師資相承
○
事の始まりは、ある曇り空の日のこと。
いつも通りの朝を向かえ、いつも通りの日が過ぎていくと信じていた。
朝起きて一緒に暮らしている師匠と二人分の朝食を作り、片付け終わったら家の中にある仕事場を掃除する。
それが僕の午前中の予定の全てだ。
もっとも仕事場といっても実は使っているところを見たことがない。
「カナタぁ。」
居間の方から声が聞こえた。
「はあい!」
慌てて返事をして立ち上がる。
呼ばれてすぐ顔を見せないと、師匠は怒り出すのだ。
仕事場を出て廊下を抜け、居間に顔を覗かせる。
そこには半被に半股引(はんだこ)という祭り衣装の人虎族が畳の上に横たわっていた。
別に祭り時というわけではない。
師匠はいつだってこの服装なのだ。
…まあ、僕も影響されて股引は愛用しているのだけれど。
「茶、入れてくれや。」
そう言ってちゃぶ台の上の湯のみを指差した。
それくらい自分でしてくれてもいいのに、とは思う。
思うけれど、好きな人に頼まれては断るわけにはいかないのだ。
「はいはい、ちょっと待ってくださいね。」
そう言って僕は鉄瓶を持って台所がある土間に下りる。
僕と師匠の年の差はおおよそで20才。
自分でも相当変わった趣味をしているとは思う。
だが顔に関しては、強面ではあるけど鋭い眼光と整った顔立ちは男前と呼んでも差し支えないはずだ。
「どうぞ。」
鉄瓶で湯を沸かし、お茶を入れて渡す。
師匠がようやく起き上がりそれを受け取った。
「悪いな。」
受け取った手はごつごつとしていてとても無骨で、傷が多い。
いかにも職人らしい、男の手だと思う。
そういうところに僕は惚れたのだ。
「なんだよ、じろじろ見て。」
師匠が熱いお茶をすすりながら不満そうに言う。
「いえ、いい男だなと思って。」
「死ね。」
僕の言葉に、師匠は間髪いれずそう言った。
それでも僕はにこにこと笑う。
もともと師匠にそういう趣味はないのだから仕方ない。
それでも弟子として傍においていてくれるのだから、感謝すべきだろう。
これだって僕が愛する「いつも通り」の一部なのだから、ある意味心地よい。
「すいませーーん。」
間延びした声が僕たちの日常を切り裂いた。
思わず僕は師匠を振り返る。
師匠は顎で僕に行け、と示した。
仕方なく僕は立ち上がる。
おそらく師匠を訪ねてきたお客さんだろう。
僕の師匠は、この国でもかなり名の知れた刀鍛冶だ。
名前を聞いて全国から師匠を頼ってくる人は集まってくるし、かく言う僕も師匠の腕に惚れこんだ押しかけ弟子である。
ところが、ちょうど僕が弟子として転がり込んでくる直前。
何を思ったのか、師匠は刀を打つのをやめてしまった。
つまり僕が弟子として主に任されている仕事は、刀作成の依頼を断ること。
勝手に仕事場の掃除もさせてもらっているけれど、鍛冶屋らしいことは何一つしていなかった。
「はーい!」
●
大きな声をあげ、巨体の青年がどすどすと廊下を走っていった。
自称俺の弟子、人熊族のカナタだ。
弟子を取る気なんぞさらさらなかったのだが、丸一日家の前で土下座をされてはこちらも折れるしかない。
しょうがなくうちに住まわせてやってるわけだ。
もっとも今は刀を打つ気にはなれない。
そうなると自然カナタの仕事は俺の身の回りの世話と、刀を打てという客を追い返すことの二つになる。
弟子として入ってきたカナタにとって、そういう環境は不満だろう。
放っておけばいずれ向こうから出て行ってくれる…とは思っているのだが。
どうも奴はホモだったようで、俺の傍にいるだけで満足してしまっているフシがある。
もっと別の方法を模索しないとまずいなあ…。
「し、師匠ーっ!」
大声を上げてカナタが転がり込んできた。
普段は穏やかな笑みを浮かべている顔も、珍しく驚愕の表情が浮かんでいる。
どうした、と声をかけそうになってその後ろにいる人間の少年に気がついた。
ゆっくりと起き上がり、その場に胡坐をかく。
「誰だよ、お前さんは。」
俺の問いに見慣れない服を着た少年は、ゆっくりと微笑むと勝手に俺の正面に座り込んだ。
年の頃はまだ15歳前後だろう。
金髪碧眼で全体的に色の薄い印象がある少年は、おそらくこの国の人間じゃない。
島国であるこの国に来るには海を渡る以外にも相当な苦労があったはずだ。
「始めまして、エルスといいます。」
そう言って少年は頭を下げた。
こちらの国の礼儀に精通しているのだろうか。
そういえば先ほどから畳の上で正座をしている。
「マツリさん、貴方に仕事をお願いしたいのです。」
「断る。」
俺は目を伏せてそう言った。
何か違う話でも持ってきたのかと思ったが、やはりこの少年も他の奴らとは変わらないらしい。
そういうことなら俺の答えも変わりはしない。
「今年の頭ですから、もう一年近く前のことになります。」
少年は俺の返事を聞いていないかのように口を開いた。
「私たちの国に、魔王を名乗る者が現れました。
魔物たちを率いて私たちの国や、近隣諸国をも襲い始めたのです。
奴の正体は人間ではありません。
かつて私の祖先が滅ぼしたはずの、暗黒世界を統べる闇の血族なのです!」
少年は一人で熱く語り続けた。
思わず俺は呆然と少年の顔を見つめる。
そのまましばらく考えた後、俺はカナタの耳を引っ張った。
痛がりながらもカナタが俺の傍に転がってくる。
「…なんでこんなの連れてきた。
どう考えても痛いぞ、コイツ。」
目の前の少年に聞こえないよう、カナタの耳元で囁いた。
俺の言葉にカナタも困った顔を浮かべる。
否定しないということはカナタもある程度そう思っているらしい。
「僕も一応断ったんですけど…。
正直僕にはお手上げでして…。」
言い難そうにカナタが視線を逸らす。
まあ確かにコイツを追い返すのは至難の業だろうが…。
「奴を完全に滅ぼすには、私達一族が受け継いでいる魔力と、特殊な魔力で存在を清めた剣を使わねばなりません。
ですが、その剣が今では使い物にならないのです。
あ、お茶のおかわりまだですか。」
俺たちの密談も気にせず、勝手に話を続ける少年。
というか断りもなく茶まで飲んでやがる。
少年に言われたカナタは慌てて湯のみに新しい茶を注ぐ。
お前も従ってるんじゃねえよ。
「まあな、海渡った大陸では魔法とかいう技術があるのは聞いたことがある。
魔王がどうのっつうのも噂では耳にはいってるし、まあ本当なんだろうよ。
でもな、今の俺には刀を打つ気なんぞねえんだ。
悪いが帰ってくれ!」
相手の話に割り込んでこちらの要求だけをはっきりと伝える。
話を聞く気もないのだ。
最初からこうしてやれば互いに無駄な時間をすごさなくてすむだろう。
「そうですか、それでですね。
見て欲しいのが…」
こいつ話聞いちゃいねえ。
俺は思わず頭を抱え込んだ。
こういうのは一番厄介なタイプだ。
「カナタ、お帰りだ。
お送りして差し上げろ。」
え、とカナタが声を漏らした。
俺の言わんとすることがわかっていないらしい。
「力ずくで追い返せッ!」
○
僕はエルスさんを小脇に抱え、師匠に追い出されるように居間を出た。
元々短気な師匠だから、怒鳴られているのは慣れているけど。
まあこの人の話を聞いていたら師匠じゃなくても怒りたくなるよなあ…。
「すいません、カナタさん。
まだマツリさんとの話が終わってないのですが。」
特に抵抗することもなく、僕に抱えられたままエルスさんが呟いた。
まあ確かに彼としては話は終わってないんだろうけど…。
「ごめんなさい、師匠が話を聞く気がないみたいで…。
いくら粘っても無理だと思いますんで、諦めてもらえませんか。」
そう言った僕の言葉にエルスさんは不思議そうに首をひねった。
今の説明で何かわからないことでもあったのだろうか。
「この剣は、マツリさんでないと打ち直すことは出来ません。
そしてこの剣がなければ沢山の人が死ぬでしょう。
ならばマツリさんに打ち直してもらうしかないのですが。」
ううう…。
確かに話が本当なら、ここで追い返すのは心苦しい。
でも師匠はもう打たないって決めてるし…。
その事をこの人に理解してもらうにはどうすればいいんだろう。
僕は彼を下ろして一人廊下にしゃがみこむ。
ちらり、と彼を横目で見上げた。
