棒




「先生ありがとうございましたー。」
「はい、お大事にしてくださいね。」
 そういいながら、白衣を着た虎は胸のポケットからペンを取る。
部屋からでた患者の病状をカルテに書き記し、ファイルを閉じた。
午後の診察が終わり、彼は椅子に座ったまま大きく伸びをする。
カルテとペンをセットで机の上に置くと、彼は安心したように息を漏らした。
「今日も何事もなし、ですね。」
 一人でつぶやきながら、虎はずり落ちたメガネを直しながらカルテをもって立ち上がる。
小さな棚の中に、ほんの少しだけ入れられたカルテ。
その中に手にしていたカルテを戻し、彼は棚にカギをかけた。
「これで今日の仕事も終わり、と。」
 とは言うものの小さな村では入院患者もおらず、外来の患者も日に数えるほどしかこない。
むしろ仕事をしている時間の方が短いくらいである。
暇な時には窓から村の風景を眺め、外を通る人と世間話をしたり時には子どもに混じって遊ぶ。
しかし彼はそんなのんびりとした暮らしを気に入っていた。
 白衣を翻し、窓に歩み寄るとそこから外を覗く。
強い西日が南向きの窓から差し込んでくる。
紅い光に覆われた世界をぼんやりと眺めていた。
「あれは・・・。」
 窓の向こうに見知った姿を見つけ、医師は窓を開ける。
純度の低いガラスがなくなり、遠くを歩く狼の青年の姿がはっきりと見えた。
「おーい、太狼くーん!」
 窓から見を乗り出し、大きく手を振りながら狼の青年に向かって声を張り上げた。
虎の声を聞いて遠くを歩いていた狼が振り返る。
まだ幼さが垣間見える顔に笑顔が浮かんだ。
「虎助せんせーーい!」
 嬉しそうな声をあげながら青年が駆け寄ってくる。
少しサイズの大きなタンクトップは、胸元がだらしなく開き狼の無駄のない筋肉を覗かせている。
細かっただろう腕も、しっかりとした筋肉で覆われてその存在感を主張していた。
「先生もう仕事終わったの?」
 尻尾をバタバタと振り回しながら人懐っこい笑顔で狼がいう。
虎はそれに笑顔で答えた。
「太狼くんこそ、今日の仕事は終わったみたいだね。」
 そういって虎は狼の頭をなでた。
「おうよ、明日は親父とお袋の墓参りだからな!」
 そういって狼はニカッと笑ってみせる。
最近この村に来たばかりの虎は、十年以上前になくなった狼の両親のことを知らない。
それでも一人で暮らしているこの青年が苦労をしているだろうことは想像に難くなかった。
彼の健気な笑顔を見ると、虎はいつだって居たたまれない気持ちになる。
「そうか・・・。
それじゃあ、気をつけて。」
「おう、先生も戸締りちゃんとしろよ!」
 そういって狼は何度もこちらを振り返り、大きく手を振りながら去っていった。
虎も彼の姿が見えなくなるまで窓際で手を振りつづける。
狼の姿が見えなくなったのを確認して、虎は窓をしめてカーテンを引いた。
カーテンがめくれないようにしっかりと抑える。
隙間が出来ないことを確認すると、小さくうつむいてため息をついた。

