昔の知り合い
僕は久々に実家に戻っていた。
そもそもの発端は三日前、忘れもしないドル先輩の看病にいった帰りの朝。
・・・つまり、ドル先輩と初めてSEXした次の日。
実家の父から電話があり、今度の週末は家に戻って来い、とのことだった。
その電話を受けたときはまたかと憂鬱になったものだ。
自慢するつもりはないが僕の家はかなりの財産を持っている。
といっても僕はそんなにお金があるわけではないけれど。
お金持ちなのは僕の父であって、僕ではないからだ。
だからバイトだってして学費を払っている。
さて、それだけお金があると人間関係が結構大変らしい。
僕にしてみたって子供のころから変な輩に絡まれたりはあったけれど、
大人の世界になるともっと大変なことがあるようだ。
特に父は好きでもない人たちといろいろと付き合いをしている。
どういう関係で付き合いを続けているかはよく知らないけれど、
とにかくいろいろと大変らしい。
その中でも僕たちと同じ犬系の獣人とであればまだ気は楽だけれど、
種族が違えば考え方が違うことだってある。
違う種族のヒトたちと付き合う父はいつも苦労が絶えないとぼやいていた。
今回実家に呼び出されたのはおそらく父の都合だろう。
好きでもないヒトと『会食』とかなんとかを色々と行うときに、僕は呼ばれることが多い。
特に僕の母は亡くなっているので、相手側が二人、父側が一人だと場の雰囲気なんかが結構辛いらしい。
まあわかりやすく言えば僕は数合わせだ。
そんなことのためにせっかくの休みを潰すのはいやだったけれど、
今は自分の家にいるとドル先輩のことを考えてしまいそうだったのでむしろ好都合だった。
嫌なことでも、ドル先輩とのことを思い出すよりは気はずっと楽だろう。
もちろん、ドル先輩と寝たことが嫌だって言うつもりはない。
むしろ先輩に恋していた僕としては願ってもないことだった。
問題は・・・彼にそのつもりがなかったと言うことだ。
そのときは確かに僕の名を呼び、僕を求めてくれた。
だから僕は嬉しくて先輩を抱いた。
しかし、翌朝先輩はことの経緯をまったく覚えていなかった。
辛かった。
ただ、泣いた。
愛されていたいと思う気持ちが、消されてしまうようだった。
僕は先輩のことが好きだ。愛している。
だけど、先輩はそんな気持ちはさらさらないのだろうと、そのとき思い知らされた気がした。
僕は何を考えているんだろう
もう先輩のことを考えるのはやめよう・・・。
実家に帰り、正装に着替える。
ここから運転手の運転する車に乗り父と一緒にドライヴだ。
「気が、重いなあ・・・。」
僕はあまり父が好きではない。
父はたぶん自己表現が苦手なのだろう。
僕が小さなころから、父親が僕に対して愛情を向けてくれた、と感じることはなかった。
それでも今思い返せば父なりの愛情を感じることはできる。
子供のころには感じなかった感謝の念が今の僕には少なからずある。
だが、それとこれとは別問題。
やはり表現が苦手でいつも無愛想になってしまう父と二人で過ごす時間は僕にとって楽しいものではなかった。
今回も、やはり息苦しい沈黙のまま二人の時間は過ぎた。
『会食』の現場につく。
なんとかいう、お高いレストラン。
父と一緒でなければ一生縁がないようなその店のメニューには、値段が一切書いていない。
そこで注文するたびにこれはいくらなのだろうと考えるが、僕が答えを知ることはこの先もないだろう。
僕は小さな居酒屋なんかの方が好きなんだけどな。
そんなことをぼんやりと考えていると、突然肩をたたかれた。
「・・・あ。」
振り返った先には意外な姿。
「シオンさん!」
「やあバーツ、元気そうだね。」
そこには見知った顔、獅子獣人のシオンさんの姿があった。
「あれ、じゃあ今日の父さんの会食の相手って・・・シオンさん?」
僕の言葉に彼は頷いて見せた。
彼は僕が小さなころから何度か会ったことのあるヒトだ。
父の都合で会う機会を得たときは、彼はいつも僕の面倒を見てくれた。
年齢はたしか、7つほど離れているはずだけど僕は彼を兄のように慕っていた。
