シオンの告白
シオンはドルの部屋の前で大きく深呼吸をした。
今日もまたドルに相談しようと、部屋の前までやってきたのである。
いつになく緊張した面持ちで何度か深呼吸をすると、シオンは目の前の扉をノックした。
「…おう、あいてるぜ。」
一瞬間が空いた後、ドルの声が聞こえた。
「失礼します。」
ドルの声に従い、シオンは扉を開ける。
「ちょ、ちょっと待って!」
ポン太の声が聞こえたときには遅かった。
家の中に入りシオンが見た光景は、ベッドの上で絡み合うドルとポン太の姿。
つまり二人は真っ最中であったわけである。
あまりの光景にシオンは呆然と立ち尽くす。
その間にもポン太は“結合”をとこうと暴れるがドルがそれを許さない。
自分から離れようとするポン太を無理やり押さえ込むと、つながったままポン太を抱えあげた。
いわゆる駅弁の姿勢である。
自らの重みでドルを深々とくわえ込み、思わずポン太は嬌声を漏らした。
「すすす、すいません。
そ、そとで待ってますので!」
「ああ、すぐ終わらせるから別にそこで待っててくれていいぜ。」
慌てて部屋から出ようとするシオンをドルが呼び止める。
思わず振り返ると、ドルと視線があった。
気まずさからシオンは慌てて目をそらす。
「なに、ポン太だって見られて喜んでるんだって。
なあポン太?」
いやらしい笑みを浮かべながらドルはそう言った。
ポン太は顔を赤くして反論しようとするが、ドルの腰の動きが激しくなったためあえぐことしかできない。
「ほらシオン、みてみろよ。
ポン太もこんなに大きくして喜んでるぜ。」
そう言いながらドルはポン太の股間をもてあそぶ。
シオンは思わずそこを見てしまい、顔を赤くした。
「やっ…見ちゃ、だめぇ…。」
息も絶え絶えにポン太は必死で静止の声を上げる。
「そんなこと言ってる余裕があるのか?」
ドルは更に大きく腰を振り出した。
シオンの目にドルとポン太の結合部がはっきりと見えた。
黒く大きなドルのモノが、ポン太からでてきたと思えば次の瞬間には内部へと姿を消す。
そのたびにポン太の声は大きくなっていった。
「ああああっ!!」
大きな叫びとともに、ポン太は自分の腹の上に大量の体液を吐き出した。
それを見たドルも腰を大きく動かすと、後を追うようにポン太の中に射精した。
大きなため息をつきながら、ドルはベッドに腰掛ける。
ポン太もドルにもたれかかったまま微動だにしない。
結局最後まで見てしまったシオンは気まずさから声をかけることもできなかった。
「で、何の用だ?」
ごく簡単に後始末を済ませると、ドルは全裸のままでベッドに横になった。
胸にはポン太を抱きしめ、さすがにシーツをかけて胸から下を隠している。
「ふ、服着るくらいは待ちますよ?」
「ああ、どうせもう一回するからな。」
困ったようにいうシオンに対して、ドルは恥ずかしげもなく言い放った。
その言葉を受けてポン太は更に顔を赤らめる。
後頭部しか見えていないシオンにも、ポン太が照れているのが痛いほど伝わってきた。
「…先輩のバカ。」
ぼそりとつぶやかれた言葉に、ポン太を抱くドルの腕に少し力が入った。
自分の胸にポン太の顔を埋もれさせ、ゆっくりとその後頭部を撫でる。
「手短に頼めるか、シオン。
どうもオレのお姫様はご機嫌斜めみたいだからな。」
からかうように言うドルの言葉にポン太の手が伸びてきて、軽く頭をたたく。
なんとなく微笑ましいものを感じてシオンは小さく笑った。
「わかりました。
ええとですね、また相談に乗っていただきたいんですが…。」
自分の顔がだんだん赤くなってくるのに気付いてシオンは慌ててうつむいた。
「相談って、アイリスのことか?」
ポン太の頭を撫でてやりながらドルがたずねた。
シオンは俯いたまま頷く。
「その…今度、で、デートすることになったんですが…。
どんなところへ行けば彼女が喜ぶのかと思いまして…。」
「なんだそんなことかよ。」
シオンにとって重大な悩みをドルは一言で片付けると、
ポン太を無理やり上にむかせてキスをした。
照れているのだろう、抵抗を見せるポン太もドルの舌が自分の舌に絡んでくる頃には
息を荒げながらおとなしくそれを受け入れていた。
「映画でもつれてってやったらどうだ?
