「勇者と魔王」


 がらん、と乾いた大きな音が響く。
目の前に落ちたその愛剣を、しかし彼は拾うことができなかった。
既にその場から身を起こすことすら難しく。
視界に広がるのは薄汚れた床石だけ。
「ぐ…。」
 そして口から漏れるのはうめき声だけ。
せめて回復呪文の一つでも唱えられれば。
そうすれば。
「終わりか。
なるほど、今回の勇者はなかなかに手強いの。」
 目の前で大層な玉座に座ったままの、この魔王に斬りかかることが出来ただろうに。
「戦闘時間はおよそ2分といったところか。
うむ、今までの中では頑張ったほうじゃぞ?」
 そんなことを言われて喜ぶ勇者ではない。
相手はそもそも玉座から立ち上がってすらいないのだから。
完全に遊ばれたのだ。
 じゃり、と音がする。
必死で視線を巡らせれば、相手の足だけが見えた。
魔王が、立ち上がったのだ。
黒い鱗をもった巨大な竜人。
そしてその年令を思わせる長い白い髭。
口調からしても、おそらく相当な年齢なのだろう。
 そもそも竜人の寿命は長い。
普通の獣人種である勇者には、きっと想像もできないほどの年月を重ねているのだろう。
それ故に、魔法勝負ではなく筋力勝負。
ただただ正面から殴りかかれば、力でなら押しきれると考えていたのだ。
だがその様子はむしろ。
 ぎちっ、と耳障りな音がした。
それが彼の兜を引きちぎった音だと気がついたのは、隠れていたはずの頭髪に触れられたからだ。
この怪力は、力自慢であった勇者にとっても驚異的だった。
「今回の勇者は虎の獣人種…。
悪くはないな。」
 何が悪くないのかは、わからなかった。
だが魔王はそもそも説明するつもりもないのだろう。
にやにやとしたまま、虎が密かに自慢にしているモヒカンを指で弄んでいる。
「さて、今回はどうして遊ぶか…。」
 既に戦いは終了している。
魔王がそうして意識をそらせるのも、当然といえば当然だろう。
だが虎の勇者には、一つだけ奥の手があった。
「クソっ…たれ!」
 呪文ですらないそのつぶやきは。
だが、彼が事前に決めたキーワード。
「む…。」
 魔王の目の前で、虎の姿が一瞬にして掻き消えた。
「…聖竜の加護か。」
 触れていたモヒカンがなくなって、魔王は残念そうに呟いた。
ちいさくため息を付いて、だがすぐに彼は歩き始める。
ここ、玉座の間はそもそも戦闘ではなく謁見のための場所。
その本来の使い方を想像して。
魔王は面倒くさそうにため息を付いた。




 魔王の城を遠くに望む、小さな村の小さな祠。
虎の勇者はその前に倒れこんでいた。
なんとか体を動かして、その場で寝返りをうつ。
小さな祠の奥に見えるのは、その祠にふさわしい小さな石像。
この世界を守護すると言われる聖竜の石像だ。
「まさか、世話になる日が来るとはなァ…。」
 勇者は悔しそうに呟いた。
だがもちろん石像は答えない。
ただの石でできたものが反応するはずがないのだ。
「勇者どの…?」
 不意に反応が帰ってきた。
いや、そうではなく。
その祠の影から、人がでてきたのだ。
「おう、おっさん。
久しぶりだな。」
 身体を起こせぬまま、勇者は虚勢を張って答えてみせる。
その人影は、見知った人物であった。
この小さな村で唯一信仰を説く神父。
顔中を毛で覆われた、犬と思われる獣人種である。
髭を始めとした毛が非常に多く、付き合いの長い勇者でも未だに目を見たことすらない。
「どうされました、酷い怪我ではないですか!」
 慌てて駆け寄ってくる神父。
手にしていた掃除道具をまき散らしていたあたり、おそらく祠の掃除中だったのだろう。
「そりゃまあ、今まで魔王とやりあってたからなぁ。
いや、俺としてはそりゃ怪我もせずに叩きのめしてやるつもりだったんだぜ?」
 だがその思惑とは裏腹に。
無傷で済んだのはむしろ相手の魔王の方で、叩きのめされたのは勇者の方だった。
「聖竜様のお力で帰ってこられたのですね。
とにかく、御無事でなによりです。」
 その場に屈み込み、彼は回復の祈りを捧げ始める。
ぼんやりと灯った弱々しい光は、小さな星の欠片のように。
ぱらぱらと勇者の身に降り注ぐ。
それとともに塞がっていく体中の傷。
「あー…爺さんの魔法がやっぱ一番効くな。」
 温泉に浸かっているかのようにつぶやく勇者。
その口ぶりは歳相応といえなくもない。
「やっぱよ、俺みたいなおっさんより若者のほうが良かったんじゃねえの?」
 よっ、と身を起こして彼はいう。
もちろん勇者とて、そのあたりの若者に負けるつもりはない。
だが、今回の魔王は。
「魔王のやつすげえ怪力だからよ、魔法勝負ができるやつのほうが向いてんだろ。」
 肩をすくめて言う。
勇者は魔法を苦手としていた。
これが前回の魔王のように魔法特化であればよかったのだが。
「魔王の世代交代による戦闘パターンの変化は我々にも予測ができませんからな…。
かといって今更勇者様が聖竜の加護を他人に渡すのも無理な話です。」
「まあなー。」
 ふてくされたようにあぐらをかき、頬杖をつく。
もちろんその間も回復呪文の光は消えていない。
このままここで全快まで治してもらえるようだった。
「聖竜の加護を俺が受けた以上、俺がなんとかしなきゃならんのだろうけどなあ…。」
 自分の手の甲に浮いた光の紋章を見る。
その紋章こそが聖竜の加護。
この世界を守る、竜の力そのもの。
「シールみたいに剥がれねえのかな。」
「勇者どの!
そもそも聖竜の加護はとてもありがたいものでして…。」
「あー、始まった…。」
 この神父は回復魔法にとても優れている。
一時期は共に旅をしていたから、そのありがたみは言葉通り身を持って知っている。
だけど、それでも。
この話が始まると、もはや誰にも止められないのだ。
「…ですから、かつて魔王の血族をこの世界から追い出した聖竜様の…」
 適当に話を聞き流しながら、勇者は考えた。
力勝負で勝てないのでは、どうしようもない。
気合だ根性だ、でどうにかなる力の開きではなかったのだ。
「…そうやってこの世界に戻ってきた魔王と戦うため…」
では魔法勝負だろうか。
なんとか物理的な攻撃を抑えこみ、魔法で対応する…。
「…魔王が何度倒してもよみがえるのはそのためで…」
 いや、それは難しいだろうと首をふる。
見るからに相手は老龍であったのだ。
おそらくその知識量は30年少々しか生きていない虎を軽く上回る。
「…そのたびにこうやって勇者様となるお方に…」
 つまり現状ではどうあがいても勝ち目がないのだ。
何か相手の裏をかかない限りは。
「…そもそも古文書にある古代魔法において…」
「それだ!」
 勇者は思わず叫んで、神父に飛びついた。
さすがに神父も言葉を切って勇者を見つめている。
その顔がほんのり赤いのは、気のせいではない。
もともとこの神父には男色の気があった。
二人で旅をしている間、いろいろな場面を性的な目で見られていたのだが。
「さすがおっさん、いいアイディアだぜ!」
 そう言って神父に抱きつくあたり、勇者は全く気づいていないのである。
「は、は、ゆ、勇者様。
私が何か…?」
 顔を真赤に上気させ、言葉に詰まりながらもなんとかそう言う。
「古文書の古代魔法!
