらえようと力を入れたため、尻に入れられていた髭面のモノが強く締め付けられた。
「くそっ…!
いくぞっ!!」
 アトラの体内で髭面が何度も震えた。
そのたびに大量の液体が流し込まれる。
射精が終わると髭面はアトラから自分の肉棒を抜き取った。
精液の滴るそれをアトラの目の前に突きつける。
「じゃあ次は俺だな。」
 連中の中で一番体の大きい男がアトラの後に立つ。
髭面のせいで開ききった尻に、男は挿入する。
「ぐああああっ…!」
 髭面よりもさらに一回り大きなものがアトラを苛む。
「こっちもいいぜっ…。」
 アトラの上にまたがるスキンヘッドの男も自らの手で大きくなったモノをしごき上げている。
上からも下からも刺激を受け、アトラは限界が近づいていた。
「ぬぐううううぅぅぅ!!」
 やめろ、と叫びたくても口の中には髭面の精液にまみれた肉棒がねじ込まれている。
必死で腰をねじり逃げようとするが、上下から責められてはそれすらも許されない。
「ふがああああっっ!!!!!」
 やがて、アトラはスキンヘッドの男の中で絶頂を迎えた。

 

 

 エルは肩で息をしながら町外れの森までやってきた。
やや足元がおぼつかないのは体調が悪いせいであろうか。
近くにある木に手を付いて、もたれかかるようにして立っている。
「出て来い、ストーカー野郎っ!」
 辺りによく通る声でエルは叫んだ。
一陣の風が辺りに生える草を撫でていく。
そして、しばらくの間をおいて黒い人影が現れた。
黒い毛並みに目に付いた眼帯。
以前アナトに教えられた人相にそっくりであった。
「よう、久しぶりじゃねえか。」
 狼がにやりと笑う。
自分を知っている口ぶりに、エルは眉をひそめた。
「…誰?」
 その言葉に狼はその場でずっこける。
「忘れたなんていわせねえぞ!
前作でお前のツレの虎を散々犯してやったじゃねえか!
ほら、顔見ろよ顔!」
 なんとか立ち直って狼は必死で叫ぶ。
「そんなのいちいち覚えててたまっクチュン!」
 負けじと叫び返すエルの語尾がくしゃみでつぶれる。
「マコピー語か?」
「くしゃみしただけだっ。」
 そういってエルは目の前の狼をにらみつける。
「ともかく、何で僕らをつけてたかは知らないけど。
アトラがどこに行ったか、教えてもらうよっ!」
 びしっと狼を指差すエル。
以前斬られている狼はその迫力に思わず一歩後ずさった。
「と、言われても…。
俺がさらったんじゃねえんだから…。
お前こそ、犬なら臭いとかかげるんじゃねえのか。」
「かげない、かがない、かげるかっ!」
 必死でそう叫びながらもエルの息はどんどん荒くなってきている。
「ともかく、アトラのストーカーしてたんだったらいつ、どこへ誘拐されたかくらいわかってるでしょ!」
「むう…まあ確かに現場は見たが…」
 突然狼の言葉をさえぎるように、数人の人影が乱入してきた。
「なんだ、お前ら…。」
 狼は腰に下げた円月刀を抜き、構える。
エルもとっさに構えようとするが、武器もなく何より体調の悪化のためにまともに立つこともできない。
「やっと見つけたぞ、狼。」
 人影のリーダーらしき男がつぶやいた。
「悪いな、少年。
君も彼を探していたようだが、先に私たちが頂くよ。」
 その言葉が合図であったかのように、狼の後から数人の人影が襲い掛かった。
狼はとっさに反応するが、思ったより腕の立つ相手であったらしい。
あっという間にねじ伏せられ、縛り上げられてしまった。
「では、失礼。」
 エルに一言言葉を残すと、狼を抱えた一団はあっという間に姿を消した。

 

 

