アパートにて
僕の目の前に一枚の扉があった。
夢にまでみた扉。
あの人がこの向うにいる。
そう思うだけで僕の心臓は高鳴り破裂しそうだった。
お世辞にも綺麗とはいえないマンションの小さな扉。
茶色かったはずのその扉は屋根があるにもかかわらず、
雨風に晒されたかのように色あせており触れればあっという間に崩れてしまいそうだ。
インターホンも、覗き穴もない簡素な扉。
その前で僕はかれこれ15分はそこに立ち尽くしていた。
「お財布、届けるんだから・・・。」
自分に正当な理由があるのだと必死で言い聞かせ、
意を決して僕は扉をノックした。
こんこん。
どことなく間抜けな音が響く。
・・・。
・・・。
・・・。
聞こえなかったのかな。
それとも留守なのかな。
もう一度ノックすべきかどうか、僕が思案しているとゆっくりと扉が開いた。
そこからぬっと1人の男性が顔を出す。
部屋の中は薄暗く、陰気な雰囲気を持ったその男性の登場に僕は思わず後ずさりした。
「・・・ポン太?」
ぼそり、とその男性が言った。
「あ、はい。」
慌てて僕は返事をする。
『ポン太』は僕につけられたあだ名だ。
「えっと・・・ドル先輩、忘れ物を・・・。」
そういいながら僕は手にもっていた財布を目の前の男性に突きつけた。
それを見た男性―――ドル先輩はぱあっと顔を輝かせた。
「俺の財布っ!」
今までの陰気な雰囲気はどこへやら、先輩は今にも小躍り線ばかりの表情で財布を握り締めた。
おそらく生活費が入っているだろう先輩の財布はバイト先に置き去りにされていたのだ。
僕はそれに気づき、すぐに持ってきた。
先輩が困るだろうという理由もモチロンあるが、
先輩に会いたかったのだ。
「サンキュー、ポン太!まあ入れよ。」
そう言ってドル先輩はニコニコしながら僕を部屋の中へと招き入れた。
「お、お邪魔します。」
先輩に誘われるままに僕は部屋の中へと足を踏み入れた。
なんの変哲もない1LDKの部屋。
生活観があまり感じられないのは部屋がやや古い・・・、
というよりは家具が少ないのが原因だろうか。
考えてみたらドル先輩のプライベートを見るのって初めてだなあ・・・。
「今、茶入れてやるからな。」
そう言って先輩は台所でごそごそと何かを探している。
先輩の背中越しに覗き込むと、棚の中にも冷蔵庫の中にも殆ど何も入っていなかった。
・・・。
生活観ないなあ、ほんとに・・・。
というか見ただけで何もないのが一目瞭然なのに先輩は何処を探しているんだろう・・・。
なんとなく怖くなって僕は先輩に差し出された座布団の上に座りなおした。
とりあえず先輩が満足するまで待つことにした。
ぼんやりと先輩の姿を見つめる。
ジーパンにタンクトップ一枚の後姿。
タンクトップからはみ出た太い腕や、筋肉が盛り上がった逞しい背中は
動くたびにその存在が強く誇張される。
普段は制服に隠れていたその筋肉はけっこうなセックスアピールだ。
少し下に視線をずらせばズボンに包まれた尻がある。
なだらかなその曲線は見ているだけで手で撫でたくなってくる。
「すまん、今茶切らしてるみたいだ。」
ドル先輩は振り向きながらそう言った。
尻を見つめていた僕は一瞬驚いて言葉が出ない。
何時も切らしてるんじゃないかな、お茶。
突然、扉が開いた。
扉の音と共に1人の猫獣人が入ってくる。
「ドル〜、仕事持って来たよ〜。」
白い毛に包まれたその猫獣人は手にもった一枚の紙切れをひらひらと振りながらそう言った。
「ミール、もう仕事見つかったのか。」
「まったく、突然高額の仕事探せなんていうから苦労したよ。」
そう言ってミールと呼ばれた猫獣人は先輩に手にしていた紙を手渡した。
