偽者たちの肖像
「アニキ〜。まってくださいよ〜。」
情けない声が後ろから俺を追いかけてくる。
俺はため息をついて足を止めた。
ぐるり、とその場で向きを変える。
目の前に驚いた顔をした犬が立っていた。
俺が突然振り返ったのが予想外だったのだろう。
まったく、それで忍者といえるのだろうか。
「着いて来るな。
これで何度目だ?」
俺に言われて犬は首をかしげる。
その目は虚空を漂い、よく見れば指を折っていたりする。
こいつ、数えてやがる。
「えっと…32?」
「知るかっ!」
こちらとしても覚えているはずがない。
というか本当に覚えているのか。
「回数が問題じゃない。
ついてくるなって繰り返し言ってるって事実に気づけ!」
往来で俺は大声で怒鳴ってやった。
周りにある八百屋、雑貨屋、ただの通りすがりの人間まで。
俺の声を聞いたヒト達が一斉に振り向いた。
そして俺と、犬の姿をみていっせいに視線を戻す。
皆の目が告げていた。
『またか。』と。
「でも…俺、アニキとパーティ組みたいっすよお…。」
そういって犬はしゅんとした顔で下を向いた。
もちろんこの顔も何度もみた。
最初の頃は思わずぐっときたが、今更泣き落としなどにかかる俺ではない。
俺は大きくため息をつき、自分の頭をわしわしとかく。
こいつは…どこまで言ってやればわかるんだ。
「とりあえず、飯でも食おうぜ。」
そういって俺は脇に見えていた定食屋を指差した。
犬が顔をあげてぱっと笑う。
別に朗報ってわけでもないんだがな。
俺は犬がついてくることを確認もせず、定食屋へと入っていった。
「とりあえず、ビール。」
席について、歩み寄ってきたウェイトレスに言う。
まだ真昼間だが、今日は地下にもぐる予定もない。
ならば酒でも飲みたくなるというものだ。
「あ、自分はお茶でお願いします。」
そういいながら犬は手元のメニューを大きく広げる。
椅子の向こうでは大きな尻尾がぶんぶん振られていることだろう。
自分で、犬の行動を把握しきっていることに嫌気がさした。
どうせ次は、『何しようかな』だ。
「何にしようかなー。」
ほら。
俺は大きくため息をついた。
この犬に付きまとわれてもう何ヶ月にもなる。
いいかげん何度も説明した気がするが…。
「犬よ。」
俺の言葉に、メニューをみていた犬が顔を上げた。
大きなくりくりとした目がこちらをまっすぐに見上げている。
茶色の毛並みに、額には白い点が二つ。
和風な犬としてはごく標準的な顔だ。
「この街の名前を言ってみろ。」
俺の質問の意図が読めないのか、犬は不思議そうな顔をしている。
それでもそれぐらいはわかるようだ。
犬はゆっくりと口を開いた。
「…クルシス。」
その言葉に俺は満足して、大きく頷いた。
古い言葉で「十字架」を意味するらしい。
この街自体が大きな十字路の形をしていることに由来しているらしいが、
むしろ俺としては「この街を訪れるものに幸あれ」という意味があるという説を支持している。
「そうだ。
この街はなんのためにある?」
まだ犬には俺の意図は伝わっていない。
犬は相変わらず不思議そうな表情をしていた。
「えっと…この街の地下にある大きな遺跡にもぐるヒト達が、
何度も遠くの町に帰らなくてもいいように拠点とするため…。」
その言葉に俺は再び大きく頷いた。
この街にはとてつもなく巨大な遺跡がある。
数十年前からあるにも関わらず、いまだに誰も踏破していないというからその規模は相当なものだろう。
一説には最深部は頻繁に構造が変わるだとか、遺跡自体が大きく育っているとか、そんな絶望的なものすら存在していた。
それでも俺たちは地下にもぐるのだ。
ある者は富を求めて、またある者は埋もれてしまった歴史を求めて。
その動機はヒトそれぞれだ。
「で、俺は何だ?」
徐々に俺の言いたいことがわかってきたらしい。
犬の表情が微妙に曇ってきた。
「元傭兵の、トレジャーハンターっす…。」
もう面倒だから頷くこともしない。
犬が言うとおり、俺はトレジャーハンターだ。
この遺跡にもぐるのは、なぜこんな巨大な遺跡が埋もれているのかという好奇心と、
単純にこの中にあるであろう財宝が目的だ。
「で、お前は何だ?」
この質問に犬は完全に下を向いた。
それでもぼそぼそと小さな声で答える。
