北の街−聖夜の特別編−

 

「わーい!」
 子供が俺の手からプレゼントをひったくるように受け取った。
そんな子供の様子を見ながら俺は思わず微笑んだ。
「ありがとうございます。」
 若い母親が俺に向かって頭を下げた。
「それじゃ、失礼します。」
 俺は母親に軽くお辞儀をすると玄関の扉をくぐった。
「サンタのおじちゃん、ありがとー!」
 …おじちゃんかよ。
思わずずっこけそうになりながら、俺は外で待つ相棒の元へと戻った。
ソリのうえで星空を見上げながら、ぼんやりとした表情を浮かべる相棒の姿が見える。
赤と白のおなじみのカラー。
俺と相棒は、二人一組のサンタクロースだ。

 


 この街ではサンタクロースが実在する。
他の町・国ではどうか知らないがここ、アティクアでは間違いない事実だ。
子供達は自治体に欲しいものを書いて手紙を送るだけ。
無茶なものでなければ、税金の一部でそれらを購入、子供達にプレゼントされる。
配るのは普段違う仕事をしている俺たち公務員、というわけだ。
このシステムを取り入れてから税金の回収がずいぶんと楽になったらしい。
子供のためなら確定申告もなんのその、ということだ。

 


「次はどこですか?」
 ソリに乗り込み、トナカイに鞭打ちながら俺は相棒に尋ねた。
「あー…。」
 リストを見ながら相棒はぼんやりと呟く。
「そこ曲がったところだな。
ニースさんとこだ。」
 ニースさんて誰だ?
相棒の知り合いだろうか。
そんなことを考えながら俺はソリを走らせる。
その間に相棒は必要なプレゼントを袋から取り出す。
 リストをめくる手や、プレゼントを選び出す動き。
相棒の手つきがなれているのは決して気のせいじゃない。
サンタクロース業界では最古参の、いうなれば大先輩だ。
もっとも年に一度組むだけの関係。
俺は正直この相棒が好きじゃない。
子供相手の仕事をするにはぶっきらぼうだし、
そもそも仕事をやる気があるのかどうかもわからない。
もっとも相棒のことを嫌っていたとしても、たいした支障はない。
年に一度の関係なんてそんなもんだ。
「ほれ。」
 相棒が複数のプレゼントをそっと差し出した。
それとほぼ同時に俺はソリを止める。
赤い服から覗く黄色と黒が混じった毛皮。
大きな手だ。
 プレゼントを受け取ると俺はニースさんとやらの家のドアをノックする。
一瞬の間を置いて、なかからバタバタと大きな音が聞こえてきた。
子供が大慌てで駆けてきているんだろう。
何処も同じだから、中の様子は手にとるようにわかる。
 バタン!と大きな音がして扉が勢いよく開かれた。
『メリークリスマス!』
 俺と、後方に控える相棒の声がピッタリと重なった。

 


「さ、次で最後だな。」
 相棒はリストを閉じてそう言った。
「少し離れたところだ。
ここを真っ直ぐ走れ。」
 俺は言われたとおりにソリを走らせる。
もちろんサンタが事故なんてシャレにならないから、安全運転を心がけることを忘れない。
 何気なく相棒の横顔を見る。
猫科特有のまるっこい鼻の向うに、子供の姿が見えた。
慌てて俺はソリを止める。
「うおっ。」
 突然のことに相棒は前につんのめる。
どうした?という視線をこちらに投げかけている。
「あれは…。」
 俺は相棒の顔越しに見えた路地裏に視線を投げた。
確かに向うに子供の姿が見えたんだが…。
「ああ、スラムの子供か?」
 相棒に子供のことを伝えると、こともなげにそう言った。
この町は主に区画によって住むヒトたちが違う。
軍隊の詰め所がある北に行けば行くほど、高級住宅街に。
南の端は貧民街・スラムと呼ばれるような場所が存在する。
もちろん町の入り口付近はまた別であったりするが、
主に南北でそれらの区分がわかる。
俺が覗いていたのはそのスラムへと通じる路地だったようだ。
「あの子達は、プレゼントもらえないんですね。」
「税金払ってないしな。
まあしょうがないだろ。」
 さらりといわれた言葉がひっかかった。
確かに相棒の行ってることは正論かもしれないけれど。
「それに、はがきを出す金もないんだ。
何が欲しいか、何処に住んでるかも調べ様がない。
変な気は起こすなよ。
個人でフォローなんてしようがないんだ。」
 そう言って、相棒は俺の手から手綱を取ると再びソリを走らせた。
細い路地の奥はすぐに視界から消えた。
仕事があるんだ。
そう自分に言い聞かせて、俺は先ほどの光景を忘れることにした。
相棒からプレゼントを受け取り、最後の扉をノックする。
「メリークリスマス!」

