北の街−二つの扉編−
突然で悪いが、今オレは選択を迫られていた。
オレの目の前には二つの扉がある。
一つは赤く塗られた古い扉。そしてもう一つは青く塗られた新しい扉。
オレはこの二つのうちから一つを選んでくぐらなければならない。
周りには何もなくただ白い雲が足元を覆っている。
いくら雲をすくってみても地面は見えない。
また、扉からどれだけ走っても周りの風景に変化はなく、
遠近感がないかのようにその二枚の扉はオレの目の前にたたずんでいる。
何が何でもどちらかの扉を選ばなければならないらしい。
オレはその場に横になると黒い空にぽっかりと浮かんだ大きな月を見上げながら、
ここについたばかりの時のことを思い出した。
「よくぞまいられた・・・。」
オレの目の前に1人の女性がたたずんでいた。
彼女は時代錯誤な着物を何十にも着込み、
長い髪をどこかから吹いてくる風になびかせながらそう言った。
背中からは月の光を受け銀色に輝く大きな翼が生えている。
「ここは空と大地が交わる場所・・・。さあ客人よ、選択の時だ。」
先ほどから表情を変えることなく彼女は淡々と告げる。
突然そんなことを言われ、オレは戸惑った。
「ちょ、ちょっと待ってくれよ・・・。ここ、どこだ?」
「空と大地の交わる場所。あるいは・・・空の果て。大地の墓場。呼び方はなんであろうと構 わぬ。」
彼女はそういうと大きく翼を広げた。
彼女から巻き起こる風がオレをおそい、オレはとっさに目をつぶった。
「選択の時だ。」
彼女は再びそう言った。
翼をはためかせ、ゆっくりと彼女は宙を舞う。
その美しさはまさに神々しいという言葉がふさわしく思えた。
「汝の前に二枚の扉がある。
紅き扉は過去への扉。過去を望むならくぐられよ。
蒼き扉は未来への扉。未来を手にするならくぐられよ。」
有無を言わさぬ迫力で彼女はそう呟いた。
過去・・・未来・・・?
オレは何がなんだかわからなかった。
だが確かなことがある。
オレの目の前に、赤と青の二枚の扉があるということ。
ただそれだけだ。
オレが二枚の扉を見つめている間に、彼女はどこかへと飛び去ってしまった。
彼女から入手できたのは「空と大地が交わる場所」というこの場所の名と、
オレがどちらかの扉をくぐらなければならないという事実。
その二つだけだ。
オレが何故選ばなければならないのか、どうしてここにいるのかはわからない。
周りを見渡してみても手がかりはない。
「過去か、未来か・・・。」
オレは上体を起こし扉を見つめた。
過去へ通じるという赤い扉を見つめる。
過去・・・。
オレが今まで過ごしてきた人生。
真っ先に、1人の男のことが思い出された。
「スパイク〜仕事しようよ〜。」
今にも泣きそうな、情けない顔でシュウジは言った。
「うるせえ、オレは今忙しいんだよ!」
読んでいる本から顔も上げずにオレは怒鳴り返した。
見なくてもわかる。今ごろシュウジはさらに情けない顔をして下を向いていることだろう。
そして次にこっちにやってきてさらに弱気になりながらもう一度頼むのだ。
「そんなこと言わないでさあ・・・。」
下を向き、俺の服のすそを軽く引っ張りながら弱々しく呟いた。
いつも通りのそいつの動きに、いつもどおりの生活にオレはややうんざりしながら本を閉じた。
シュウジが本を閉じる音を聞いて上目遣いにオレの顔を見る。
「いいかシュウジ。オレはな、忙しいんだ。」
「毎日そう言って仕事しないじゃない・・・。」
まあ確かにそれは事実ではあるが。
「シュウジ、俺たちの仕事はなんだ。言ってみろ。」
「和菓子屋・・・。」
不思議そうにシュウジはそう答えた。
「そうだ。和菓子屋といえばあんこを練ったり、あんこを練ったり、あんこを練ったりするのが仕事だ。」
「他にも仕事はあるけど・・・。」
不服そうに呟くがオレはそれを受け付けない。
「オレはな、発明家なんだよ。
今は殆ど・・・というか全く知られていない科学のすばらしさを
オレの世紀の大発明で世に知らしめるのが俺の使命、オレの生まれてきた意味なんだ!