おそらく財布をなくしたと思っていた先輩はこの人にすぐに稼げる仕事を探すように頼んでいたのだろう。
話し方や態度なんかを見てると先輩の友人らしいけど・・・なんだか馴れ馴れしいのは気のせいだろうか。
その時、猫獣人ははじめて僕の存在に気づいたようにこちらを振り向いた。
「はじめまして。アルバイト先でドル先輩にお世話になっているバーツと言います。」
「ああ、ドルの後輩か。僕はミール、よろしく。」
ミールさんは適当にそう言うとドル先輩の腕をつかみ自分の方に引き寄せると、
僕に聞こえないような大きさの声で何事かドル先輩にささやいた。
しばらくそれを聞いていたドル先輩もミールさんの耳元にささやき返す。
それを聞いたミールさんは大きく頷いた。
「じゃあ行こうか。」
「そうだな。」
そう言って先輩とミールさんは扉を開けた。
「あの・・・。」
完全に放置されていた僕はその時になってようやく口を開くことが出来た。
「あ・・・。」
ドル先輩も僕のことを忘れていたかのようにこちらを振り向いた。
「悪い、ポン太。礼は今度するから。」
そういわれ、僕は先輩のさわやかな笑顔を胸にその部屋を後にするしかなかった。
突然降ってきた雨をにわか雨だと判断し、僕は雨宿りをすることにした。
僕の名前はバーツ。23歳学生。
眼鏡をかけているせいで、ドル先輩は僕のことを『ポン太』と呼ぶ。
どうも狸に似ているといいたいらしい。
もっともその呼び方をするのは先輩1人だし、先輩だから許せると思って僕はそのままにしている。
そもそも僕と先輩がはじめて出会ったのはつい一週間ほど前のこと。
家庭教師くらいしかバイトの経験がなかった僕が、夜間警備のバイトをはじめた頃だ。
先輩もはじめたばかりだったらしいけど、一日だろうと一分だろうと先輩は先輩。
面倒見のいいドル先輩は何かと僕の世話を焼いてくれた。
僕は元々先輩のことを知っていたこともあり、彼に好意を抱くのに時間はかからなかった。
さっきも言ったけれど、僕と先輩が知り合ったのは一週間前、バイトをはじめた頃。
でも僕が先輩を知ったのはそれから更に一年前にさかのぼる。
友達のいたずらで僕は生まれて初めてアダルトビデオを見せられた。
それも、同性愛者向けの。
その内容は衝撃的だった。
いや、内容は大して衝撃的でないのかもしれない。
1人の雄が人形を相手にSEXをするだけ、というものだ。
だけど雄を主役として、雄を見ることを前提としたビデオは僕にとって衝撃だった。
そのビデオこそ「ロンリードッグ」、ドル先輩が出演しているアダルトビデオだ。
もちろん、ビデオのことを知っているなんて先輩には伝えていない。
先輩だって恥ずかしいだろうし、それによって僕の憧れの気持ちが汚される気がしたから。
突然、さっきの光景がフラッシュバックした。
仲睦まじく話すドル先輩とミールさん。
先輩にだって友人がいるのは当然のことだと思う。
にもかかわらず、僕はなんだか切なくなった。
どうしてだろう、先輩とミールさんが仲良くしていることを考えるだけで苦しかった。
まるで僕が嫉妬しているみたいだ。
これじゃあ僕が先輩に恋をしているみたいだ。
先輩にだって友達はいるだろうし、恋人もいるかもしれない。
ひょっとしたらさっきの彼が先輩の恋人かもしれないのだ。
僕はやまない雨の中を走って帰ることにした。
雨の中を走っていれば、顔が濡れていても不自然じゃない。
雨の中を走っていれば、誰にも気づかれない。
僕はいつか訪れた部屋の扉を再びノックしていた。
しばらくの沈黙。
そして、ゆっくりと扉が開いた。
何時だったか感じた感覚。
既知感とは違う、記憶の中にある映像との合致。
「・・・ポン太。」
