ライバル登場
「どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・。」
学校からの帰り道、俺は一人で延々とそうつぶやいていた。
ランスの存在が第三者にばれてしまった。
どうしたらいいのか見当もつかず、俺はとにかくランスにこのことを知らせようと家路に着いた。
「お、おかえり。」
コーヒー牛乳を紙パックのまま飲み干しながらランスは俺に声をかけた。
「・・・どうした?」
飲み終えた紙パックを水道の水でゆすぎながらランスはそうたずねてくる。
傍目で見てわかるほどうろたえた表情を浮かべているのだろうか?
「ランス・・・どうしよう・・・。」
俺の言葉にランスは困った表情を浮かべた。
状況もわからず『どうしよう』といわれて困ったのだろう。
ランスに促される前に俺は口を開いた。
「ランスと公園でしてるところ・・・他の人に見られちゃった・・・。」
それを聞いてランスも驚いた表情を浮かべる。
「見られたのか・・・。さすがに恥ずかしいな。」
・・・え?
思わず俺は目を丸くした。
恥ずかしいって・・・。
しばらく考え、やっとランスの言葉の意味を悟る。
「違うっ!
SEX見られたことが恥ずかしいとかそういう問題でなくて!
ランスの存在が人にばれちゃったんだよ!」
思わず怒鳴る俺の迫力にランスはあとずさる。
「わかってるの!?
もし存在がばれたらここから連れて行っちゃうかもしれないんだよ!
場合によっては・・・実験動物にされちゃうんだよ?」
最後は涙目になりながら俺は一気にまくし立てる。
ランスがここからいなくなってしまうんじゃないか、という不安に俺はずっとおびえていた。
ランスはもとの世界に返りたいだろうけど、俺は・・・。
と、泣きじゃくる俺の頭にランスの手がぽんと置かれた。
俺が涙をぬぐいランスを見上げると、優しいまなざしが俺を見つめていた。
「なに、大丈夫さ。
わざわざヨシキに『自分は知ってるんだ』って主張してきたんだ、俺を捕まえるつもりはないだろうよ。」
「え?」
俺に知らせたから・・・大丈夫?
「俺を捕まえるなら、知られてないと思わせて油断させておいた方が楽だろう。
それに・・・」
「それに?」
「いざとなったらお前を抱えて逃げるさ。」
顔を赤らめてランスはそう言った。
俺を連れて逃げる・・・。
俺はランスのその言葉が嬉しくなって再び涙を流した。
ランスは無言でその涙をぬぐい、俺をやさしく抱きしめてくれた。
「ランス・・・。」
ランスが俺をソファに横たえる。
今日のランスは、いつもよりやさしかった。
その日の夜、俺は一人で外を歩いていた。
ランスがついてくると言い出してはいけないと思ったので、彼がシャワーを浴びている間に一人で抜け出してきた。
昨日ランスと一緒に歩いた道を一人で歩く。
昨日と同じであたりに人の姿はない。
それでも俺は辺りの様子を伺いながらゆっくりと歩みを進めた。
やがて、問題の公園につく。
ここで俺はクラスメイトの月嶋さんに目撃された。
ひょっとしたら今日も来ているかもしれない、と思い辺りをしばらく歩いてみる。
だがどこにも人影らしきものは見当たらない。
今日は来ていないのか、とため息をつき俺が帰ろうと振り向いた時。
「動くな。」
首筋にひやりとしたものが押し付けられた。
視界に入らないため、どんな人間が、何を押し付けているのかわからない。
それでも肌で感じる感覚だけでそれが鋭利なものであることはわかった。
俺の体に緊張が走る。
一瞬で喉がカラカラに乾く。
そんな喉を潤すために俺はつばをごくりと飲み込んだ。
後ろの人間は俺の首にそれを押し付けたまま手近な藪に引っ張り込む。
昨日ランスと入った場所だ。
後ろの人物は藪の中に入ると俺を後ろから押し倒した。
Tシャツ越しに背中に厚い毛皮が押し付けられたのを感じる。
・・・毛皮?