こういう律儀なところは嫌いじゃないんだが。
「忍者…デス…。」
東国から来た、いわゆる暗殺集団。
正確には暗殺だけが仕事じゃないらしいが、俺にはそこらへんはよく分からない。
問題は、こいつの腕だ。
「何ができる。」
犬は完全に押し黙ってしまった。
そう、コイツは何もできやしないのだ。
刀を抜けば自分の手を切る。
手裏剣とやらを投げればあさっての方向に飛んでいく。
噂の忍術とやらは影も形も見えない。
ためしに地下に連れて行ってみると、たまたま歩いていたゾンビを見て叫び声をあげ、
それどころか逃げ回った挙句俺の後ろに隠れていた。
じゃあ、戦闘以外で役に立つのかといえばそんなことはない。
罠が外せるわけじゃない、というか気づきもしない。
緊急時の怪我の手当てができるわけでもなければ、偵察にでることもままならない。
まあ腐ったゾンビみて逃げ回ってるようじゃ、そもそも一人で行動もできないしな。
「いいか、俺だって鬼じゃない。
お前が何かの役に立つって言うんなら申請だしてパーティ組んで一緒にもぐってやるさ。
でもな、今のお前が来たってお前自身が危ないだけじゃない。
俺の足まで引っ張るんだよ。」
そこまで捲くし立てて俺は小さく息を吐いた。
犬は下を向いたまま完全に押し黙っている。
間を計ったように、ウェイトレスがビールとお茶を運んでくる。
俺はビールを受け取るとそれを一気に喉に流し込んだ。
乾いた喉に、ビールの冷たさが気持ちいい。
「あ、エビフライ定食二つ。」
ウェイトレスが注文を確認して去っていく。
犬の好物はエビフライらしいから、勝手に決めてしまっても問題はないだろう。
俺は一人でビールを飲みながら飯が運ばれてくるのを待った。
「でも…自分…」
犬が小さく呟いた。
「自分はアニキとパーティを…」
「なんでだよ。」
俺は犬の言葉をさえぎった。
考えてみれば犬は「地下にもぐりたい」と言ったことはない。
いつだって俺と組みたいというだけだ。
まるでそれだけが目的のように。
「なんの目的でパーティを組むんだ?」
とはいえ、この街にいる限りはパーティを組むということと地下にもぐることはほぼ同義だ。
もともとこの街は集まったトレジャーハンターと、それを目当てにした商人の街だ。
人数が増え、地下で命を落とす者も出てきてやがて人々は結託した。
各自が地下で得た情報を持ち寄って一箇所に集めることにしたのだ。
場合によっては地図が、まああるときには罠の場所が。
それらを集めるために作られた中央が、地下遺跡解明組合。
ストレートすぎる名前だが、わかりやすい分には問題ないだろう。
遺跡にもぐる人間は、この組合に登録をする。
何人で動くのか?名前は?といったごく単純なことを申請すれば組合がもっている情報はほぼ閲覧できる。
その代わり、組合に対して情報を提供する義務も持つわけだ。
一応そういった情報を持っていけば報奨金もでる。
これだけに頼って日銭を稼ぐ人間もいるらしい。
で、俺自身は一人で登録している。
犬はそこに加えてくれと言っているわけだから、やはり目的は地下にもぐることだろう。
なぜ俺に付きまとっているのかは知らないが…。
「それは…。」
犬はそのまま押し黙ってしまう。
またしても見計らったように、ウェイトレスが料理を運んできた。
「食えよ。」
そういって俺はエビフライをナイフで突き刺した。
犬も無言で目の前のエビフライをナイフで切り始める。
「まあなんにせよだ。
できることを一つくらいは作ってから言うんだな。」
そうすれば俺だって少しは考えてやるよ、と俺は心の中で付け足した。
そんなことを口にしても犬が付け上がるだけだからだ。
その後、俺達は無言で飯を食い続けた。
「あー…。」
宿に戻ってきた俺はベッドの上に倒れ伏した。
ブーツをぬいでそのあたりに投げ捨てる。
ナイフをしまってあるズボンや、袈裟懸けにしている皮製のナイフベルト。
それに手袋も投げ捨てた。
下着だけになって俺はようやく気を抜いた。
今日は仕事をしたわけではないのに妙に疲れた気がする。
天井に向かって、手を伸ばしてみた。
黄色地の毛皮に黒い縞模様。
虎獣人としてはごく一般的なものだと思う。
それでも俺は子供の頃から、自分の体に妙な違和感を覚えていた。
どうして俺は虎なんだろう?
