カッツェとオセロ
がさがさと大きな音を立てながら何者かが歩いていた。
深い森の中で藪を掻き分けて逞しい男が歩いていく。
「ちっくしょお、歩きにくいんだよぉ!」
男が叫んだ。
叫びながら手近な木を思い切り殴りつけている。
「いてええ!」
力を込めすぎたのだろう。
木を殴った手を抱えて一人藪の中を転げまわっていた。
黒い毛を乱しながら思い切り暴れている男を、後ろに立っていた男が殴りつける。
「少し黙れ、お前は。」
黒い体毛の狼は、自分を殴った男をにらみつけた。
狼を殴ったカラカルはため息をつきながら狼の横をすり抜け、先行する。
深い森の中で、うっそうと茂った藪を掻き分けながら何かを探すようにして歩く。
「大体どうして俺様がこんなところに入らなきゃならねえんだよ!」
そういって叫びながら狼が後に続く。
森は木が茂っており、空は雲に覆われている。
数メートル先すら満足に見えない森の中では文句を言いたくなるのも無理はない。
それでもカラカルの青年は文句ひとつ言わずに歩みを進めていた。
「しょうがないだろ、この森に子供が迷い込んだんだから。」
二人はその間にも歩みを止めない。
今歩いているのは普段立ち入り禁止になっている禁断の森。
子供が迷い込んだということで、二人も捜索にかり出されているのである。
「じゃあなんでよりによってテメエと組んでるんだ!」
狼が後ろから思い切りカラカルを指差す。
それに気づいているのかいないのか、カラカルは黙々と進んでいた。
「何か言えーっ!」
狼の言葉にため息をつく。
「二人一組での行動は原則。
俺とオセロが組んだのは…たまたまだろ。」
振り返りもせず面倒そうに答える。
オセロと呼ばれた狼はそれでも不満そうであった。
まだ何かぶつぶつと文句を言うオセロを置いてカラカルの青年、カッツェは歩き続ける。
カッツェとしても二人で森の中を歩き続ける今の状況は決して楽しいものではない。
さっさと仕事を終わらせていつものように鍛錬をしたいというのが本音だ。
「まったく、子供の守りをしながら子供を捜す身になってもらいたいもんだ。」
あえてオセロに聞こえるように言う。
愚痴や文句しか出ないオセロを皮肉っているわけだが、オセロはそのことにすら気づかない。
少しは頭を使ってほしいと、カッツェは大きくため息をついた。
何かにつけて突っかかってくるところはまだ可愛いと言えなくもないのだが、このように頭を使おうとしないところには思わず嘆息してしまう。
しかも考えることを放棄しているわけでなく、本気でこれなのだ。
「なあ、もう帰ろうぜぇ?」
オセロが後ろでぶちぶちと枝から葉っぱをちぎっている。
すでに先ほどまで自分が言い合っていたことも忘れて、家に帰ることしか考えていないらしい。
カッツェとしても早々に帰りたいのは山々であるが。
「仕事を放り出していくわけにもいかねえだろ?」
カッツェの言葉にオセロがむぅ、とつぶやいた。
さすがに仕事をしなければいけないことくらいはわかっているらしい。
何事かぶつぶつと呟きながら、オセロはあたりをふらふらと歩き始めた。
「あまり離れるなよ。
お前までいなくなったら探すのが面倒…」
振り返ってカッツェは思わず固まった。
先ほどまですぐそばにいたオセロの姿がない。
「オセロ!?」
あわてて藪を掻き分け、先ほどまでオセロがいた場所を探す。
躓いて藪の中に倒れこんだのかとでも思っていたがどうやら違うらしい。
転んでいるだけなら聞こえてくるであろうオセロの悪態も聞こえてこない。
丁寧にあたりを探し、ようやくカッツェは足元に大きな穴が開いているのを見つけた。
「落ちたか…。」
カッツェはしゃがみこんで穴の中を覗き込む。
ずいぶんと深いらしく、底はまったく見えない。
臭いもなくあたりには草が生い茂っているから、妙なガスが出ている可能性も少ないだろう。
落ちたオセロの声が聞こえないのは単に気でも失っているのか、それとも声も出せないような状況なのか。
