北の街−永遠の夢編−


「うー・・・っ。」
 僕は月に向かって大きく伸びをした。
塾の帰り道、綺麗な月を見上げるとなんだかすっきりした気分になった。
夜の肌寒い風が僕の髭をもてあそんでいく。
「ちょっと寒いか・・・。」
 風に吹かれて月を見上げていると一気に寒くなってきた。
いくら狼獣人の僕が全身毛に覆われているといったって、冬になれば雪に閉ざされるこの街はやはり寒い。
とりあえず尻尾をぱたぱたと振ってみる。
ちょっとでも動いたほうが暖かくなるかと思ったけど、無駄だなあ・・・。
僕はしょうがなく家に向かって再び歩き始めた。
せっかく綺麗な月夜なのに・・・。
「ぼうず。」
 声が聞こえた。
僕のことかな?
辺りを見回すと、道のそばでもぞりと何かが動いた。
ちょっと驚いてその場で後ずさる。
ゴミ袋か何かだと思ってたけど、どうもそれはヒトらしい。
「・・・僕?」
 とりあえず確認をとってみた。
ぼろきれを纏ったその狼はにやりと笑って見せた。
服だけじゃなく、隙間からのぞく毛皮もぼろぼろだ。
「金もってねえか。」
 そういいながら彼はこちらに近づき僕の腕をつかんだ。
遠目でもぼろぼろだった毛皮は、近くで見るとところどころハゲている。
残った毛も麻のようにがさがさだ。
皮膚病とかうつったりしないかな・・・。
「持ってますけど。」
「くれよ。」
 財布でもおとしたんかな?
それにしたって突然だなあ。
「いくらぐらいいるんですか?」
 僕は財布を取り出して聞いた。
「・・・ほんとにくれるのか。」
 彼は僕の腕を離してけげんそうにそう聞いてきた。
自分からくれっていったのに、変なヒトだ。
「おじさん、臭うからお風呂入った方がいいよ。」
 実際近くに立つだけでかなり臭う。
「入りたくても入れないんだよ。」
 彼は道端に腰を下ろした。
財布をもてあましながら僕は彼の顔を見下ろした。
「お前みたいにぬくぬくと育ったお坊ちゃんにはわからないだろうがな。」
 そういって悲しそうな、寂しそうな目を下に向けた。
「お坊ちゃんって・・・。僕だって苦労してるんだよ。」
 このヒトに何がわかるんだ。
僕だって毎日ママの小言を聞きながら行きたくもない塾に通ってるんだ。
最近はお小遣いだって少ないし。
「まあお前の苦労なんてたかが知れてるだろうな。一回くらい旅にでて世間の厳しさでも学んで来い。」
 そういって彼は再びぼろきれを頭からかぶった。
僕はその場にしゃがみこんで、布の間からのぞくおじさんの顔を真正面から見据える。
「僕、将来旅に出るつもりなんだよ。
今はママのいう事聞いてるけど・・・いずれ旅に出るんだ。
そのために今は準備中なんだよ。」
 そういってすぐそばに落ちていた棒切れをひろって、構えて見せた。
ママの目を盗んでは、ひそかに毎日素振りをしてるんだ。
将来は剣士になっていつか全世界に名をとどろかせたいと思ってる。
「なんだ、それで剣のつもりか?」
 そういっておじさんはゆっくりと立ち上がると、俺が手に持っていた棒を弾き飛ばした。
一瞬何をされたのかわからない。
しばらくして、手に痺れが伝わってきた。
「痛い・・・。」
「そんなんじゃ旅に出れるのは数十年先だな。」
 そういって鼻で笑うとおじさんはふたたび座り込んだ。
このヒト、もしかして強い?
「ねえおじさん!おじさん強いの?」
 俺の問いに視線を投げるだけですぐにうつむいた。
それでも構わずに言葉を続ける。
「強いんだったら僕に剣の使い方教えてよ。」
 それでもおじさんは何も答えない。
「お願いだよ、お金なら払うからさあ。」
 そういったら、おじさんはものすごい顔でこちらをにらんだ。
うっ・・・怒ってるのかなあ。なんで?
「お前、なんて名前だ。」
「・・・ルーブ。」
 そう答えたとたん、彼が腕を伸ばして俺の頭をわしづかみにした。
「ルー、そんなに教えてほしいならいくらでも教えてやる。ただし、やるからには本気でやれよ。」
 彼の目つきは真剣だった。
僕も力をこめて頷いた。
「おじさんの名前は?」
 そういうとおじさんは考え込んだ。
名前がないのかな?
「そうだな・・・。シン、シンでいい。」

 

 