くだらない疑問だということはわかっている。
虎の両親の間に生まれれば、そりゃ虎だ。
でも…なんだか…。
自分のあるべき姿はこうではない気がしてしょうがないのだ。
「馬鹿らしい…。」
呟いて俺は目を閉じた。
先ほど飲んだアルコールが俺のまぶたを押し下げてくれる。
俺はゆっくり、そのまま眠りへ落ちていこうとした。
「ごめんよー。」
ノックの音と、宿のおばちゃんの声が聞こえてくる。
このまま寝てしまってもいいが、定宿にしている宿屋のおばちゃんだ。
普段世話になっている以上無視するのは心苦しい。
俺はベッドから起き上がると素早く脱ぎ捨てた装備を身につけた。
ズボンをはき、ナイフベルトをかけて手袋もはめる。
最後にブーツをはいて準備完了だ。
俺はかるく頭の毛を撫で付けると、部屋の扉を開いた。
「どうした、おばちゃん?」
扉をあけ、そこにいたおばちゃんに尋ねる。
「下にお客さんが来てるよ。
なんか仕事の依頼みたいだけど。」
そういっておばちゃんは肩をすくめた。
なんだか嫌な予感がする…。
まあそれでも呼びに来てくれたおばちゃんを無視するわけにもいかない。
俺はしょうがなく部屋を出て階段へと向かう。
一歩一歩進むたびに、俺のいやな予感は強くなっていった。
うう、腹痛でも起こすべきだったか。
そんなことを考えている間に俺は階段へとたどり着いた。
階段からは一階の食道が見渡せる。
「アーニキー!!」
思わず俺はその場で頭を抱えた。
下を見ればテーブルの一つに先ほど別れたばかりの犬が座っている。
ちょっとガツンと言ってやらないとだめか…。
そう思いながら俺は階段をゆっくりと下りていく。
その時になって、ようやく俺は犬に連れがいることに気がついた。
人間種の、まだ若い男だ。
どう見ても地下にもぐって戦えるような服装ではない。
かといって商人かと言われればそれも違う気がする。
俺は不思議に思いながら階段を下りていった。
俺がテーブルに歩みよると、犬が嬉しそうに尻尾を振っている。
忠犬というよりは駄犬ぽいが。
俺はあえて犬から少し離れたところに座った。
「で、犬よ。
何の用だ。」
つっけんどんな態度で言い放つ。
だが犬は視線を横の男に向けるだけで何も口を開かなかった。
「すいません、お呼びしたのは僕なんです。」
そういって若い男が微笑む。
そういえばおばちゃんは仕事の依頼だって言ってたな。
ということはこの若い男が依頼主ってことか…。
「こちらのテツさんに貴方が凄腕のトレジャーハンターだとお伺いしました。
ですのでぜひケインさんにお願いしようかと思いまして…。
あ、申し送れました。
大道寺ススムと申します。」
そういって若者は頭を下げた。
いやそれはいいんだけども。
犬は俺の何がわかってるんだ。
一応一緒に地下にもぐったことはあるが、あれも地下一階どまりだし…。