そんな運命の申し子が毎日毎日陰気臭いあんこ練りなんかやってられるか!!」
シュウジの鼻先に指を突きつけてオレは思い切り叫んでやった。
そうだ。オレはいつもと何ら変わらない日常にうんざりしていた。
毎日のようにシュウジはあんこを練り、オレを仕事に誘う。
そしてオレは発明に失敗する・・・。
いつも失敗していたが、俺は世紀の大発明家だ。
オレが発明しようとするものはいつだってすばらしいもの。
一つ発明すれば、その時点でオレは名実ともに完璧になれるのだ。
多少の失敗は致し方ない。
それをあいつはいくら説明しても理解しなかった。
そう、初めて会った時から・・・。
「あの・・・。」
「ん、目覚めたか。」
オレはタバコを灰皿に押し付け火を消すと最後の煙を吐き出して立ち上がった。
目の前の犬はまだ何かいいたそうだったが、
オレはそれを聞かずに部屋の入り口から大声をあげてオヤジを呼んだ。
「お前倒れてたんだってよ。それをお人よしのうちのオヤジが拾ってきたんだ。」
簡単に状況を説明し、俺は新しいタバコに火をつける。
メガネがずり落ちて相手の顔がよく見えない。
新しいメガネを買わないとな・・・。
「そうなんですか・・・ありがとうございます。」
そう言って犬は俺に深々と頭を下げた。
別にオレが拾ったわけではないが礼を言っているのを断る必要もない。
オレは適当にうなづいてそいつの話を聞き流していた。
「あ、そういえば僕シュウジっていいます。」
そう言った後に犬・・・シュウジは視線でオレに名前を促した。
「オレか。オレはスパイク。天才発明家だ。」
発明家、という単語がこいつに通じるはずもないと思っていたが、
案の定シュウジは顔中に疑問の表情を浮かべてオレを見つめていた。
説明を求めているらしい。
「・・・オレはな。魔法とは違う、誰にでも使える便利な道具を作るために日夜研究してるんだよ。」
「はあ・・・。」
シュウジにもわかるように簡単に噛み砕いて説明してやったがどうも理解していないらしい。
頭の悪い奴だ。どうせ詳しく説明してもわかるまい。
オレは説明をあきらめ再びタバコに専念した。
結局あの後、身寄りのないシュウジをオヤジは引き取った。
オヤジが死に、和菓子屋がオレのものになってもシュウジは店に残り働いた。
オレがどんなに怠けても、働き者のシュウジがいるだけで収入は安定していた。
おかげでオレは発明に専念できた・・・。
なぜかあいつはオレになついていた。
どんなに嫌味を言おうがいつもオレの後をついて回ったのだ。
たとえどんなことをしても。
「スパイクさん・・・?」
オレに組み敷かれたまま、シュウジは呆然と呟いた。
「こんな時くらいスパイクって呼べよ。」
オレはシュウジの耳元でそうささやくとそのまま耳をなめてやった。
「ひゃっ・・・スパイクさん・・・やめて・・・。」
シュウジはオレの下で体をよじるがオレに手足を抑えられ全く動けない。
オレは調子に乗ってズボンの上からシュウジのものをもんでやる。
「やっ・・・」
だがシュウジのものはすぐに大きく、硬くなった。
結構でかい・・・。
オレは思わずシュウジの手を離すとズボンを下ろし、生で握った。
「ぁっ・・・。」
シュウジの口から小さなあえぎがもれる。
もはや抵抗する様子も見られないので俺は体をずらし、一気にシュウジのものにしゃぶりついた。
「だめっ、だめぇ!」
それだけでシュウジはオレの口の中に大量に精液を撒き散らした。
「お前早すぎだぞ・・・。」
オレは口からシュウジの精液を吐き出すとシュウジの尻の穴にそれをぬりたくった。
シュウジは不安そうな顔でオレを見上げるが、俺は一切気にせずにシュウジの足を持ち上げた。
オレは自分の分身をズボンから取り出すと、そっとシュウジの穴にあてがった。
オレがシュウジを見つめているのに気づくと、あいつは小さく頷いた。
「少しいたむけど我慢しろよ。」
オレはそういうと一気にシュウジを貫いた。
「あああぁっ!す、スパイクっ!」
おそらく初めて男を受け入れたのだろう、その痛さは少しなんてもんじゃない。
だがオレは構わずにシュウジをゆすりあげた。
シュウジは必死でオレのクビに腕を回し、俺に口付けを求めてくる。
オレはそれに答えてやった。
シュウジの目の端に涙が光る。
オレはじらすことも、ゆっくりと楽しむこともなく一気にペースを上げ、
シュウジの中で久しぶりの射精を行った。
それから毎晩のようにオレはシュウジを抱いた。
シュウジも抵抗もせずに俺に抱かれた。
そのころからシュウジはオレのことを「スパイク」とよび、後を付いて回るようになったのだ。
実際かわいい弟分のようなものだった。