魔王を出し抜くにはそれしかねえだろ!」
 神父の話の中に出てきた「古代魔法」というキーワード。
たとえ相手が年寄りだろうとなんだろうと。
古代のものであれば、知らない可能性は十分にある。
「なるほど…。
では少し、あたってみましょう。」
 勇者の考えを聞いて、神父は頷く。
「その間、少しお休みください。
いつもの小屋が、使えますので。」
 さすがに魔王退治のための話となれば、神父も真面目な顔をせざるを得ない。
勇者に宿代わりの小屋を勧めて、神父自身は走りだした。
「よっし、じゃあ…少し休ませてもらうか。」
 立ち上がり、改めて自分の体を見る。
鎧のほとんどははじけ飛び、かろうじて服が服の形をしている程度の格好である。
それでも傷口が全てふさがっているだけでも御の字といえた。
「…着替えもなんとかしねーとなあ。」
 勇者はぼやきながら小屋へと向かって歩き出した。




「傀儡系であたってみたのですがな…。」
 ランプの明かりの中で、神父が神妙な顔で言う。
「ふご。」
 対して勇者は口にパンを詰め込んでいた。
この小さな村ではご馳走にありつくなんて夢のまた夢。
乾燥したパンと、芋が浮かんだスープくらいしかすぐには用意されなかった。
それでも空腹よりはまし、と言わんばかりに勇者はがっついている。
「なかなか魔王にまで通じるであろう魔法まではみつかりませんで…。
精神操作系でならいくつか。」
 そう言って、書き写したであろう羊皮紙を差し出してくる。
とりあえずでそれを受け取り、勇者は目を通した。
が、魔法に弱い彼のことである。
いくら目を通しても意味がわからなかった。
「効くならなんでもいいんじゃねえかなぁ。」
 正直そのあたりは神父に選んでもらいたかった。
頭を使う作業は苦手なのだ。
「とはいえ私でもわかりかねる内容がいくつかありまして…。
こちらなどは、相手の力を意のままに操るとはかかれているのですが。
発動条件はともかく、原理がよく…。」
 古代魔法にはままあることだった。
今の呪文とは体系が違いすぎて、何をどうやって魔法を成り立たせているのかわからないのだ。
それでも書いてあるとおりにすれば魔法が発動することはわかっている。
「ならそれでいいんじゃねえかなあ。
どうせ大なり小なり、どれもわからねえところはあるんだろ。」
「まあ、そうなのですが…。」
 面倒になった勇者は、神父の手から一枚の羊皮紙を奪い取る。
件の「精神操作」である。
「魔王を操って、その間にとりおさえればいいんだろ。
簡単でいいじゃねえか。」
 ぐっと水を飲み、勇者はニッと笑ってみせた。
尖ったモヒカンも、髭のように生えた輪郭まわりの毛も。
普段はいかついはずのそれらが一気に可愛く見える笑顔である。
もっとも、神父視点に限ればの話だが。
「で、では早速準備を始めさせていただきますね!」
 赤い顔を隠すように、慌てて小屋を飛び出す神父。
もちろん勇者も神父の顔が赤いことには気づいているが。
「魔王を倒せるからってあんなに興奮してなあ…。」
 好意的に捉えるだけであった。
そのまま待つこと2時間ほど。
「勇者どの、準備ができましたぞ!」
 息を切らせた神父が、小屋の中に飛び込んできた。
想像していなかった勇者は思わずベッドの上で飛び上がる。
「え、おっさん、明日じゃねえのか?」
 既に日は暮れているし、何より自分は昼間に魔王と戦ってきたばかりである。
今日くらいはゆっくりしようと思っていたのだ。
「何をおっしゃいます、善は急げ、時は金なり、待てば海路の日和あり!」
「あ、うん…。」
 もはや何を言っているかよくわからなかった。
よくわからないが、その勢いに押されて勇者はしぶしぶと頷いた。
「世間の皆々様がお待ちですぞ。
平和な世界で眠る夜を…。」
 神父がさり気なく手を握ってくる。
もちろん下心満載なのだが、勇者はそれに微塵も気づかず。
「そうだよな、待ってるよな…俺のハーレムが。」
 こちらも下心満載である。
だが世界を救う動機などそんなものだと、勇者は自分に言い聞かせていた。
「よし、やるぜ!」
 まだ見ぬ美女の楽園に思いを馳せて。
勇者は拳を握り立ち上がった。
そのまま親父に連れられ、違う小屋へと移動する。
そこには大掛かりな魔法陣といかにもな雰囲気を醸し出す蝋燭が何本も立てられていた。
そのものものしげな雰囲気に、勇者は思わずごくりとつばを飲む。
「ささ、どうぞその中央にお立ちください。」
 本当に大丈夫なのか、と言いかけてその言葉を飲み込む。
まさかここまできて「いやダメです。」はあるまい。
ならば聞くだけ無駄というもので。
「よし、こい!」
 勇者は神父から羊皮紙を受け取る。
剣を掲げ、ゆっくりとその呪文を読み上げる。
自分の身体と、魔法陣の間を魔力が流れていくのを感じた。
『彼方に集いし魔の力。
此方に宿りし破の力。
千里を駆けし光の刃。
万里を包みし影なる鋼…。』
 ゆっくりと、なれない呪文を読み上げる。
意味は、全くと言っていいほどわかっていなかった。
それでもこの魔法が未来を切り開くと信じて。
その呪文を完成させたのだ。




 重い体を何とか動かす。
目蓋を持ち上げることすら億劫だった。
魔王と戦って大怪我をして。
傷は癒えても、体力まで戻ったわけではない。
そんな状態で古代魔法など使ったのだ。
体力を使い果たして当然だろう。
 ただ気になるのは。
彼の唯一の気がかりは。
その古代魔法がそもそも成功したのかどうか、だった。
 いつの間にか座り込んでいた身体を起こし。
ゆっくりとその目を開く。
最初に見えたのは、石壁だった。
思っていたよりもずっと遠くにある石壁。
そこで勇者は首をひねる。
先ほど神父に案内された小屋は、木造ではなかっただろうか、と。
続く違和感は、胸元にあった。
いや、正確にいえばその少し上。
喉元と言うべきだろう。
ふわりとした柔らかい、毛のような感触。
だが彼の髭は、正確にいえば髭に見える輪郭を縁取る濃い体毛は。
せいぜいが数ミリ程度のもので、決して彼の喉元を撫でるほどになかったはずだ。
不思議に思い、胸元を軽くすくってみる。
手に絡んできたのは、長い白い髭。
「んなっ…!」
 だが驚いたのはそこではない。
その髭が絡んだ手。
それは黒い鱗に覆われた、どう見ても竜人の手だった。
「なんだ!?」
 思わず自分の身体を見下ろす。
がっしりとした身体を包む黒い鱗に、腹回りだけは白い柔らかい鱗が生えている。
それはどうみても、黒い竜人の裸体だった。
「なんで…俺…ていうか服!?」
 とっさに股間を押さえる勇者。
だがそこには押さえるべきものはない。
おそるおそる見れば、そこにはうっすらと縦に割れ目があった。
「竜人って、チンコねえのか…。」
 冷静に考えたことがなかった事実を目の当たりにして。
混乱している勇者は思わず口に出していた。
「と、とにかく服だ。」
 周囲を見渡して、身につけられるものを探す。
どうやら自分はベッドに…無駄に豪華なベッドに寝ていたようで。
その傍らに、見覚えのある服が折りたたまれていた。
「これは…魔王の?」
 間違いない。
昼間に、いやというほど睨みつけたのだ。
そしてこの見覚えのある色の腕や足。
まさかとは思うが。
鏡などという都合のいいものは見当たらなかったが、幸いベッドサイドのテーブルに銀製の皿が置かれていた。
覗きこんだ勇者の目に飛び込んできたのは…ある程度覚悟はしていたが。
「魔王じゃねえか…。」
 必死で頭を巡らせる。
勇者は、古代魔法を使った。
それは相手の精神を操作する、というものである。
「成功した、ってことか…?
