閑話02




「む…。」
 ガイアの小さな呻きが背後から聞こえてきた。
彼の元に歩み寄り、その手元を覗き込んでみる。
他のページと明らかにつくりの違う1ページ。
ガイアの肩に手を置いて、身長差を補うために必死で背伸びをしながら中身に目を通す。
「…。」
 自分で自分の顔が歪むのがわかった。
ガイアは顔色一つ変えることなく、そのページを本から切り離す。
僕の表情に気付いたのか、ガイアは苦笑するように顔をゆがめた。
「まだ、不満か?」
 明らかに存在した性描写のことを言っているのだろう。
まあ事実その部分に引っかかっているんだけれど。
「不満というか…まだ二回だけどさ。
連続でこうも描写があるとちょっと…。」
 手の中のページを丸めながらガイアは頷く。
そのページは先ほどと同じように光の珠になり宙を舞う。
「人間の記録は性の記録さ。
性があるから歴史はつむがれる。」
 その言葉に僕は少し考える。
確かに本屋に行けば世界史だろうと日本史だろうと、
歴史を性の観点から見た本は大量にある。
実際そこに向けられる人間のエネルギーはおそらく最大であろうし、
それがあるからこそこうやって子孫ができ繁栄してきたのだろうことは僕にだって分かる。
それにしたって。
「わざわざそういう部分ピックアップして読むのはなあ…。
オナニーする時とかなら分かるけどさ。」
 その言葉にガイアは声を上げて笑った。
「僕だって性欲がないわけじゃないから理解できないとは言わないけれど。
これ実際に生活してる人たちの記録なんでしょ?
なんか覗いてるみたいで…。」
 その言葉にガイアは振り返り、僕の頭にポンと手を置いた。
そのままわしわしと僕の頭をなでる。
…さっきの中身見て覚えたんだろうか。
「まあ『世界』を割ってしまったのはこちらの不手際とはいえ、
このままでは向こうじゃ生活もままならないんだ。
少しくらいは覗いたって誰も怒らんさ。」
 そういうもんかなあ…。
と、呟きかけて今の言葉が僕のためだけの言葉であることに気付く。
わざわざ僕のために論理付けて気分を軽くしてくれたんだろう。
まあ、そういうことにしとこうかな…。
 ガイアの手から光が『世界』へと返っていく。
そこでふと気がついた。
「ねえガイア。」
「ん?」
 僕の言葉にガイアが不思議そうに振り返った。
口に出す前に改めて少し考えてみる。
性描写を恥ずかしがらないこと。
『世界』の守護者であること。
性欲と歴史の関連を客観的に絡めていく視点。
ガイアという、『世界』と同じ名前。
そういう性格といってしまえばそれまでかもしれないけど。
「ひょっとして、ガイアって性欲ないの?」
 その言葉に彼は驚いたような表情を浮かべた。
あたったのか外れたのか。
どっちだろう…。
「よくわかったなあ…。
まあないわけじゃないけど、必要ないしな。
わざわざ呼び起こしたりしたことはない。」
 その言い回しに僕は眉をひそめた。
呼び起こすってことは…一応奥底にあるってことだよなあ。
「お前の想像通り、俺は子供を作らないからセックスの必要がない。
つまり性欲を持つ必要がないんだ。」
 さも当然のように言ってみせる。
でもさっき彼自身が言ったように性欲は歴史や人間を見るうえで重要なファクターだ。
それがつまり「ないわけじゃない」ってことだろう。
理解できるようにもってはいる。
でも働かせる必要はない。
「肉体的な機能はあるし、試したことくらいはあるけどな。」
 そういってズボンの前を引っ張り中を覗き込んで見せる。
思わず僕もそこを覗き込んだ。
「うわあ…。」
 意図せずに口から声が漏れた。
その声を聞いてガイアはにやりと笑ってみせる。
「さ、続きを探すぞ。」
 そういってガイアは再び本を拾い上げて部屋の旅に出る。
僕もそれに倣って本を拾い上げた。
先ほどの質問で、僕の中の仮説がいくつか固まった。
でも今はまだいいだろう。
そこまで慌てることもない。
また休憩になる時までは作業に没頭しよう。
そう―――

次の物語に出会うまで。