北の街 −男娼編−


 虎は俺を大きく突き上げると、小さなうめき声を上げて果てた。
体の力を抜き、俺の上に覆い被さってくる。
この虎は、男娼である俺の「お得意様」の一人だ。その中でも、無駄にしゃべることも乱暴なこともしない、楽な客だ。
俺は天井を見上げて小さく溜息をつく。普段なら背中に手の一つもまわしてやるが、この客はそんな事をしても喜びはしない。
無理はしなくていい。ただ、体がつながればこの客は満足なのだ。
だから俺も干渉はしない。天井を見つめたまま、一人の「客」を思い出す。
そいつは、ただ一度だけ俺の元に現れた。俺と同じ、熊。
金を払って俺を抱きにきたその「客」は、俺に手を触れることなく時間を潰して帰っていった。
なぜそいつがそんなに気になるのかはわからない。同じ種族だから、かもしれない。
ただ、俺が思い返す客はいつもそいつだけだった。
ぽん、と俺の枕もとに何かが放り投げられた。
今日うちの店で配っていたチョコレートだ。
「甘い物は好かんからな。」
 そういっていつのまにか身支度を整えた虎は部屋から出て行った。
甘い物は好きじゃない、虎はそう言った。嘘かもしれない。家庭があるから持って帰れないのだ。
 今日はバレンタイン・デーというやつらしい。
俺も店でチョコレートを配る、という話を聞いて初めて思い出した。
俺たちのような仕事をしている者にとってはそれくらい縁遠いものなのだ。
 俺は部屋の片づけを適当に済ますと虎が投げてよこしたチョコレートをポケットにいれ、部屋をでた。
今日も仕事が終わった。
もっともそれがどうしたと言うわけでもない。
娼館の前に捨てられ、娼館で育った俺にとって仕事以外にする事などない。
毎日のように男に抱かれ、日々が過ぎていく。そんな日常に疑問をもった事もない。
 住居区に戻ると、俺は簡単に水を浴びベッドにもぐりこんだ。
ここでも俺が考える事は、例の「客」のことだけだった。
他に考える事もない。何より、その「客」の事が、俺が15年生きてきた中で初めての気になることであった。
やがて俺はいつものように眠りに落ちる。
夢の中でも、あの「客」の姿を求めながら。


 久々の休日に、俺は珍しく目がさめた。
本当は休日を取る意味などない。俺にする事は何一つないからだ。
ただ、休日をとらねばいわゆる「締まり」が悪くなるらしい。
「休日にしっかり休むのもプロの仕事だ」という店長の言葉にしたがって、俺の休日は眠るためだけにあった。
そんな俺だが、なぜか今日は目が冴えて眠れなくなってしまった。
まだ昼前だ。
しょうがなく、俺は昨日と同じ上着を羽織ると街に出ることに決めた。
 久しぶりの街は、雪によって真っ白な景色になっていた。
街が凍りついたような風景に、俺はかすかな恐怖を覚えながらも街を歩いた。
俺には知り合いなんかいないから、街を歩いていても楽しい事などない。
例え知り合いがいたとしても、彼らは俺のことなど知らない振りをするだろう。
もっともそれが懸命な判断だ。どんなに男娼が一般的なものでも、娼館に通っているというだけで充分不名誉な事実だ。
 角を曲がった時に、ふと俺の目に熊の姿が飛び込んできた。
大工が家を立てているらしい。焚き火の周りに二匹の熊が座って談笑していた。
少し近寄ってみるが、当然「あの客」ではない。
「ボウズ、なんか用か。」
 向かって左に座っているキセルを加えた年配の熊が話し掛けてきた。
「いえ、熊が珍しかったもので。」
「そういうお前だって熊じゃねえか。」
 そういって若い大工と二人で笑った。
熊が珍しいのは事実だ。そもそも俺たちのような熊獣人は南の方に住んでいたらしい。
こんな北の街にいるのは事実珍しい事であった。
「あの・・・。」
 思いがけず俺の口から言葉が漏れた。
「他の熊、誰か知りませんか?」
 別にそんな事を聞きたかったわけでもない。
俺自身なんでこんな事を聞いたのかわからないくらいだ。
熊の大工も二人とも一瞬ビックリしたような表情を見せた。
しばらく二人とも考えていたが、やはり思い当たりはしないようだ。
「すまねえな、ボウズ。」
「人探しならもう一本奥の通りにある『氷室』って酒場行ってみな。あそこの主人なら顔が広いしな。」
 俺は軽く頭を下げて礼を言うと若い大工の言った『氷室』へ向かう事にした。
名前から判断するに、おそらく今流行りの居酒屋とかいうやつだろう。