しばらく逡巡した後、思い切ってカッツェは身を躍らせた。
「つぅ…。」
小さくうめき声が聞こえた。
いや、どうやらそれは自分の口から出たものらしい。
穴に飛び込んでから、カッツェは地面についた記憶がない。
どうやら気を失っていたらしい。
まぶたが重く、まだうまく開くことができない。
目を閉じたまま体の感覚を探ってみる。
落ちている間に打ち付けたのだろう、体のあちこちが痛む。
足の感覚も、手の感覚もはっきりしている。
特に問題はないようだ。
「カッツェ…目ぇ開けろよぉ…。」
情けない声が聞こえた。
いつもと違う、弱々しい声。
喧嘩を売るか悪態をつくか。
いつも自分に向けられる声はそんなものばかりだったから、誰の声なのかすぐにはわからなかった。
オセロだ。
「死んだり…しねえよなあ?」
オセロの手が恐る恐るカッツェに触れる。
思ったよりも大きな手だ。
いつも強く握り締められたその手が、今はおびえたように心もとない。
とても可愛いと、思えた。
「この程度で死ぬかよ。」
カッツェは目を開き、そういった。
自分の顔を覗き込んでいたオセロの表情が驚きに変わる。
手を伸ばし、カッツェはその頭をなでてやった。
オセロの顔がみるみる紅く染まっていく。
「き、気づいてるならさっさと起きやがれ!」
カッツェの手を振り払いながらオセロは思い切り叫んだ。
視線をそらしカッツェに触れていた手もさっと引いてしまう。
耳元で思い切り叫ばれ、カッツェの頭に怒鳴り声が思い切り響いた。
それでもオセロの様子を見ると思わず笑いがこみ上げる。
痛む体をなんとか起こし、あたりを見回す。
自分たちがいる場所は少し広い小部屋になっており、そこから二本の道が伸びている。
一本はうっすらと明るい細い道。
もう一本は部屋をはさんで反対側にある薄暗い道。
「明るい方がいいよな?」
そういってオセロは立ち上がる。
なぜ明るいのかといったことは考えているのだろうか。
まあ普通に考えれば明るいほうが出口だろう。
カッツェはふらふらと立ち上がる。
「…大丈夫かよ。」
オセロが搾り出すように呟く。
カッツェはああ、と一言で短く返した。
無言でオセロがカッツェに肩を貸す。
思わずからかってやろうかと思ったが、その横顔をみてカッツェは黙った。
顔を赤くして、いつものように悪態をつきそうなのをぐっと我慢している。
わずかにでも穴に落ちたことに責任を感じているのだろうか。
二人で細い道をゆっくりと進んでいく。
突然軽いめまいがした。
思わず二人は顔を見合わせる。
「ここは…?」
壁の岩質が変わっている。
先ほどのような黒い岩肌ではなく、赤茶色をした岩肌。
続いている細い道から流れ出る熱気。
全身にその熱気を浴びて、カッツェは何故か寒気を覚えた。
「おい、オセロ…」
声をかけ歩みを止めようとするが、オセロはまっすぐに歩き続ける。
何かに吸い寄せられるようにまっすぐに。
曲がり角を曲がり、少し先に道がひらけているのが見えた。
何もない、ただ広々とした空間が見える。
「オセロッ!」
カッツェはオセロの手を引き、今来た道を駆け出した。
何故かオセロは呆然とした顔をしていてこちらの声にも反応しない。
とにかく先ほど落ちた場所へと、カッツェは痛む体を引きずるようにして走った。
やがて振り切れたように熱気が消える。
安心して力が抜け、カッツェはその場に倒れこんだ。
落下したときに打ち付けた全身は、いまだに鈍い痛みが走る。
隣ではオセロも地面に倒れ伏していた。
顔は向こうを向いており、どういう表情をしているかはカッツェからは見えない。
カッツェは体を起こし、先ほど入っていった道を振り返った。
あからさまに違っていた空間。
カッツェはこの森に入る前に注意されていた。
この森は時折空間が「歪む」のだ、と。
その歪みがどこに生じ、どこに繋がるかはわからない。
だからこそこの森は立ち入り禁止の禁断の森なのだ。
おそらく先ほどの場所が歪みだったのだろう。