 どうしても辞められない。
こんなことをしていてはいけないとわかっていても。
それは仕事が終わった後の日課になっていた。

 虎はゆっくりと机に歩み寄ると、ポケットからカギを取り出しそれを鍵穴へと差し込んだ。
自分の行動に、ぞくりとした電流が背筋を走る。
挿入したカギではなく、挿入された机に。
ゆっくりとカギを回すと、かちりと音がしてカギが開く。
虎はゆっくりと引出しを開いた。
その中に唯一存在している一本の棒。
誰にも言うことが出来ず、何処にも求めることが出来ず。
大きな木の枝から自分をモデルとして削りだした、背徳の象徴。
虎はそれを握り締め、熱い息を吐いた。
 もう一度振り返り、窓を確認する。
何事もないことを確かめると虎は自分のズボンを止めていたベルトを緩めた。
小さな金属音がして、ベルトが外れる。
あせらないように、自分を落ち着かせながら手を動かす。
ズボンを止めるボタンをはずし、ジッパーを下ろす。
大きくくつろいだ下穿きは、重力に引かれて床へと落ちた。
下着は身に着けていない。
白衣と薄手のシャツ、そしてメガネ。
彼が身に付けているのはそれだけだ。
 診察用のベッドに歩み寄り、虎はそこに腰をおろす。
臍に届きそうな勢いで立ち上がる自分の男根が視界に入る。
これから行われる行為に期待するように、それはびくびくと蠢いた。
荒い息を吐く口に、自分の指を入れる。
口の中にある唾液と、舌の動きに絡まり毛深い虎の手が濡れていく。
自分の物ではない、誰かの別のモノをしゃぶるように。
虎は指に唾液を絡めた。
 存分に指が濡れるとそれを吐き出し、改めてベッドの上に登る。
一度ベッドの上で四つ這い位をとり、胸を下ろして手が自由に動く姿勢をとった。
荒い息遣いが聞こえる。
腹の下に、愚直なまでに立ち上がる男根が見える。
虎はますます興奮しながら、白衣をめくり上げ突き出した尻に指を這わせた。
濡れた指が穴に届く。
「はっ…」
 思わず息が漏れた。
指を飲み込もうとするようかの如く、そこは痙攣している。
そして彼の逸物はそれに同調して、ベッドの上に透明の液体を撒き散らしていた。
ついに我慢できなくなり、虎はそこに指を侵入させていく。
「あああああ……。」
 溢れる声を抑えようともせず彼は喘いだ。
毎日使い込んでいるそこは易々と二本の指を飲み込む。
門をくぐった指を上下左右に動かしながら、虎はもう片方の手にもった木の棒を口元へと運んだ。
目の前にある自分の男根を模した木の棒を、彼はためらわずに口に含む。
「ふむっ…んっ…。」
 上も下も自らに犯されながら、彼は快楽をむさぼった。
口を出入りする太い棒は、毎日彼の体液を吸っているためか妖しく光る。
穴をもてあそぶ指は、確実に穴を広げていく。
やがて彼は棒を口から吐き出し、手を尻から離した。
存分に広がった穴に、濡れそぼった棒をあてがう。
 それは、同時だった。
「ああああっ!!」
 尻にあてがった棒を奥深くまでくわえ込むのと。
「せんせー、なんか薬って…」
 彼が扉を開いて入ってきたのは。