情けないことにトレジャーハンターとして成果を挙げたこともない。
そもそもその「凄腕」はどこにかかるんだ。
戦闘か、それとも宝物を見つけるときの嗅覚とかか。
しかし仕事ねえ…。
基本的には貴族やらの金持ちがパトロンになって資金提供を受ける代わりに見つけたものは山分け、
なんてスタイルが多いんだが、
この若者がそんな金持ちに見えないのも事実だ。
とはいえ実際にそういう仕事は即金になるので俺としてもありがたいのは事実である。
「まあ、話次第では受けないこともないが。」
我ながら、犬がつれてきたというだけでずいぶん疑心暗鬼になっている気がする。
若い男はつっけんどんな俺の態度に気分を害した様子もなくにこやかに話を続ける。
「えーと、簡単に言えば護衛をしてもらいたいんですよ。
ここにある地下遺跡にもぐりたいんですが僕自身は戦闘力とかなくて…。
で、貴方たちに護衛してもらえないかなと思いまして。」
うーん。
露骨に「貴方たち」と言うからには犬も一緒に来るんだろう。
つまり足手まとい二人つきで地下もぐりをしなきゃならないってことになる。
どこまで深いところにもぐりたいのか知らないが、さすがにちょっとキツイだろう。
これはちょっとパスかなあ…。
「報酬はこちらで…。」
そういって若者は皮袋を渡してくる。
あまり期待せずにあけてみて…俺は思わず息をのんだ。
ごろごろと無造作に宝石が数個入っている。
なんだこりゃ。
こいつこの価値わかってないのか、これ家一件立つぞ…。
「いかがですか?」
いかがってそりゃ…これ出されたらなあ。
受けないわけにはいかないだろう、普通は。
「ま、まあそこまで熱心に頼まれたらしょうがないな。」
少し声が上ずった。
がっついてると思われそうだから平静を装わないと。
俺は二人に気づかれないようにそっと深呼吸する。
よし、少し落ち着いた。
俺はおばちゃんが持ってきてくれた水を少し口にする。
「メンツは三人だけで決まりなのか?」
ようやく落ち着いたので、疑問に思っていたことを口にする。
今のままだと二人が役立たず、俺が戦闘と捜索と子守を兼ねるわけだ。
…やっぱちょっときつくないかこれ。
「いえ、あと一人テツさんのお知り合いの方がこられるはずなんですが…。」
そういって若者はあたりを見回す。
しかし広い食堂にいるのは俺たち三人と、カウンターの向こうにいるおばちゃんのみ。
そもそも昼間は皆地下にもぐっていることが多い。
つまりこの街では昼間ほど人が少ないのだ。
「まだ、いらしてないみたいですね。」
まあそれは見てれば…ッ!
俺はあまりにも妙な気配を感じて椅子から飛びのいた。
思わず腰に手を回し、下げていたククリを手に取る。
大きな背もたれの向こうに、小さな人影が見えた。
「来て…ますわ。」
人影が小さな声で呟いた。
まさか…これが犬の知り合いってヤツか?