話題がなくても間が持つだろ。」
キスを終わらせてドルがそう言った。
なるほど、とシオンは感心したように頷く。
「ま、そういうわけだ。」
そう言いながらドルはポン太を組み敷いた。
ポン太が照れた視線をシオンに投げかけた。
「わかりました、ありがとうございます。」
礼もそこそこに、シオンは慌てて部屋を出た。
ドアを閉めるとシオンは大きくため息をついた。
薄い扉越しにポン太の大きな喘ぎ声が聞こえてくる。
上手くいっているらしい二人の関係をおもいやり、
シオンは安堵と羨望の入り混じった気持ちでその場を立ち去ろうとした。
「そういえば…。」
映画につれていく、という方針は決まったもののそもそもの本題である女性の喜ばせ方は相変わらずわからない。
たとえば映画にしても、どんな映画がいいのか。
改めてドルに相談をしようと振り返り、ドアノブを握る。
「ああっ、先輩っ!」
ひときわ大きく聞こえたポン太の声にシオンは扉を開けることができなかった。
高級なスーツに身を包み、腕時計を見ながらシオンはひとりそわそわしていた。
待ち合わせの噴水の前で、シオンは一時間以上待ち続けていた。
決してアイリスが遅刻しているわけではない。
シオンが約束の時間よりも2時間ほど早く来ているだけである。
「やっぱり花束でも持ってきたほうが…
いや、しかし映画にいくのに邪魔に…。」
アイリスを待ちながらシオンは独りでぶつぶつとつぶやいていた。
その時、シオンの肩がぽんとたたかれた。
慌ててシオンが振り返ると、いつものようにぼろぼろのジーンズに、
Tシャツの上から革ジャンを羽織ったアイリスの姿があった。
「よう、早いな。」
そういうアイリスも待ち合わせの30分前に到着している。
「す、すいません。お待たせしました!」
「いや…待ってねえし…。」
慌ててよくわからないことを言うシオンに、アイリスがあきれながらも尤もなツッコミを入れた。
「あ、いや、そうですね。」
慌てて弁解しようとするシオンを見ながらアイリスは思わず吹き出した。
アイリスが笑ったのをみて、シオンも照れ笑いを浮かべる。
「ほら、バカなこといってねえでさっさと行こうぜ。」
そういってアイリスは促すようにシオンの背中を押した。
アイリスが自分にふれた、と思うだけでおもわず緊張するシオン。
「え、えと。
な、何の映画を見ましょうか。」
上ずった声でシオンがいった。
隣でアイリスがまた吹き出している声が聞こえた。
緊張して視線を合わせることのできないシオンも再び照れ笑いを浮かべる。
「シオンさあ、その前に落ち着けって。
そんな緊張するようなことでもないだろ?」
笑いすぎて涙まで流しているアイリスが、必死で笑いをこらえながら言った。
「そ、そんなに緊張してますか?」
「もうガチガチ。
そういうのはココだけでいいんだよ。」
そういってアイリスは軽くシオンの股間にタッチした。
アイリスの突然の行動にシオンはかわすこともできず、ただ慌てるだけだった。
「ほら、行こうぜ。」
からかうような表情を浮かべながらアイリスはシオンの手を取った。
そのまま手を引かれる形でシオンはアイリスの後につづく。
「そういや見たい映画ってオレの趣味でいいのか?」
振り返り、シオンの方を見ながらアイリスは歩き続けた。
アイリスを気づかってシオンは歩調を速め、アイリスに並ぶ。
「ええ。
私は何でも構いませんよ。」
引きつらないように注意しながらシオンは笑みを浮かべた。
それを聞いてアイリスは少し考えた表情を浮かべる。
「んー、じゃあやっぱりあれだな!」
そういってアイリスは少し離れた場所に見える映画館の看板を指差した。