安い金で酒も食事もできると評判だ。
もっとも、こんなに近くに出来たとは知らなかったが。
 一本奥にはいるだけで、ずいぶんと雰囲気が違うものだ。
俺は雪によって凍りつきそうな通りのはるか先に、遠慮がちに『氷室』と書かれた看板を見つけた。
この雪に埋もれた街の中で『氷室』に入るなんて、文字だけ考えるならずいぶんばかげた話だ。
俺は雪で滑りそうな足元に気をつけながら何とか目的地へと近付く。
 ノックもせずに、俺はその店の扉を開けた。引き戸というのは初めて見たがさびる事もなく、軽やかに開いてくれた。
店の中にはカウンターに座った旅人らしい人間の女が一人。それ以外には誰の姿も見えなかった。
「あ、店長さんちょっと出かけるって。」
 その女性が俺に向かってそう言った。
「飲む?」
 そういって俺に手に持っていた酒を勧める。
俺が丁重に断ると、今度は彼女のとなりのイスを勧めてくれた。
今度は素直にとなりに座る。
「・・・まだ子どもだよねえ?居酒屋に来ていいもんなの?」
 俺は得意の笑顔であいまいに答える。
「女性」を見るのもずいぶんと久しぶりだった。
それも人間となると、数年間も見ていないような気がする。
軟らかそうな肌に、青い長い髪が美しい。
このような女性に会えたことは、普通の男なら運がいい事なのだろう。
彼女が執拗に勧めてくるる酒のつまみをつまみながら、俺は主人が帰ってくるのをぼんやりと待っていた。
「あ、お帰りー。」
 となりの女性の声に、俺は顔をあげた。
体はごつく、髭もびっしり生やしたまさに熊のような体格をの人間が店の中に入ってきた。
「いやー、今日は雪が凄いなあ。そっちのボウズ、何か飲むのか?」
 主人はカウンターに入るとすぐに俺に向かってそう聞いてきた。
「いえ、それよりも聞きたい事があるんですけど・・・。」
「おっちゃん、この子に飲み物あげて。あ、ノンアルコールね。」
 俺の言葉をさえぎって隣の女性がそう言った。
店の主人も頷き、鍋を火にかけるとすぐに俺の前に温められたミルクが置かれた。
毎晩飲まされる「ホットミルク」とは、もちろん別のものだ。
俺はそれをありがたく頂く事にした。
「それで、何が聞きたいって?」
「あ、はい。俺と同じ、熊の獣人を探しているんですけど・・・。」
 そう言うと主人は目を瞑り天井を見上げる形で何かを必死に考えだした。
「熊、熊・・・。どっかにいたよなあ・・・。」
「おっちゃん、おかわり。」
 女性の声に主人は考えこんだまま女性のグラスに酒を注いだ。
「検索に引っ掛かったのは三人だな。」
 検索?
「一人目は、今丁度この街に来ている軍隊の偉いさんの付き人だ。まあ、普通はあえないだろうな。」
 軍隊の偉い人間だからと言って、娼館にこないとは限らない。
むしろそういう人間こそ来たがるものだが、残念だがそいつではないだろう。
そんなに偉い人間なら店から連絡が入るはずだし、そういう輩は大抵自分の権力を自慢するものだ。
「二人目は、南の広場に面した通りに住んでいる。といってももうすぐ50になるばあさんだが・・・。」
 それも違う。
服を脱いでいなくとも男か女かくらいはわかるし、何より婆さんなどではなかった。
「三人目は・・・最近帰って来たやつだな。つい最近まで街から少し離れたところの街道を整備してた、って言ってたからな。」
 帰って来た、か。
違うかもしれないが、もしかしたら俺のところに来てから街道整備に出たのかも知れない。
行ってみる価値はある。
「その、三人目の人がどこにいるか、詳しく教えてください。」
「どこって・・・隣の建物だが。」
 となり・・・。そういえば、汚い宿屋だったような気がする。
俺は主人に礼を言うと席を立った。
「少年、人探し頑張れよ!」
 女性の声に俺は小さく礼をすると、店を出た。
 隣の建物は、記憶にたがわず小さな汚い宿屋だった。
主人がいった事が事実ならここに熊獣人がいるはずである。
 中に入ろうと扉に手をかけたところで、俺はふと動きを止めた。
俺は何をやっているんだろう。
今日は、久々の休日だったはずだ。本来なら寝て過ごすだけの一日。
別に、何をするつもりもなかった。
ただヒマだから街を歩いてみようと思っただけだ。
それが気が付けば、ひょんな事から「思い出」探し。
思い出とよべるほどの何かがあるわけではないが、俺の行動と俺の意識は間違いなくそこに向いていた。