赤い顔をした先輩が、扉の隙間から顔をのぞかせていた。
「悪い・・・。」
頭に濡れたタオルをのせ、布団に包まったまま弱々しい声で先輩はそう呟いた。
いつも元気で、パワフルなドル先輩からは考えられない弱さだった。
「いいから、寝ていてください。消化が良くて栄養のあるもの、作りますから。」
そう言ってはだけた先輩の布団をかけなおしてやった。
直すときに布団の下にある先輩の体に目が行く。
筋骨逞しい先輩の体が何にも包まれずそこにはあった。
思わず僕の顔が赤くなる。
ひょっとしたら下も何もつけずに・・・。
そんな不埒なことを考えたせいか僕の下半身が反応をはじめた。
いけないいけない。
僕は先輩に気づかれる前に慌てて台所へと戻った。
やっぱり恋なんだなあと自分の下半身を見つめて思う。
憧れぐらいにしか、思ってなかったけど・・・。
先輩と二人だって思うだけでこんなにドキドキしてる。
仕事中だって二人になることはあったのに。
「熱いですから、ゆっくり食べてくださいね。」
風邪を引いて以来何も食べていなかったという先輩は僕の言葉も聞かずかき込むようにして食べている。
「ん、うまいな。これ。」
後一口くらいしか残っていない段階にいたって、ようやく先輩はそう言った。
でも先輩がおいしいといってくれて僕はそれだけで満足できた。
少なくとも、今は僕だけに先輩の笑顔は向いている。
一瞬かもしれないけど、僕はそれだけで幸せを感じていた。
「さ、食べ終わったらしっかり寝てくださいよ。」
食器を受け取ると僕はそういって先輩に布団をかぶせた。
ついでに先輩の額に触れてみる。
「まだ熱高いじゃないですか・・・。」
とてもじゃないが平熱とは思えない熱さに僕は眉をしかめた。
すぐに元気なフリをするんだから・・・。
「いや、もう結構元気だかぶ。」
何か言いかけた先輩の言葉を枕を顔に押し付けてさえぎる。
「とにかくしっかり寝てください!
僕だって医学生の端くれなんですから、言うことはちゃんと聞いてくださいよ。」
先輩はしぶしぶといった様子で布団にもぐりこんだ。
その様子がなんだか可愛くて、僕は先輩の見ていないところで小さく笑った。
ふと目を開けると目の前に先輩の顔があった。
何事!?
と一瞬思ったが、どうも看病の最中に寝てしまったらしい。
折角だから、もう少しこのまま先輩の寝顔を見つめることにする。
「・・・ポン太。」
先輩の声が聞こえた。
寝言かな?と思ったが、違うらしい。
先輩の手が僕を抱き寄せたからだ。
「せ、先輩?」
咄嗟のことに僕は抵抗もできず、ただ抱き寄せられるだけだった。
よく見れば先輩の目もうっすらと開いている。
「ポン太・・・。」
そして、僕は先輩に口付けされた。
「!」
予想外のことに僕の動きが完全に固まる。
その隙に、先輩はそのままの態勢で僕を布団の中に引き込んだ。
きつく、抱きしめられる。
それだけで僕の心は壊れてしまうんじゃないかと思うほどに強く震えた。
涙があふれそうになる。
体が、心が熱い。
自分で自分が怖くなるほどの快感が全身を駆け巡った。
そしてゆっくりと僕は先輩の背中に手を回し、強く抱き返した。
ゆっくりと、そして強く。
先輩の逞しいからだが僕の腕の中で弱々しくうごめく。
「先輩・・・。」
僕から口付けを求めた。
「ポン太・・・。」
先輩もそれに応える。
絡まる二人の舌が、ぴちゃりと湿っぽい音を立てた。
先輩の手が僕の来ている服の下に侵入してきた。
優しい手つきで胸から腹にかけての毛皮を撫でられる。
ぞくぞくする。
僕もお返しをしようと先輩の体に手を這わせる。
だが先輩は服を着ていないために、予想外のものが手に触れた。
それは熱く滾った雄の象徴。まさに予想外のモノ。