つまり今オレが魔王の精神をのっとってる…?」
 事実、竜人の身体は自在に動かせている。
であれば、無事に魔王を操るという目的は果たせと言えそうだ。
問題は。
「俺の身体、今どうなってんだ…。」
 勇者としての意識がここにある以上、今自分の身体はコントロールできないということになる。
気を失っているなら無防備だし、そもそも神父が心配していそうだ。
なんとか連絡をとる方法はないだろうか。
適宜切り替え、なんて便利なことは出来なくとも。
『おい、目が覚めたか?』
 不意に声が聞こえた。
とっさに振り返るが、そこには誰の姿も見当たらない。
『ワシじゃよ、ワシ。』
 その声に聞き覚えがあった。
昼間あれだけ聞いたのだ。
「魔王か…。」
 どうやら自分の内にいる魔王が呼びかけてきているらしい。
思わず勇者は勝ち誇るように笑みを浮かべた。
『いや、それがそういう訳ではないんじゃよ。
目を閉じてみ。』
 何が「そういうわけではない」のか。
勇者は一瞬戸惑うも、ゆっくりと目を閉じた。
まさか目を閉じたくらいで魔法が解けることはないだろうと考えてだ。
真っ暗な中にうっすらと浮かぶ人影。
それは見知った、自分の顔だった。
「まさか…。」
 いやな予感が脳裏をよぎる。
その顔は知った顔でも、知らない表情をしていたのだ。
『うむ、そのまさかじゃよ。
ワシの身体をのっとったお前さんは、ワシにのっとられている、ということじゃ。』
 にやりと、不気味な笑みを浮かべる「虎」。
それは明らかに魔王の表情だ。
「か、返せよ!」
 危機感を覚えてそう叫ぶ。
自分が魔王の身体を奪っている、ということにアドバンテージは覚えない。
それは自分の身が安全である、という前提があってのことだ。
現状はイーブン…どころか。
『まったく、古い呪文を引っ張りだしてきおって…。
この呪文は解除が面倒くさいタイプなんじゃぞ。』
 相手はこの呪文についてよく知っているらしい。
つまり状況はむしろ勇者のほうが悪いといえた。
『ともかく、この状況はお主にとっても悪かろう。
すぐにそちらに向かうでな、少々待っておれ。』
 不幸中の幸いというべきか。
相手も「虎」の身体を使ってどうこう、ということをするつもりはなさそうだ。
ならばこのまま待っていればいいのだろう。
『いいか、しっかりとワシを演じるんじゃぞ。』
 だがそう簡単には終わらない。
状況は複雑なのだ。
『もしその身体の中身が「勇者」だとバレてみろ。
おそらくワシの優秀な部下がお主だけを引きずり出して、魂だけを壊してしまう。
よいか、絶対にばれないようにするのじゃぞ。』
 どうやら虎は。
いや、「竜人」は。
勇者でありながら、魔王を演じる羽目になったらしい。
「まじかよ…!」
 思わず声に出して叫ぶ。
だが既に魔王からの声は届かない。
どうやら一方的に交信は途絶えたようだ。
いや、正確に言えば最初から交信は向こうだよりだったのだ。
「くそ…。」
 完全に魔王頼みのこの状況。
勇者が魔王を演じて、魔王に助けてもらう。
これほど情けないことはないだろう。
だがとにかく演じることだ。
今はそれしかない。
出来る限り人前に出ず、最低限の露出にすればなんとかなるだろう。
そう考えていた勇者は。
扉をノックされる音に、その身を固くした。




「魔王様、失礼致しますよ?」
 返答しなかったからだろう、不思議そうな顔をして若い竜人が部屋に入ってきた。
魔王以上にがっしりとした身体つきの、青い鱗をした竜人である。
動きやすいようにだろう、身体の線がでるぴったりとした服装だ。
「あ、ああ…すまない…。」
 こんな口調だったろうか、とこわごわと喋る。
幸い大きく間違っていなかったようで、相手は特に不自然な顔はしていなかった。
「日も落ちましたし、そろそろ仕事に戻っていただけませんか?」
 日も落ちた、というところに若干の違和感を覚えるが。
魔王という肩書から想像できるとおり、きっと夜行性なのだろうと飲み込む。
そんなところでボロを出すわけにはいかないのだ。
「うむ…。
その、少し目眩がな。」
 ごまかすように、軽く頭を抑えてふらついてみせる。
ちょうど寝ていたようだし問題ないだろう。
「思ったよりも、勇者が手ごわかったようですね。」
 心配したように青い竜人がかけよって体を支えてくれる。
そっと素肌に触れる感触に、思わず身体がびくりと震えた。
普段毛皮に覆われている勇者にとって、素肌を触られるのは珍しい感覚だったのだ。
だから、それが気持ちいいなどとは気のせいだろう。
そう自分に言い聞かせる。
青い手が、するりと肌の上を滑った。
「竜人」のしっぽがびくりと跳ねる。
「お、おい…。」
 その手つきにいやらしいものを感じて思わず静止の声を口にした。
「どうされました?」
 そういうプレイだと思われたのか。
にやにやとした笑いを浮かべたままさらにするすると手が降りて。
股間にある割れ目を軽く撫ぜられる。
「んっ…!?」
 それだけで全身を駆け巡る電流。
何事かと思うが、慌てた様子を見せるわけにはいかない。
そもそも、何が起こっているのか勇者にはわからなかった。
魔王とはいえ、性器がついていないとはいえ、魔王は男のはずである。
にもかかわらずいかにも雄臭い、といったこの竜人の手つきはどうみても性的なものだ。
「し、仕事があるのじゃろう?」
 もはやそれくらいしか縋るものはなかった。
勇者は…「竜人」は今、何も身につけていないのだ。
かといって関係がわからない以上簡単に拒絶することも出来ない。
向こうが引いてくれるのを期待するしかない。
「目眩が、するのでしょう?
いつものように私から魔力を奪って構いませんよ。」
 言いながら。
青い竜人は、「魔王」を隣のベッドに押し倒していた。
「や、その…元気になったなあ!
もう大丈夫そうだなあ!」
 慌てたようにいう「竜人」を青い竜人は不思議そうに覗きこむ。
「今日は本当に…どうされたのです?
いつもなら魔王さまのほうから誘ってくるくらいだというのに…。」
 そんなことしてるのかアイツ、と口から出そうになる言葉を必死で飲み込んだ。
どうやらこの男と肉体関係にあるのは間違いないらしい。
勇者としては他人の趣味をとやかく言うつもりはないが、それが自分の身に降りかかるのだけは勘弁して欲しかった。
「あ、その…。」
 だがここで固まってしまう。
はたしてここで拒絶してしまってもいいのかどうか。
相手に不自然に思われてはどうしようもない。
「しょ、小便じゃよ小便。」
 慌てて立ち上がり歩き始める。
これでなんとか誤魔化せただろうか。
ちらりと後ろを振り返る。
諦めたようにため息をつく青い竜人を見て、勇者は内心胸をなでおろした。
どうやら当面の危機は去ったようだ。
 だがすぐに、それが次の危機であることに気がつく。
小便と言って立ち上がったのは良い物の。
果たしてトイレはどこだろうか、という問題に突き当たったのだ。
まさかトイレの場所を知らないなどとは言い出せない。
だが小便と言ってしまった以上ここでトイレに行かずに済ませるわけにもいかない。
「どうされました。」
 立ち上がって、青い竜人が言う。
「いや、その…掃除中とかでは…なかったかな?」
「そんなはずありませんよ。」
 時間稼ぎにと思ったが、それは一言で切り捨てられる。
これはもはや誤魔化しがきかない。
と、思った矢先に。
青い竜人は立ち上がり、扉を開いてくれた。
「またそうやってボケ老人のふりで仕事をしないつもりですね。
だめですよ、きちんとしていただかないと。」
 たった今自分を犯そうとした相手のセリフではない、と言いたかった。
言いたかったが、言うわけにもいかなかった。
「す、すまん…。」
 今はこの状況を乗り切ったことに感謝だけしつつ。
勇者はトイレに飛び込んだ。




 魔王の部屋は、専用のトイレとバスルームがあるんだなあ、などと。
場違いな感想を抱きつつ、中を眺める。
確かにトイレはそこにあったし、思ったよりも自分たちが使用しているそれに近かった。
妙なところで親近感を抱いてしまう。
魔王は、勇者にとっては倒すべき敵のはずなのに。
幸いバスルームのところに替えのの下着があったので手にとった。
先ほど着ようとしたローブに比べてとても簡素な…いわゆる腰巻き風のものである。
「失礼します。」
 そのまま身につけようとした矢先に、扉が開いた。
小便だと言って入ったはずなのに、躊躇なく開かれた扉。
その事実に勇者は思わず固まる。
この「竜人」は普段どういう生活をしていたのか。
「魔王さま、そのまま入浴されてはいかがですか?
お背中お流しいたしますよ。」
 そういう部下は、既に服を脱ぎ去っている。
思わず視線を下ろす勇者。
だがやはり、今の自分の身体同様にそこにはあるはずの突起はなく。
がっしりとした腹筋の下にはうっすらとした割れ目だけがある。
「どうしました、そんなに早くほしいのですか?」
 思わずじっと見てしまったからだろう。
部下が自らの割れ目に手を添わせながら歩み寄ってきた。
「い、いや…。」
 促されるままに奥の浴室へと移動する。
そこはやたらに広い、温泉かとも思われるような浴室だった。
どうやら常に湯が張られているらしい。
ずいぶんと贅沢な話である。
「さあ、お座りください。」
 促されるままに腰を下ろす。
(まあ、背中を流されるくらいなら平気か…。)
 先ほど押し倒された時のことを考えればずいぶんと平和だ。
そう思ったのが、失敗だった。
無言で石鹸を泡立て背中を流し始める部下。
だがその手はすぐに身体の正面に回ってきた。
「お、おい…。」
 首筋を経由してそのまま肩に降り、やがて胸へと手が伸ばされる。
そのまま撫でるように、揉むように胸を洗い始めた。
指先が、つめ先が軽く肌を撫でるたびに電流が走る。
「んっ…。」
 思わず漏れそうになる声。
だが、そんなものは序の口であるとすぐに知った。
片手がすぐに、股間へと伸びてきたのだ。
「そ、そこは…。」
「こここそ、よく洗わないといけないでしょう?」
 確かにもっともな話ではあるが。
恥ずかしい。
以上に。
それ以上に。
「あああっ!」
 声が抑えられなかった。
先ほどベッドで触れられた時にうすうす感じていた。
この割れ目は、想像している性器と形は違っても、間違いなく性感帯なのだ。
そしてどうやら魔王のここは、ずいぶんと感度がいいらしい。
「気持ちいいのでしょう?