種族が違えば仲が悪いことが多い、といったけれど僕と彼は別。
本当の兄弟のようにいつも仲良く過ごしていた。
「これが終わったら、二人でどこか飲みにでも行かないか。
もう、飲める歳だろう?」
その言葉に僕は満面の笑みで頷いた。
無意識のうちに尻尾も全力で振っている。
それにしても、シオンさんと会えるって言えば僕は喜んで帰ってきたのに。
わかってて言わなかった・・・言えなかったんだろうな、父さんは。
時間と場所が飛ぶ。
『会食』も早々に終わり、僕とシオンさんは二人で飲みに出かけていた。
場所は僕のお勧めの居酒屋、『氷室』。
ホースという熊獣人が店主を勤めている小さな居酒屋だ。
やや人通りから離れたところにあるものの、アットホームな雰囲気と店主の人柄の良さから結構繁盛しているらしい。
かくいう僕も足繁く通っている客の一人だ。
「確かに、いい雰囲気だね。」
そういってシオンさんは手にした日本酒を一気に仰いだ。
彼もこの店を気に入ってくれたらしい。
・・・先輩も気に入ってくれるかな。
一瞬脳裏を掠めたそんな考えに、僕は頭をふってあわててその考えを頭から追い出した。
「どうかしたかい?」
シオンさんが心配そうに尋ねてくる。
「・・・今日はとことん飲みましょう。」
僕はそういって彼の真似をするように手元の酒を一気に飲み干した。
どれほど飲んだのだろうか。
いつもならつぶれることもないし、前後不覚になるほど酔ったりもしない。
だけど今日はいつもとは違った。
「・・・シオンさん。僕は、僕は・・・。」
鼻をすすりながら僕はシオンさんに抱きついていた。
「わ、わかった。わかったから、とりあえず離れてくれないか?」
シオンさんがしゃべるたびに胸の奥で彼の声が響く。
そのときの振動や、鼓動が心地いい。
厚い胸板に頬を寄せるようにして僕は抱きついていた。
小さいころからシオンさんにこうやって抱きつくの好きだったなあ。
何年ぶりだろう。
なんだか嫌なことが全部消えていく気がする。
父とのことや、提出しなきゃいけないレポートのこと。先輩のこと。
・・・・・・・・・・・・うそだ。
嫌なことは消えはしない。
こうしてシオンさんに抱きついていても先輩とのことは消えはしないのだ。
「シオンさ〜ん。」
僕は情けない声を上げながらさらに強く抱きついた。
視界の中にあるシオンさんの尻尾が大きく跳ね上がる。
「僕は、僕はこんなに先輩が好きなのに・・・。」
涙があふれていた。
「こんなに好きなのに・・・先輩の馬鹿ぁぁぁ。」
涙を流しながら僕は先輩のことを考えていた。
「ほら、ついたよ。」
シオンさんに抱きかかえられるようにして僕は帰宅した。
実家ではない、僕が借りているアパートのほうだ。
あの後散々先輩のことをなじった僕はつぶれるようにしてシオンさんにもたれたまま動かなくなった。
というよりも、動く気力まで使い果たした、というのが正しいかもしれない。
そんな僕をシオンさんは家まで運んでくれたのだ。
いいヒトだなあ、いつも。
いつも僕の面倒をみて、僕に優しくしてくれるヒト。
小さなころから僕はシオンさんが大好きだった。
「あがって・・・お茶でも・・・。」
僕はふらふらと頼りない足取りで台所に向かった。
「いいから、ベッドで寝ていたほうがいい。」
シオンさんは優しくそういうと僕の手をとりベッドに横たえさせてくれた。
「・・・ん。」
シオンさんが小さく声を上げる。
ベッドに横たわった僕の手がシオンさんの首に絡みついていた。
「・・・離してくれないかな。」
シオンさんの言葉に僕は駄々をこねるように首を振った。
シオンさんはあきらめたように小さくため息をつくと微笑を浮かべ、僕の隣に横になった。
「そんなに好きなのか、その『先輩』が。」
先輩は僕を落ち着かせるようにゆっくりと頭を撫でながらそういった。
僕は頭をなでられる感覚を感じるために目を閉じながら首を横にふった。
「嫌いです、あんなヒト・・・。」
目を閉じた僕の耳にシオンさんの苦笑が聞こえた。
「あんなヒト・・・そう、シオンさんの方がよっぽどいい男ですよ。」