俺は気を抜かないままククリを腰に下げた鞘へと収める。
椅子の後ろから姿をあらわしたのは小さな少女。
身の丈1mとちょっとといったところだから、相当小さい。
ふわふわの天然パーマの髪に青い目は、おそらくとても美しい少女なのだろうと思わせる。
しかし、身につけているドレスはおそらく元は純白だったろうものが擦り切れ、色あせ、
そしていたるところに染みができている。
極め付けは体中に巻かれた包帯だ。
顔の半分や、ドレスから出ている手足のほとんどに包帯が巻かれている。
ところどころ黒く染まっているのはおそらく血痕だろう。
…ということはドレスの染みも血なのか。
目の下には大きなクマがあり、にやりと笑いながら上目遣いにこちらを見つめている。
正直あまり知り合いにはなりたくないタイプだ。
いや、絶対に知り合いたくないタイプだ。
「始めまして、ミミミと申します。」
そういって少女はにやりと笑うと、優雅にお辞儀をして見せた。
動作の一つ一つは上品さを思わせるんだが、妙に下から見上げるしぐさや
薄ら笑いの浮かんだ口元、顔色の悪さが雰囲気を一気に怪しげにしている。
ミミミと名乗った少女は俺の元に歩み寄ると、すっと手を差し出してきた。
握手しろってことだろうか。
俺は恐る恐るその手を握る。
「…ケインだ。」
本当に大丈夫なんだろうか、握手して。
なんか毒仕込まれたりとかしてないかな。
俺は思わず握手した手をまじまじと見つめた。
その間にミミミはススムの元へと歩み寄り握手を交わしている。
「犬よ…。」
俺はミミミに聞こえないように犬に歩み寄り、そっと耳打ちした。
犬が俺の声に気付きこちらを見上げる。
「どういう知り合いだ…?」
その言葉に犬が少し考えて答えた。
「自分達、2人とも路地裏で生活してて…。」
俺は思わず頭を抱えた。
まともな奴はいないのか…。
くそう、犬の知り合いなんかに期待するんじゃなかった。
「まだこの街に来たばかりの呪術師です。
よろしくお願いします。」
そういってミミミは改めて俺たちに向かって頭を下げた。
よりによって呪術師かよ。
まあミミミのかもし出す雰囲気を考えればこれ以上似合う職業もないんだろうが。
「今回はお仕事の依頼、有難うございます。
お話を聞いてからと言うことになりますが、なるべくよいお返事ができますように致します。」
ふむ、ミミミは話し聞く前から仕事を請けること前提なんだな。
まあ路地裏で生活してるよりはずっといいだろうし、同じ立場なら俺でも請けるだろう。
と言うことはメンツはこの四人でほぼ決まりか。
「まあ、とりあえずだ。」
俺は椅子に座りなおして口を開いた。
三人の視線が俺に集まる。
「仕事内容というか、目的あるんだろ?
それを説明してもらいたいんだが。」
その言葉にススムが頷いた。
今度は俺を含めた三人の視線がススムに集まる。
「その前に一つ断っておきますが…。」
ススムがそこで一呼吸置いた。
周りから唾を飲み込む音が聞こえてくる。
ススムが声を潜めて言った。
「実は僕、異世界人なんです。」
もう嫌だ。
帰るッ!
俺は帰るッ!
椅子から立ち上がり歩き去ろうとする俺を犬が必死でつかんでいた。
くそう、こういうことには慣れやがって。
俺は無言で犬をにらみつける。
犬は何も言わぬまま必死で俺をなだめようとしてくる。
ぐう…金はいい、金はいいんだ。
俺は必死で自分に言い聞かせてなんとか椅子に座りなおす。
「僕、不治の病にかかってまして…。」
ススムが気にせずに先を続ける。
はいはい、カワイソーデスネ。
「治療法も見つからなくて半ばあきらめていたんですけど…
有名な占い師の方に占ってもらったら、この遺跡で僕の病気を治す方法が見つかるかもしれない、ってでたんです。