いいのですよ、声を出しても。」
 指が一本、するりと入ってきた。
「ひっ!」
 その感覚は、恐怖だった。
自分が知らない感覚であり、自分が知る以上の快感。
それが脳髄を支配することに、勇者は恐怖を覚えた。
 勇者は知らないのだ。
他人にもたらされる、悦びというものを。
自分以外の手を、肌を。
勇者は、童貞なのである。
「おや、珍しく初々しい反応ですね。
こちらも熱が入るというものですよ。」
 そう言いながら、二本目を入れてくる。
くちゃ、と濡れた音がした。
それは先ほどかけられた湯のせいではないだろう。
「や、やめてくれ。」
 もう誤魔化さなければ、という意識もなかった。
とにかくその先に進むのが怖かった。
「その顔、珍しく演技派ですね。
さてさて、今日はどれだけ持つか…。」
 だがそれは聞き入れられなかった。
抵抗するところを無理やりされる、というプレイがいつもまかり通っているためなのだが。
もちろん勇者はそんなこと分からない。
入れられた二本の指がゆっくりと割れ目を広げていく。
ただそれだけなのに、強い刺激が勇者を襲った。
びくんと跳ねる「竜人」の身体。
「ほら、気持ちいいのでしょう?」
 部下の言葉に思わず頷きかける。
そんなはずはない。
こんな感覚知るはずもないのに。
身体はこの感覚をよく知っていて。
そして、この刺激に簡単に屈する。
「あああ…。」
 思わず体中の力を抜いて、後方の部下にもたれかかる。
それを甘えていると思ったのか、部下は濡れた腕を首に巻き付けてくる。
「全く、可愛いお方ですよ。」
 べろりと大きな舌で頬を舐められる。
なんでもないはずのその刺激に、「竜人」が興奮した。
気がつけば自分の脚の間で踊る指が三本に増えていて。
先ほどよりも音が大きくなっている。
「こんなに興奮して…。
もう我慢出来ないんですか?」
 違う、自分は感じてなどいない。
勇者はそう言いたかった。
だが事実、「竜人」は感じている。
身体が迎え入れるように興奮するのだ。
自然脚が開き、手に押し付けるように腰が浮く。
自分は男には興味ないはずなのに。
こんなもの、気持ち悪いだけなのに。
それでも口からは喘ぎ声しかでなかった。
 股の間が、急に涼しくなったのを感じる勇者。
視線を下ろせば、そこは左右に押し広げられていた。
さらに二本の指が中に潜り。
「ひっ!」
 強い刺激に、視界がスパークする。
自分のモノに触れられたのを感じたのだ。
そのまま掴まれ、引きずり出される。
「んんんんっ!」
 出されるだけでここまで感じるとは、勇者は考えていなかった。
だがまるで噂に聞く挿入の感覚のように、彼は感じていた。
「こんなに濡らして…。」
 指先でそれを軽くなでられる。
それだけで達してしまいそうな勇者は、全身を固くさせた。
だがその指はすぐに離れて。
再び「竜人」の割れ目に潜り込む。
「はっ、あああっ!」
 与えられると思った刺激がなくなり、達することはできない。
それでも続く刺激に勇者は頭を振って耐えた。
「本当に今日は…。
私も我慢できないので、早々に行きますよ。」
 ぐいと持ち上げられて、後ろに引かれる。
完全に体重を預けていたので、簡単に引きずられてしまった。
部下の竜人の青い脚の上に腰を下ろす形で抱き寄せられて。
勇者はもはや、抵抗の気力さえなくしていた。
自分の股下から、自分のモノ以上の肉が顔をだす。
いくら童貞でもわかる。
これが今から押し込まれるのだ。
 ぐい、と下から腰を押し付けられる。
先端が入り口をなぞり、そのまま「魔王」の肉棒を下から撫で上げた。
熱い肉が、大きく震える。
「ほしいですか?」
 どうやら素直に入れるつもりはないらしい。
俺はホモじゃない。
だからそんなもの、入れられたくもない。
勇者はそう言いたかったのに。
自然と、身体は頷いていた。
「いい子ですね。」
 ぐいと顔を横に向けられて。
かぶりつくように、キスをされた。
一瞬食われたのかと思ったが。
絡んでくる舌はとてもやさしく。
そして押し入ってくる肉塊は、とても熱かった。
「があああああああ!」
 強すぎる快感に、口を開けて大きく声を上げた。
片手で回された相手の腕を掴み、もう片方は空中へと伸ばされる。
そして、「魔王」の肉棒が弾けた。
挿入されただけで、達してしまったのだ。
「おや、そんなに溜まってましたか?」
 びくん、びくんと跳ねながら白濁をまき散らすモノを、部下は覗きこんで言う。
恥ずかしかった。
自分の身体でないとはいえ、射精するシーンを見られる日が来るなどとは思わなかった。
全身の力が一気に抜ける。
まるですべてを搾り取られたような感覚だった。
「あっ…。」
 するりと部下の手が肌を滑る。
首にかけられた腕が外され、そのまま胸と腹をなでたのだ。
イッた直後の敏感な身体に与えられる刺激。
自分でする時は、達すればそこで終わりである。
だが今は相手がいる。
相手に、刺激されている。
「んっ、あっ、ああっ、ぐっ、んんんっ!」
 胸を、腹を、脚を撫で回されてそれだけで声が漏れる。
もはや抑えこむこともできず、ただただ快楽に酔っていた。
「もちろん、これで終わりではないですよね?」
 言葉とともに、ぐいと前に押し倒された。
とっさに手をついて、床に倒れこむのだけは防ぐ。
それははからずも。
いや、部下が想像したとおりに。
勇者は、見事に四つ這いになっていた。
「ちょ…んぅっ!」
 慌てて止めようとしたが、つながったままの股間の刺激にまともに声をあげることすらできない。
「好きですもんね、この姿勢。」
 仮にも魔王なのに四つ這いが好きとはどういうことか。
そんなツッコミも間に合わない。
太い尻尾を抱えられ、ずんと突き上げられたのだ。
「うああああっ!」
 尿道に残っていた体液が床の上に散らばる。
もう達したはずなのに。
もう出し切ったはずなのに。
それでも内部を擦り上げられるたびに、強い快感が勇者を襲った。
強すぎる快感に、手の力が維持できずにその場にぐたりと崩れ落ちる。
それでも腰だけは、自然と部下の腰に押し付けられていた。
なんて淫乱な身体だろうか。
そうやって身体のせいにして。
勇者はゆっくりと、腰を振り始めた。
これは身体が悪いのだ。
かり、と尻尾を甘咬みされる。
「も、もっと、もっと強くっ!」
 その言葉に答えるように、部下は尻尾にかぶりつく。
強い刺激は全て快感になる。
身体に責任転嫁して、快感に抵抗することをやめて。
勇者は自らの股間に手を伸ばして「魔王」の性器を掴んだ。
まだそこは熱く張り詰めている。
「本当に淫乱な魔王だ。
部下に犯されて、気持ちいいんでしょう?」
 腰がぐいと引き寄せられて、さらに腰を打ち付けられる。
もう勇者だとか魔王だとか、どうでもいいとさえ思った。
「あああああっ!!
いい、気持ちいい!
もっと深く掘ってくれっ!」
 よだれを垂らしながら大声で叫んだ。
誰に聞かれても、誰に見られてもいい。
とにかくもっと気持ちよくなりたい。
「ひっ!?」
 急に、与えられた今までとは違う刺激。
もう一つの門が。
奥に控えていたそこが、撫でられたのだ。
だがそれももはや快感ですらなく。
前と後ろを同時に攻められて。
「いい、前も、後ろもきもちいいっ!」
 さらに自分のモノを扱き上げ。
その腕が大きく払われた。
「メスが何いじってるんです。
貴方は、穴だけ感じてればいいんですよ。」
 そう言われて、素直に従う。
自ら股間を押し付け、割れ目を開き、部下の肉棒を飲み込んでいく。
尖った肉棒に奥を突かれるたび、先走りが飛び散った。
「い、イきたい、イかせてっ、イかせてくれっ!」
 もうそれだけだった。
この快感で、行き着くところまでイッてしまいたかった。
「それでは、中に出しますよ?」
「うん、いい、いいから、早くっ!」
 勇者の言葉に部下は更に腰を強く振って。
「あ、あああ、あああ!」
 がりがりと床に爪を立てて快感に耐える。
やがて、部下に限界が訪れた。
「で、るっ!」
 身体をこわばらせ、ひときわ強く突き上げて。
「魔王」の奥深くで、部下が爆ぜた。
びくびくと跳ねる肉棒。
それとともにじわりと広がる熱い感覚。
「ああああっ!」
 強く刺激されたわけでも、締め付けられたわけでもない。
それでも全身に広がる、犯されたというその感覚に。
「出る…っ!」
 勇者は再び、絶頂を迎えていた。




 ぐったりと浴室の床に倒れこむ。
自分の出した体液が、腹の下に広がるのがわかる。
そこだけがぬるついてとても気持ち悪いのだ。
「さて、魔王さま?」
 頭の上から声が描けられる。
だが呆然としている勇者は、それが自分のことだと思えない。
もっとも仮にそれが自分のことだとわかっていても、これだけの放心状態では反応などできなかっただろう。
肉体的には違っても、精神的には完全に初めてを奪われた形なのである。
男の、しかも敵にだ。
さすがにそれでまともに反応しろというのが無理な話だろう。
 だがたとえ無理でもそれをすべきであったのだ。
でなければ、今までなんのために「魔王」のふりなど続けていたのか。
「やはり、貴様偽物だな?」
 ぐい、と仰向けに転がされ。
喉を絞められて勇者ははじめて自分が失敗したことに気がついた。
「う、が…。」
 違う、といいたかったが。
喉を締められ声が出ない状況ではそれも難しかった。
もはや相手は確信をもって言っているのだ。
それなら最初から言ってくれとも思ったが、既に後の祭りである。
「本物の魔王さまはどこへ行った?」
 答えを求めての質問ではないのだろう。
でなければ、喉から手を離されるはずなのだから。
このまま殺されるのかと。
勇者は死を覚悟していた。
 だが不意にその手は緩められる。
空気を求めてあえぐ勇者。
「まったく…また遊んでおられるのか、あの人は。」
 何を言っているのか勇者にはわからない。
遊んでいる、とはどういうことだろうか。
また?