俺は恐怖も忘れ、慌てて振り向いた。
そこにあったのは予想とは違った顔。
俺を押し倒しているのは上半身裸の狼獣人だった。
「お、狼?」
俺を押し倒していたのは人間でなく、狼獣人だった。
首に押し付けていたのもナイフではなく、自身の爪であったようだ。
「狼がそんなに珍しいか?」
珍しいと思う。
その狼は上半身裸で、下半身はぼろぼろに破れたGパンのみ。
ズボンの前は何かを期待するように大きく盛り上がっている。
「そんなことより、一発やらせろよ。」
そういって狼は俺の服に手をかけた。
あまりの展開に呆然としていた俺は何の抵抗も出来ずにシャツを破られる。
「わあっ!」
シャツが破かれる音で俺は現実にかえる。
このシャツ、気に入ってたのに・・・。
もちろん狼はそんなことはお構いなしだ。
あらわになった俺の肌にざらついた舌を這わせてくる。
「ひゃっ・・・。」
へそから腹筋をたどり、乳首まで一気に舐め上げられる。
その刺激に俺は思わず声を上げてしまった。
俺の声を聞いて狼は気分をよくしたのか、さらに俺の乳首を舐めてくる。
「や、やめろぉっ!」
俺は必死で狼を引き剥がそうとするが、力ではまったくかなわない。
狼は俺の乳首をそのとがった牙で軽くかすめながら、俺の股間に手を伸ばしてきた。
俺は与えられる刺激によって反応をし始めている。
昼間に、ランスとしたばかりだというのに。
赤面しながら俺は必死で抵抗を続けた。
「いい加減あきらめたらどうだ?」
そういって狼は俺の股間をもてあそびながら、耳元でささやいてくる。
もう、力ではかなわない。
俺の体からふっと力が抜けた。
「・・・いい子だ。」
狼がそう言った後、俺の口と狼の口が重なる。
狼の長い舌が俺の口内を犯す。
自然と涙があふれてきた。
狼が俺の口から舌を抜き去る。
それと同時に、俺の上にかけられていた強い圧力が取り払われた。
恐る恐る目を開けると、十六夜月が空にぽっかりと浮かんでいた。
狼は・・・?
俺が不思議に思い体を起こそうとすると、突然逞しい腕に抱きかかえられた。
「ヨシキ!」
俺を抱きしめるその腕、そして視界に入る首筋に覗く毛皮は黄色い毛皮に黒い縞模様が入っていた。
「ラ、ランス・・・。」
どうしてランスがこんなところに・・・。
俺はあまりの驚きに呆然と彼の名を呼んだ。
「てめえ、邪魔しやがって・・・。」
声のした方向を見れば、口の端から流れた血をぬぐう狼の姿。
もう片方の手で腹を押さえながら地面にうずくまっている。
どうやらランスに思い切り蹴飛ばされたようだ。
「やる気か。」
ランスは抱きしめていた俺を解放すると、狼をにらみつけてそう言った。
隣にいても感じる威圧感。
怖くてランスの顔を見上げることさえ出来ない。
おそらくこれが、死線を潜り抜けてきた騎士としてのランス。
「安心しろヨシキ、俺が守る。」
そう言ったランスの声は、いつもと同じ優しさに満ちていた。
威圧感は変わらないが、ランスがささやいたその優しさに俺は安心して彼を見上げる。
瞳を大きく開き、まっすぐに狼を見つめるその横顔は、まぎれもなく闘う男のものだった。
「おもしれえ、このアクセル様にかなうとでも思ってるのか!」
狼はその場で立ち上がると嬉しそうにそう叫んだ。
先ほどまで隠していたツメを全開まで伸ばし、大きく開いた口からは鋭い牙が覗く。
そしてこちらを見据える血走った目には、確かな殺意が宿っていた。
「ヨシキ、下がってろ!」
ランスがそう叫ぶと同時に、狼は姿勢を低くしてこちらへと駆け出した。
俺はとっさに後ろにとび、その場にしりもちをつく。
ランスは狼を迎えるように腰を低く構える。
「!」
ランスが低い姿勢のまま突っ込んでくる狼を捕らえようとした瞬間、狼の姿が掻き消えた。
ランスの伸ばした腕が空を切る。
ランスはとっさに体勢を立て直し、上を向く。
「遅えっ!」
ランスが上を向いたときには、すでに狼が目前まで迫っていた。
空中で体をひねり、バク宙をしながらランスの喉を狙って鋭いツメを振るう。
ランスの黄色い毛が数本、宙を舞った。
その場に崩れ落ちることでとっさに狼の一撃をかわしたのだ。
狼はそのまま体をひねり地面に着地すると再びランスに向かって駆け出す。
ランスはまだ地面に崩れ落ちたまま。
分が悪い!