やめようか。こんなことをしていても見つかるはずもない。
半年前に来てから、それ以来一度も来ていないのだからもともと旅人か何かだったのだ。
 そんなことを考えていると、宿の主人らしき人物がシャベルを持って宿から出てきた。
「おっと、そんなとこいると邪魔だぞ。」
 そういって主人は雪かきをはじめた。
この主人の顔は見たことがある。どうやら俺の客らしい。
こんな所で立ち尽くしても仕方がない。
俺はその場を取り繕うようにして宿の中に入った。
汚い宿の中には、汗臭そうな男達が数人酒を飲んでいた。
男達の視線が一斉にこちらに向く。
半数以上が見たことのある顔だった。
「どうしたボウズ、今日は出張サーヴィスか?」
 誰からか下品な野次が飛ぶ。
俺はその場を見回すと一人だけその場にいた、熊の獣人に近づいた。
・・・やはり別人だ。
「何か用かよ?」
「人を、探しています。俺たちと同じ、熊獣人の。」
 そいつは暫く考える顔を見せ、やがて口を開いた。
そこからは、俺が求める情報が出てきた。
「ああ、そういや、一回だけお前の店に熊連れて行ったことあったなあ。あいつ探してんのか?」
「知ってるんですか?」
 思わずその男に詰め寄る。
男は驚いた顔をしてみせ、すぐにニヤリと笑い顔をつくった。
「ただで、ってわけにはいかねえなあ・・・。」
 そういう男の手は、自分の股間を揉み始めている。
冬にも関わらず薄着である男の股間はすぐに形状を変え、小さな染みを作り出した。
男は自らズボンのフックをはずし、チャックを下ろすと張り詰めたモノを取り出した。
表情一つ変えず、俺を誘ってくる。
あの「客」を探すためだと俺は自分に言い聞かせ、その異臭を放つモノを口内へと納めた。
「うっ・・・。」
 俺の舌技に男はすぐに喘ぎ声を上げ始める。
どうやら溜まっているらしい。俺は早く終わらせるために、もてる技術をすべて使ってやった。
「う、うおっ・・・うおおおお!」
 男は簡単に果てた。
だが男はなおもモノを張り詰めさせたまま俺の頭を抑えてはなさない。
「一回やそこらじゃ終わらせねえぜ・・・。」
 そういって、今度は自ら腰を振り出す。
周りの男達も俺によってきて、俺の体に自ら取り出したモノを擦り付けてくる。
周りには狼や虎、獅子、牛などあらゆる種類の獣人がいる。
狼が適当に唾をつけただけのモノをゆっくりと侵入させてくる。
俺は軽く力を抜いてそれを受け入れると、今度は力を入れてそのいつの物を締め上げた。
俺は右となりにたっている牛のモノに手を伸ばし、しごき始める。
「こいつ、たまんねえな・・・。」
 後の狼が呟く。
「やっぱりテクが違うな・・・。」
 わかるほど長持ちもしないくせに、熊はずいぶんと偉そうだ。
彼の情報をもってさえいなきゃ、こんな奴らに抱かれたりはしないのに・・・。
俺の股間に、突然何かがまとわりついてきた。
何事かと視線を向けると、この店の主人がもぐりこんで俺の物をくわえ込んでいた。
「んっ・・・。」
 俺の口で、熊が何度目かの射精をおえ、立ち上がった。
何も言わず、牛が俺の口に入れ、熊は俺の後ろに回り俺を掘っている狼の尻を掘る。
ふと気が付けば、隣のテーブルの上では虎と獅子が激しく盛り合っていた。
「おおっ・・・。」
「いくぞ!」
 もう、誰の声だかもわからない。
やがて、俺の毛皮は雄の液体で真っ白に染まっていった。


「や、約束・・・です。教えて・・・。」
 俺は熊に抱えあげられ、貫かれたまま必死で訴えた。
「ああ、あいつな。街の外で見かけたんだわ。ほとんどしゃべらねえし、こっちの経験ないっつうから面白がって連れて行ってやっただけさ。」
「じゃあどこに住んでるかは・・・」
「しらねえな。まあ、俺が会ったところなら教えてやるが。」
 そいつが満足して、ようやく場所を教えてもらう頃には日が沈みかけていた。
俺は血のように真っ赤に染まった雪の道を駆け抜け、街を取り囲む城壁が一部崩れている場所にたどり着いた。
ここをくぐってしばらく歩けば男が言っていた場所に着くはずだ。
間もなく日が暮れる。日が暮れても戻らなければ、うちの主人が探しはじめるだろう。
それより何より、日が暮れては野犬や、もっと酷いものに襲われる可能性だってある。
それでも俺は、必死で歩きつづけた。
どうしてこんなことをしているのか、もはやそんなことは考えていなかった。
やがて日が暮れた。