何が「また」なのだ。
「肉体の反応は魔王さまのモノだし…貴様、中身だけ別人だな?」
 もはや勇者には頷くしか出来ない。
幸い、自分が勇者であることまではバレていないようだが。
「また遊び歩いているのか。
本当に困った人だ。」
 大きくため息をつく部下。
勇者はようやく状況を把握し始めた。
どうやら身体が入れ替わっていることはバレているらしい。
だが、自分が勇者であることと。
入れ替わりが勇者によって発生したものであるということは気づかれていないようだ。
つまり、部下から見たら勇者はどこかから現れた被害者なのである。
ある程度最初から目星が付けられていたようだが、それなら犯すような真似はしないでもらいたかった、というのが勇者の本音である。
「まあいい、魔王さまの肉体でないとできないことは山のようにあるのだ。」
 そういわれてぞくりとする。
それはまだ、犯されるということだろうか。
「悪いが今回は犬に噛まれたとでも思って諦めてもらおう。」
 ここで抵抗することにどれほどの意味があるのか。
勇者はもはや諦めて受け入れることとにした。
「その体に入ったのが運の尽きだ。
悪いが、仕事をしてもらうぞ?」
「は?」
 ここにきてようやく。
勇者は口を開いた。
「仕事…?」
 てっきりまた続けて犯されるのかと思ったのだが。
どうやらそういったものとは話が違うようだ。
「そうだ、魔王さまの魔力を利用した署名が大量に必要なのだよ。
申し訳ないが手伝ってもらうからな?」
 腕を掴まれてそのまま引き起こされる。
「ま、待て。
魔王の仕事って…。」
 勇者がイメージする魔王の仕事とは。
基本的には自分たちの世界の征服、というイメージである。
いかにして軍隊を派遣して効率よく征服を進めていくのか。
もしそうであれば、仕事を手伝うわけになどいかない。
「他部族との協定を詰めるのが今のところ一番大きい仕事だな。
食糧問題がある程度解決すれば勝手に人間たちを襲うことも少なくなるはずだし…。
あとは魔界と人間界の移動制限法案の立案だとか…。」
「ま、待ってくれ。」
 思わず口を挟んだ。
話だけをきくと。
まるで、和平のために動いているように思えたのだ。
「魔王は、征服のために動いているのだろう?」
「まあ究極的にはそうだが…」
 言いかけて、部下がハッとした顔をする。
「貴様…人間側か?」
 どうやら勇者は魔物側と捉えられていたようで。
つまり、今のは魔王陣営にとって内部情報である。
「教えてくれ、頼む。」
 身体を起こし、じっと目を見つめる。
ここまで来たら、全てを知りたかった。
「…究極的にはもちろん世界の征服が目的だ。
だが別に我々も人間憎しで動いているわけでもない。
この世界の資産がそもそもの目当てなのだ。
もちろんそこには人間たちも含まれる。
ならばなるべくこの世界そのものにはダメージを与えずに。
スマートに征服できる方がいいだろう?」
 それはそうかもしれない。
魔物たちがどうしてこの世界に現れたかなどの理由は考えたことがなかった。
だが滅ぼすためではなく、征服するためということであれば。
とにかく力押しで、という方法がいいはずはないのだ。
 そしてもしこの部下の言うことが正しいのであれば。
それはもはや政治戦のレベルだろう。
民衆からすれば上の首がすげ替わるだけの話で、おそらく今と大差ない生活が保証される。
 今求められているのも一部足並みが揃っていない魔物を押さえるための仕事だと考えれば。
どうやらこれは一時的な平和を求めてのもののようだ。
それならば協力するのもやぶさかではないのだが…。
「何のために戦ってきたのか…。」
 どうやら自分の戦いはあまり意味が無いものだったようだ。
そう思うとなんだか情けなくなってくる。
「ともかく、手伝ってもらうぞ。
魔王さまはサボり癖があってな、仕事が滞って困っているのだ。」
 はあ、と勇者は気のない返事をした。
まさか勇者の自分が魔王の仕事をするなんて思わなかったけれど。
それでも、そういう内容なら手伝うこともやぶさかではなかった。
「立てるか?」
 手を取られ、なんとか立ち上がる。
「お前が乱暴するからだろう…。」
「悦んでいたじゃないか。」
 不満を述べる勇者に、意外そうな顔で答える部下。
「違う、アレはこの身体が悪いんだ!」
 慌てて否定する。
自分が淫乱だと思われるのは心外なのである。
「まぁ、魔王さまの身体は確かに心底淫乱だと思うが…。」
「どんな王様だよそれ。」
 部下の言葉に思わずツッコミを入れる勇者。
まあでも英雄色を好むというし、そういうものかもしれない。
魔王が英雄の範疇に入るのであれば、だが。
「しゃーねえ、仕事するか…。」
 手桶を拾い、身体についた精液をざっと流す。
部下と視線を交わし、小さく頷いて。
勇者は部下に釣れられて浴室を出た。




「む。」
 不意に、目の前の部下が顔を上げた。
 今いる場所は執務室、と呼ぶべき場所。
小さな部屋に、小さな机が2台並べられただけの部屋である。
この規模の城でこんなに小さな部屋があるのか、と思ったものだが。
「人に見せるのでなければ、広さなど無駄なものだ。」と部下に一蹴されてしまった。
確かにそのほうが合理的かもしれないが、勇者のような庶民出身から見れば夢のない話だとも思う。
結局どこまで言っても身の丈以上のものは勝ち取れないのだ。
「どうした?」
 そのまま立ち上がった部下に、勇者は声をかけた。
「魔王」の身体のコントロールをようやく覚え、なんとか魔力を用いたサインをできるようになり。
とにかく部下に言われるままに片っ端からサインをしていたところである。
ここらで休憩が欲しいと、ちょうど思っていたのだ。
「どうやら、来客のようだな。
また勇者か…。」
 来た、と内心思った。
もちろんそれを口には出さないが。
今人間界の勇者は自分の肉体のみのはずである。
ならばここで言う「勇者」は魔王のはずだ。
「しょうがない、私が適当に追い返しておく。
お前はここで仕事を続けていろ。」
 そう言って軽く手をふるうと、部下の先頭装束が宙空から現れる。
思わず頷きそうになるがそうは行かない。
ここで追い返されては困るのだ。
「いや、その…ここは俺が、『魔王』の仕事として…。」
「ダメだ。
お前はともかく、その身体に怪我でもさせたらどうする。」
 ぴしゃりと言い切られて、反論ができないまま飲み込んでしまう。
確かにそれはもっともなのだ。
仮に相手が自分より弱いとしても、今の慣れないこの体でまともに戦えるかは正直自信がない。
「では行ってくるぞ。」
 このまま待っていれば、魔王がうまくごまかして来てくれるだろうか?