「ぐあっ!」
うめき声が、夜空に響いた。
「ランス!」
俺はとっさにランスに駆け寄った。
ランスはゆっくりと体を起こし、抱きつく俺を受け止めてくれる。
俺とランスはうめき声の主、狼を見た。
先ほど着地した場所で首を押さえ苦しそうにうなっている。
「あれ、『てれヴぃ』とやらで見たことあるぞ。
投げ縄だな。」
ランスが冷静にそう言った。
たった今、狼の首に縄が投げられたのだ。
それはテレビで見る西部劇のように見事に狼を捕らえるとそのまま狼の首を縛り上げた。
狼は必死で縄をつかみそれを解こうとしている。
「誰が・・・?」
俺が呆然とつぶやくと、暗い藪の中から一人の女性が姿を現した。
「月嶋さん!?」
姿を現したのは、俺のクラスメイトの月嶋さん。
俺とランスの情事を目撃した当事者だ。
「うちの子が迷惑かけちゃったね。」
彼女は小さくため息をつくとそう言った。
さも当然といった風に狼の首に絡んでいる縄を引っ張る。
それに引きずられるように狼は彼女の隣に並んだ。
「・・・知り合いか?」
隣でランスが不思議そうにたずねた。
「ちょ、ちょっと待って。
何がなにやら・・・。
どこから説明したらいいのかわからないや。」
そういってランスに説明を待ってもらうよう話していると、月嶋さんが俺の代わりに口を開いた。
「私の名前は月嶋風花。ヨシキクンのクラスメイトで、昨日あなたたちを目撃した人間。
この犬は大神守。最近拾ったうちのペット。」
彼女はさも当然のようにさらりとそう言った。
「犬じゃねえ!
後、勝手に名前つけるのやめろ!
俺にはアクセルって立派ななまぐっ!」
月嶋さんが狼のマズルを下あごごとつかむ。
「ヒトの言いつけを守らずに出て行ったのは・・・何処のバカだ?」
ものすごい迫力でそう言った。
さっきのランスや狼より怖いかもしれない。
狼も本能的に危機を感じているのか尻尾をだらりと垂らし、情けない表情を浮かべている。
「月嶋さん・・・。」
「風花、がいい。
敬語も要らない。」
俺が彼女の名前を呼ぶと、振り返ることなくそう言った。
「風花・・・。
状況がいまいち飲み込めないんだけど。」
俺がそう言うと風花はこちらを振り向いた。
眉をひそめ、まるでわからない俺が悪いかのような表情だ。
俺の後ろにいたランスが俺の肩に手を置きながら口を開いた。
「つまり・・・そこの狼君は俺と同じようにどこかから来て、
今は風花の家に世話になっている、ということか。」
風花はそれを聞いて少し満足そうな顔をして頷いた。
「まだちゃんとしつけがなってないけどね。」
そういって風花は狼のマズルを握っていた手に力をこめる。
「んーっ!」
痛みで狼がうめき声を上げる。
なんだか狼が哀れだ・・・。
「で、二人に話があるんだけど。」
近くの自販機でジュースを買って、ベンチに腰掛ける。
ちなみに狼の分はない。
言いつけを破った罰だそうだ。
1人地面に座らされ、しくしく泣いている狼を無視して風花は続ける。
「うちは山の奥で小さなお寺をしてるの。
よければ、そこに来ない?」
寺・・・?
俺とランスは顔を見合わせた。
確かに俺の部屋よりは広そうだけど・・・。
「そこなら周りに自然も多いし、めったにヒトも来ないから近くなら出歩く分に問題ない。
もちろん部屋の数も多い。
どう?」
ほとんど無表情のまま彼女はそう話した。
一通り言いたいことを話すと彼女は俺達の返事を待つように無言でジュースの缶に口をつけた。
俺とランスは再び顔を見合わせる。
お互い、その話に不満はない。
不満はないけれど。
「風花は・・・
どうしてそんなこと言ってくれるの?
俺達学校でもあんまり話したことないと思うけど・・・。」
俺の問いに風花はこちらを向いて小さく方をすくめた。
「動物が好きだから、では理由にならない?」
・・・。
まさかランスのこと狙ってるのかなあ・・・。
「わかった、その話喜んで受けさせてもらおう。」
結局ランスがそう答えた。
俺の部屋ではランスも何かと不便があっただろうし、
広い部屋に引っ越せるなら俺としてもありがたい。
「大神さんのしつけはちゃんと私がするから。」
風花はそう言うとベンチから立ち上がり、ポケットから取り出した小さなメモ用紙をこちらに渡した。
どうやら風花の家の住所がかかれているらしい。
「うちはいつでもいいから。」
彼女はそう言うと狼の首につけた縄を引き、狼を引きずるようにして去っていった。
俺とランスの二人だけがその場に残った。
ランスが僕を抱き寄せる。
「あんまり夜に1人で出歩くな。」
「うん・・・。」
俺はランスにしがみつきながら小さく頷いた。
「でも、なんできてくれたの?」
「昨日、散歩しているときに妙な気配を感じたからな。
誰かいるんじゃないかと思ってたんだ。」
それって・・・大神君も昨日いたってことかな?
俺がそう尋ねるとランスは頷いた。
「ヒトの気配は街灯の上に感じたんだ。
だから、話に聞いていた風花ではないだろうと思ってな。」
それで心配して追いかけてくれたのか・・・。
俺はランスに抱きつく腕にさらに力をこめた。
「さて、引越しの準備をしないとな。
力仕事なら任せとけ。」
そう言いながらランスは俺の頭を撫でた。
向うに行っても、同じ部屋がいいなあ。