黄色地に、黒字で大きく映画のタイトルが書かれている。
TVでもしつこいほどにコマーシャルをしている、今話題のアクション映画。
「あれ、ですか。」
あまりムードのある映画ではないな、とシオンは横目でアイリスをみた。
「みたかったんだよな、キルボブ。」
シオンの視線にも気付かずにアイリスは嬉しそうにそう語る。
まあアイリスが喜ぶなら、とシオンもそれに賛成した。
「いやあ、面白かったなあ。」
映画館から出てきたアイリスは大きく伸びをした。
「そ、そうですね。」
映画の間中ずっとアイリスの横顔を見つめていたシオンには内容はよくわからない。
とにかくアイリスの言葉に合わせて頷いた。
「ところで…。」
シオンのつぶやきにアイリスが振り返る。
「眼鏡、かけられるんですね。」
シオンの言葉で付けていることを思い出したような顔を見せ、アイリスは眼鏡をはずした。
そのまま折りたたみ上着の胸ポケットへとしまいこむ。
「ああ、いつもかけるほど悪いわけじゃないんだけどな。
映画見るときははっきり見たいし。」
そういってぽんと胸元をたたくと、シオンに笑いかけた。
その笑顔に、シオンは顔を赤くした。
確信犯だったのか、その顔をみてアイリスがにやりと笑う。
アイリスの思いを感じてシオンは今度は苦笑を浮かべた。
「さ、どうする?
カラオケでも行くか?」
そう言いながらアイリスは歩く。
映画館は繁華街の真ん中にある。
辺りには若者向けの喫茶店やファーストフード、カラオケボックスなどが立ち並ぶ。
たくさんのヒトのなかで、はぐれないようにと自然に手をつなぐ二人。
「はあ…。
でも私、カラオケに行ったことが…」
「行ったことないのか!?」
驚いた顔でアイリスが叫んだ。
シオンは驚きに目を見開きながらこくこくと頷いた。
「よし、じゃあ初体験だな!」
そういいながら歩く先の曲がり角に見えるカラオケボックスに向かってアイリスは手を引いた。
シオンはアイリスに手を惹かれるままその後を歩いていく。
「は、初体験ですか…。」
「そうそう。
オレの美声もしっかり聞かせてやるからな。」
「いやあ、歌った歌った。」
カラオケボックスに入ってから数時間。
とっくに太陽も沈み、夜の帳が降りている。
辺りには派手なネオンが輝き、足元に不自由することはない。
「このまま飲みにでも行くか〜?」
テンションが上がりまくったままアイリスは言った。
「あ、そ、その前に!」
シオンは思わず大きな声を出した。
アイリスは足を止めて振り返る。
「あ、その…。
はっきり、言っておきたいことがあるんです。」
アイリスは無言のままシオンを見つめている。
無言を肯定と受け取って、シオンは口を開いた。
「正式に………私とお付き合い願えませんか。」
アイリスとの出会いは、彼女から声をかけてきたことがきっかけだった。
シオンはその前からずっと彼女が好きだったが、それを伝えたことはない。
彼女のライブを見に行った時も、今日こうやってデートをした時もずっと成り行きだけで終わっていた。
シオンはそれを今日、終わらせるつもりでいた。
「ずっと…貴女と出会う以前から。
道ですれ違った時から私は貴女に惹かれていました。
…アイリスさん。私と、付き合ってください。」
雑踏の中で、二人の間だけが違う空間だった。
照れてはいるが、真正面から真剣な顔で彼女見つめるシオン。
ただ悲しそうな顔で、正面から彼の視線を受け止めることもできずに視線をそらすアイリス。
シオンは、アイリスが答えるまでずっと無言で待ち続けた。
アイリスも答えを求められていることを理解したまま、ずっと無言で立ち続けた。
時間が止まったかのような、空白。