舌先三寸でごまかしてここまで来る可能性も十分にある。
それだけあの魔王は食わせ物だからだ。
だが相手は魔王直属の部下である。
そううまく行くとも限らない。
それになにより。
「やっぱいくか!」
 勇者は立ち上がって、走りだす。
なによりも、「魔王」の中身を見ぬいたのは彼なのだ。
それならば「勇者」の中身を見抜いてしまう可能性は否定出来ない。
身体の関係もあったようだし。
ここで失敗した時死ぬのは「魔王」ではない。
「勇者」だけなのだ。
 扉を開けて廊下に滑り出る。
先ほど部下がかけて行ったのは部屋を出て左側。
そのまま真っすぐ追いかけるべきだろうか。
魔王城の中をマッピングできるほど、勇者はこの城の中を歩いていない。
ならば先にこの周辺を探して地図のようなものを見つけるべきだろうか。
「…ないな。」
 百貨店じゃあるまいし、そんな簡単に地図が落ちているとも思えない。
ならばとにかく走るしかないだろう。
城のおおよその形と、魔王と勇者が戦う謁見の間の位置はわかっている。
ならばそれをイメージしながら走るだけだ。
幸い方向音痴な方ではない。
 そのまま走り続けること数分。
思った通りの場所に、思った通りの部屋があった。
そのまま勢いを止めず、体当りするようにして部屋に飛び込む。
ここまで来て部下にも「魔王」にも出会わないのなら。
まだ戦闘中の可能性もあるのだ。
「…おいっ!」
 なんと声をかけていいのかわからず。
部屋の中を確認する前に、とにかくそう呼びかけた。
転がった身体をなんとか止めてその場に這いつくばるようにして顔をあげる。
そこでみたものは、予想外の光景だった。
「…貴様。」
 部下の声が聞こえた。
呼び方が「お前」から「貴様」になっている気がする。
「勇者なら勇者とさっさと言え、馬鹿者っ!」
 怒られた。
「ほら、貴様もこっちに来て座れ!」
 首根っこを捕まれ引きずられる。
そのまま「勇者」が正座している横に捨てられた。
そう、「勇者」。
つまり魔王は謁見の間で正座させられていたのだ。
「なにやってんだよ、お前…。」
 思わず呟いた。
「いや、その…適当にやりすごしてお前さんのところに走ろうとおもったんじゃがのう。
一発でバレてしまってなぁ。」
「うん、その口調隠す気ねえだろ。」
 完全に以前の自分としゃべり方が違う。
それに部下は魔王のことをよく知っているのだ。
これでバレないと思っている方がどうかしているだろう。
「それで今は…。」
「お説教タイムです。」
 魔王の言葉を引き継いで部下が言う。
「そもそも!」
 視線は勇者に向けられていた。
「貴様が最初から勇者だと名乗っていればさっさと勇者を連れてくいれば住む話だったのだ!」
 もっともな理屈である。
勇者であれば、確かにほかの民間人より探しやすいだろう。
「いやでも…魔王がバレちゃいかんって言ってたし…。
バレたら殺されるかなって…。」
 はぁ、と大きなため息をつかれた。
馬鹿にするな、というような顔をしている。
「殺すわけないだろう…。
殺すなら貴様が何者であろうとさっさと殺している。」
 それはそうかもしれないが。
魔王軍にとって「勇者」はその程度の扱いなのだろうか。
「そもそも!
魔王さまが最初から私に連絡してくれればよかったのではないですか!」
 確かに、魔王側ならその辺りの事情はすべて知っているはずである。
なら部下に連絡をとっても勇者の身が安全なことはわかったのではないか。
そう思い、横をチラッと見た。
「自分」はこんな顔ができるのか、と思う。
それくらいにとぼけた顔だった。
「また貴方は遊ぼうと…!」
「いや、だって、お前に連絡したら…ちょっとした息抜きもできんしのう…?」
 どうやら確信犯だったらしい。
「お前、お前のせいじゃないか!」
 思わず「勇者」の襟元を掴んでガクガクと揺さぶる勇者である。
「何を言う、そもそもこの魔法はお前さんが使うたんじゃろう。」
「ぐ…。」
 それはそうであるが。
だがこうなることは予想外の結末である。
「ともかく、一旦戻りましょう。
魔王さま、この魔法は魔王さまが以前作ったものですよね?」
「え?」
 この魔法は勇者が。
正確には、知り合いの僧侶が古文書から拾ってきたものである。
もちろん古文書である以上さらにその前があるのだろうけれど。
「あーんー、5世代くらい前?に作ったと思う。」
「5世代…前?」
 訳がわからない、という表情の勇者に部下がしぶしぶ口を開く。
「人間たちの間では魔王さまが倒されて、世代交代…と言われてると思うが。
正確には、魔王さまの脱皮で世代が変わっている。」
「お前ら脱皮すんの!?」
 そもそも竜人がどういう生態かも知らない。
あまり身近にいる種族ではないのだ。
「蛇みたいにずるっと抜けるわけじゃないぞ。
古い鱗を脱ぎ捨てる感覚に近い。」
 そうは言われても鱗を持たない勇者にはその感覚はわからない。
このまま「魔王」で生きていけばいずれわかるのかもしれないが。
「で、解除方法はどうするんです?」
 話は終わりだ、というように視線を魔王に戻す部下。
それを受けて魔王は再び考えた表情をして。
「えっと確か…死ぬ。」
「死ねるかっ!」
 勇者は思わず魔王の頭を殴った。
「いやいや、ホントなんじゃよ。
肉体と魂を分離させることで、その後の蘇生の際に自動的に本来の肉体に戻るというか。」
「そう都合よく蘇生とかできるわけ無いだろう!バカにすんな!」
 いかに勇者といえど、死ねばそれまで。
命はひとつしかないのである。
「できますよ、蘇生。
私達は、ですけど。」
 思わず魔王の首を絞める勇者の手を、静かに、かつ力強く引き剥がす部下。
「え、お前ら死なないの…?」
 あまり具体的に考えたことはないが、殺すつもりで戦ってきた相手である。
そう考えると何故今はこんなに普通に会話してるのかわからないが。
「死にませんよ。
下級モンスターはともかく、私達くらいになると怪我だろうが寿命だろが死にません。」
「ええええぇぇぇぇ…。」
 思わずその場に崩れ落ちる勇者。
これまで頑張ってきたことがすべて無駄だった気がしたのだ。
「あ、ご心配なく。
建前上は死んだことにしてしばらくおとなしくなりますから。」
「それはどう反応すればいいんだよ…。」
 決して嬉しい情報ではない。
「ふむ、ワシだけが死んでもしょうがないしのう…。
かといって勇者が死ぬのも寝覚めが悪いし…。」
 そう言って腕組みをしてみせる「勇者」。
改めて考えれば、ずいぶんと久しぶりに感じる自分の肉体である。
勇者は思わず手を触れた。
「俺の身体ってこうなってんのか…。
やっぱハンサムだな…。」
「お前さん、状況わかっておるか…?」
 呆れたように魔王がつぶやく。
だが触ってくる手を止める様子もない。
自分の身体だと思って遠慮会釈なく触っていく勇者。
「そうだ。」
 その様子を見て部下がポンと手を打った。
「こんな話を知っていますか?」
 「勇者」と「魔王」が併せて目を向ける。
その視線を受けて部下は諭すように言う。
「オーガズムのことを『小さな死』と言うそうですよ?」




 どさり、とベッドの上に転がされる勇者。
「待て待て待て!
本気か、ホントにするのか!」
 その上にのしかかってくる魔王…。
といえばまだ納得できる絵面ではあるが。
実際のところは「勇者」に押し倒される「魔王」の図である。
魔王の部下が不満気な顔をするのもしょうがないだろう。
「今は試せるものは試すべきじゃろう?」
 そういってニヤリとした笑いを浮かべる「勇者」の顔。
どう見ても楽しんでいる顔である。
だが当の勇者本人は決して同性愛者ではない。
「俺はホモじゃねえよ!