「大丈夫かい?」
 木の陰に隠れていた人物が近寄ってくる。
「ええ…それより後を追わないと…。」
 木の陰に隠れていたのは栗色の毛をした狼。
スプートニクと名乗る彼は、アトラがさらわれるところを見てエルのもとを訪れた客人だった。
エルは覚えていないが、アトラと二人でヒト探しをしているときに話していたらしい。
そのときのことを覚えていてもらったおかげで、アトラが誘拐された事実を伝えてもらえたのだ。
スプートニクからそのときの情報を聞いて、エルはとっさに案を立てた。
それは非常に単純なもの。
『スピン』を見つけて奴らに引き渡す。
その後をつけてアジトを突き止める。
無事にアトラを開放してくれるような奴らならそれで問題なし。
開放しないならアジトで大暴れ、という作戦とよぶにはあまりにもお粗末なシロモノだった。
そもそもアトラがいるアジトに連れて行くかどうかも保証がないし、
すぐに引き取りに来るかという確証もなかった。
綱渡り、とも呼べないほど穴だらけの作戦も、
熱にうなされたエルの頭にはさほど気にならなかったらしい。
幸い、エルの目論見は今のところ上手くいっているようであった。
 スプートニクとともに二人で走ることしばし。
やがて前を走る連中がアジトと思われる場所に入り込んだ。
住宅街からやや離れた場所。
すでにヒトがすまなくなった廃墟が立ち並ぶ中に奴らのアジトはあった。
連中が全員アジトに入ったのを確かめて二人は物陰から姿を現す。
「さて、乗り込みますか?」
 そういってスプートニクは背中に下げているウォーハンマーを手に取った。
柄の長さはおよそ1m。
すべて金属でできているそれは、片手で扱うにはやや重すぎるように見えた。
 エルはそっと扉に近づき、ノブを回すがやはり鍵がかかっている。
扉から体を離すと、スプートニクを見返して小さく頷いた。
スプートニクはウォーハンマーを大きく振りかぶると、全力で扉をぶち破った。

 

 

「なんの騒ぎだっ!」
 階下から聞こえてきた大きな音に、アトラを犯していた髭面が叫ぶ。
「それが、私にもよぐぅっ…」
 言葉の途中で、うめき声を上げて男が倒れた。
部屋の中にいた男達の視線が階段に集中する。
アトラと、先ほど誘拐された狼も同様に階段を見つめた。
倒れた男を踏みしめるようにしてエルがゆっくりと階段を上がってくる。
先ほど森で拾ってきたであろう、長い木の枝を片手に携えてエルは部屋の中の男達をにらみつける。
後から続くようにスプートニクも姿を現した。
「アトラを…かえせ!」
 熱にうなされ、入り口からここまで10人以上を相手にして、
エルの意識はすでに朦朧としていた。
それでもアトラを取り返すために、エルはそこに立っていた。
「ま、待て。
話せばわかる話せば。
何か誤解しているぞ。」
 エルのあまりの迫力に、髭面は慌ててそう言った。
だがエルはすでに聞き耳を持っていない。
「問答無用!」
 そう言いながら、エルは一気に間合いを詰めた。
「私達は警察だっ!」
「え…?」
 予想外の言葉に、木の枝が髭面の額にぶつかる直前でエルの動きが止まった。
「警察…?」
 エルのつぶやきに髭面は必死で首を縦に振る。
エルの視線が全裸で縛られているアトラに向いた。
「警察が、民間人を誘拐して犯したりするんだ…?」
 子供とは思えない目つきでにらまれ、髭面はその場にすくみ上がる。
「ち、違うっ。
彼には協力を願っただけだ。
なかなか首を立てに振ってもらえないので多少手荒な手段には出たが…。」
 何はともあれ、とエルはアトラを机に縛り付けている縄を手近な剣で切り落とした。
「アトラ、本当?」
 ようやく机から開放され、手近に落ちていた服で体に付いた精液を拭い取る。
「大まかには本当ですよ。
もっとも彼らは私達が『スピン』が預かった物について何か知っていると思い込んでいたようですが。」
 アトラも責めるような視線で髭面を見る。
髭面はエルを恐れてか妙な愛想笑いを浮かべていた。
「まあ…当然といえば当然でしょうね。
貴方達の依頼主は『彼女』だったのですから。」
 そう言ったのは、スプートニクだった。

 

 

 視線がいまだ階段のところにとどまっていたスプートニクに集まった。
「最近、麻薬の仲介業者が摘発されたというニュースがあったのを知っていますか?」
 階段の手すりにもたれるようにしながらスプートニクが話す。
「その業者から、製造ルートの方も割り出されたようで…
機密警察がそちらも抑えようと躍起になって動いているという噂がありました。」
 スプートニクはとても楽しそうな表情で話す。
まっすぐにエルを見つめ、周りの人間には見向きもしない視線。
「貴方の依頼主は、その麻薬製造に携わっていた人間なんですよ。
…まあ正確には父親が、ですが。」
 そういって、始めて視線をエルからはずした。
今度は髭面を見て、不適に笑う。
「製造に携わっていたと思しき人間が何かを持って逃げた。
貴方達はそれが麻薬の製造方法に関するものだと踏んだのでしょう?
…まさにそのとおりですよ。」
 そういって、スプートニクは懐から一通の封筒を取り出した。
「彼女に預けられたこの封筒には、
麻薬の製造方法が事細かに書かれていました。」
 そういって手にした封筒をひらひらと振ってみせる。
「じゃああなたが『スピン』だったの?」
 エルが不思議そうな顔で問いかける。
「そういうことですね。
スピンは愛称ですよ。」
 そういってスプートニクは封筒をエルに投げてよこした。
「お返ししますよ。
…もう内容は全て頭の中に入れておきましたから。」
 投げてよこされた封筒を髭面が掴み取る。
髭面は無言でスプートニクをにらみつけた。
「ご安心ください、麻薬そのものは手元にありませんよ。
ためしに作った分は全て手放しましたから。」
 そう言いながらスプートニクは何も持っていない、とでも言うかのように手をひらひらと振ってみせる。
「手放したって…!」
「ええ、貴方が想像しているとおりですよ。」
 エルの言葉にスプートニクはどこか優雅さを漂わせながら頷いて見せた。