だからきっと!」
そういってススムはこぶしをぐっと握る。
なんというか、眉唾な話だなあ。
異世界がどうのとかいう話から始まって、結局ここに来たのは占いか。
うーん、やっぱ早まったのかなあ。
まあでも考えようによっては適当に地下にもぐって、コイツ満足させたらあっという間に大金持ちってことか。
そう考えたら…やっぱ遠慮したいなあ…。
「というわけで、皆さんよろしくお願いします。」
そういってススムはぺこりと頭を下げた。
「頑張りましょう!」
そういって犬はぐっとこぶしを握り、
その向かいでミミミはにこやかに頷いている。
ひょっとして地下の様子知ってるのって俺だけじゃないのか。
一度でももぐったことがあるならすぐにわかることなんだが…。
「でもなあ、地下にもぐったからって目的のものが必ず見つかるとは限らないぜ?」
地下遺跡は言ってみれば、多層にわたる巨大迷路だ。
目的のものを見つけるどころか、マップがなければ思ったとおりに進むことすら難しい。
ましてや魔法の薬や病気の治療法なんて誰もがほしがる一級品だ。
現代に解明されていないものならたくさんの命が救えるし、
そうでなくても遺跡の成り立ちや過去を知るのに役に立つ。
そのため医薬品や医療技術は、組合の中でも高値で取引される競争率の高いもの。
簡単に手に入るものはあらかた掘りつくされてると思うんだが…。
「その点は大丈夫ですよ。」
俺のを顔をみてススムがニヤリと笑う。
コイツの「大丈夫」を聞くと妙に不安になるのはなぜだろう。
「件の占い師に地図をもらってきましたッ!」
いや、占いで道がわかるなら…。
まあいいか。
もはや何も言うまい。
もともと最初から眉唾な依頼なんだ。
適当にコイツを満足させて、全額とはいかなくとも何割かの報酬をもらえばそれで終わる話だ。
そうすれば妄言を吐く自称異世界人も、なんの役にも立たない犬と、不気味な呪術少女ともお別れ。
よし、そう考えれば頑張れるな。
「なら組合にパーティ登録だして…
各自準備もあるだろうし出発は明日か?」
俺の言葉に全員が頷く。
とりあえずメンバーが揃ってるうちに各自の持ち物とか決めたほうがいいよなあ。
そう思って俺はそのまま四人で各自揃える物についての話し合いを始めた。
俺は後ろ手にドアを閉めて大きくため息をついた。
必要なものの会議、組合へのパーティ編成変更の申請。
それから街にでて実際の買い物と、晩飯を兼ねて各自の持ち物や魔法の確認。
それらが終わってようやく俺は部屋に戻ってきていた。
誰もこういったことをしたことがないから結局俺がリーダーになっているのだが。
まったく手際の悪いこと悪いこと。
初めてだからしょうがないことはわかっているんだが、
やはり普段一人で行動しているとこういうところが目に付いて仕方がない。
まあこれも今日明日の辛抱だろう。
さすがに何日もかかる程奥に行くわけでもないようだし。
…ほんとに見つかるのか?
俺はいつものようにナイフベルトやブーツ、ズボンを投げ捨てて下着姿になると思い切りベッドに飛び込んだ。
もう深く考えるのはやめよう。
ともかく護衛だと考えるんだ。
ススムや犬が満足してあきらめるまでの短い期間の護衛。
金が入ったらしばらくクルシスを離れてのんびりするのもいいかもしれない。
ああそうだ、魔法で強化されてるあのナイフ欲しかったんだよなあ…。
そんなことをぼんやりと考えていると、遠慮がちに扉がノックされた。
少し考えて、俺は床に落ちたズボンを穿く。
面倒だが一応明日には危険な地下にもぐるのだ。
何か重要な話だったら困るだろう。
そう思って俺は扉を開いた。
…誰もいない?