 お互いの時間が止まる。
ベッドの上で白衣を見につけ、裸の尻を突き出してそこをもてあそぶ虎。
若い狼はその姿をじっと見つめていた。
虎も、射すくめられたように動くことが出来ない。
ただ虎の性器だけが、喜ぶように腹の下で跳ね回っていた。
「先生って、そういうのが好きなんだ。」
 先に動いたのは狼だった。
そういいながら彼は虎の脇まで歩み寄ってくる。
「ち、ちが…」
 慌てて否定しながら尻に咥えたままの棒を抜こうとした。
しかし狼の手がそれを制する。
「いいよ、俺が手伝ってあげる。」
 そういって、虎の手を抑えた狼はそのまま木の棒を激しく動かした。
「ああああああっ!」
 いつもより強い快感に彼は声をあげることしか出来ない。
手にしていた木の棒を狼に譲り、彼はベッドの端を強く掴んだ。
遠慮のない、いつもよりも強い刺激が彼を襲う。
それに応えるように彼の性器から先走り液がベッドへと落ちた。
ベッドと彼を結ぶように伸びた糸を、狼は指で断ち切る。
そのまま虎の性器に触れると、先端に残った体液を掬い取った。
「俺、先生のこと好きだよ。」
 そういいながら彼は掬い取った体液をなめて見せた。
その間も狼の手は休むことなく虎の尻を攻めている。
虎はその快感から逃れるように、狼の大きく膨らんだ下穿きに手をかけた。
ベルト代わりの紐を解くと、それだけで邪魔者はなくなる。
ゴムで止められた下着を無理やり引き下ろすと、大きな男根が虎の前に表れた。
狼は何も言わずに虎の行動を見つめている。
 虎にとって始めての行為。
ずっと焦がれていた、叶うはずのない夢。
虎は大きく口を開けると、それをゆっくりと口に含んだ。
「ああっ!?」
 狼が驚いた声をあげて腰を引く。
しかし虎はそれを逃すまいと、腰に手をまわしてしっかりと固定した。
いつもの作り物とは違う、熱すぎるほどの物体。
使い込まれていないであろう桃色の性器は虎の口の中で大量の体液を吐き出す。
塩辛いそれを飲み込みながら、虎は必死で舌を絡め唾液をまぶす。
この後に待ち構えているであろうことを予測したわけではない。
ただ彼が望んでいた行為を必死に行っているだけだった。
「んっ!」
 狼は虎の頭を抑え、爆発する前にそれを口から引き抜いた。
虎の口と狼の性器の間に輝く橋ができ、そしてそれはすぐに崩れ落ちる。
それと同時に狼は彼の尻から乱暴に木の棒を引き抜いた。
「がはぁっ!」
 虎は叫び声を上げ、唾液をベッドの上に撒き散らす。
そんな虎の頭を、狼が優しくなでた。
「もうこんなものいらないよ。
ね、先生?」
 そういって狼は手にした木の棒を部屋の端へと投げ捨てた。
からんからん。
乾いた音を立てて、それは二人の世界から消えた。
「さ、先生。」
 狼が促す。
虎は小さく首を振った。
「だめだよ、太狼くん…。」
 そういいながら虎は仰向けになると、狼の方に尻を向け足を持ち上げる。
尻の穴を見せる姿勢をとりながら虎は狼の行動を否定した。
快楽か、それとも拒絶か。
歪んだ顔をする虎に、狼はやさしく口付けた。
「…いくね。」
 そういって、狼は虎の唾液にまみれた逸物をそっとあてがう。
それは虎のものよりやや小ぶりであるが、大きく立ち上がっていてその硬さを主張していた。
虎を傷つけないように、それはゆっくりと進入を果たした。
『ああああッ!』
 二人の声が重なった。
狼は快楽に支配され、そのまま根元まで挿入する。
「虎…助せん…せっ…。
熱い…。俺、先っぽから溶けちまう…。」
 そういいながら彼は腰を動かし始めた。
動かすたびに起こる摩擦が狼にこらえきれない快楽を与える。
そして激しい動きは虎にも感じたことのない悦楽をもたらした。
「あああっ!
太狼くっ…!
熱い…凄いッ!」
 初めて迎え入れた他人を逃さないように、強く締め付ける。
狼はより強い快楽を求めて更に腰を振る。
二人の動きはお互いを追い詰めていった。
「あ、先生!
ダメだ、俺!」
 虎に覆い被さり、狼は情けない顔で覗き込んでくる。
それでも腰の動きはますます速くなっていた。
「俺、普段こんな早くないのに、俺…ッ!」
 そういって、狼はそれを虎の尻から抜き取った。
突然の刺激に虎も大きくのけぞる。
「先生ッ!」
 腰を重ね、狼は二本の男根を激しくしごきあげた。
「太狼くんッ!」
 強い刺激で追い詰められていた虎も、すぐに絶頂を迎える。
お互いに名前を呼びながら、ほぼ同時に二人は爆発した。
大量の精液が虎の上に降り注ぐ。
シャツを、白衣を。
そしてメガネにまでとんだ精液を拭くことなく。
力尽きた二人はゆっくりと折り重なった。
自然、二人の口は惹かれあった。





「先生、ありがとー。」
 そういって患者は部屋を出る。
「お大事にしてくださいね。」
 そういって虎はカルテを書き込む。
いつもの日常。
いつもの仕事。
「先生、今日の晩御飯なにがいいー?」
 狼が扉を開き、診療所にいた虎に声をかける。
虎はカルテから顔を上げると、狼ににっこりと微笑んだ。
「太狼くんが作ってくれるなら、なんでもかまいませんよ。」
 違うのは、同居人。
一人で暮らしていた彼らは、今二人で暮らしている。
「バカ、照れるだろ。」
 そういって狼は赤くなった顔で部屋の中に入ってきた。
虎の顔には満面の笑みが浮かんでいる。
今日も二人で日課を果たす。
虎にはもう、木の棒はいらない。
彼を知るものによって満たされるから。
狼はもう、寂しくない。
彼を知るものによって守られるから。


                                          終