蒼い風が吹き抜けた。
それは少し照れた顔で会釈すると、自由に行間を跳び回り、ふわりと空に帰っていった。
私の心には微笑みと懐かしさが残った。それと少しだけの嫉妬。

今作は作者久しぶりのMMOをテーマにした2次創作小説である。
久しぶりというのは、8年ほど前ににネオスチームというMMOをテーマにした作品「蒸気戦争異聞」という作品を出しているのである。
当時、私も一介の作者のファンとして蒸気戦争異聞を読み耽ったものだ。
お話のあらすじとしては、青い毛並みの犬獣人ボルシチが傭兵団に入団したことからはじまるドタバタコメディのようなものだ。
ボルシチは様々な人達と出会い、話をして、問題を乗り越え成長していく。
各話スタイルで進行する物語は、共同執筆者の聡哲氏のピリリとしたお話と、葦乃親兵衛さんの鮮やかなイラストが合わさる事で、日曜アニメ劇場か、朝の連続TVドラマもかくやといわんばかりに、物語の大きな流れに読者を引き込んでいく。
2次創作の範疇に止まらないこの本は、ネオスチームを知らない人にも是非オススメしたい。
いまなら確かデジタル盤が販売されているのではなかろうか。

http://righthand.von.jp/tuhan.html

そんな素敵な作品を読んでいる私は、このレインキャッチャーに踊る影を読んだ時に、またあの蒼い獣人に出会えた思いだった。
(実際に彼は作中に登場しているのであるが、そういった意味ではない)

気持ちの良い風が草原を吹き抜けるように、物語は進んでゆく、よどみなく、言葉達が行間を駆け抜ける。
物語を読んでいるのではない。
私達はその風に乗ってふわりと空を飛びながら、主人公が駆け巡る東ラノシアの風景とそこに住む人々との会話を楽しめばいい。
なんと心地よい冒険譚だろう。

ここ数年。作者は様々な作品を書いていた。
それは学園物や、恋愛物など多岐にわたる。
そして数年ぶり、再びの冒険物である。
円熟した彼の創作力は留まることを知らず、語られる言葉は生命が満ちている。
そう彼は生命を生み出すのだ。
べつに彼がネクロマンサーというわけではない。あえて職業に例えるならばどちらかといえば、ゴーレムマスターに近い。

キャラクターがいる。
それは動くし、しゃべる。
だが彼が文字を刻めばそれは生き生きと動き出し、そのキャラクターの生命が溢れる。
数行程度の登場キャラ、名もなき通行人、そんな些細なキャラクター達でさえ躍動を始める。
よく著名な作家はキャラクターが勝手に動きだしていくと言うが、おそらく彼もその類の能力者なのだろう。
生命を吹き込まれたキャラクター達が、泣き笑い驚く様を、きっと彼は自分も楽しみながら書き出している。
そこに堅苦しい教訓や訓戒などはない。
ただあるだけの物語に、読者が勝手に意味をつけて、勝手に救われるだけなのだ。(そして勝手にファンになる。)
つまるところ、私は彼の生み出すそのあるだけの物語のファンなのだ。

あるだけの物語というは想像以上に大変だ。ただ書いているだけでは、読者は飽きてしまう。飽きないし面白い、ただあるだけの物語を成立させるにはどうしたらいいか。
作者自身も語っているが、「文章のリズム」という物の役割が非常に大きい。
彼の一節一節は、声なき音読におけるブレスを意識している。
また、私が思うに「キャラクターの魅力」も大いにあると思う。先程も述べたが、顔の無いNPCがいないのである。
これは大変な事だ。
彼の頭の中には物語毎に精度の高い世界が構築されている。
それを成り立たせているのは、他人の心への機微と許容であろう。
自分の中に他人の心を反映して受け入れる。
そうする事で様々なキャラクターを生み出し、それが魅力的に動きだす。
もはや、神の所業である。

是非、彼の天賦の才能を体感してほしい。
ここ、「左手に告げるなかれ」は、彼の始まりの地だと私は勝手に思っている。
エロスだけではない、キャラクター達の魅力が詰まった作品群。
生命に至る光の原石がゴロゴロと転がっている。

正直に言って、私は作者のこの才能に嫉妬している。
しかし、嫉妬しても仕方がない。私は私。彼は彼。
私は私のカードで遊び。彼は彼のカードで遊ぶ。(勿論、私だけのカードもある)
そして彼は常に創作に向き合っている。
その中には望むとも、望まざるともいえない創作もあっただろう。
しかし、そんな彼の経験が本作を産んだのだ。
レインキャッチャーに踊る影。
この何気ない蒼い風に乗って、彼の活動が生命の輝きに満ちたものでありますように、私はそう願っている。

最後に、このような突発的な提案に乗ってくれた皆様にお礼を述べたい。
AKIRAさん、ガーガさん、虎造さん、三木瓶太さん、聡哲さん。
本当にありがとう。心の栄養をいただきました。

そして、この作品群と講評まで読んでいただいた酔狂な読者様、もしくは光の戦士様。
お付き合いいただき、ありがとうございました。
あなたの心の栄養になれれば幸いです。

トシ