 次の日から僕とシンの特訓の日々が始まった。
毎日夜の塾をサボっては人気のない場所でシンに剣を教えてもらう。
「わっ!」
 僕の手か木の剣が弾き飛ばされた。
特訓をはじめて三日も経つってのにいまだに歯が立たない。
「シン強すぎるよ〜。」
 剣を拾う元気もなく僕はその場に座り込んだ。
シンは僕をみて大きく溜息をつくと僕の隣にきて腰をおろした。
「いいか、ルー。剣なんてモノはすぐに上手くなるもんじゃない。
三日やそこらで強くなれたら誰も苦労なんてしないんだ。
とにかく修行あるのみだ。」
「んー・・・。」
 それにしたって全く歯が立たないのは・・・。
手も痛くなってきたし。
「とりあえずごはん食べようよ。」
 そういって僕は家からこっそり持ってきた夜食を取り出すと半分をシンにわたした。
彼もしょうがなくそれを口にする。
「ねえシン。シンはどうしてそんなに強いの?」
 僕の問いに彼は空を見上げた。
月明かりが僕らと、白い雪を照らしている。
「俺も昔は旅してたんだよ。」
「旅?なんの?」
 だがシンは曖昧に笑うだけで答えてはくれなかった。
「さ、続きだ。立て立て。」
 そういってシンは僕に剣を差し出した。
しょうがなく僕はそれを受け取ると立ち上がった。
「こんどこそ目にもの見せてやるっ。」
 僕は気合と共に一気にシンにつっこんだ。

 

 

「あれ、シンどうしたの?」
 ある日僕がシンのもとにやってくると彼は道端に座り込んでいた。
いつもは僕がくるよりも早くに剣をもって準備運動してるのに。
「ああ、今日はちょっと体調が悪くてな・・・。悪いが今日は休ませてくれ。」
「えーっ。しょうがないなあ。」
 僕は彼の隣に座るとごはんを取り出した。
どうせ運動することもないしもう食べちゃえ。
ふと、彼の纏った布がごそごそと動いた。
何かと思ってみていると布のしたから子犬の顔が現れる。
「わあ、子犬?」
 カワイイ顔でこちらのことを覗き込んでいる。
僕は二匹いる子犬の一匹を抱き上げた。
「道端で腹空かせててな・・・。
他人事のような気がしなかったんで連れてきた。」
 自分だって食べ物少なくて困ってるくせに、こういうところで損するんだよなあシンは。
僕は自分の食べ物を半分にすると二匹の子犬に与えた。
「飼うの?」
 僕が与えた食べ物をもぐもぐ食べている。
可愛いなあ・・・。
「いや、俺のところに置いておいてもメシも食わせてやれないからな。
寝るときに凍死しないように一緒にねてやるのが精一杯さ。」
 ふーん・・・。
それって飼うのとは別なのかな?
「でも名前くらいは付けてあげたいねー。」
「・・・イスズとアッシュ。」
「あ、決めてあるんだね。」
 そういいながら僕はご飯を食べ終わりじゃれあっている子犬たちを見た。
尻尾を振って遊んでいる。
「俺が旅してたのはな・・・。」
 突然シンが口を開いた。
以前はしゃべりたがらなかったことだ。
「知り合いを探してるんだよ。
ずっと前に俺をおいていなくなった友人を。
俺しか、探してやる奴がいないからな。」
 それだけ言ってシンは口を閉じた。
なんとなく続きを聞くことも出来ず、沈黙がつづく。
しばらくしてシンは再び口を開いた。
「今夜は冷えるな。」
「うん。」
「帰ったほうがいいんじゃないか。」
「・・・。
なんとなく、今は一緒にいたい。」
 シンは口をつぐんでこちらを向いた。
僕も無言で彼を見つめる。
僕はゆっくりと彼の鼻の頭に口づけた。
「・・・どうするのか知ってるのか。」
 僕は首を横に振った。
好きなヒト同士がキスするのは知ってる。
でもそれ以上は知らない。
「こっちこいよ。」
 そういってシンは自分のひざを叩いた。
僕は彼に後ろから抱きしめられる形で彼のひざの上に座る。
彼が後ろから僕を抱きしめ、首筋に鼻をうずめてきた。
心臓がドキドキとなって、体が硬直する。
どうしたらいいかもわからない。
彼の手が股間に伸びた。
僕は無言でツバを飲む。
かるくそこをもむと彼は僕のズボンの中に手を入れてきた。
「あっ・・・」
 さすがに声が出る。
今までにそこが大きくなることはあった。
でも、どうしていいかわからずにいつもほったらかしだ。
それが今日はシンの手の中にある。
「どうしたら・・・」
「いいから。」
 シンは僕の言葉をさえぎるとそれをズボンの中からとりだした。
「けっこうおっきいな。」
 そういいながらそれを握った手を前後に動かす。
「んっ・・・。」
 感じたことのない感覚が僕を支配する。
シンにめで訴えるがかれは微笑むだけで手を止めようとはしない。
シンの匂いがする。
確実に僕に変化が訪れてきていた。
「だめだ、シンッ。漏れる、漏れるっ!」
 そして僕はシンの手の中にはじめての液体を放出した。