俺はしょうがなく、近くの岩肌に見つけた洞穴で夜を明かす事に決めた。
先ほど言ったように、夜は危険なのだ。
意外と深い洞穴の奥で、おれは一人の獣人を見つけた。
暗い中でもうっすらと見えるその毛並み、色は明らかに熊の物だった。
辺りは枯草などがぎっしりと敷き詰められている。
どうも、本物の熊の冬ごもりであるようだ。
しかし、かすかに香る臭いはどこかでかいだ事の有る臭い・・・。
俺は眠りについているその熊をみて、確信した。
こいつだ。
間違いない、こいつこそがあの「客」だ。
俺は思わずそいつの体に抱きついた。
だが、眠りについている熊はまったく微動だにしない。
あの夜、俺を抱かなかった熊。
今夜は俺が抱いてやる。
おれは眠りこけている熊の足をゆっくりと開き、間で小さくなっているモノに手を這わせた。
全く反応はない。
今度は口に含み、手は玉と穴をもてあそぶ。
わずかに反応はあったが、それでも勃起と呼ぶには程遠い。
俺は口から奴のモノを吐き出すと手をすり合わせた。
寒い。
考えてみれば俺は朝、いや昼起きた時から何も食べていない。
居酒屋で飲んだホットミルクと、隣の宿で飲まされた「ホットミルク」だけだ。
何かないかとポケットを探ると、何かが指にあたる。
引っ張り出してみると、昨日店で配っていたチョコレートだった。
虎から貰った物を、ポケットに入れっぱなしにして忘れていたのだ。
これ幸いと俺は包装を解き、チョコレートを一口齧った。
もそり、と奴が動き出す。
俺の方に顔を寄せ、鼻を動かす。チョコレートの匂いに惹かれたのだろう。
俺はチョコレートを飲み込み、、ふとあることを思いついた。
残りのチョコレートを奴にわたし、俺は再び奴の股間に顔をうずめる。
しばらく奴はチョコレートをむさぼっていたが、やがて俺の口の中の部分に変化が現れ始めた。
小さく縮こまっていたモノはやがて俺の口に納まりきらないほど大きな物に変貌を遂げた。
「う、ううっ・・・。」
 暗い中でも奴が興奮しているのが手にとるようにわかる。
奴は我慢しきれずに俺を一度抱え上げると、その場に押し倒した。
しばらくの沈黙。
奴はただ、必死な目で俺を見つめつづけるだけだった。
ふと、この男には経験がないのだという事を思い出す。
俺は一旦起き上がり、今度は俺が奴を押し倒す。
奴の太い物をゆっくりと口で愛撫し、充分に濡らすと上からまたがり俺の穴にあてがう。
「んっ・・・。」
 俺の口から声が漏れる。
気持ち、いい。
俺が男娼という仕事をはじめて数年、ここまでの快感は知らない。
「はあっ・・・。」
 俺は自分の物を愛撫しながら、一心不乱に腰を振りつづけた。
奴も要領が飲み込めてきたのか、俺の腰を掴んでリズムにあわせて突き上げてくる。
やがて、俺の腰を掴んでいた手が俺のモノに伸び、俺は完全に奴に支配された。
「いいっ・・・いいんだ。もっと・・・。もっと・・・。」
 俺の言葉に奴はさらに俺を攻め立てる。
奴の太さは俺の肛門を無理に開き、奴の長さは俺の中を征服する。
張り出した亀頭は的確に前立腺を刺激し、奴の手の動きは俺を確実に絶頂へと導いていった。
「いい・・・・。・・・・・だ、好きだ。俺はお前が、お前がっ・・・。」
 必死に、俺はそれを言っていた。
意味もわからないまま。
「俺も、お前、好き。」
 片言の言葉で、奴が俺に囁いたとき、俺は果てた。
奴の上に真っ白の液体が弧を描いて降り注ぐ。
強く締め付ける俺の奥に、奴もまた精液を吐き出したようだった。
しばらくその姿のまま余韻に浸った後、俺は奴の上に倒れ込んだ。
俺の吐き出した液体が腹に冷たい。
 これからどうするか。帰るべきなのかも、しれない。
そんなことをうっすらと考えていた時、奴の腕が俺の背中に回された。
そのまま俺を抱え込むようにして、やつは丸くなった。
「俺、お前好き」
 それだけ言うと、奴は再び眠りについた。
客が、求めた行為。腕を回されただけで、これほどまでに安らぐとは思いもよらなかった。
同じ熊同士だからなのか。それとも惹かれあう何かがあったのか。
そんなことはどうだっていい。
ただ、今はここにいよう。ここが俺のいる場所だ。
これからどうするかは、目がさめてから考えればいい。
そう思って俺は奴と同じ用に眠りにつくことにした。
すぐ側にあった媚薬入りチョコレートの包み紙を丸めて遠くへ投げると、俺はそのまま奴を強く強く抱きしめた。