金の髪に青い目、白い肌。
ゆったりとしたマントの下には、よく見れば豪奢な細工が施された鎧を着ている。
そして布に包まれた剣らしきものを手にしてた。
こうして見れば、確かに異国の戦士と言われても頷ける。
頷けるけど…。
「貴方は、マツリさんの弟子なんですか?」
突然言われて、しばらく呆然と考える。
鍛冶屋らしい仕事はしていないし、そもそも教わってもいないけれど。
でも弟子としてお願いして了承してもらったわけだし、弟子って言っても差し支えないよね…。
「…ええ。
一応、ですけど。」
それを聞いて再び彼は不思議そうな顔をした。
「なら、貴方はマツリさんが剣を打つ姿を見たいとは思わないのですか?」
そう言われ僕は言葉に詰まった。
そりゃ、そう聞かれれば見たいに決まってる。
もともと師匠の剣を見てここに来たんだ。
師匠の姿も、師匠が作る物も見てみたい。
でもそれはもうずっと否定されてきたことだ。
僕だって何度も進言した。
その度にすべて却下されてきたのだ。
「それは…。」
何とか言葉を搾り出す。
とにかく喋らなければ、と思ったけれど何も続きは出てこない。
それはそうに決まってる。
僕は、師匠を見たいのだから。
ずっと押し込めていた感情。
無理だと思って諦めていた願い。
それをこんな風に呼び起こされてしまっては、抗うことなどできるはずがない。
「見たい…。
そして、僕も関わりたい。
師匠と一緒に剣を打ちたい!」
溢れてしまった。
僕よりもずっと若い少年の、たった一言で。
いつもの生活では皆諦めてしまって、決してそんな考えは持っていない。
たまに訪れる客も僕なんか眼中にない。
だからかもしれない。
これほど簡単に揺れてしまうのは。
「なら、一緒に話に行きましょう。
もう一度お願いすれば、きっとわかってくれますよ。」
そう言ってうずくまっていた僕にそっと手を差し伸べる。
僕はゆっくりと勇者の顔を見上げて。
そしてためらいながらもその手を取るのだった。
「行きましょう…。」
●
俺はもう、絶句するしかなかった。
確かに言ったはずだ、力ずくで追い返せって。
なのにこの少年はあろうことか、カナタを味方につけて戻ってきやがった。
カナタもカナタだ。
言いくるめられてるんじゃねえよ…。
「お願いします!僕も師匠が剣を打つ所を見たいんです!」
黄金刀も乞うてみろってか…。
だがこいつには俺は何度も言ったはずだ。
「馬鹿。
打たねえ、って俺何べんいったよ?」
俺の言葉にカナタはしょんぼりとした顔をする。
だが隣に立っていた疫病神はまったく気にした様子がない。
「しかしこの剣はマツリさんでなければ…」
「知らねえよ!」
手にしていた湯飲みを思い切り机に叩きつけた。
その音に驚いたカナタがびくっと震え上がる。
「そっちにどんな事情があるか知らねえがな、俺はもう二度と剣は打たねえって決めたんだ!何度言われようが俺は絶対に打たねえよ!」
そう言ってびしっと少年を指差してやる。
だがやはり気にした様子はなさそうだ。
ゆっくりと少年は口を開く。
まさか…。
「そこを曲げて頂きたいのですよ。」
もうだめだな。
「わかった。」
はじかれたようにカナタが顔を上げる。
その表情は驚きに溢れていた。
「お前らが出ていかねえなら俺がでていく。
後は勝手にやれや。」
そう言って俺は立ち上がる。
居間を出ようとする俺の法被を誰かがつかんだ。
振り返らなくたってわかる、カナタだ。
「師匠、待ってください。
僕…僕、どうしても…!」
思わず足を止めて振り返った。
カナタがここまで言うのは少し意外だった。
そんなに俺に剣を打たせたいとは思わなかったからだ。
何か言ってやろうかと思ったが特に何も思いつかない。
俺はそのまま障子を開けて部屋を出た。
「じゃあな。」
○
一言だけ残して、師匠は行ってしまった。
後には呆然としている僕と、エルスさんだけが残される。
しばらくどうすることもできず、僕はただ開け放たれたままの障子をぼんやりと眺めていた。
「行ってしまわれましたね…。」
困ったようにエルスさんが呟く。
この人もこんな表情できるんだな、と思った。
「行っちゃった…。」
僕もその後に続いて呟く。
自分の口で言って、初めて現実が認識できた。
師匠がいなくなったのだ。
いつも通りの日常はもう戻らない。
憧れた姿は見れなくとも寝食をともにする生活はなくなったのだ。
「行っちゃった…。」
もう一度呟く。
僕は「いつも通り」が気に入ってたはずなのに。
どうして壊すようなことをしてしまったのか。
「カナタさん…。」
隣でエルスさんが呟いた。
「僕も行かなくちゃ!」
答えるように叫んで、僕は立ち上がった。
叫ぶことで自分に気合を入れる。
そうだ、座ってたって師匠は帰ってこない。
「いつも通り」が壊れたのなら、そこからさらに進んだ関係をつくる!今の僕にはその道しか残ってないんだ。
「師匠、愛してますよー!」
そう叫んでさらに気合を入れる。
よし、元気でてきた。
「エルスさん、師匠を追いかけ…に…?」
気合を入れたところでさっそく追いかけようと振り向くが、そこに彼の姿はない。
おかしいと思って部屋を見渡すと、隣に続く襖が開いていた。
ひょいと中を覗き込むと、エルスさんが僕の箪笥を開けている。
「ちょっと、何してるんですか!」
「こういうところにアイテムが隠されていたりするものなんですよ。」
こちらを向くこともなく、しれっと彼は言い放った。
確かにそういうところには色々入っているだろうけれど…。
それ泥棒じゃ。
「あと武器防具はちゃんと装備しないと意味がないんですよ。」
意味がわかりません。
「“やくそう”を手に入れた!」
そう言って勝手に傷薬を懐にしまうエルスさん。
「まあいいですけど…。
傷薬くらい…。」
後で買い足しておこうと心に決めた。
箪笥をあさって満足したのか、エルスさんはこちらに向き直る。
今更格好つけられてもこちらとしては苦笑するしかない。
「ともかく、マツリさんを探しましょう。
心当たりはありますか?」
それさっき僕が言いかけたんだけど。
ともかくこの手の人にいちいち突っ込んでいては時間の無駄だと悟った。
何はともあれ話を先に進めるべきだろう。
「任せてください!」
僕は自信満々に胸を打つ。
自慢じゃないが、僕は師匠を追いかけることには慣れているのだ。
師匠が借金を作ってしまったときも、知り合いの大切な酒を落として割ってしまったときも、昔の彼女の話をされて痴話げんかしたときも、
僕はいつだって師匠を探し出して連れ戻してきたのだ。
…本当に自慢にならないけど。
ともかく今は追いかけるのが先決だ。
「あの服装ですからね、すぐに見つかりますよ!」
●
あれから。
家を飛び出した俺は、行きつけの居酒屋に来ていた。
「まだ準備中なんだが…。」
店主の声を適当に聞き流しながら、俺は酒の入った湯飲みを傾ける。
お世辞にも綺麗とは言えない店だが酒の選択はとても俺好みだ。
「またカナタくんと喧嘩したのか?」
諦めた店主は開店準備に戻りながらそういった。
また、という言葉が少し引っかかるが敢えて反論はしない。
「なんか外国から来た子供と結託しだしてな。
剣打てとか言うから逃げてきた。」
視線を合わさないまま、適当に説明してやった。
どういう表情を浮かべているかはわからない。
いつも通り呆れているだろうか。
「それは…カナタくんも思い切ったことをしたもんだな。」
振り返って見れば、店主は手を止めて驚いた表情を浮かべていた。
まあ確かに普段の俺たちを知っていればそういう反応をするのも頷ける。
俺はカナタが転がり込んで来たばかりの頃、何度か喧嘩したからだ。
剣を打てというカナタと打たないという俺。
俺もカナタも頑固だから一度衝突すればなかなか収まらない。
喧嘩した時は大抵は俺が折れて終わるのだが、剣に関してだけは折れたことはなかった。
カナタもその辺はよく理解したようで、うちに来て2〜3ヶ月もすれば話題には出さなくなっていた。
「このことに関して俺が折れると思ったのかね…。」
もう一口、酒を含む。
本当に何であんな馬鹿なことをしたのか。
「いいかげん、決着つけたくなったんじゃないのか。」
