初詣
「いやあ、コタツ開発した奴って偉大だよなあ。」
ポン太の部屋で、コタツに肩まで突っ込んだままドルが呟いた。
広くはないが、あまり物も置かれていない部屋。
その真中に小さなコタツが置かれていた。
もちろんコタツの上にはミカンも完備されている。
「先輩の家には暖房器具がなさ過ぎるんですよ。」
台所に立ち蕎麦をゆでながら呆れた顔でポン太が呟いた。
寒いから、という理由でポン太の部屋にドルが転がり込んでから
およそ一ヶ月。
クリスマスも、そして大晦日と元旦もドルと一緒に過ごせることに
ポン太は喜びを感じていたが、そんなことは表には出さない。
「しょうがないだろ、質に入れちまったんだから。」
のそのそとコタツから這い出しながらドルが答えた。
ドルの答えを背中に聞きながらポン太はガスレンジに向かって溜息をついた。
なんだかんだ言いつつ、ミールに仕事を紹介してもらっているドルは、
収入としては(確認していないが)そう悪くないだろう。
にも関わらず、相変わらずの貧乏振り。
「一体何に使っているのやら…。」
ドルに聞こえないようにポン太は小さくつぶやいた。
金がないから、という理由でもらえなかったクリスマスプレゼントに未練があるわけではないが、
どこかで女に貢いでいるのではないかと思うと自然とポン太の口からは溜息が漏れた。
「何溜息ついてるんだよ?」
いつの間に忍び寄ったのか、ドルが後ろから抱き付いてきた。
腹の辺りに手を回し、ポン太の頬に自分の頬を摺り寄せる。
密着する体に思わず心拍数が上がるのが、自分でもわかった。
「ダメですよ、お蕎麦ゆがいてるんですから…。」
そう言いながらもポン太は口付けを求めるように、
ドルの方に顔を向けた。
ドルは何も言わずそっとキスをする。
「ん……。」
上がったのはどちらの声だったか。
ポン太が目を閉じると、口を割るようにドルの舌がポン太の口内に侵入を始めた。
ドルの手がいったんポン太から離れ、肩を掴むと体を正面に向かせる。
その間もドルの舌は動きを止めることなく、ポン太の中を蹂躙していた。
改めて正面からポン太を強く抱きしめるドル。
絡み合う舌と舌がぴちゃり、と濡れた音を立てた。
荒くなる息に合わせるように舌の動きが激しくなり、
ポン太を抱きしめる力が強くなる。
ポン太も我慢できなくなったかのように、ドルに強く抱きついた。
ドルの手がポン太の後頭部に回され、頭を強く引き寄せられる。
毎日のように繰り返されるその行為は、
いつになっても新鮮さを失うことなくポン太を包む。
愛する男から与えられる甘美な刺激にポン太は酔いしれた。
ポン太はドルからそっと手を離すと、手探りでガスコンロのスイッチを捻った。
吹き零れそうになっていた鍋は火が消え、ゆっくりと温度が下がっていく。
それとは逆に、ポン太は燃え上がっていった。
「あ…。」
突然離された口に、ポン太は思わず声を上げた。
二人の間を唾液が糸になって繋ぐ。
荒くなった息をなんとか抑えながら、ポン太はゆっくりと目を開けた。
優しい笑顔を浮かべたドルがじっとポン太を見つめている。
「お蕎麦……美味しくなかったら先輩のせいですよ。」
いつのまにか曇っていたメガネを手で拭いながら、
ポン太は慌てて鍋に向き直った。
自分の顔が赤くなっているのがよくわかる。
そんな照れたポン太を見ながらドルはニヤニヤと笑っていた。
「そういや、いくんだろ?」
ずるずると蕎麦をすすりながらドルが言った。
曇らないようにメガネを外していたポン太は眉をひそめながらドルを見つめた。
しばらくして、ようやく何のことだか思い当たる。
「あ、初詣ですか?」
ずずず、と音を立ててドルがそばつゆを飲む。
どん、とドンブリをコタツにおいてドルが大きく頷いた。
「行くんなら早めに言った方がいいですよねえ。」
ポン太の呟きにドルはあくびで答えた。
そんなドルを見ながらポン太は溜息を漏らす。
もう何度目になるかわからない溜息を聞きながらドルはコタツにつっぷした。
コタツの中で、ドルの足がポン太の脚に絡みついてくる。
「もう先輩…。」
ポン太は顔を赤くして、弱々しく抗議した。
そんなポン太の声を聞き、顔を見ながらドルの足はどんどんポン太に絡み付いてくる。
「もう、さっさと出かけますよ!」
そう言ってポン太は残っていた蕎麦をすすると、慌てて立ち上がった。
ハンガーにかけてあった自分のコートと、ドルのコートを取り、
ドルのコートを彼の顔面めがけて投げつけた。
「なんだよ、いいじゃねえか。
ヤり納めってことで。」
「ダメです。
もう昨日…というか今朝、散々したじゃないですか。」
ドルに背中を向けたままポン太はそう言い放った。