どこに通じたのかはわからないが、近づかないに越したことはない。
「オセロ、大丈夫か?」
いまだに倒れたままのオセロへと歩み寄る。
オセロの顔は熱に浮かされたようにぼんやりとして、目もとろんとしている。
「カッツェ…。」
オセロの手がすっと伸ばされる。
その手が、オセロを覗き込むカッツェの頬に触れた。
「俺…。」
オセロの手が首に絡みつき、カッツェを抱き寄せる。
そのままオセロはカッツェをしっかりと抱きしめた。
「お、おいオセロ!」
あわてるカッツェをオセロは離そうとしない。
薄暗い洞窟の中で二人は横たわるようにして抱き合った。
「俺、本当は…お前が嫌いなわけじゃなくて…。」
詰まりながらもオセロは必死に言葉を搾り出す。
顔を赤らめ、必死で伝えようとするオセロをカッツェはじっと見つめた。
「畜生、なんでこんな恥ずかしい事ッ…!」
オセロが耐えるようにカッツェに抱きついた。
お互いの首筋に顔をうずめる形になり表情が見えなくなる。
オセロを受け止めるように、カッツェは優しく抱き返した。
「手のかかるやつだな、まったく。」
そういってカッツェは優しくオセロの頭をなでる。
カッツェを抱きしめるその手から、ほんの少し力が抜けた。
ふと、自分の腿に硬いものが押し当てられているのに気がつく。
カッツェも男である、それが何であるかはすぐに見当がついた。
「お前…。」
思わずカッツェは顔をしかめる。
すっと、オセロが体を離した。
正面から向き合う形になり、カッツェはオセロの目をまっすぐに見つめた。
顔を赤らめたまま濡れた瞳でまっすぐに見つめ返すオセロ。
カッツェは小さくため息をついた。
「今回だけだぞ…。」
そういいながらカッツェはするりとオセロの股間に手を伸ばした。
すでにそこは張り詰めて前垂れをしどしどにぬらしている。
カッツェはその先端を軽くなでてやった。
オセロの体がびくりと跳ねて、強くしがみついてくる。
それを見て妙に愛おしさを感じ、カッツェはオセロに軽く口付けてやった。
「カッツェ…俺、さあ…。」
その後の言葉は続かない。
代わりにオセロの手がカッツェのスパッツの中に滑り込んだ。
直接触られて、そこはすぐに大きくなる。
オセロは硬くなったそれをゆっくりと上下に動かし始めた。
「う…。」
ゆっくりと押し上げられるような快感にカッツェの口から声が漏れた。
カッツェも負けじと前垂れの中に手を伸ばし、オセロの硬いモノをもてあそぶ。
「カッツェ…。」
オセロが弱々しい声をあげた。
体を離し、カッツェを横にしたまま一人起き上がる。
そのまま見ていると、オセロはゆっくりとカッツェのスパッツを脱がし始めた。
あらわになる肌を見ながら、オセロが胸に舌を這わせる。
「いやらしいな…。」
カッツェの言葉にオセロがびくりとする。
それでも舌の動きを止めずに、ゆっくりとカッツェの体を下っていく。
カッツェはそっとオセロの頭を撫でた。
やがてオセロの舌はカッツェの大きくなった先端を捉える。
そのままゆっくりと、それを飲み込んでいった。
「くう…。」
カッツェは必死で声を抑えた。
いつの間にか脱いでいるオセロは、片手で自分のものをしごき上げている。
先走りが垂れ、地面とカッツェの足をぬらしていた。
カッツェは体を起こし、オセロの頭をそっと抱え上げた。
よだれで口の周りをぬらし、とろんとした目でオセロがカッツェを見つめた。
カッツェはそっと口付けてやる。
「来いよ。」
カッツェはオセロにそう言った。
一瞬何かわからず呆然とするオセロもすぐにその意図に気づく。
腰をあげてゆっくりとカッツェにまたがった。
二人ともオス同士の行為は完全に始めてである。
話に聞いたことはあっても勝手などわからない。
なんの下準備もなく、オセロはゆっくりと腰を下ろした。
「ぐううっ…。」
オセロの口から声が漏れる。
痛みをこらえながら、それでもゆっくりと腰が下りていく。
「ぬっ…。」
強すぎる締め付けはカッツェにも痛みを与えた。