なかばやけくそ気味にそういい、僕はシオンさんにのしかかった。
「いい男って・・・『先輩』って、雄なのか?」
シオンさんの焦った声がなんだかカワイイ。
「シオンさん・・・やりましょうか、今から。」
「や、やるって・・・。」
シオンさんが驚いたように目を丸くしてそういった。
そんなシオンさんの目から視線をはずすことなく僕は彼の股間を握った。
「一発、しましょう。」
自分でも、こんな大胆なことがいえるとは思わなかった。
ずっとそういうことには奥手だったけれど、この間ドル先輩としたことでなんだかもういいような気がしていたのも事実だ。
「駄目だよ。その先輩のことが、好きなんだろう?」
シオンさんは僕の手を取り、そっと自分の股間からその手をはずさせた。
「嫌いだって・・・言ってるじゃないですか。」
僕は思わず涙ぐむ。
「シオンさん、僕のこと嫌いですか?」
「そういうわけじゃないけれど・・・。」
僕が彼の顔に自分の鼻を突きつけると、彼は思わず体を後ろにそらした。
「じゃあ・・・しましょう。」
結局シオンさんも酔っていたんだと思う。
再三迫る僕の言葉に彼もその気になってきていた。
「後戻りできないかもしれないよ。」
僕は迷わず頷いた。
僕の腰の下には、シオンさんの熱いモノがいつの間にか息づいていた。
シオンさんは僕の肩を持ち僕をベッドにやさしく押し倒すと、すばやく体勢を入れ替えた。
「シオンさん・・・。」
僕の不安げな声は彼の口付けによってかき消された。
「やさしく・・・してください。」
シオンさんは頷くといったん立ち上がり電気のスイッチを切った。
部屋の中にはシオンさんのシルエットが浮かび上がる。
僕の目が闇に慣れてきたころ、シオンさんが服を脱いでいっているのがわかった。
一枚一枚、ゆっくりと彼は服を脱ぐ。
やがて、最後の一枚を脱ぎ捨てると彼は全裸になった。
シルエットでもわかる、彼の欲情したモノ。
先輩も、あんなふうになっていたっけ、と思い出しながら僕は彼に向かって手を伸ばした。
彼は僕の手をとると再び僕の上に覆いかぶさった。
「バーツ・・・。」
彼のささやきが耳元で聞こえる。
背筋にぞくり、と快感が走った。
ゆっくりと彼のやさしい吐息が首筋まで下降してくる。
それにあわせて彼は僕のシャツのボタンをはずしていった。
はだけた胸に手を這わせ、彼は僕の首筋に顔をうずめる。
気持ちいいのか、くすぐったいのか自分でもよくわからなかったけれど、僕は体をよじった。
そんな僕をやさしく押さえつけながら彼は僕の胸を優しく愛撫する。
「シオンさん・・・。」
じれったくなって、僕が催促しようとしたころに、彼は再び下降を始めた。
いつの間にか舌が僕の毛皮をいやらしくぬらしている。
ところどころ、ぬれた毛皮が光を反射させていた。
僕のズボンのフックがはずされる。
圧迫されていた腹部が開放され、一気に開放感が広がる。
へその下まで来ている彼の鼻先に、僕の雄のにおいが届いているかもしれない。
それほどまでに、僕のズボンの下は蜜であふれていた。
そんな思いとは裏腹に、彼は僕の股間に顔をうずめる。
口でジッパーを探り当て、ゆっくりとそれを歯をつかって引き下げる。
ズボン越しに僕のモノが彼の鼻先で刺激され、びくんと大きく跳ね上がった。
「もうびしょぬれじゃないか・・・。」
シオンさんに指摘され、僕は思わず赤面する。
もっとも、彼は僕の股間を覗き込んでいるし、
顔を見ていたとしても暗いので気づかなかっただろうけれど。
「シオンさん・・・お願い、早く・・・。」
僕の言葉に、シオンさんは僕のトランクスを勢いよく引き下げると根元まで一気にくわえ込んだ。
「ああっ・・・。」
ぬるりとした快感に僕はたまらず声をあげる。
シオンさんの舌使いはとても気持ちよかった。
まるで、それをしゃぶりなれているかのように。
「やっ、だめ・・・感じる・・・。」
僕の声にシオンさんは僕がイかないようにスピードを落としつつ、
なおかつ僕の波が引くと今度は一気に攻め立てるようにしゃぶり続けた。