昼間はあいつがオレの尻を追い掛け回し、夜はオレがあいつの尻を犯す。
シュウジという決まった相手がいる生活も決して悪くはなかった。
・・・オレの夢を邪魔することがなければ。
「スパイクさん・・・。」
シュウジがオレの部屋の入り口から顔をのぞかせていた。
「入ってくるな!」
オレの言葉にシュウジの体がびくりと震える。
今オレの発明はまさに完成しようとしていた。
ずり落ちるメガネを何度も押し上げながらオレは最後の仕上げを行っていた。
「でも・・・あの・・・」
そう言ってシュウジが俺の部屋に入ってくる。
再び叫ぼうとしてオレはとんでもないものを見た。
シュウジの足がコードに引っ掛かり、キカイの一つが床へと落下していく。
その瞬間は、確かにスローモーションだった。
あの後爆発でオレの部屋は半壊し、発明品はモチロンのことメガネまで吹き飛んだ。
その日の夜のことだ、あいつを犯してやろうと思ったのは。
そこまで思い出してふと、オレは現実を見つめた。
赤い扉と青い扉。
過去と未来。
そしてオレは思い当たった。
おそらく今オレは分岐点に立たされたのだ。
彼女は言っていた。
過去を求めるなら赤の扉、未来を望むなら青の扉だと。
それは言い換えればこう言う事ではないだろうか。
「今までの生活を取り戻すには赤の扉を。すべてを捨てて夢をかなえるのなら青の扉を。」
一瞬赤い扉をくぐれば過去に戻れるものかとも考えたが、それでは未来を選ぶメリットがまるでない。
未来を見ることができるという点はあるものの、すでに結果のわかっている過去の方がメリットが大きい。
ならばこの選択は過去、今までの生活か、
未来、オレがかなえるべき夢かを選択させていると考えたほうが自然な気がした。
はっきりとした根拠はないが、おそらくそうだろう。
ならば・・・とオレは青の扉に手を伸ばした。
喜び勇んでノブを回そうとしたときにオレはシュウジのことを思い出した。
「スパイク、これ・・・。」
人気がなくなってからシュウジはオレに小さな包みを手渡した。
「なんだ?」
オレはそれを受け取ると包みをほどいた。
中に入っていたのは、俺が以前していたのよりもはるかに高級そうなメガネ。
「お金溜めるのに時間かかって遅くなったけど・・・。あの時はごめんなさい。」
そう言ってシュウジは頭を下げた。
もう半年以上立とうというころになって、わざわざメガネを弁償したのだ。
オレはおかしくなって思わず声をあげて笑った。
シュウジは不思議そうな顔でこちらを見上げている。
「バカ。そんな前のこと、気にするな。」
そう言って俺はシュウジの頭を乱暴に撫でてやった。
あのときのシュウジの屈託のない笑顔がオレの手から力を奪う。
オレがいなくなったら、シュウジはどうするのだろう・・・。
ノブから手を離し、隣にある赤い扉を見た。
ゆっくりと赤い扉の前に立つと、俺は赤い扉のノブを握る。
「おいオヤジ、これ・・・!」
オレがそれを見つけたのは古本屋でのことだった。
それを見つけたときは興奮して思わず本屋のオヤジに話し掛けた。
「あー・・・?どうかしたか、坊主。」
すっかりなじみになっている本屋のオヤジが酒で赤く焼けた鼻をこすりながら聞いてくる。
オレが見つけた本はずっと捜し求めていた本。
はるか昔に栄えたといわれる古代の文明について研究された本。
「これが・・・これが・・・」
これがあれば、オレの発明品は完成する!
震える手でオレはその本をしっかりと握り締めていた。
やっと手に入れた本のことを思い出した。
あの本を手に入れることは、そのままオレの夢がかなうことに等しいのだ。
まだ中身をすべて見てはいない。
一体その中身に何があるのか?
おそらくそれは、青の扉をくぐらねばわからないだろう。
オレはゆっくりと赤の扉から手を離した。
いったん扉から離れて俺は二つの扉を見比べた。
赤か!?
青か!?
過去か!?
未来か!?
たっぷり一時間は悩んだ後、オレは一つの扉を開けた・・・。
「スパイク、ごめん・・・。」
そう言ってシュウジは俺に一冊の本を差し出した。
真っ黒にこげた本は触れただけでパラパラと崩れ落ちていく。
「おい、まさか・・・」
「スパイクの机の上にあった本・・・もえちゃった・・・。」
「は、は・・・ははははは・・・。」
オレは力なく笑った。
この本があれば発明品が完成したのだ。もはや笑うしかない。
「お前・・・!」
オレはシュウジを怒鳴ってやろうと思い切りにらみつけた。
シュウジは怒鳴られることを覚悟してか目を閉じて体をすくませている。
それをみて、オレは怒鳴るのをやめてシュウジの耳元でささやいてやった。
「今晩、ベッドの中で思い知らせてやるからな・・・。」
完