 


「まだ気にしてるのか。」
 俺の横顔を見ながら相棒がそう言った。
「え。」
 思わず俺の口から言葉が漏れる。
そんなに顔に出ていただろうか。
さっきの子供のことを考えていたことが。
「…こんな寒い夜になんで出歩いてるんでしょう。
せめて夜はどこか風を凌げるところにいればいいのに。」
 そんな俺の言葉に相棒はしょうがない、という風に答えてくれた。
「今スラムの近くで区画整理してるからな。
道路に建てられた掘っ立て小屋みたいなもんは全部取り壊されてるんだよ。
ああいうのは全部違法建築だからな。
もともとそこに住んでたんじゃないか。」
 区画整理?
「子供達を家から追い出す方が先だっていうんですか?
行く当てもなく、凍死するかもしれないのに…。」
「上はそんなこと考えてくれねえよ。
スラムの人間よりも街の美観・予算の使いきり、それに法の遵守ってとこだろ。」
 さも当然のような口調で相棒はそう言った。
何か出来ないのか?

目の前でそんなことがあって。
子供に夢を与えるはずの俺たちサンタクロースが、何もできないのか?

「さ、仕事は終わりだ。
サンタクロースも一年お預けだな。」
 役所にソリを止めた相棒は頭にかぶっていた帽子を取るとそう言った。
俺もソレに習って帽子を取る。
「よお、お疲れさん。」
 後から続々と他のサンタクロースが戻ってくる。
簡単な報告を済ませて、仕事は終わった。
のみに行くか、など皆それぞれが適当なことを行って散っていく。
俺は軽く挨拶を済ませると1人その場を離れた。

 


 俺は仕事が終わったその足で、スラムへと向かう。
さっきの子供がどうしても頭から離れない。
俺と同じ犬の少年。
彼1人じゃなく、他に何人もいるだろうことは想像に難くない。
何ができるわけじゃないけど、ほっとけない。
俺はゴミが大量に散らばったスラムの道を歩いた。
たまに好奇の視線が投げかけられる。
サンタの格好をしているからあたりまえといえばあたりまえだが。

「…サンタさん?」
 弱々しい声が聞こえた。
振り返ると、荒い毛並みの犬の子供が立っていた。
ぼろきれのような服を纏い、寒さに震えながら俺を見上げていた。
先ほどの子供だろうか。
そうだといえばそのような気もするし、違うといえば違う気もする。
「サンタさん?」
 先ほどよりもはっきりとした声でそう呟いた。
「あ、ああ…。」
 俺は少し躊躇しながら頷いた。
その言葉を聞いて子供の顔がぱっと輝く。
「こっち!」
 突然少年が俺の手を引いて走り出した。
俺はこけそうになりながら、必死で慌てて後に続く。
スラムの細く暗い路地を右へ左と曲がる。
やがて俺の目の前に一軒の教会が現れた。
少年は教会の敷地内へ入るとそのまま裏へとまわる。
「みんな、サンタさんだよ!」
 少年は嬉しそうな声で叫んだ。
その声にその場にいた全員の視線がこちらへと向く。
そこにいたのは、15もいっていないだろう子供達ばかり。
子供達は俺の姿を見て一瞬動きが止まった。
そして、その後に思い思いの行動を見せる。

嬉しそうな顔でこちらに駆け寄ってくるもの。
胡散臭げな顔で俺を見ているもの。
恐る恐る俺の服をつかんでくるもの。

 たぶん皆俺の正体くらいはわかってる。
それでも、サンタクロースに憧れがあるんだろう。
子供たちは俺を中心に、俺の気持ちを無視してはしゃいでいた。

 

 