そう言って店主は微笑む。
決着が着いてたからこそ、安定してたんだと思うのだが。
俺がそう呟くと店主は声を上げて笑った。
「まあそういう見方もできるけどな。
せめて理由くらい話してやれば納得するんじゃないか。
たいした理由じゃないだろ?」
そう言われて俺は言葉につまる。
確かに人から見ればたいした理由じゃないかもしれないが…。
「それに、いい子じゃないか。
あれだけ慕ってくれてるんだから、少しは応えてやったらどうだ?」
視線を逸らして店主が言った。
この話題の時は視線を逸らしてもらえるのはとてもありがたい。
苦手なのだ、こういう問題が根本的に。
「それは…うーん…。」
カナタが嫌いなわけじゃない。
嫌いだったらそもそも手元に置いて身の回りの世話なんか焼かせたりはしない。
ただ、なんというか。
「すみませーん。」
扉の外からカナタの声が聞こえた。
俺は慌てて湯飲みをもったまま店の奥に隠れる。
身振りで店主に「いないことにしてくれ」と伝えておくのも忘れない。
「やあ、カナタくん…とそちらさんは?。」
扉を開ける店主。
どうやらあの少年も来ているらしい。
「初めまして、海の向こうの国からきましたエルスといいます。」
普通に挨拶してやがる。
くそう、あいつひょっとして外面はいいのか。
「うちの師匠がまたご厄介になってませんか?」
人を邪魔者みたいに…。
いやまあ、仕事してないからあまり強くも言い返せないんだが。
「いや、今日は来てないなあ。
見かけたら家に戻るように言っておくよ。」
店主の言葉にカナタは落ち込んだ声で答えると足早に立ち去った。
完全に気配がなくなったのを確認してから俺は顔をだす。
「まったく、すぐに居場所探り当てやがって。」
俺は既に見えなくなっているカナタの背中に毒づいた。
冷静に考えると少し情けない姿かもしれない。
それこそ恐妻に追いかけられている亭主みたいに…。
「カナタくんが決断したんだ。
そろそろ、動いちゃどうだ?」
店主が後ろからそう言う。
動く内容にもよるがなあ…。
「とりあえず、酒おかわり。」
○
うちの近くの居酒屋を出て、僕達はぶらぶらと歩き始める。
さて、どうしようかなあ…。
「他に心当たりはないんですか?」
エルスさんが後ろから聞いてくる。
ああ、そうか。
説明してあげないとわからないことに気づいた。
「ああ、師匠はさっきの居酒屋にいますよ。
たぶん匿ってもらってるんだと思います。
でなきゃ、あんなに目立つ格好して他の人たちに目撃されないことはありませんから。」
先ほど居酒屋による前に、近くの店や顔見知りの人に声をかけてみた。
目撃した人は全員居酒屋の方に言ったというし、それ以外の道にいた人は目撃していないという。
「師匠があの法被を脱ぐとは思えませんし。
むしろどうやってあの中から引きずりだすかですねえ。」
僕の言葉にエルスさんは頷く。
いつものようにぼんやりとした顔で、わかっているのかどうかは読み取れない。
「…どうして法被なんです?」
やはり少しずれたことを考えていたようだ。
まあ別に今は祭りの時期でもないし、疑問に思うのも当然といえば当然かもしれないけど…。
なんというか、そういう疑問を持つのって遅いんじゃないのかなあ。
「なんでもお祭りの真っ最中に生まれて名前がマツリになったそうですよ。
そのせいか知らないですけど、本人もお祭りが大好きで…それでいつも着てるみたいです。」
はあ、とエルスさんが呟いた。
自分から聞いてきたのに興味なさそうな…。
「じゃああれですかね、お祭りでも開けば飛び出してくるんじゃないですか。」
いやいやいや。
いくらなんでも二人だけでお祭りなんて出来るはずがない。
町の人たちに頼んでも突然そんなこと協力はしてくれないだろうし。
「まあでも、好きなもので釣るのが常套手段かな…。」
あんまりこういうこと、したことないからなあ…。
大抵師匠は逃げ出しても僕の手の届く範囲で逃げ回ってくれてたから楽だったんだけど。
やっぱ師匠が好きなものって言えば…。
「煙草とかどうなんです?部屋にキセルがあったみたいですけど。」
細かいところみてるな…。
まさか気づかないうちに物色して勝手に物持ってってるんじゃないだろうか。
あとで確認しないと。
また師匠怒らせることになりそうだしちゃんと調べとかないといけない。
「あー、師匠はあんまり煙草は…。
嬉しいことがあった時だけ吸うんですよ。」
かくいう僕も師匠が煙草を吸っているのは数えるほどしか見たことがない。
確か…お祭りの時と、友人に子供が生まれたときだったかな?
「ちゃんとあるんですよ。
思わず師匠が出てきたくなるようなものが…。」
●
何杯目かの酒をあおり、小さくため息をつく。
その場の勢いで飛び出してきたが、どうしたものか。
知り合いの所を転々としてもいいんだが、いずれカナタに見つかるだろう。
それまでには打開策を考えておきたいところだが…。
「おーい、もう一杯くれ。」
店の奥にいる店主に向かって声をかける。
どうやら何かを探しているらしく、こちらの声に気づいていないようだ。
まあいい、いつものことだし勝手に入れさせてもらおう。
俺は店の奥に入り、適当な酒を物色する。
えーと、俺が好きなのは…。
「これ…か…?」
獅子、と書いてある酒瓶を適当につかんで引っ張り出して見た。
どうやら俺がいつも飲んでいるのとは別のものだったらしい。
無骨な文字で「宵の獅子」と書いてあった。
「こらあああああっ!」
突然の大声に俺は思わず手にしていた酒瓶を落としそうになる。
「うおおおっ。」
慌てて俺と店主が手を出して、なんとか酒瓶を受け止めた。
もう少しで落として割ってしまうところだった。
まったく、突然大声なんて上げやがって。
「この酒なんだと思ってる!幻の銘酒だぞ!」
幻の…?と言われても聞いた覚えはない。
俺が知らない酒なんて、よっぽど名前が通ってないものくらいだと思うんだが…。
「数年に一本だけ流通するんだよ、これ一本買う金で3年は暮らせるぞ!?」
は…?俺は思わずぽかんと口をあけた。
3年って…え…。
「なんでそんな高いもんが…!」
今になって、ようやく自分がえらいものを割りそうだったことに気がついた。
うちはほとんどその日暮らしの生活だ。
そんなもん割ったらカナタに怒られる…!
「友人から回ってきたんだよ…。
俺としても扱いに困ってるんだよなあ。」
まあそうだろう。
こんな高いもん買う客なんてそうはいないだろうし。
「すいませーん。」
突然店の入り口から声が聞こえた。
この声は…あの勇者か!?俺は慌てて身を隠す。
「はいはい。」
店主が返事をしながら入り口に歩み寄る。
というか開店してないんだから適当に流せばいいのに。
そういうところ、お人よしだよな。
「すみません、この店で一番高いお酒が欲しいのですが。」
は…?俺は思わず身を隠したまま眉をひそめた。
こちらからは見えないが、おそらく店主も同じような顔をしているに違いない。
「今日はエルスさんとちょっと酒盛りをしようと思いまして。
折角だから一番いいお酒で…。」
カナタの声も聞こえる。
酒を準備して俺を呼び寄せようということか。
馬鹿め、酒ならここのほうが…
「一番高いのならこの『宵の獅子』になるけど…。」
待て、それを売るのか!?いくらなんでも奴らにそんなもん買えるはずがない。
「これで、足りますか?」
そう言ってエルスは何かを取り出したようだ。
ここからは見えないが、店主が息を飲んでいるのがわかった。
何を出した…?
「こ、これ…!」
「お釣りは結構ですよ。」
ひょっとして本当に買ったのか!いやいや、でも待て。
どんな財力してるんだあいつは。
そう考えている間に、店主が何かを抱えて俺の前を通りすがった。
あれは…金塊か!?おそらく店の奥にある金庫に保管しに行ったのだろう。
確かにあれだけの大きさなら「宵の獅子」を買ってもお釣りが来る。
ということは二人は今日あれを飲むのか。
くそ、うらやましい。
考えてみればカナタは結構な酒豪だ。
あいつらに任せてては一瞬でなくなってしまう。
「待て待て!」
そう考えた時には俺は既に飛び出していた。
幻の銘酒をがぶ飲みされてたまるか!