 


「なんでお前は旅に出たいんだ?」
 シンが僕の頭を撫でながら聞いてきた。
僕はぼんやりとしながら答える。
「自由が、ほしいから・・・。」
「自由か・・・。いなくなった俺の友人も同じ事を言ってたよ。『自由がほしい』ってな。」
 シンの友達・・・。
どうしていなくなったんだろう。
シンに聞いてもなんにも答えてはくれないけど。
いつか、わかるかなあ。
 ふと隣をみるとイスズとアッシュが寄り添うようにして眠っていた。

 


「ルー君。」
 僕が部屋で勉強をしているとママが入ってきた。
「なあに、ママ?」
「最近塾行ってないそうじゃないの。連絡があったのよ。」
 うっ・・・。ついにばれちゃった・・・。
「ちょっと・・・友達のお見舞いに・・・。」
「嘘つきなさい!毎晩毎晩食べ物もってどこかにでかけて、ママちゃんと知ってるんですからね!」
 どうしよう・・・。
このうえいつも会ってるのがシンみたいなヒトだってばれたらママ卒倒しちゃうかも。
「しばらくは外出禁止です、いいですね!」
 なんだかうだうだと言っていたのを聞き流していると、そういい捨ててママは部屋からでていった。
ハァ・・・。
今日はシンのところにいけそうにないなあ。
机に向かってぼおっとそんなこと考えていたときだった。
どどどおおん、という音が聞こえてきた。
結構遠くからの音らしい。
僕は窓から顔を出して外を除いてみた。
すぐ下をたくさんのヒトが走り抜けていく。
殆どが北から走ってきているらしい。
「戦争だ!」とか口々に叫んでいる。
そんな中にまっすぐ北に向かって走る一人の少年の姿が見えた。
「ルー君!」
 ママが部屋に飛び込んでくる。
「逃げましょう!」
 そういって僕の手をつかんで、一気に走り出した。
僕はただ引きずられるままにママの後につづく。
いったい、何があったんだろう?

 


 二日たった。
あの騒ぎはどうも誰かがこの街に侵入しようとして大勢で押しかけてきたらしい。
なんとか軍隊が総動員して押し返してくれたようだけど。
僕はといえば、いまだにママに外出の許可をもらえない。
塾をサボってたことよりも、危ないということのほうが理由みたいだ。
でもシンと会えなくなって三日目。
今日こそはなんとかして会いに行かないと。
・・・なんだか嫌な予感がするんだ。
僕はトイレの窓から外に出た。
コレぐらいはちゃちゃっと朝飯前!って感じだね。
僕はママに見つからないようにこっそりと家をでると、全力でシンの元に駆け出した。
やがていつもの場所につく。
イスズとアッシュがじゃれていた。
そして、赤い雪。
その場にうずくまったまま動かないシン。
「シン・・・?」
 僕はこわごわとシンの体を揺さぶった。
とさ、と軽い音をたててシンはその場に倒れる。
「シン、しっかりしてシン!」
 僕は必死でシンのからだを揺さぶった。
口元に赤い血がついている。
やがてゆっくりとシンの目が開いた。
「ルー・・・?」
「シン、死んじゃだめだよ!」
「俺は・・・もう駄目みたいだ・・・。
ルー、俺の代わりに・・・探してやってくれ。
『そらとだいちがまじわるところ。そこに私はいる。』
俺の友人は・・・イスズはそう言った。
見つけてやってくれ・・・。
言ってやってくれ、アッシュはお前を探してたって・・・。
ルー、頼む・・・。」
 そう言ってシンはゆっくりと目を閉じていく。
「駄目だよ、僕1人じゃムリだよ。シン、手伝ってよ!」
「もう・・・休みたい・・・。」
 それっきり。
シンは何もしゃべらなくなった。
目を開くこともなかった。
動かなくなったシンの足にイスズとアッシュがじゃれ付いていた。

 

 

 僕は家の扉を開け中に入った。
「ルー君!?」
 部屋にいると思っていたらしくママがやたらとビックリしている。
そんなママを気にもとめず僕は自分の部屋に戻った。
僕がもってる一番大きなカバンに荷物を詰める。
服や、隠していたお菓子。
それに、シンに貰った木の剣。
「ルー君、何してるの!?」
「ママ、僕旅に出るよ。」
 僕の言葉にママは唖然としている。
「そんなこと・・・」
「ママは黙ってて!僕がやらなきゃいけないんだよ!」
 口を開こうとするのをさえぎって僕は怒鳴った。
シンとの・・・アッシュとの約束なんだ。
どうして『シン』なんて名前を名乗ったのかは知らないけれど、
彼は、アッシュはイスズさんをずっと探して旅してたんだ。
そして僕はその代わりを頼まれた。
いかなくちゃ。
イスズさんを見つけていわなきゃいけないんだ。
『アッシュも僕も、君を探していた』って。