 しばらくして、ようやく俺は解放された。
教会から出てきた若い修道女が俺に白湯を持ってきてくれる。
「すいません、子供達が…。」
 そう言って花壇に腰掛けた俺の隣に立つ。
彼女が見ている方向を、俺も見た。
子供達は明りを灯し、若い神父と協力して小屋のようなものを作っている。
「いえ、俺のほうこそサンタクロースなのにプレゼントも何もなくて…。」
 俺の言葉に修道女は小さく笑った。
「サンタクロースも公務員ですから…。」
 哀しい現実。
子供達もわかっているからこそ何もいわない。
それが現実。
「彼らは何を…?」
「今、区画整理が行われていることはご存知ですか?」
 彼女の問いに俺は頷く。
相棒も言っていた言葉。
「彼らはそれで行くところをなくした子供達です。
ある程度大きい子供達はそれぞれ自分でなんとかしているようですけど…。
まだ幼い彼らは1人では生きていくのも難しくて。
教会に入れてあげたかったのですが、礼拝に来る方から反対もでていまして…。」
 とても哀しげな顔で彼女は言った。
切なげな瞳が涙で潤んでいる。
「よし、俺も手伝うか!」
 そう言って俺は立ち上がる。
せめてできることをしてやりたい。
そう思って俺は大工道具を手に取ると少年達に混じった。

 


 なれない大工仕事で小さな傷をいくつも作りながらも、
俺は少年達と夢中になって作業を続けた。
何日もかかって作業していたのだろう、既に雨風に晒された部分もある。
弱すぎて補強が必要だったり、作り直しをしながら俺たちは少しずつ小屋を作り上げていった。
それは楽しい時間であったかもしれない。
貧しいながらも元気な子供達と共に家をつくる。
皆が完成を楽しみに一生懸命に働いていた。
そんな時。
「あ…雪…。」
 誰かが呟いた。
空を見上げれば、黒い空からちらちらと白い雪が舞い降りてきていた。
硬く、大きな雪は一晩もあれば積もりそうだ。
「今日はここまでだな。」
 神父の声に、子供達から不満の声があがった。
ブーイングのような声が次々とあがる。
「雪の中で作業なんかしてたら風邪引くぞ。
ほら、教会に入った入った。」
 しぶしぶと子供達は神父の声に従った。
ここまでか…。
俺も明日は仕事があるしな…。
情けないけれど、クリスマスプレゼントとして完成させてやりたかった。
それすらかなわないのか。
そう思った矢先だった。

 


「よう、遅れてすまねえな!」
 突然背後から太い男の声が聞こえた。
振り返った先で見たのは、俺と同じ服を来た男たち。
「サンタさんたちだー!」
 子供の無邪気な歓声があがった。
俺はいるはずのない彼らの姿をみて思わず呆然とする。
「ほら、何突っ立ってるんだ。
せめて屋根くらいはつけるぞ!」
 そういってサンタの集団が大工道具片手に、
作りかけの小屋に群がっていく。
俺もわれに帰ると慌てて皆の後に続いた。

 


響き渡る金槌や鋸の音。
耐えることのない笑いや野次。
そんな中で、俺は仲間の1人に疑問を投げかけた。
「ところで…なんでみんながいるんだ?」
 その言葉に、相手は一瞬あきれた顔を見せた。
「なんだ、聞いてなかったのか。
ほら、アイツに頼まれてみんな来たんだよ。」
 そう言って指差した先にいたのは、俺の相棒だった。
白い大きな袋から食材を取り出して、大きな鍋で料理している。
「ほっとけって、言ったくせに…。」
「アイツはな。」
 俺の呟きに別のサンタが割り込んでくる。
「スラム出身なんだよ。」
「え。」
 予想外の言葉だった。
「だから期待できないことはアイツ自信一番よくわかってる。
…自分がしてやれることもな。」

「よーし、できたぞー!
人数分なくても恨むなよー!」
 そう叫んで相棒は器に盛った料理を子供達に手渡していく。
その後にサンタ連中に、そして最後に俺のところへ。
俺の目に、料理を差し出す手が飛び込んでくる。
赤い服から覗く黄色と黒が混じった毛皮。
年齢が刻まれた、男の手。

「1人より、効率よかったろ?」
 料理を受け取った俺に、相棒がにやりと笑ってそう言った。
俺は自嘲するように小さく笑うと頷いてみせた。
「もっともらしい奇跡でも起こせればいいんだけどな。
まあ俺たちにはこの程度が限界さ。」
 そう言って俺の前で相棒は肩をすくめて見せる。
いつもは小憎らしいその仕草がなんだか可愛く見えた。
「こんど暇なときに酒でもおごりますよ。」
「なんだ、俺に惚れたか。」
 そういって相棒は大きく笑う。

 


 サンタクロースのカップルも、悪くないよな…。 
                                                                             終