「お前ら、それ飲む気か!」
俺が叫んでも、エルスもカナタも驚いた様子はみせない。
くそ、こいつら俺がここに隠れてるのわかってて一芝居うちやがったな。
「師匠も一緒に呑みませんか。
僕、師匠と一緒にお酒呑みたいです。」
そう言ってカナタが微笑む。
ぐ…。
俺達喧嘩してたんじゃねえのかよ…。
「ま、まあ一時休戦してやってもいいぜ。」
別に酒につられたわけじゃない。
断じて違う。
カナタがどうしてもと頼むからしょうがなくだ。
「じゃ、帰りましょ!」
俺の答えを聞いたカナタが、満面の笑みで俺の手を取った。
人目を気にして俺はその手を振り払う。
それでもカナタは俺の手を取った。
くそ…。
しょうがなく俺は店の奥の店主に声をかけた。
「悪いな、またくるぜ。」
○
結局師匠は戻ってきた。
まあ三度の飯より酒が好き、といって憚らない師匠のことだ。
いいお酒で釣ればすぐ出てくるだろうことは予測できる。
予想外だったのはエルスさんの財力だろうか。
やっぱり勇者様は違うんだなあ。
「ねえ、師匠?」
僕は甘えるように師匠の肩に自分の頬を乗せた。
師匠は無言で体を揺すり僕を振り落とす。
それでも負けじと僕は師匠の膝に頭を乗せた。
諦めたのか、師匠は振り落とすことをやめて小さく貧乏揺すりを開始する。
「何がだ。」
いつも通りの悪態も、心なしか気分が良さそうだ。
まあこんな美味しいお酒があるんだから当然といえば当然かもしれない。
「えへへ、美味しいですねえ。」
自分でもお酒が回ってるのがわかる。
なんとなく師匠の頬に手を伸ばした。
容赦なく叩き落される。
「師匠、剣打ってくれませんか…。」
呟いてみた。
師匠は何も言わず、膝の上にいる僕をじっと見つめる。
しばらく無言で見つめあった。
「駄目だ。」
やっぱり答えは変わらなかった。
師匠の意地悪…。
「じゃあ僕が師匠の剣もらいますっ。」
そう言って師匠の股間に手を伸ばす。
握り応えのあるものがそこにあった。
あ、結構大きいかも…。
「馬鹿、離せ!こら!」
師匠が慌てて暴れだした。
でも僕を引き剥がすというよりは、落ち着かせようとしてる気がする。
…お酒の勢いでいけるかな?普段の僕からは考えもつかない行動だ。
たぶん興奮してたんだと思う。
気がつけば、僕は師匠を押し倒していた。
「カナタ…!」
師匠が驚いた表情を浮かべた。
両手を押さえつけて、そっと首筋に口付ける。
「やめろ、エルスが起きる…!」
ちらりと横目でエルスさんを見る。
彼はもうずいぶん前から酔いつぶれて眠っていた。
「お前、仮にあいつが起きたら俺の裸見られるんだぞ…!」
そういわれて僕は動きを止めた。
…師匠の裸を人には見せたくない。
ゆっくりと、師匠から体を離す。
それに続いて師匠も体を起こした。
怒っているだろうか。
「ほれ、こっち来い。」
そう言って師匠が腕を広げる。
いい…のかな。
おずおずとその腕の中にもたれかかった。
師匠はそっと僕の頭を抱きしめる。
とてもいい匂いがした。
思わず僕は師匠の背中に腕を回し、強く抱きしめる。
「師匠、好きです…。
大好きです…!」
答えるように、師匠は僕の頭を優しくなでてくれた。
「知ってる。
でも…でもな…。」
師匠がつらそうに何か呟いた。
聞きたくない。
僕は咄嗟に耳をふさいだ。
「師匠…。」
●
俺はカナタの頭を抱きしめる。
「師匠、好きです…。
大好きです…!」
どう答えていいかわからなくて、俺はカナタの頭を撫でた。
「知ってる。
でも…でもな…。」
カナタの体が硬くなったのがわかる。
俺から腕を離し、自分の頭を抱えていた。
「俺…どうしたらいいのか…。」
いなくなって欲しいわけじゃない。
でも応える勇気もない。
結局今までどおり、ずるずるとだらしない関係を続けていくのか。
「師匠…、僕師匠のこと愛してます。」
カナタが顔を上げて言う。
酒で顔は赤くなっているが、その目は真剣だ。
「だから僕、師匠と剣を作りたいです。」
またその話か。
俺は思わず自分の腕の中にいるカナタの肩をつかみ、引き離した。
カナタが驚いた表情を見せる。
「冷静に考えろ。
いきなりそんなこと出来るわけないだろ。
うちには玉鋼どころか、銑もねえんだぞ?」
言われてようやく気づいたようだ。
カナタは俺から離れ、一人うなだれている。
「俺は寝る。
お前も諦めて、もう寝ろ。」
そう言って俺は部屋を出た。
後ろ手に襖を閉めて大きくため息をつく。
俺だってカナタを悲しませたいわけじゃないんだがな…。
翌朝。
「おはようございます。」
エルスの声で目が覚めた。
くそ、最悪の朝だ…。
そもそもなんであいつは当然のようにうちに泊まってるんだ。
俺は手早く着替えると襖を開く。
…あれ?
「カナタはどうした?」
そもそもカナタが俺を起こしに来ないなんて珍しい。
大抵俺の寝顔をしばらく見つめてから優しく起こしてくれるのに。
「それが私が起きた時から姿が見えなくて…。」
あいつ何やってんだ…。
台所も覗いてみるが朝食の用意もできていない。
朝っぱらから買い物もないだろうし…。
「まさか。」
俺は昨日の夜のことを思い出した。
材料がないから剣なんか打てないと言ってやった。
じゃああいつは…。
「砂鉄でも取りに行く気かよ…!」
俺は法被を引っ掛けると慌てて家を飛び出した。
昔砂鉄が取れたという山が近くにある。
でもあそこは山肌がもろくなって、危険だからと閉鎖されたはずだ。
「マツリさん!」
エルスが後ろから声をかけるが構っていられない。
俺はまっすぐに、山に向かって駆け出した。
○
がらがらと音を立てて足元を一抱えほどの岩が転げ落ちていく。
「結構足場わるいなあ…。」
思っていたよりも山道は荒れていて、かろうじて歩ける程度だ。
場所によっては獣道すらないほどにあれている場所もある。
それでも、この先に砂鉄が取れる場所があるはずだ。
昔は結構賑わっていたらしいから、取るための設備もまだ残っているはずだとも聞く。
たどり着けさえすれば…。
「カナターっ!」
聞きなれた声があたりに響いた。
僕は足を止めて後ろを振り返る。
だが師匠の姿は見えない。
あれだけ大きな声なんだから、空耳のはずがない。
「聞こえたら返事しろ、カナターっ!」
いた。
崖下に師匠の姿が見える。
僕のこと、心配して来てくれたんだろうか。
もしそうだったらとても嬉しい。
「無事か、カナターっ!」
さらに師匠が叫ぶ。
だめだ、もう我慢できない。
「師匠ーっ!」
僕は叫ぶと、思い切って崖を滑り降りた。
幸い崖はわずかに角度がついている。
ちょっとお尻は痛いけど、特に怪我もなく下におりることが出来た。
「師匠!」
僕は感極まって思わず師匠に抱きついた。
師匠は僕を受け止めて大きくため息をついている。
「馬鹿野郎、心配かけやがって…。
危険だから閉鎖されたって事くらい知ってんだろ?」
知ってるけど…。
「でも、材料さえあればと…。」
僕の言葉を聞いて師匠が大きくため息をつく。
もちろん根本的な問題はそこじゃないことはわかってる。
わかってるけれど。
「あのな…」
「見つけましたよ!」
突然聞きなれない声が頭上から聞こえた。
僕と師匠は思わず顔を見合わせて、崖の上を見上げる。
見慣れない男が立っていた。
遠くてよく見えないけど、長い銀髪に白い肌。
そして真っ黒なマントをまとっている。
これは…。
「げえっ。」
師匠が隣で呟いた。
たぶん同じ事を考えた。
あれは、エルスさんと同類だ。
「また痛いの増えたのかよ…。」
本気で嫌そうな声だ。
まあわからないでもないけれど。
「貴方達が勇者の仲間ですね。」
「いやちがう。」
師匠が全力で否定した。
そんなに嫌なんだろうか、エルスさんと一緒に見られるの。
「貴方達に恨みはないですが、死んでもらいますよ。」
「人の話をきけっ!」
師匠は叫びながら、僕の手を取って走り出した。
後ろから爆発音が聞こえる。
駄目だ、あれも完全に自己完結型の人間だ。