僕は全く予想していなかったために咄嗟に手を引いてしまった。
「やめるなよ。」
先輩が耳元でささやく。
その声が僕の背筋にぞくり、と走った。
僕は恐る恐る熱い棒に触れた。
初めて触れる他人の勃起。
先端からあふれる汁のために、それは既に湿っていた。
僕が軽く握ると、先輩の体がびくんとはねた。
それを見た僕の欲望に火がつく。
先輩にのしかかるように彼の体を押さえ込むと、僕はゆっくりと手を前後させた。
僕の手が動くたびに先輩の股間からくちゃくちゃという音が聞こえてくる。
そのたびに先輩の口から「は・・・ぁ・・・」という声が聞こえた。
びくん、びくんと先輩の体と、モノがはねる。
感じているのか、先端からあふれる液体の量もどんどん多くなってきた。
そう言えば昔悪友に「風邪を引いたときは敏感だからオナニーが気持ちいい」と聞いたことがある。
先輩もまさにそんな状態なのかもしれない。
嬉しくなって僕が指先でその先端をもてあそんでいると、
先輩はあえぎながら僕に一本の小瓶を手渡した。
開けてみるとどろりとした液体が入っている。
「ここにぬってくれ。」
そう言って先輩は僕の手を取り自身の菊門へと導いた。
粘液のようなその液体を手に取り僕は先輩の入り口に丹念に塗りつけた。
さすがの僕も何をするのかくらい予想はつく。
「直接、入れてくれ。」
僕が指を入れようとすると、先輩が手を止めてそう言った。
「先輩・・・。」
僕は身に付けていたものをすべて脱ぎ捨てると、もう爆発寸前にまで来ているそれを先輩にあてがった。
「行きます。」
ぐっと腰に体重をかける。
「ぐううっ・・・。」
先輩の苦しそうなうめき声が聞こえた。
咄嗟に先輩から離れようとするが、先輩は足を僕の腰に絡ませ無言で奥に進むよう催促した。
僕はそれに従い先輩の内部へと侵入を果たした。
「熱いっ・・・。」
先輩の内部は信じられないくらいに熱かった。
熱があるせいかもしれない、僕の竿が火傷してしまいそうだった。
「ポン太、すげえ感じる・・・。」
そういいながら先輩はゆっくりと、淫らに腰を振る。
先輩とつながっているんだと言う事実、そして淫らな先輩の姿をみて僕はもう我慢が出来なくなった。
「先輩、好きです!」
僕は先輩を強く抱きしめながら腰を振り、先輩の内部を激しく突き上げた。
「ああっ、ポン太っ・・・。」
「ドル、先輩っ!!」
僕は先輩の内部に大量に思いのたけを吐き出した。
先輩もまた、僕と先輩の間に大量の精液を撒き散らしていた。
「先輩・・・。」
次の日の朝、僕は先輩の寝顔を見ながら幸せな気分だった。
お互い裸のままで、同じ布団に入って朝を迎える。
それがこんなに幸せだとは思わなかった。
「ん・・・。」
先輩がゆっくりと目を開ける。
もう熱も引いているし、汗もたっぷりかいたので大丈夫だろう。
なんならもう一回しても・・・
「ポン太・・・なんでおまえが?」
ドル先輩は目をこすりながらそう言った。
・・・え?
「いや・・・先輩風邪引いたって聞いて・・・看病に・・・。」
僕は出てくる単語をなんとかつなげながら先輩に事情を説明した。
「ああ、そういえば昨日メシつくって貰ったんだよな。
で、なんでお前裸なんだ・・・?」
ひょっとして・・・熱でうなされて覚えてない?
あんなに求めてくれたことも?
「せ・・・先輩のバカあっ!」
僕はそう叫ぶと自分の服をつかみ手早く袖を通すとそのまま部屋から飛び出した。
先輩なんか、大っ嫌いだ!
僕は今にも泣き出しそうになりながらとおりを歩いていた。
いや、ひょっとしたら怒っていたのかもしれない。
自分がどうなっていたのか、僕にはわからない。
僕の携帯がなったのは、そんなときだった。
続