その理屈ならオナニーで十分だろうが!」
 ぐい、と迫ってくる自分の顔をおしやる。
だが相手はその手をぐっと掴んだ。
「だがそれではタイミングを合わせられんだろう。
実際に死ぬわけではない以上、二人同時でないと意味が無いぞ。」
 再び近づけられる黒い鼻先。
正直頭突きでも、と思う勇者であるが、自分の身体を傷つけるだけなのでなんとも難しい話である。
「セックスしたって一緒だろうが!」
「いやいや、任せておけ。
ワシはワシの身体を素晴らしいタイミングでイかせる自身があるぞ。」
 そこまで押されるともはや言葉での反論は思いつかない。
だがそれでも拒否の意思だけは示したいと、力での抵抗を続ける。
「先程私の腕の中で散々乱れたじゃあないか。
もう一回くらいいいだろう。」
 呆れたように、部下が言い捨てた。
その言葉に、虎の耳がピンと動く。
「なんじゃ、ワシより先に味見したのか。」
「知らなかったんですよ、勇者だなんて。」
 知っていたら手を出さなかった、とでもいいたげな口ぶりである。
「あ、あれはこの身体がスケベだからしょうがない…」
「なら今回もしょうがないと思って諦めろ!」
 魔王の手がズルリと、服の下に滑りこんできた。
勇者がそれに気づいて腕を掴む前に。
その手は的確に滑り落ち、脚の間にある割れ目に指をひっかけた。
「ひっ!」
 それだけで簡単に全身の力が抜けていく勇者。
「や、やめ…!」
 抵抗しようにも、指は一気に二本侵入してきている。
その指がばらばらに動くたびに、全身がびくびくと震えてしまうのだ。
「ほれほれ、ここが感じるんじゃろう?」
 「勇者」の虎の顔は、いっきにスケベオヤジのものとなる。
勇者自身スケベなのは認めるが、ここまでいやらしい顔をするとは思っていなかった。
これではまるで別人の顔である。
「んんっ…!」
 反論したいが、口を開けば喘ぎ声が出そうになる。
手足を動かそうにも、襲い来る快感に自由に動くことすら出来ない。
そうなれば耐えることしかできないが、その選択はこの場合ジリ貧である。
「せ、せめて…二人で…。」
 ちらりと視線を部下に送る。
既に抱かれた相手とはいえ、セックスの場面を他人に見られたくなどない。
当然のようにこの場にいる部下が退室してくれれば、と思ったのだが。
「なんじゃ、淫乱なやつじゃのう。
ほれセベク、こっちに来い。」
 虎が部下に向かって手招きをする。
「二人がかりがいいとは、口の割には随分と淫乱ですねえ。」
 ぶるぶると勇者は首を振った。
言いたかったのは「自分と魔王の二人だけにしてくれ」だ。
決して「自分を魔王と部下の二人で襲ってくれ」ではない。
「まあワシの身体じゃからな。」
 そう言って「勇者」は笑う。
まるで勇者の身体が淫乱かのような口ぶりである。
もうどこから反論していいのか、勇者にはわからなかった。
だが、何一つ口にできていない。
「ん、むむむっ…!」
 既に口の中には部下の舌が滑りこんできているのだ。
必死でそれに抵抗しようとするが、腕は部下に、頭は魔王に抑えこまれている。
それは望んでもいない二人からの責めだった。
「さて、ワシの身体ならやはりここじゃろうなあ。」
 大きく盛り上がった胸に、魔王はゆっくりと舌を這わせてきた。
今胸の上を踊る「勇者」の舌は虎のそれであるために、ざらりとした強い刺激が襲ってくる。
強い刺激に身体を強く跳ねさせるが、それだけである。
腕は部下に掴まれているし、脚は魔王の身体で抑えこまれているのだ。
せいぜいが自ら腰を突き上げるくらいである。
だがそれは同時に。
「ふうううんんんっ!」
 自らの奥深くに、魔王の指を迎え入れる行為であった。
既に侵入していた魔王の指が、ぐちゃ、と音を立てる。
どうやら気づかない内に勇者の、「魔王」の割れ目は多量の体液を分泌しているようだった。
簡単に受け入れる準備が出来上がっているのである。
「や、やめろっ!」
 必死で口を離し、勇者は叫ぶ。
「そう言うな、ここらがええじゃろ?」
 橙色の無骨な手が、大きく張り出した胸をがっしりと掴む。
その刺激すら、心地よかった。
悔しくても、恥ずかしくても、それだけは認めざるを得なかった。
既にこの身体で快感を感じるのは二度目である。
それが故に、もはや否定はできないのだ。
これは間違いなく快感であると、脳が受け入れてしまう。
「返事もできないみたいですね。
やはり魔王さまの身体は淫乱でいらっしゃる。」
 部下は嬉しそうに首筋を舐めあげてくる。
「んあああっ!」
 そのまま長い舌は耳の中に侵入してきた。
勇者は必死に首を振って逃げるが、噛み付かれるようにして頭の動きが押さえ込まれる。
「ああ、ひいっ!」
 強い刺激に、喉が焼けるほどに声があふれる。
それでも身体は知っていた。
この刺激はまだ上があるのだと。
それでも、既に狂いそうな程に快感を感じてしまっている。
だったらいっそ、このまま一気に攻め上げて欲しかった。
「ほう、自ら脚を開いたのう?」
 嬉しそうな「自分」の声が聞こえた。
言葉は魔王のものだが、その言葉を出す喉は「勇者」のモノ。
だからその声は完全に自分のものだ。
自分の声で、自分の動きを説明される。
それも浅ましい快感を欲する姿をだ。
「ちがっ…!」
 とっさに否定する。
「何が違う、股を開いて自ら腰をふっておったじゃろう。
ん、まだ物足りんか?」
「嫌だ嫌だと言いながら、すっかり味をしめて…。
本当に浅ましい『勇者』だな。」
 二人が順番に勇者をあざ笑う。
部下に抱かれた時は、身体のせいだと自分に言い聞かせた。
だが今はそうではなく。
勇者自身が浅ましいのだと責め立てられている。
「か、身体がっ、いうことを、き、きかなっ…!」
 息も絶え絶えに弁解をする。
たとえ今快感に飲まれるのだとしても。
それだけはしっかりと主張しておきたいのだ。
「だが魔王さまは、本当に大事なときは私がどれだけ責めても感じすらしないぞ?」
「ワシはもう少しコントロールできているかのう…。」
 だがそれすらも二人は折りにくる。
身体ではなく、精神が淫乱なのだと突きつけてくる。
「嘘だ、嘘だっ、ああ、ああああっ!」
 必死で否定する勇者をあざ笑うかのように。
「勇者」の指が勇者の中で踊る。
そして押し出されるように、大きくはじけ出る肉の塊。
「よしよし、すぐに感じさせてやるからの。」
 嬉しそうに笑う虎の顔。
それは決して自分の表情ではなかった。
そのまま、顔はすっと股間へと近づいていく。
「や、やめろ、やめろ、頼むからっ!」
 何をされるかはすぐに分かった。
おそらくあの口で、しゃぶりあげられるのだろう。
だが勇者は童貞だったのである。
性器をしゃぶられるのはもちろん、「口」でしゃぶるのも初めてなのだ。
「やめろおおおおおおっ!」
 だが虎は淫乱な笑みを浮かべて。
大きく口を開いてむしゃぶりついた。
「ああああああっ!」
 強すぎる刺激に、勇者は全身をこわばらせて大きくのけぞった。
猫科のざらついた舌が、竜人の尖った男根に巻きつけられる。
自身を肉の中に埋めるのが初めてなのである。
その口内の温度に、自らの肉が溶けるのではないかとさえ思えた。
「ふぁ、ん、んん…。」
 抑え切れぬ大きな声を塞ぐように、部下に口付けられる。
あの時のように、初めてを捨てた時のように。
勇者は自ら舌を絡めていった。
それに気づいた部下は薄い笑みを目元に浮かべる。
「どうです、魔王さま。
自らの肉棒の味は?」
 口を離し、嬉しそうに問う部下。
もはや勇者には抵抗の気力がないことを知ったのだ。
「うむ、さすが『魔王』。
ワシの先走りはこんな味をしておったんじゃなあ。」
 自らの権力と、その力をふるい様々な男を喰ってきた魔王であるが。
さすがに「自分」を抱くのは今回が初めてである。
勇者の反応も面白いが、それよりも「自分を抱く」というシチュエーションを存分に楽しんでいた。
「ひぃっ、ああ、すご、すごい!熱い!」
 首を振り、必死で快感に耐える勇者。
もう取り繕う余裕もない。
だがもはやその動きは魔王にも部下にも興味を持たれていなかった。
「すごい、溶ける、ちんぽの先から溶けるっ!」
 自ら腰を振り上げ、勇者は自らの口を堪能する。
何度となく女性の中を想像しながら自らを慰めてきた勇者。
だが今こうして知った自分の口の柔らかさは、その想像よりもずっと心地よいものだった。
「ほら、そんなに気持ちいいなら私のもしてもらおうか。」
 ぐい、と目の前に肉色の塊がつきつけられた。
生臭い匂いが鼻につく。
だが同時に嗅ぎ慣れたその匂い。
勇者は戸惑いながら口を開き、それを頬張った。
「ふ、んっ…。」
「おお…初めてにしては上手いな。
いや、初めてではないか。」
 部下は「魔王」の口を堪能する。
敵である勇者に咥えさせていることも、敬愛する「魔王」を汚していることも。
どちらも部下にとっての興奮材料になっていた。
 口を出入りする肉塊と、自らの口を汚す快感。
勇者もまた上下からの、そして幾重もの「初めて」を失って。
初めて部下に抱かれた時のように。
ただ快楽をむさぼることしか出来ていなかった。
「ふたりとも、楽しそうじゃな。
ではそろそろワシも…。」
 「魔王」の股間から顔を離した「勇者」。
そして自らの股間を弄り、大きく肥大した肉棒を取り出した。
それはまさに剛直と呼ぶにふさわしいサイズで。
この場の誰よりも、大きな男根であった。
「おい、まさか…。」
 その様子を見て、勇者は我に返る。
口を汚すのも汚されるのも、部下に抱かれるのも最後には割り切れた。
それは本当の初めてが。
つまり童貞そのものがまだ保たれていたからである。
自らの肉を誰かに埋める。
その行為自体が行われていなかったからこその安心だったのだ。
「ほら、休むな。」
 再び部下のモノが口にねじ込まれる。
「んん、んうううっ!!」
 大きく叫び抵抗するが、既に遅い。
口には竿をねじ込まれ、腕は抑えこまれ。
そして「勇者」に脚を抱え込まれている。
すでに「魔王」の割れ目は体液で溢れており、肉塊を迎え入れる準備は万端だ。
「ほれ、自分の童貞を自分で散らしておけ。」
 先端が割れ目に触れた。
それだけでくちゅ、とやわらかな音が響く。
そしてそのまま。
「ああああっ!」
 熱い塊が自らを割っていくのがわかった。
「おおおおお、この柔らかさ、たまらんの…。」
 虎が目を細め、快感をむさぼる。
絡みつくような「魔王」の肉ヒダ。
その快感に魔王はゆっくりと腰を振り始める。
「ひっ、あっ。」
 腰が前後するたびに、ぐちゃ、ぐちゃと濡れた音が響く。
自らの内部を「勇者」の暴力的とすら言える男根が擦り上げていき。
その感覚に、勇者は再び押し上げられていく。
大きくのけぞり、再び快感に浸る。
そんな彼の目に飛び込んできたのは、部下と「勇者」のくちづけだった。
それを目にして、なぜだか涙があふれた。
もはや引き返せない所まで来たのだと思い知らされた。
 部下は口を離し、そのまま身体を倒して「魔王」の肉を口に含む。
部下の目の前で、「勇者」が「魔王」を犯していた。
何度も出入りするその肉を見ながら、勇者に奉仕してやる。
「あ、ダメ、ダメだ!