どう説明したところで聞く耳もたないのなら逃げるのが一番確実。
「ぐ…。」
師匠が足を止めた。
どこをどうやったのか、僕達の前にさっきの黒マントが立っている。
魔法の技術とやらだろうか。
眉唾ものだと思ってたけど、本当にあるものなのかな。
「カナタ、逃げろ。」
師匠が落ちていた木の棒を拾い上げて構える。
刀鍛冶になる前は腕の立つ剣士だったと、聞いたことがある。
「でも…。」
僕が何か言う前に、師匠は黒マントに向かって走り出した。
刀を構え、姿勢を低くしながら突っ込んでいく。
黒マントが薄く笑った。
「師匠っ!」
目の前で、爆発が起こった。
咄嗟によけたのか、ところどころ焦げた師匠が僕の前に転がってくる。
「くっそ、あんなのありかよ!」
手にしていた棒は完全に折れている。
逃げなきゃ。
なんとかそれだけを考えて、僕は師匠を担いで走り出す。
「逃げられません。」
後ろから声が聞こえた。
それとほぼ同時に後ろから爆風が襲い掛かる。
僕たちはまとめて崖にむかって吹き飛ばされた。
「うわっ…!」
●
ここは、どこだ。
真っ暗な中で俺は目を覚ました。
「うう…。」
俺の真上からカナタの呻き声が聞こえる。
どうやら俺に覆いかぶさるようにしてカナタは倒れているらしい。
というか、守ってくれたんだろう。
相変わらず無茶をする。
俺は首だけ動かして周囲の状況を確認して見た。
これは…崖が崩れてきたのか。
幸いすぐ傍に木が生えていたのと、崖そのものが崩れ落ちてきたわけじゃないようで俺達の周りは埋まっていない。
これは運がいいと言っていいだろう。
俺はカナタに負担をかけないよう、ゆっくりとカナタの下から這い出した。
「おい、カナタ。
しっかりしろ。」
俺が揺さぶると、ゆっくりとカナタが目を開けた。
どうやら大きな怪我もしていないようだ。
「師匠…。」
声を聞いて、俺は思わず安堵のため息を漏らした。
改めて自分の体も怪我がないか確認する。
何箇所か焦げてはいるが、特にこれといった怪我はないようだ。
あの痛い奴、下手だな。
狙った相手くらい確実に仕留められないと。
まあ今回はそれで助かったんだが。
「ここ…?」
カナタが頭を振りながら聞いてくる。
まあすぐにはわからないだろう。
「どうも、生き埋めにされたみたいだなあ。」
俺はカナタの顔についた土ぼこりを取ってやる。
暗くてよくわからないが、喜んでいるようだ。
俺も自分の顔をごしごしと擦る。
しかし…どうやって出たもんかな。
「これ、穴掘ったほうがいいですかね…。」
カナタが壁を触りながら言う。
触った端から壁はぼろぼろと崩れ落ちる。
うーん、これは下手に掘ったらここも埋まっちまうな…。
「外から助けが来るのを待ったほうがいいかもしれねえな。」
「でも、僕達がここに埋まってるって誰か知ってるんですか?」
カナタの言葉に俺は固まる。
そういや誰にもここに来ることは教えてはいない。
知ってたとしてもここに埋まってるとはわからないだろう。
「しかし下手に掘ればあっという間に生き埋めだしなあ…。」
俺の言葉にカナタがしゅんとした動きを見せる。
俺はそれを見ながら、口を開いた。
「あー…その。」
いい難い言葉だから、なかなか出てこない。
カナタが不思議そうに俺の顔を覗き込んでくる。
近くまで寄らないと、表情が見えないからだろう。
俺は気恥ずかしくて目を逸らした。
「なんでそんなに、俺に剣を打たせたいんだよ…。」
その言葉にカナタが下を向く。
「じゃあ師匠は…、どうしてそんなに打ちたくないんですか?」
今度は俺が下を向く番だ。
もっとも今更隠すことではないのだが。
ここまで来てしまっては言い難いのも事実だ。
「そりゃあ…。」
「教えてください。」
カナタが俺の肩をつかんで顔を覗き込んでくる。
しょうがない。
俺は大きく息を吐いた。
「お前たち、人熊族は山の中で暮らす一族だったな。」
俺の言葉にカナタは不思議そうに頷く。
カナタたち人熊の一族はもともと山奥でひっそりと暮らしている一族だ。
普通は山から下りてはこない。
カナタのような奴が例外なのだと聞く。
「俺たち人虎族は、昔から戦いと共にあった一族だ。
常に戦いの中に身を投じて生きてきた。」
カナタは頷く。
ここまでは誰でも知ってることだ。
もちろんカナタだってそうだろう。
山奥にこもって世間知らずなところもあるが、大きく常識から外れた奴じゃない。
「もちろん俺だってそうだ。
昔は剣客として、まともに剣が振れなくなってからは刀鍛冶として。
ずっと戦いに携わって生きてきた。」
そう、それは言うなれば俺の誇りだ。
人虎族として生まれ、育ってきた俺の誇り。
「…でもな、最近はずっと平和なんだ。
悪いことじゃあない。
ゆっくりと暮らしていけるならそれでいいとは思うさ。
だけど、俺がつくる剣は違うんだ。」
俺はまっすぐにカナタを見つめた。
カナタもただ無言で俺を見つめ返す。
「俺が作る剣は芸術品じゃない。
戦うための武器なんだよ。
そのために使われないなら、俺はもう作る必要がない。
俺の子供たちは、戦いに携わらないと意味がないんだよ。」
つまりはそういうことだ。
武器は使ってこそ武器。
そういう信念なのだ。
「でも…エルスさんは使うために、必要としています。」
確かにそうかもしれない。
あいつは武器として俺の作品を求めてくれているだろう。
「もう誓ったんだよ、作らないって。
それに前例を作ればまた人が訪れる。
ちょっとやそっとじゃ、曲げるわけにはいかない。」
俺の言葉にカナタが下を向く。
わかってくれた…のだろうか。
その肩が小さく震えていた。
「でも…いえ、だからこそです。
僕は師匠が好きだから!師匠と一緒に作品を作りたい。
師匠と一緒に何かを創りたいんです!」
カナタが叫んだ。
俺と一緒に、か…。
「僕と師匠の人生が交わった証として。
たとえ愛してもらえなくても、それがあれば僕は…。」
そう言ってカナタは完全にうなだれてしまった。
ようやく、俺はカナタの思いがわかった気がした。
現状に満足してたのは俺だけだったんだ。
こいつはたぶん、ずっとその先を求めてた。
俺との関係が進められないのなら、代わりが欲しい。
たぶんそれが、結論だったんだろう。
なら俺は、決めなけりゃならない。
「カナタ…俺…。」
もう今までのような、甘えた関係は許されない。
俺がカナタをどう思っているのか。
これからカナタとどうして行きたいのか。
決めるための時間はたっぷりあったはずだ。
この一年、カナタはずっと待っていてくれたんだから。
「カナタ…。」
俺は、カナタの名を呼んだ。
ゆっくりと顔を上げるカナタ。
泣いているのだろう、触れた頬が少しだけ濡れていた。
「ごめんな、カナタ。」
そう呟いて。
俺はそっとカナタに口付けた。
一瞬だけ、カナタの体が硬くなる。
だがそれもすぐに消えて。
俺とカナタは強く抱き合った。
突然世界が白く染まる。
強い衝撃が俺達を襲った。
咄嗟に俺はカナタを庇うように抱きしめる。
一瞬岩が崩れてきたのかと思ったが違う。
これは…?まばゆい閃光が辺りを包み、やがて全てが収まった。
俺はゆっくりと体を起こす。
辺りは何の音もない…いや。
これは俺の耳がいかれてるんだ。
たぶんあまりに大きすぎる音で一時的に耳がおかしくなってるんだろう。
隣でカナタがぱくぱくと口を動かしているが全く聞こえない。
「…。」
何かが聞こえた気がした。
俺は顔を上げて、カナタの向こうに立つ人影を見る。
エルスだ。
片手に剣を古びた剣をもち、いつも通りの表情でぼんやりとたっている。
「大…夫……か?」
耳が少しずつ回復してきた。
どうやら俺達はこいつに助けられたらしい。
「ひでえ剣使ってやがるな…。」
思わず口からそう漏れた。
遠目でもわかる。
あの剣は、武器として考えれば使い物にならないはずだ。
それでも手にしているのは、魔法を使うために必要だからだろうか?