 

「キサマっ!」
 いつの間に目を覚ましていたのか、スプートニクの足元に倒れていた男が襲い掛かる。
その手をすり抜け、すれ違いざまに手にしたウォーハンマーで頭を殴りつける。
首の骨が折れる鈍い音が、エルの耳に届いた。
「邪魔はしないでいただけますか。」
 スプートニクは眉ひとつ動かさぬまま、動かなくなった男を踏みつけた。
「どうして、僕に協力を?」
 エルが震えそうになる声を必死で押さえ、スプートニクに尋ねた。
「そうですね…。
そこの虎さんが理不尽に誘拐されたように思われたのが一点。
その封筒を手にしないと警察の皆様も大変だろうと思われたのが一点。
あとは、単純に楽しそうだから、ですね。
もう少し早めに封筒を手放しても良かったのですが…。
毛が綺麗に染まらなかったんですよね。」
 そういってスプートニクは微笑んだ。
片足で、息絶えたばかりの男の頭をもてあそびながら。
エルは手にしていた剣を握りなおす。
「やめておいた方がいい。」
 スプートニクはそれに気付いて、手にしたウォーハンマーをエルに突きつける。
「そんな病気にも負けているような体で私に敵うとでも思っているのですか?」
 そういわれてエルは歯軋りするしかなかった。
今はまともに歩くことすらできない。
おそらくアトラでは敵わないほどの腕前をもっていると思われるスプートニクに対して、
勝機があるとは到底思えなかった。
「今はおとなしくしていなさい。
縁があればいずれまた会えますよ。」
 そういって、スプートニクは階段をゆっくりと下りていった。
それとほぼ同時に、エルはアトラの腕の中へと倒れこむ。
「エル様、無茶しすぎですよ…。」
 アトラのつぶやきにエルは無理して微笑んでみせる。
「大事なものは死ぬ気で守らなきゃ、ね。」
 それだけいって、エルは意識を失った。

 

 


 それから三日後。
エルはようやくいつもと同じ調子で昼食を食べれるほどに回復していた。
「じゃあ結局アナトさんも逮捕されちゃったんだ?」
 カボチャの煮つけを口に含みながらエルが尋ねる。
行儀の悪さにアトラは顔をしかめながらも、特に何も言わなかった。
「あんなに気が弱そうだったのに麻薬なんか作ってたんだねえ…。
あ、それとも演技だったのかな?」
「いえ、アレで素だったみたいですよ。
まあ、『気が弱そう』と『気が弱い』は違うということでしょうか。」
 口に食べ物を含み、くちゃくちゃと言わせるエルを見ないようにアトラは目を閉じてそう答えた。
「あ、それとあのストーカー狼はどうなったの?」
「すと…炎鬼さんですか。」
 アトラがわざわざ言い直す。
「彼はエル様を宿につれてくる途中でどこかに行ってしまいましたよ。
しかし…『スピン』の情報を聞いて誰かに似ているとは思いましたが、彼だったとは…。」
「ん、ずっと前から付いてきてたみたいだよ。
大方またアトラを犯そうとか考えてたんじゃない?
まあたまたま似てたわけだから利用してやったわけだけどさ。」
 その返答にアトラは大きくため息をついた。
もちろん『あんなことは二度とゴメンだ』という意味のため息である。
「盗賊団の方がどうなったかはわからないけど、
アトラのストーカーしてるんだしまたそのうち出てくるかな。」
 そういって笑うエルと、苦笑するしかないアトラ。
その二人の食卓に、大きな影が覆いかぶさった。
「それより、そろそろ宿代払ってくれねえか?」
 見上げた先には宿の主人が立っていた。
思わずエルとアトラは顔を見合わせる。
今回の仕事は依頼人が逮捕されたので、もちろんただ働きである。
そして財布の中身は二日分しか入っていなかった。
「…アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ。」
 エルの乾いた笑いだけが宿の中に響き渡った。