二人の時間が動き出したきっかけは、どこからか聞こえた大きなクラクションの音だった。
突然の大きな音に、アイリスは視線をそちらに走らせる。
酔っ払いが車道に出たらしく、大型トラックの運転手が酔っ払いに向かって何事かを叫んでいた。
「シオン…。」
その光景を見つめた状態のままで、アイリスが口を開いた。
アイリスに続いてシオンも車道へと振り返る。
派手にデコレーションされた、大きなトラック。
「オレ…やっぱりダメだ。」
アイリスは自分の胸元に下げられた小さな十字架を、強く握り締めた。
強く、強く握り締められた左手。
横目で見ていたシオンの視界に、小さな傷跡が見えた。
アイリスの左腕にある、小さな傷跡。
「オレ…オレ…。」
二人が見守る中、トラックは音を立てて走り去った。
アイリスは左手を握り締めたまま、きつく目を閉じて下を向いた。
目尻にはネオンを反射して輝く、小さな涙の粒。
「オレ、ダメだ。
シオンの気持ちわかってて…。」
強く唇をかみ締め、必死で涙をこらえる。
アイリスの肩は小さく震えていた。
「無理に話さなくとも構いません。」
アイリスの様子を見て、シオンがそう言った。
それでもアイリスは大きく首を横に振った。
「シオンはオレのこと好きだって言ってくれたんだ。
だから、オレもちゃんと話さなきゃ。」
その視線はシオンを捉えてはいない。
だが、その目に宿る光は強い意志の光。
大きく深呼吸をして、アイリスはゆっくりと話し始めた。
「オレ…彼氏が、いたんだ。
一年くらい前になるかな…。
オレのバンドで、昔ギター弾いてた。
シオンと同じ、立派なタテガミを持った獅子。」
哀しげな、申し訳なさそうな、どちらともとれる顔。
「どちらからともなく、惹かれあって付き合い始めた。
この…このネックレスも、彼から貰ったんだ。」
十字架を握る手に力が込められた。
「オレにとっては、心の支えだった。
小さな頃から、色々あったけど彼に出会えた事で生まれてよかった、って思った。
それだけ好きだった、本気だった。」
彼女の顔が目に見えて曇った。
「雨上がりの午後、だった。
たぶん濡れた地面で滑ったんだと思う。
トラックが…俺たちに向かって突っ込んできたんだ。」
再びどこかで、クラクションが鳴った。
「即死だった。
彼のおかげで、オレはかすり傷みたいなちっちゃな怪我で済んだんだ。」
そういって、右手でそっと左手にある傷に触れた。
「でも…体が無事でも、オレにとっては生きる意味をなくしたようなもんだった。
何をして生きていけばいいのかわからなくなった。
だから、必死で穴を埋めた。
彼が持ってたギター、必死で練習して彼の代わりになった。
彼の口癖も、服装も真似た。
夢だったプロデビュー、今でも追っかけてる。
でも…でもまだダメなんだ。」
涙で濡れた双眸で、じっとシオンを見つめた。
「オレはシオンに、彼の影を見てる。
死んだってことはわかってる。
でも、でもまだ…。」
アイリスの瞳からぽろぽろと涙がこぼれた。
「私はそれでも構いません。
アイリスさんが、たとえ別の男性を思っていても…」
「ダメなんだよ!」
シオンの言葉をさえぎるようにアイリスが叫んだ。
あふれる涙を必死で抑えようと、唇をかみ締める。
大きな声で叫んだためか、肩が大きく上下していた。
「ダメなんだ…。
こんな中途半端な気持ちで、アンタと付き合えない。」
ゆっくりと涙をぬぐうと、再びシオンの顔を見上げた。
「だから…ゴメン。」
そう言うと、アイリスはその場できびすを返した。
後を追うべきかとシオンは考えたが、結局その場から動くことはなかった。
いつの間にか振り出した小雨が、シオンのスーツを濡らしていた。