「まったく、しょうがねえな。
その剣、俺に任せろ。
なんとかしてやるよ。」
その言葉に一番驚いたのはカナタだった。
そりゃそうだ、さっき「信念は曲げない」なんて宣言したばかりなんだから。
でもなあ。
「俺はともかく、カナタを助けてくれたんだ。
恩に報いない訳にはいかないだろ?」
○
あの後、僕等はエルスさんに助けられながらなんとか家に戻ってきた。
僕も師匠もすっかり疲れ切っていて、部屋に入るなり布団も敷かずに倒れ込むようにして寝てしまったようだ。
翌朝、まだ痛む身体を引きずるようにして仕事場に顔を出す。
「どれ、見せてみろよ。」
師匠の声にも疲れが滲む。
昨日エルスさんに「剣を打つ」と宣言した以上は動かねばならない。
エルスさんはいつも通りの表情で、腰に下げていた剣を鞘から抜き放った。
もう少し嬉しそうな表情とかしてもいいと思うのだけれど。
まあ彼はいつもああいった風のようだし、今更気にすることでもないか。
「これは…。」
剣を受け取った師匠が苦々しげに呟いた。
何事かと僕も師匠の手元を覗き込む。
確かにその剣はひどいものだった。
刃こぼれ、刃切れは当たり前。
切っ先にある傷の烏口や内部に発生した錆びのせいだと思われる膨れも見られる。
「ひどい代物だなあ…。
作った奴もあんまり上手くなかったみてえだが。」
師匠が剣を眺めながら呟く。
まあ師匠がぼやきたくなるのもわかる気はするけど…。
「確かに西洋風ですけど、全体の造りはこっちの国の技術ですよね。
…なんとかなりそうですか?」
僕は後ろから師匠に尋ねてみる。
師匠は渋い顔をしながら頭をぼりぼりとかいた。
「正直なあ、新しいの作ったほうがこっちも楽だし手間もかからないと思うんだが…。」
だが師匠の言葉にエルスさんは首を横にふった。
新しく作るわけにはいかないらしい。
「この剣という『存在』が必要なのです。
他の剣では意味がありません。」
師匠の眉間に皺がよる。
うわ、凄く機嫌が悪そう…。
こう意味のわからないことばかり言われるとしょうがないのかもしれないけど。
エルスさんにそこら辺の気遣いとかは無理みたいだしなあ。
僕が間に入るしかないか…。
「と、とにかくこの剣をなんとかしないといけないんですよね。
師匠、どうしましょうか。」
僕の言葉に師匠がうーんと唸る。
「そうだなあ…。
皮鉄と心鉄を強引にはがして他の材料と混ぜちまうか。
剥がしきれない部分は棄てて…うーん。
なんとかなりゃいいけどな。」
そう言って師匠は剣をエルスさんに返した。
「ともかく新しい材料がなきゃ話にならねえんだ。
隣町に俺の知り合いの鍛冶屋がいるから、この紙に書いた材料もらってきてくれ。」
そう言って師匠は一枚の懐紙を取り出した。
「わかりました、すぐに行ってきます。」
エルスさんはにっこりと微笑むと、懐紙を受け取って家を出て行った。
そんなに急がなくてもいいのに、いつも思いついたらすぐに動いちゃうんだなあ。
「とはいえ、結構な量だから一往復じゃ無理だろうな。」
エルスさんが出て行ってから師匠はにやにやと笑う。
ちょっとした腹いせのつもりだったのだろう。
でもそれが上手くいかないことを僕は知っている。
「エルスさんが腰につけてた袋。」
僕の呟きに師匠が不思議そうに振り向いた。
「あれ、どんな大きさでも入るみたいですよ。
槍とか机とか、取り出すの見せてもらいましたから。」
理解できない、といった顔をする師匠。
見てなきゃわからないとは思うけど、事実だ。
もっとも無限に入るわけではないそうだけど。
「どんなものでも、256個まで入るそうです。」
「なんだそりゃ。」
僕も初めて聞いたときそう思った。
他にも同じ物なら99個までは1個扱いに出来るとか、何を入れても壊れないとか色々あるらしい。
それを説明しても、師匠は混乱するだけだろうからここでは伏せておく。
「ともかく、何の苦労もなく全部いっぺんに運んでくると思いますよ。」
勇者だからですかねえ、と僕は付け加えた。
それを聞いた師匠は露骨にがっかりとした表情を見せる。
こういうところがわかりやすい人だと思う。
そこも可愛いんだけれど。
「まあいいさ、どうせ移動に数日かかるんだ。
ゆっくり休ませてもらおうぜ。」
それだけ言って、師匠はさっさと私室に戻っていった。
剣一本打つのにも結構な時間はかかる。
師匠にはゆっくりと休んでいてもらいたい。
その間に僕は…。
「仕事道具の手入れでも、しておこう。」
●
時は既に深夜。
月明かりの中、冷たい廊下をゆっくり足音を殺しながら歩く。
何度か引き返そうかと思ったが、そういうわけにもいかないだろう。
やっぱり態度で示すのが一番だ。
「…入るぞ。」
そう宣言すると同時に俺は襖を開いた。
部屋の中は既に明りが消されており、中にいる人物の顔は見えない。
「師匠…?」
布団からカナタが起き上がるのがわかった。
俺は無言で部屋に体を滑り込ませ、後ろ手に襖を閉める。
部屋は完全に闇にのまれた。
カナタが立ち上がり、部屋の隅にある行灯に火をつける。
ぼうっと部屋が明るくなった。
それでも相手の表情を読むには十分とは言いづらい。
俺はカナタの布団まで歩み寄り、布団の上に腰を下ろした。
カナタも這って布団の上に戻ってくる。
俺は胡坐をかいて、思わずカナタから視線を逸らす。
自分から言い出すのはやはり気恥ずかしい。
「どうしたんですか、師匠?」
カナタが不思議そうに聞いてくる。
「あー…。」
どう言い出せばいいのかわからない。
かといってこのままここに座っているだけでは夜が明けてしまう。
「なんだ、その…。
あいつが材料を持って帰ってきたら剣を打つ。
お前には相方を務めてもらう。」
俺の言葉にカナタの顔がぱっと明るくなった。
相方をさせてもらえるかどうか不安だったのだろう。
「それでだな…。
相方を務めるには、ある程度呼吸を合わせてないと話にならないわけだ。
俺が打って欲しい場所に、打って欲しい時に打つ。
そう簡単には出来ないことだ。
普通なら呼吸を合わせるのにしばらく時間をかけるんだが、今回は時間がないしな。」
いつもより饒舌になっているのがわかる。
恥ずかしさを言葉で埋めようとしているのだ。
そんな俺の言葉をカナタは黙って聞いていた。
話の本質が別にあることに気づいているのだろう。
「師匠。」
どう続けるか迷っていると、カナタが口を開いた。
「愛してます。」
そう言って俺の口を奪った。
思わず俺はカナタを抱きとめそれに応える。
そっと顔を離して、カナタが俺の目をじっと見つめてきた。
向こうからの助け舟だ。
「手っ取り早く呼吸を合わせるには、やっぱこれが一番だろ。」
それだけ言って、俺はカナタを押し倒した。
もうこれ以上は耐えられそうにない。
元々こういう台詞は苦手なんだ。
「んっ…。」
カナタの首筋を舐めると、小さく声を上げた。
背中に回していた腕を解き、カナタの胸に手をやる。
むっちりとした肉が手に余った。
「師匠…。」
カナタの甘い声が聞こえた。
体を離し、カナタの顔を覗き込む。
目元が行灯の明りを反射してきらりと光った。
「泣いてんのか。」
俺の言葉にカナタは目元の涙を拭う。
ひょっとして俺は先走っただろうか。
だがカナタは力強く俺の体に抱きついてきた。
「…嬉しくて。」
その言葉を聞いて俺は思わず安堵のため息をついた。
全く、ややこしい。
再び背中に手を回して抱き返してやる。
「カナタ、好きだぜ。」
耳元で囁いてやると、カナタの腕にさらに力が込められた。
落ち着くまでしばらく待ってやらないと駄目そうだ。