ごそごそと分厚い自分のコートに腕を通す。
ドルもしぶしぶとコートを羽織った。
「さ、行きましょうか。」
「全く、寒い中わざわざ行かなくてもいいと思うがなあ…。」
ぶつぶつと呟きながら二人は部屋を出た。
ポン太の家から歩いておよそ20分。
近くでは有名な大きな神社に二人はたどり着いていた。
人ごみの中ではぐれないように、ポン太はドルのコートを掴んで歩いていく。
辺りには除夜の鐘が響いていた。
「あ、除夜の鐘もつきたかったですねえ…。」
辺りに響く鐘の音を聞きながらポン太が呟いた。
それを聞いてドルが振り返る。
「あんなの重たいだけじゃないのか?」
ドルの言葉にポン太はぽかん、と口をあけた。
その表情を見てドルも驚いた様子を見せる。
「先輩…。
除夜の鐘って言うのはですね、僕らの中にあるって言う108の煩悩を追い出すためにあるわけで…。
ありがたいものだって意識、あります?」
ポン太の言葉にドルは首を横に振った。
止めよう止めようと思っても出てしまう溜息。
「先輩見たいな人こそ鐘をついて煩悩消してもらったらどうですか…。
いや、やっぱいいです。
先輩の場合消えないか、先輩本人が消えてしまいそうですから…。」
「どういう意味だよ、そりゃ。」
ドルの言葉に答えることなく、ポン太は人ごみに押されながら歩きつづけた。
ふと顔を上げれば、ドルのやや前方に見知った後姿を見つける。
「あ、先輩…。
あれ、あの前歩いてる二人。
シオンさんとアイリスさんじゃないですか?」
その言葉にドルは背伸びをして前を見る。
「おー、ホントだ。
腕なんか組みやがって、ラブラブだなあ。」
「いいなあ…。」
ドルの言葉を聞いて、ポン太は思わず呟いた。
「ん?」
ドルが聞き返すがポン太は首を横に振って答えるだけだった。
「声かけるか?」
「邪魔しちゃ悪いですよ。」
ポン太の言葉にドルは納得し、改めて人ごみの中を歩き始める。
人ごみが好きではないドルは、さっさと済ませようと人ごみを縫って
どんどん前に進んでいく。
ポン太はドルのコートを掴んだまま必死でそれについていっていた。
なんとか初詣を終えて、二人は帰り道を歩いていた。
「凄い人でしたね〜。」
ポン太の言葉に、今度はドルが溜息をついた。
「わざわざ今日じゃなくても良かったんじゃねえか?」
「何言ってるんですか、ちゃんと元旦に行かないと意味がないんで…」
途中で途切れた言葉を不審に思い、ドルがポン太の横顔を覗き込む。
丁度その時、タイミングを見計らったかのようにポン太がくしゃみをした。
「っくしゅん!」
くしゃみをするポン太の目の前に、ちらりと白いものが踊る。
「あ…雪…。」
「冷えるはずだな。」
立ち止まり、雪が降ってくる灰色の空を二人は静かに見上げていた。
「そう言えば、まだ言ってなかったよな。」
ドルの言葉に、ポン太が不思議そうな顔で振り向く。
そしてすぐにドルが言っていることを察した。
「あ、あけましておめでとうございます!」
ポン太が深々と頭を下げる。
その頭をポンポンと叩きながらドルが口を開いた。
「いつも悪いな、迷惑ばっかりかけて。
今年もヨロシクな。」
ドルの言葉にポン太が呆然と顔を上げる。
いつになく真剣で、やさしい顔を浮かべたドルの顔を呆然と見つめていた。
「ほら。」
照れたように顔を背けると、ドルはポケットから小さな包みを取り出した。
ポン太は恐る恐るそれを受け取った。
「別にクリスマスの代わりって訳じゃねえぞ。
なんだ、お年玉みたいなもんだ。」
ドルの言葉を遠くに聞きながら、ポン太は相変わらず呆然とドルを見ていた。
流石に見つめつづけられて、ドルがポン太の顔を睨む。
「なんだ、文句でもあるのか。」
その言葉に、ポン太の目から一滴の雫が零れ落ちた。
その様子にドルは焦った表情を浮かべるが、ポン太の涙は止まらない。
「お、おい。
泣くなよ。」
ポン太は慌てて目をこすりながら後ろを向いた。
後から後からあふれる涙を必死で抑える。
「すみません…。
こんなもの…もらえるなんて…。」
小さな包みを握り締めながら、ポン太は必死で声を絞り出した。
ゆっくりと舞い散る雪が、ポン太の肩を、頭を白く染めていく。
そんな背中を、ドルはコートを広げて優しく包み込んでやった。
コートの中で肩を抱き、ゆっくりと歩き出す。
「さ、帰ろうぜ。」
「先輩……誰かに見られたら…。」
涙目のまま、ポン太が呟いた。
「かまわねえよ。」
人目を気にせず、ドルはポン太の肩を抱いたままゆっくりと歩いた。
幸せと、体温と。
二つのぬくもりに包まれながらポン太は歩いた。
「先輩。」
「ん?」
「今年も、一緒にいてくださいね。」
「…ああ。」
暗い夜空に、白い雪が鮮やかに輝いていた。