それでも必死でカッツェは耐える。
ゆっくりとゆっくりと。
やがてオセロの尻がカッツェの腰に触れた。
「よくがんばったな…。」
カッツェがそっとオセロを撫でてやる。
オセロの顔はいまだに痛みに耐えていた。
手を伸ばしオセロの肉棒を捕らえる。
ゆっくりとそれを上下にしごいてやると、オセロが小さく声を漏らした。
「気持ちいいか?」
カッツェの問いにオセロは頷く。
カッツェは小さく笑うと、手と腰をゆっくりと動かし始めた。
「ん、んんっ…。」
痛みか快感か。
オセロの口から、動くたびに声が漏れ出した。
少しずつ滑らかになる動きにカッツェも快感を感じる。
カッツェは女性経験がないわけではない。
それでもオセロの締め付けは女性よりもずっときつかった。
「いいぜ、お前の中熱い…。」
「バッカ野郎…。」
カッツェの言葉にオセロが必死で言い返した。
返事をする代わりにカッツェはオセロを大きく突き上げる。
「ぐあっ!」
オセロが目を見開いて叫んだ。
全身がこわばり、腹筋が震えているのが目で見てもわかる。
カッツェとオセロは何度目かの口付けを交わした。
やがてオセロからゆっくりと腰を動かし始める。
感じる場所がわかってきたのか、小さなあえぎ声も漏れていた。
「ほら、いっぱい溢れてきたぜ。」
そういってカッツェがオセロの先端に指を這わせた。
「ばっ…あっ…!」
何か言おうとしたオセロの言葉があえぎにかき消された。
その様子がかわいくて、思わずカッツェの動きが激しくなる。
下から突き上げられてオセロの口から漏れる嬌声が大きくなった。
あわせるようにオセロも腰を振る。
「あっ、くうっ、あああんっ!」
的確に感じるポイントを突かれてオセロは大きく声をあげた。
必死でカッツェの肩をつかみながら、それでも腰の動きをとめない。
「カッツェ、俺っ!」
泣きそうな顔でオセロが訴える。
カッツェはオセロのモノをしごきながら快感に耐えていた。
しかしそれももう限界に近い。
「ああ、俺も、もう…。」
荒い息遣いに声がかすれる。
二人は手をとり、そのまま絶頂を目指した。
「オセロっ!」
思わず強く手を握り締める。
応えるようにオセロが強く締め上げた。
「ああああっ!!」
カッツェが思い切り欲望を吐き出した。
何度も何度もオセロの体内で跳ね上がりながら体液を撒き散らす。
「うあああっ!」
カッツェの手によって、オセロもまた絶頂へと上り詰める。
白濁液はオセロの脚と、カッツェの体を汚していった。
何度も何度も精液を吐き出してようやく二人の動きが止まる。
崩れ落ちるように二人は倒れ、その場に横たわった。
「ほら、しっかり歩け。」
カッツェがオセロを支えながらゆっくりと歩く。
いまだに体の痛みは取れないが、意識がはっきりしていないオセロは立つことすらままならない。
「畜生…。」
オセロが小さくつぶやいた。
悔しそうなその声にカッツェがため息をつく。
「こんな時くらい俺に頼れ。」
自分に世話になっている事実がいやなのだろうとカッツェは口を開く。
だがオセロの真意はそこにはない。
「俺は…本当は…。」
カッツェが嫌いなのではない。
強くなれない自分と、カッツェに対する嫉妬心が嫌なのだ。
そして怪我をしているカッツェすら支えられない自分。
「畜生…。」
オセロのつぶやきに、カッツェは何も返さなかった。
ゆっくりと出口を求めて歩いていく。
やがて二人の前に光が見えた。
カッツェは少しだけ希望を見ていた。
いずれオセロが本音を話してくれるのではないかと。
だから、待つ事にした。
オセロはただ欲していた。
弱い自分を倒せる力を、カッツェと対等に立てる力を。
脳裏には、先ほど見た広い空間だけが思い出されていた。
二人の思いのズレはやがて大きな違いとなる。
その違いは亀裂となり、結果拳を交えることとなる。
だが二人は何も知らず。
カッツェは二人の将来に希望を、オセロは力を欲する感情を。
ただ胸に抱いていた。
終