「しょうがない奴だな。」
○
僕が落ち着くのを待って、師匠は優しく僕に口付けてくれた。
「師匠…見せてください。」
そう言って僕は師匠を立たせて着物を脱がせていく。
するすると衣擦れの音を立てて床に落ちていく着物。
そしてその下から姿を表す、傷のついた体。
一見すると細く見えるがその体にはしっかりと筋肉がついている。
僕は手を伸ばして、そっと傷の一つに触れた。
「若い頃は無茶したからな…。
あんまり見れたもんじゃねえだろ。」
そう言って師匠は恥ずかしそうに笑う。
そんなことはない。
大きな傷も、がっしりとした筋肉も、ごつごつと骨ばった手も。
どれもとても素敵だ。
地面に膝を着いたまま、そっと師匠の腰を抱きしめる。
最後に残った褌の向こうにほんのりと熱を感じた。
師匠が体を動かすたびに、体中の筋肉が動いた。
暗くても、触れていれば良くわかる。
背中も腹も脚も腕も。
全てが筋肉の鎧に包まれていた。
「お前も脱げよ。」
そう言って師匠が僕を立たせる。
僕は師匠ほど整った体をしていない。
見せるのはなんだか気恥ずかしかった。
「ほれ、さっさとしろよ。」
そう言って師匠が僕の帯を解いた。
諦めて僕は着物を脱ぎ捨てる。
「柔らかい体だな。」
そう言って師匠は僕の体を触る。
むっちりとした肉が着いた僕の体は、確かにさわり心地はいいかもしれない。
「こっちは、硬そうだけどな。」
師匠は笑いながら僕の褌の前袋をつかんだ。
「あっ…。」
思わず声を漏らす。
僕のそこは既に熱く滾って、この上なく硬くなっている。
憧れの師匠とできるのだから、しょうがない。
師匠の指が僕の竿に絡みついてくる。
それだけで考えられない程の快感が僕の背筋を駆け抜けた。
「気が早いな。」
師匠の指が僕の表面を撫でる。
僕は声を漏らさないようにするだけで精一杯だった。
必死で快感に耐えながら、僕は師匠の股間に手を伸ばす。
僕の手の中に、柔らかい肉の塊があった。
「師匠…。」
僕は再び膝を着いて師匠の手から逃れると、そっと師匠の褌を解いた。
綺麗に剥けた、黒い竿が目の前にぶら下がっている。
あれほど憧れた物が、目の前に。
我慢なんか出来るはずもない。
僕は迷わずそれにむしゃぶりついた。
「か、カナタっ…。」
師匠の上ずった声が頭の上から聞こえた。
僕は師匠の腰に腕を巻きつけて必死でそれを吸い上げる。
少しずつ僕の口の中で大きくなってきた。
「ちょ、ちょっと待て…。」
僕の視界で師匠の太ももが動いた。
ぐっと浮き上がる筋肉がいやらしくて、思わず指を這わせる。
師匠は僕の頭を軽く押さえてそっと腰を引いた。
僕の前に、大きくなった師匠の竿が姿を表す。
「師匠…。」
そっとその先端を包むようにつかんだ。
表面を擦るように手を動かす。
「ああっ!」
刺激が強かったらしい。
師匠は声をあげて、その場に尻餅をついた。
「やってくれたな…。」
そういうと師匠は僕に飛び掛り、手早く褌を奪い取る。
僕の皮をかぶった物が、ぶるんと大きく跳ね上がった。
師匠は片手でそれを掴み皮を剥きながら、僕の胸元に顔をうずめた。
毛を掻き分けてそこにある乳首を舐める。
「んっ…。」
股間と乳首を同時に刺激されて嬌声が漏れた。
僕の股間から濡れた音が響いてきた。
先走りが出てきたらしい。
「かわいい声出すじゃねえか。」
そう言って師匠は僕を見上げて笑った。
恥ずかしくて顔が赤くなるのがわかる。
「師匠…。」
愛しくて、名前を呼ぶことしか出来ない。
師匠はすっと体を起こすとそのまま下がり、僕の股間に顔をうずめた。
「あああっ!」
暖かい粘膜に僕の竿が包まれる。
おそらく初めて口に含むのだろう、決して上手くはない。
それでも自分に触れている粘膜が師匠のものだと思うだけで興奮できた。
「ああっ、はっ、んんっ!」
師匠の頭が激しく上下に動き、それに引きずり出されるように僕の口から声が溢れる。
片手で僕の玉を揉み、片手で竿の根元を押さえながらしゃぶり続ける師匠。
襲い来る強い快感を、布団を掴んで必死で耐えながら僕は師匠を見つめ続けた。
師匠の頭が上下するたびに、その口から僕の大きくなった物が出入りしていた。
「し、師匠っ!まって、待ってください!」
耐えられなくなって、僕は必死に師匠を押し留めた。
師匠の口から僕の者がずるりと吐き出された。
唾液にまみれた竿がてらてらと光る。
「イきそうか?」
師匠が僕の顔を覗き込んだ。
僕は答えることもなく師匠に口付けると、首に腕を巻きつけた。
そのまま転がって師匠を組み敷く。
「師匠…。」
その頬を、首を、胸を、腹を。
ゆっくりと舐めていく。
師匠の毛皮が僕の唾液で濡れて光っていた。
快感に身を捩るたび、僕の舌に師匠の筋肉の躍動が伝わる。
それが嬉しくて僕は師匠の体を嘗め回した。
「馬鹿、くすぐって…あっ…。」
師匠が僕の頭を押さえながら声を漏らした。
腹から太もも、そして玉を舐め上げる。
そのまま師匠のがっしりとした脚を持ち上げて、さらに奥を舐めていった。
「そこは…。」
師匠が呟くがもちろん動きは止めない。
さらに脚を持ち上げ、師匠の体を大きく曲げる。
膝の間から師匠の顔が見えた。
ゆっくりと後ろの穴に舌を這わせ、解きほぐしていく。
師匠の先端から垂れた雫が糸を引きながら胸に落ちる。
恥ずかしいのだろう、師匠は目を閉じたまま横を向いていた。
しばらくそのまま舐めながら、師匠の竿をゆるゆると扱く。
もう十分だろうと思う頃に、僕は舌をその穴にねじ込んだ。
「んあっ!」
師匠の喘ぎが聞こえる。
それでも僕は動きを止めない。
「あっ、くっ…。」
僕の粘膜が師匠の中に入っていく。
硬くなったものを扱きながら必死で舌を伸ばして中をほぐす。
「カナ…タぁ…。」
師匠の弱々しい声が聞こえた。
初めて聞く声だ。
僕は顔を離すと、自分の指に唾液をまぶしてゆっくりと入れていった。
師匠の全身が強張る。
それでもゆったりと指を動かしながら少しずつ入り口を広げていった。
二本、三本と指を増やしていく。
「い、入れるのか…。」
師匠の問いに僕は大きく頷いた。
既に師匠の唾液にまみれた自分の竿に、さらに唾液を塗りつける。
師匠の脚を支えていた手を離し、ゆっくりと下ろす。
そのまま自分の先端を、師匠の後ろにあてがった。
「行きますね。」
僕の言葉に、師匠は意を決したように頷いた。
ゆっくりと侵入を始める。
「があああああっ!」
師匠が叫ぶ。
存分にほぐしたとはいえ、やはり初めてだ。
相当痛むのだろう。
なるべく痛みを与えないように、僕はゆっくりと進んでいく。
「全部…入ったのか?」
僕が動きを止めてから、師匠が囁いた。
師匠に覆いかぶさる形になっているため、顔はとても近くにある。
「根元まで入ってますよ。」
そう言って僕は微笑む。
僕の根元は師匠に強く締め付けられていた。
その刺激だけで僕は簡単に果ててしまいそうだった。
師匠がなれるまで、僕はそのままじっとしている。
「師匠…。」
師匠の竿は痛みのせいか、すっかり小さくなっていた。
僕は手に唾液をつけて、それを扱き始める。
「ああっ…ん…。」
師匠の小さな声と、濡れた音が部屋に響いた。
やがてそれはゆっくりと僕の手の中で大きくなっていく。
「カナタ…、動いていいぜ…。」
その言葉に甘えるように、僕はゆっくりと腰を振り出した。
なるべく気持ちよくなるように、師匠を扱き上げながら奥を突く。
少しずつ角度を変えながら、師匠が感じる場所を探していった。
「あああっ!」
どうやら当たったらしい。
僕は重点的にその場所を攻め始めた。
「んがあっ!