「こっち、です…。」
声に引かれて視線をおろすと、そこにはミミミが立っていた。
むう、小さいとは思っていたが俺の腹の辺りまでしかないんだな。
俺が一歩引いて道をあけると、ミミミは軽く会釈して部屋の中へと入った。
ミミミが部屋にある椅子に腰掛けるのを見ながら俺は部屋の扉を閉めた。
ここは一人部屋なので椅子は一脚しかない。
俺は自然とベッドに腰掛ける形になった。
これなら椅子に座っているミミミと視線もあう。
「で、どうしたんだ。
わざわざ部屋に来たからには何かあるんだろ。」
先ほどまで下で簡単な会議を開いていたのだ。
何かあればそのときに言うだろう。
にもかかわらずわざわざ部屋に戻ってから話に来るということは、人に聞かれたくないこと。
「ススムさんのこと…。」
そういいながらミミミはすっと下を向き、上目遣いでこちらを見てくる。
わざわざそんな怪しい表情しなくてもいいんだが、癖なんだろう。
先ほど下で話し合っているときもそうだった。
さすがに半日付き合っていると気にならなくなってきたが。
「テツさんはあんなだから、貴方に話しておいたほうがいいかと思いまして。」
そういってミミミはにやりと笑う。
いや、あんなって…。
まあ言わんとすることはわからんでもない。
アイツには危機感というものがまるでないからな。
俺は犬の能天気な笑顔を思い浮かべて小さく頷いた。
「あの人、本物じゃないかと思うんです。」
え?
俺は思わずわが耳を疑った。
わざわざ俺に話しに来たことや、本人の前では話そうとしないこと。
何より俺のススムに対する疑いに気付いていたことからミミミはある程度まともな判断が出来る人間だと考えた。
なのに、ススムが…異世界人が本物?
俺にはいまいち実感が湧かないんだが…。
「根拠は?」
思わずそう口走る。
ミミミのことはまったく信用していないわけではないので、根拠が示されるのならこちらから調べてみてもかまわない。
と言ってもどうやって調べたもんかとは思うが…。
「貴方たちにはわからないかも知れませんが…。
この世界の生き物にはすべて法則があります。」
ん。
俺たちにわからないと言うことはつまり魔法関連のことだろうか。
実際俺はそちら方面には明るくない。
素直にミミミの言葉に耳を傾ける。
「人間には人間の、犬には犬の、植物には植物の。
個人差はありますが、特徴的な魔力の流れ方というものが存在するのです。」
魔力。
すべての生物が持つ生命力の源。
血液が肉体の栄養なら、魔力は精神の栄養。
ただそれを扱うには相応の努力が必要となる。
体を鍛えて筋力をつけるように、精神の鍛錬がないと魔術は扱えない。
一般人はそれがないので魔術が使えない、となる。
極まれに例外は存在するようだが。
「呪術は相手の精神に、魔力を用いて直接働きかける術。
応用すれば相手の魔力の流れを感じ取ることもできます。
…彼は、普通の人間のそれとは違う。
全身を巡らずに、内へ内へと集中しているのです。
私が知る限り、そんな特徴をもった生物はいません。」
だから異世界人というのが本物、ということか…。
それなりに説得力はあるが、俺にはわからない分野である以上確認のしようもない。
だとすればミミミの言っていることが本当だとして、だ。
「確かにそれが事実ならばアイツが言うことは本当かもしれない。
だが、それを俺に伝えてどうしようって言うんだ。
さっきの話が本当だろうと嘘だろうと、俺たちとしては依頼人を守って目的のものを探す。
それ以上のことは何もないだろう?」
あくまで俺たちにされた依頼は「地下にもぐる際の護衛」である。
ススムが異世界から来たとか、そんなことを証明する必要は何もないのだ。
「ええ、確かにそうかもしれません。
でも貴方はこの話を聞きたかったのでしょう?」
痛いところをついてくる。
確かに俺はアイツの話が本当かどうかを疑っていた。
まさかミミミに気付かれているとは思わなかったが。
「それに、用心した方がいいかもしれません。
どこから来たかは知りませんが、異邦人は自分たちとは違うルール・考えに基づき動くものです。
…私も、含めて。」
そういってミミミは小さく笑った。
なんで最後にそうやって微妙な怪しさを演出するんだ。
ミミミが静かに椅子から立ち上がる。
「それでは、お話はそれだけですので。
失礼します。」
そう言ってミミミは優雅にお辞儀をすると、俺の部屋を出て行った。
動きは上品なんだけどなあ…。
俺はそのままベッドに倒れこんだ。
もう、今日は疲れた。
考えるのはやめよう…。
俺はズボンも穿いたまま、目を閉じてゆっくりと眠りについた。
続