「し、シオンさん!僕イきたい、イきたいよぉっ!」
僕の言葉にシオンさんは僕のサオに軽く牙を立てた。
それがまた、僕を感じさせる。
「もう、もうっ、イく、ああっ、あっ、・・・」
シオンさんが少しずつペースを上げていき、それにつられるようにして僕の声が漏れる。
「・・・くっ、イくっ、ドル、先輩ぃ・・・。」
思わず、名前が漏れた。
そして僕はシオンさんの口の中に精液を思いっきり吐き出した。
「すっきりしたかな?」
僕の息が落ち着くのをまって、シオンさんがそう尋ねてきた。
「ごめんなさい・・・。」
何を謝っていいかわからなかったけれど、僕は謝った。
そんな僕の頭をシオンさんは優しく撫でてくれる。
そんな僕の視界にシオンさんの逞しく育ったモノが飛び込んできた。
暗闇の中でもはっきり見えるそれは先端から涙を流していた。
「シオンさん、していい・・・?」
僕はそれにそっと触れると、シオンさんの顔を覗き込みながらそう尋ねた。
「じゃあ・・・手でお願いできるかな。」
彼はとてもやさしかった。
横になった僕の隣に体を横たえると、僕の手をとり自らのサオに導く。
僕はできる限りシオンさんが気持ちよくなるように、
余分な力をかけずに表面を撫でるようにしてしごいた。
「はっ、ああっ・・・。」
シオンさんが声を上げる。
僕はそんなシオンさんの顔を覗き込みながら少しずつ速度を上げていった。
「シオンさん・・・。」
「バーツ、イくよ・・・。」
僕がしごき始めてしばらくたったころ、シオンさんはその言葉の数瞬後に自分の腹の上に大きな水溜りを作った。
「シオンさーん。」
今日はシオンさんに呼び出されとある喫茶店へやってきていた。
「ごめんなさい、道に迷っちゃて・・・。」
いつもなら待ち合わせ時間の15分は先に着くように心がけるのだけれど、
今日は初めて呼び出された店であったために道に迷い少し遅れてしまった。
「それで、話っていうのは・・・」
笑顔を浮かべたシオンさんに席に案内され、僕は言葉を失った。
「・・・ポン太?」
なぜか案内された席にはドル先輩の姿があった。
先輩も予想外だったようであんぐりと口をあけたままこちらを見つめている。
「それじゃあ、私はこれで。」
あっけにとられている僕たちを尻目に、シオンさんは一万円札をテーブルの上に置き颯爽とその場を去っていった。
とりあえず僕は席についてみたが、気まずさからどちらも口を開くことができない。
何か言おうと顔をあげるがそのたびに先輩と目が合い再び下を向いてしまう。
そんなことを何回か繰り返した後に、先輩が口を開いた。
「・・・すまん。」
「何が、ですか。」
先輩の言葉に僕は下を向いたままそう言った。
先輩はしばらく間をあけて再び口を開いた。
「ああいうことをするつもりはなかったんだ・・・。」
やっぱり、そうなのか。
先輩は僕が好きだから、求めてくれたわけじゃなかったんだ。
わかっていたことなのに、涙があふれてきた。
先輩の前では泣きたくなくて、上を向いて必死にこらえた。
「・・・いいです。」
涙声になっているのが自分でもわかる。
「気にしてませんから。だから・・・これからも、かわいがってください。」
僕は、今作ることができる最大限の笑顔でそう言った。
一筋、涙が頬を伝ったのを感じた。
「ポン太・・・。」
先輩が悲しそうな、申し訳なさそうな顔をしていた。
先輩には笑ってほしい。
笑顔の先輩が一番好きだから。
「そのかわり、今日の晩御飯おごってくださいね?」
「えっ!?」
畳み掛けるように僕はさらに口を開く。
「財布届けたお礼、まだしてもらってませんし〜。」
いつものように、ふざけた口調で僕はそう言った。
「今、あんまり金がないんだけど・・・。」
「手料理で言いですよ。愛情、たっぷり入れてくださいね。」
僕の言葉に、先輩が苦笑した。
やっと見れた先輩の小さな笑顔に、僕は安堵した。
これで元通りに、なれるといいな。
今までどおりの、いつもと変わらない日常に。
僕が一方的にあこがれる、切ない日々に。
ウェイターが持ってきた紅茶で、僕は一人小さな乾杯を上げた。