カナタ、なんだよこれっ!」
師匠は僕の首に腕を絡め、必死で首を振りながら必死で快感に耐えている。
だが僕にもすぐに限界が訪れた。
「師匠、駄目です!僕っ…!」
僕は全身を突っ張らせ、そのまま最奥に精を吐き出した。
師匠の中に熱を撒き散らし、僕は動きを止める。
「カナタ…イった…のか?」
中で感じ取ったのだろう。
師匠が体を起こして聞いてきた。
「すいません…。
でも、そのまま続けられますから。」
そう言って僕は師匠の背中に腕を回して体を支えると、ゆっくりと師匠を下から突き上げた。
「ひっ…あっ!あっ!ああっ!」
予想外だったのか、それとも先程より気持ちいいのか。
僕が下から突き上げるたびに、師匠は大きな声を漏らした。
一度吐精してなお硬い僕の物が師匠の内面を擦り上げる。
師匠がぐいぐいと僕を締め付けてくる。
自分の上に師匠を座らせて、向かい合う形で抱き合う僕達。
ぐちゃぐちゃと濡れた音が聞こえる。
「師匠、愛してます…。」
「ああっ、カナタっ!俺も、俺も好きだ、カナタ!」
僕は強く強く師匠を抱きしめ、師匠もそれに応える。
舌を絡めあい、互いに吸いあう。
間違いなく、僕と師匠は一つになっていた。
僕は師匠を求めるように師匠を揺り動かし、師匠は僕を求めるように締め付ける。
あえぎ声を聞きながら、僕はゆっくりと腰を止めた。
師匠が不思議そうに僕の顔を覗き込む。
その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
「カナタ…?」
「自分で、動いてください。」
少し意地悪にそう言った。
師匠は何か言おうとしたが、すぐに口をつぐんでゆっくりと動き始める。
体を反らして少し遠くから師匠を見下ろした。
僕の腹に手をついて、ゆっくりと動いている。
快感を貪るために、肉棒を大きく揺すりながら浅ましく腰を振る師匠。
「んっ…んっ…。」
声を漏らしながら、そのたびに全身の筋肉を震わせていた。
耐えられなくなって僕は師匠を強く抱きしめて動きを止めさせる。
「すいません…我慢できないです。」
それだけ言うと、返事も聞かずに僕は師匠を激しく突き上げた。
「があっ!はあっ!あああっ!」
師匠の口から遠慮のない声があふれ出た。
股間で跳ねている師匠の竿がびくびくと震えているのが見えた。
「駄目だ、カナタ!もう、もうイかせてくれっ!」
師匠が懇願するように叫んだ。
僕は師匠の物を掴むと乱暴に扱き上げる。
「ああっ!もう駄目だ、イく、イくっ…!んっ!がああっ、ああああ…!」
師匠が叫びながら、白い液体を撒き散らした。
全身を痙攣させながら、自身の顔を、胸を白く染め上げていく。
そんな師匠のいやらしい姿を見ながら、僕も二度目の絶頂を迎えていた。
二人で布団の上に倒れこんでしばらく息を整える。
師匠はつながったまま、僕の上に横たわっていた。
「くそ…俺が入れるはずだったのに…。」
師匠が悔しそうに呟いた。
僕は師匠の顔を覗き込んで微笑む。
「なんなら今から逆でします?」
その言葉を聞いて師匠は顔をゆがませた。
そんなにおかしなことだろうか。
僕は師匠とならまだまだ出来るけど…。
「明日以降で勘弁してくれ。」
それは明日以降もこういう行為に期待していいということだ。
僕は嬉しくて大きく頷いた。
師匠が手を伸ばし、自分の着物から煙管を探し出す。
「たまにはいいだろ。
火、貸してくれや。」
言われて僕は火種を持ってきて師匠の煙草に火をつける。
大きく吸い込んだ後、師匠はゆっくりと煙を吐いた。
その姿を見ていると、ふつふつと喜びが沸いてくる。
僕はそっと師匠の頬に口付けた。
「師匠、愛してます。」
●
むっとする熱気の中で、垂れてくる汗を拭う。
「カナタ、もっと力いれろ!」
「はい!」
俺は熱くなった鉄に鎚を叩きつける。
がきん、と音がして熱された鉄が形を変えていく。
中心に通す心鉄を皮鉄で包んでから鍛錬する「造り込み」を終えて、今は「素延べ」といわれる作業だ。
熱した鉄を何度も何度も叩き、細長い剣の形を作り上げていく。
勇者が材料を持ち帰ってからはや一週間。
材料を厳選し、熱してつぶし中心になる心鉄とそれを取り巻く皮鉄を別に鍛錬して、それを組み合わせる。
これだけの作業に一週間をかけてきたわけだ。
後は全体の形を整える「火造り」と「焼き入れ」という作業をすれば粗方完成と言っていいだろう。
完成するまではおそらくあと三日ほど。
それまで決して気は抜けない。
「よし、いいぞ!」
「はい!」
俺の言葉にカナタが相槌をうつ。
実際カナタと俺の相性は、驚くほど良かった。
毎晩肌を重ねているおかげ、だけではないだろう。
おそらくこいつは家にある俺の刀をずっと見てきたのだ。
だから俺がどういう剣を作るのか知っている。
そして、ずっと共に暮らしてきたこいつは俺が何を作りたいのかを知っている。
だからだ。
カナタは、俺が望むほぼ最高の相方を務めてくれた。
「気抜いてんじゃねえぞ!」
「はい!」
鉄を打つ音に負けないよう俺達は叫ぶ。
カナタの目も真剣だ。
俺も負けてはいられない。
より一層刀に集中を向けて、俺は鎚を振り上げた。
それからさらに四日。
丹念に研いで傷を消して今、茎(なかご)に銘を入れている。
動かないようしっかりと押さえているカナタも真剣だ。
それはそうだろう、これが最後の仕事なのだから。
「取ってくれ。」
そう言いながら、タガネと鎚を脇に置く。
カナタが押さえていた手を離し、はばきを取る。
それを受け取ってはめ込み、鍔を着けて柄に挿す。
あらかじめ鞘は仕上げてある。
あまり装飾はないが、しっかりとした造りにしたつもりだ。
「完成だ…。」
俺は柄を持って刀をまっすぐに立てて見せた。
明りを反射して妖しく光る。
「これが…僕と師匠の…。」
カナタが呟いて、そっと俺の手から刀を受け取った。
紛れもない、俺とカナタの作品だ。
久しぶりではあったが、今作れる最高の物になったはずである。
「ありがとうございます、師匠…。」
カナタは泣きそうな笑顔をこちらに向け、そう言った。
俺は小さく微笑んでやる。
鞘を手にして立ち上がると、カナタに手渡した。
「ほれ、勇者に渡してやろうぜ。
これであいつも満足するだろ。」
カナタは嬉しそうに頷いた。
○
「ありがとうございました。」
エルスさんが頭を下げる。
剣を受け取り、もうここにいる用はなくなった。
「まったく、最後まで迷惑な奴だったな。」
師匠がエルスさんを見ながら言う。
それでも全く意に介した様子もなく、エルスさんは微笑んだ。
こういうところは確かに大物だと思う。
「それではお二人とも、お元気で。」
故郷でたくさんの人が待っているからと、エルスさんは早々に旅立ちを決めた。
というか、最初から剣を受け取ればその足ですぐに戻るつもりだったらしい。
僕達は簡単に別れを済ませると、遠ざかっていくエルスさんの背中に手を振った。
「さあて、寝るか。」
そういいながら師匠は大きく伸びをすると、さっさと家の中に引っ込んだ。
なんとなく僕はエルスさんが歩み去った先をじっと見つめている。
「よう。」
突然後ろから声をかけられた。
「ほれ、祝い酒だ。」
振り向きざまにそう言われて僕は思わずそれを受け取る。
目の前にいるのは例の酒場の店主さんだ。
「でも…。」
僕が受け取ったものはかなり質のいいものである。
おいそれと貰うわけにはいかない。
「いいじゃないか。
二人が仲直りして、その上マツリが剣を打ったんだろ。
今祝わないでいつ祝うんだ。」
そう言って店主さんが笑う。
僕も嬉しくてつい笑ってしまった。
「なんだ、いい酒じゃないか。」
後ろからふらりと現れた師匠が僕の手から酒瓶を奪い取る。
もう少し遠慮というものを知って欲しいと思う。
「ようマツリ、すっかり元の鞘に納まったな。」
店主さんがにやにやと笑う。
その顔を見て師匠は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
ちょっとかわいい、と思ってしまう。
「ああ、まあな。」
そう言って師匠は笑いながら、横目で僕を見た。
僕と師匠だけが知っている。
僕たちは「元の鞘」なんじゃない。
もう一歩、進むことが出来たんだ。
思わず僕も笑ってしまう。
「…なんだ?」
一人訳がわからず、店主さんは困惑した表情を浮かべている。
「ま、気にするな。
酒ありがとよ。」
それだけ言うと、師匠は僕の肩を抱いて家の中に足を向けた。
「ありがとうございました。」
首だけで振り返って、僕は店主さんに感謝を伝える。
どうやら僕達の様子をみて、店主さんは事情を察したらしい。
彼の顔にも笑顔が浮かんでいた。
「仲良くやれよ!」
その言葉に、師匠は振り向くこともなく。
ただ手を上げて答えた。
完