犯されて、しゃぶられて、すぐに、すぐに出ちまう!!」
 叫び声に、部下は口をすぐに離す。
そんな簡単にいかせるわけにはいかないのだ。
「あ、でも、あっ!
俺のちんぽが、あああああああああっ!
でる、出る、出るっ!!」
 それでも魔王の腰の動きは止まらずに。
そのまま、突き上げられうようにして、「魔王」の精液が飛び散った。
犯されるだけで果ててしまったのだ。
部下に犯され「自分」に犯され、もはや勇者は抱かれる快感だけで達することを完全に覚えてしまっていた。
「なんじゃ、早いのう…。
まあ初物ならしょうがないか。」
 魔王が少し残念そうに言う。
「魔王さまの身体は敏感ですからね。
彼には厳しいかもしれませんが。」
 言いながら、部下は勇者の体を支えて起こす。
勇者と魔王が、挿入したまま対面で座る形になる。
そのまま部下は力で強引に勇者の尻を持ち上げた。
「おじゃましますよ…。」
 言いながら、彼は勇者の尻に自らの肉棒をあてがう。
一瞬身体が強張るが、もはや抵抗はできない。
それも快感になるであろうことを知っているからだ。
 勇者は自ら魔王の首に腕を絡ませる。
長い髭がふわりと舞った。
「はあああ…。」
 ゆっくりと自ら腰を下ろしていき。
部下の肉を、勇者は自らの尻で受け入れた。
「おうおう、初めてで二本差しか。
淫乱な勇者もいたもんじゃなあ。」
 虎は本当に嬉しそうに言う。
「勇者よ、名をなんという?」
 ぐいと抱き寄せられ、耳元で囁かれた。
それは自分がしっているよりも随分と低い自分の声。
「ゴ…ゴードン…。」
「ゴードンか、良い名じゃ。
ワシはダハク。
好きに呼ぶと良いぞ。」
 そのまま優しく口付けられた。
激しく突き上げられる後ろと、ゆっくりとかき回される前の刺激。
そして耳元で甘くささやかれる自らの名前。
「ゴードン、可愛いぞ。」
 その言葉が嬉しくて、魔王にから見つけた腕に力を込める。
「ダハク、もっと、もっと…。」
 自らねだるように腰をくねらせる。
感じる場所を探し、そこに「自分」の肉棒をこすりつける。
それをするだけで、脳髄がしびれるような快感を味わえた。
「ほら、淫乱勇者。
こっちもしっかりと味わえよ。」
 後ろから、激しく突き上げられる。
だがそれも心地よかった。
「あっ、後ろ、後ろも気持ちいい!」
 自分がもはやただの淫乱であることはよくわかっていた。
身体のせいにできないことも、認めざるを得なかった。
魔王はいつものように振舞っている。
それができない勇者は、快感に負けているということなのだ。
「ダハク、俺、また、イき、そうだ…。」
 息も切れ切れに勇者はつぶやく。
それに対して魔王はうっすらと笑みを浮かべて。
「そうか、ならワシもそろそろ中にだしてやろうか。」
 魔王の言葉に勇者は頷く。
自らの。
「魔王」の体内に、「勇者」の精を受けるために。
彼らはゆっくりと腰を擦りつけ合う。
「あっ、んんん、すご、あっ!あっ!」
 強い快感に勇者は喘ぐ。
突き上げられる衝撃と、ねっとりと攻め上げられる快感に、勇者はあっという間に上り詰めていく。
「あ、気持ちい、ダハク、ダハク、ダハク!
い、イく、イく!イく!」
 「自分」の背中に手を回す。
勇者の顔で勇者の身体で。
そして、魔王の名前。
「おう、ワシも、出るぞ!
ゴードン、しっかり感じろよ!」
 ぐっと「魔王」の中で大きく膨らむ「勇者」の男根。
「自分」の男根が自分の中で跳ねまわるのを感じて。
「あああああああああっ!
出る、出る、出る!!!」
 そのまま勇者は「魔王」の肉から、大量の白濁を撒き散らすのだった。




「うーむ、戻るもんじゃのう。」
 感覚を確かめるように、魔王が「魔王」の手を握り、開く。
目論見通りセックス後の軽い失神で二人は無事に元の身体に戻っていた。
本当なら喜ぶべきだが、勇者はその疲労感からその場にぐったりと倒れこんでいる。
「くそ…。」
 本来なら敵であるはずの魔王とその部下の前で、全裸で横たわる勇者。
少し前までは考えられなかった事態である。
もっとも童貞を奪われた相手がその魔王なのだから、いまさらといえばいまさらだろう。
「さて、魔王さま。
改めて仕事してもらいましょうか。」
 部下が嬉しそうに微笑む。
彼にとってはようやく主が帰ってきたのである。
喜ぶのも当然といえば当然だろう。
「あ、いや…ワシはほれ、まだ本調子ではないしの…?」
 だが魔王の方は及び腰である。
夏休みが終わった小学生が、現実を受け入れられないような顔である。
「それにほれ、こ奴を送ってやらねば…。」
 その場で倒れ伏した勇者を抱え起こし、隠れるようにその後ろに入り込む魔王。
その途端に、部下の目が急に釣り上がる。
「勇者なんてその辺に放り出しておけばいいでしょう!
それだけいい体なら放っておいても男の方から寄ってきます!」
「いや、俺は女が寄ってきて欲しいんだがな…。」
 そういう勇者の人生において、女性がよってきたことは一度もない。
彼の人生に登場する女性といえば、母親と立ち寄った店の店員くらいのものである。
「そもそも俺は聖竜の加護使えばセーブポイントに戻れるんだぜ。」
「あ、それもうないぞ。」
 タイミングを見てさっさと帰ろうと思っていた勇者だが、あっさりとそれは覆された。
「え、ないって…?」
「勇者の証である聖竜の加護は、童貞にしかかからん魔法じゃからの。
先ほど童貞をすてたお前さんはもう勇者たりえんということじゃよ。」
 その言葉に慌てて自らの手の甲を見る勇者。
しかし、そこにあるはずの印は確かに消え去っていた。
「な、なんでだよ!」
「聖竜は童貞好きじゃったからなあ…。」
 妙に感慨深げにつぶやく魔王。
「まあ安心せい、ワシがちゃんと魔法で送り届けてやる。」
 別に帰る手段がなくて困っていたわけではない。
勇者という立場がひっくり返ることが問題なのだ。
「その代わりと言うわけではないが…もうしばらく勇者のフリを続けてくれるとワシらもやりやすいんじゃが。」
 今までは「フリ」ではなかったのだが。
そこはわざわざつっこむ必要もないだろう。
「なんでだよ…。」
「私達にとって、貴様たち人間種からは『魔王や魔族は敵だ』と思ってくれたほうがいい。
だがさらに言うなら、貴様のようにこちらの事情もある程度わかってくれたほうがやりやすい、ということだ。
無駄に戦闘するよりも、戦闘したということにできたほうが互いに楽だろう?」
 勇者の言葉には、部下が答えた。
つまり戦争状態を維持しながらも、勇者との直接対決は避けたいということだろう。
確かに魔族が獣人や人間たちを滅ぼしたいというわけではないのならその理屈はわかる。
「なに、その時はケツの処女も散らしてやるからの。」
 さわ、と優しく尻が撫でられる。
ぞくぞくとした感覚が勇者の背筋を駆け上った。
「や、やめろ!
ケツ使う気はねえよ!」
 必死に魔王の手から逃れる勇者。
そのあたりに脱ぎ散らかしてあった自らの衣服を拾い上げ、袖を通していく。
「とりあえず、その辺の話は考えてやる!
今はゆっくりしてえんだ、返してくれるならさっさと送ってくれ。」
 不躾な言葉であるが、半分は照れ隠しである。
それがわかっているのか、魔王も笑いながら軽く手を振って。
同時に、勇者の視界は真っ暗になった。




「それで、勇者はまた来ると思います?」
 勇者がいなくなった直後。
部下は呆れたように口を開く。
もはや聞くまでもない質問なのだ。
「まあ当然くるじゃろ。
ワシが入っとる間に尻の開発はすませておいたからの。
疼いてたまらなんようになったら、何かと理由をつけて顔をだすわい。」
 その時は一昼夜かけて犯してやろう、と。
魔王はいかにも魔王といった顔で笑うのであった。