引越し話


「よいしょ。」
 俺は最後の荷物を軽トラに積み込むとそのまま荷台に上った。
大きな荷物を持ったランスが後に続く。
俺たち二人が乗り込んだのを確認して軽トラは出発した。
荷物に囲まれるようにして身を隠した俺たちは肩を並べて二人で夜空を見上げる。
「なんか…夜逃げしてるみたいだなあ…。」
 俺の言葉にランスが小さく笑った。
文句を言おうかと口を開きかけ、やめた。
ランスの肩にもたれかかりそっと目を閉じる。
この世界にはいないはずの虎獣人。
そんな彼のやわらかい毛皮が俺の頬をなで、
洗い立てのシャンプーの香りが俺の鼻をくすぐる。
思わず俺は赤面してしまう。
「向こうでも一緒の部屋がいいな…。」
 ずっと言いたかった一言が俺の口から発せられた。
いいたくても、なんだか気恥ずかしくてずっといえなかったのだ。
「なんだ、そんなことを気にしてたのか?」
 ランスが意外そうな顔で俺の顔を覗き込んだ。
「だ、だって…。
部屋数多いみたいだし、ランスは体大きいから広い場所がいいかな、って…。
え、遠慮した方がいいかなってかんがんぐっ!」
 大きな縦ゆれが俺たちを襲った。
舌噛んだ!
舌噛んだ!!
舌噛んだ!!!
痛みに転げまわる俺をランスの大きな手が捉えた。
そのまま俺を強く抱きしめた。
俺も無言でランスに抱きつく。
それだけで、舌の痛みは感じなくなっていた。

 


 やがて軽トラのゆれが激しくなる。
どうやら山道に入ったらしい。
肌に感じる空気もずいぶんと冷たいものになってきていた。
隣でランスが大きく伸びをした。
やっぱりずっと俺の部屋だけじゃ窮屈だったんだな、と改めて思った。
引越ししてよかったと、俺は早くも感じていた。
キッ、と音がして車が止まった。
「ついたよ。」
 運転席のドアが開く音に続いて風花の声が聞こえた。
俺たちは立ち上がり荷台からおりると荷物を抱えた。
「さ、こっち。」
 小さい荷物を抱えてくれた風花はそういって家の中に入っていった。
俺も荷物を抱えると慌てて後に続く。
さらにその後を大量の荷物を抱えたランスが続いた。
 前の家で使っていた家具は備え付けのものだったので引越しと言っても
荷物といえば衣服と食器、それにゲームなどの電化製品くらいだ。
俺たち三人で荷物運びは事足りた。
 縁側沿いの廊下をしばらく歩き、風花は立ち止まった。
「二人の部屋はここね。
好きに使っていいから。」
 足で障子をあけながら風花はそう言った。
中に入り端のほうに荷物を降ろす。
「お布団は押入れに入ってるから。」
 淡々と説明を済ませて風花は部屋から立ち去ろうとした。
「ふ、風花…。
俺たち二人で、一部屋?」
 俺の言葉を聴いて風花は理解に苦しむ、といった顔で振り返った。
その表情に思わず俺は一歩後ろにあとずさる。
「別の部屋がいいわけ?」
「いや、やはり同じ部屋がいいな。」
 風花の問いにランスが答えた。
大きな荷物が崩れないように注意してそれらをおろすとそっと後ろから俺を抱きしめた。
風花の手前ということもあり、思わず顔を赤らめる。
それを見た風花は小さく微笑むと障子を閉めた。
「ところで、ベッドはないのか…?」
 部屋の中を見回しながらランスはつぶやいた。
そうか、ランスはベッド以外で寝たことがないのか。
「この国の文化では、もともとベッドはなくて床に直接布団をひいて寝るんだよ。
この床にあるのが畳っていうの。」
 ほお、といいながらランスは興味深げに畳を撫でている。
それを見ながら俺は押入れから布団をひっぱりだした。
「布団、一組でいいよね…。」
 その言葉と、ランスが俺を布団の上に押し倒すのは同時だった。
そのままランスの手が俺のシャツの下に手を入れてくる。
「んっ…。」
 いつもよりも性急なその攻めに、俺は声を漏らした。
ランスの濡れた鼻が首筋に押し付けられる。
「いつもより積極的だね…。」
 俺の言葉にランスはぴくり、と体を震わせ俺を見上げる。
俺を見つめる顔はてれた表情を浮かべている。
ひょっとして…いつもと違う環境で興奮してるんだろうか…。
俺はランスの頭を抱えると額に軽くキスをした。
それを合図にランスの動きが再開される。
首筋、乳首、へそ…上から順番にランスの舌が俺の体を捉えていく。
「ランスッ…。」
 最後の一枚を脱がされ、あっという間にランスの口内に俺のものが消えていく。
「んっ。あっ…。」
 人の家にいる以上あまり大きな声を出すわけにはいかない。
特に、このような和風な家は襖や障子で区切られただけなので声が漏れやすいだろう。
俺は必死で声を抑えた。
「いい顔してるぞ。」
 俺のものを吐き出し、空いた手で俺をなぶりながらランスが俺に口づけた。
ランスの大きな手が俺のものを包み込み、湿った音を立てている。
声をこらえながら手をのばせば、甚平の下でランスの褌はすでに濡れていた。
後ろに手を回し結び目を解くとランスの熱いモノを手にする。
手の中でビクビクとはねるそれはランスの興奮を俺に伝えていた。
軽くこすると、ランスの顔が快感にゆがむ。
それに比例するように先端からランスの体液がどろりとあふれ出してきた。
俺はそれを手の平にとるとそのまま亀頭にこすりつけた。
「ぐうぅぅっ…。」
 ランスの喉の奥から押し殺した声が漏れてくる。
俺はランスの喉に耳を押し当て、それを聞きながら更に手の動きを早めた。
俺の手とランスの亀頭が卑猥な音を立てる。
「ヨ、ヨシキッ!」
 ランスは俺のモノから手を離し俺の頭を抱きしめた。
調子に乗ってランスをどんどん攻め立てる。
いつもは俺が攻められることが多いので、悶えるランスの顔はなかなか新鮮だった。
「くああぁっ!ヨシキ!ダメだ!」
「ランス、声が大きいよ。」
 耳元でそう囁くが、俺の声など聞こえていないかのように悶え続けている。
ランスの説得をあきらめて、俺はランスの乳首を軽く噛んだ。
それに答えるようにランスの体が大きくのけぞる。
「だめだっ、イくッ!!」
 そういって、大きくのけぞりながらランスは自分の体に大量の精液を撒き散らした。

 

 

「む…。」
 眠い目をこすりながら俺は体を起こした。
朝日の光が障子越しに俺の顔をさす。
すでに目を覚ましていたランスが俺を後ろから抱きしめる。
「早く服を着ろ、風邪を引くぞ。」
 そういって俺の肩を優しく舐めた。
「ん…シャワーがないのが不便だよね。」
 お互いに舐めとった部分を軽く撫でながら俺は立ち上がりパンツに足を通した。
ランスも隣で立ち上がり褌を拾い上げる。
そのとき、突然障子が開いた。
「おはよう。」
 風花の姿がそこにあった。
「もうご飯できてるから、食堂に集合ね。」
 そういって自身が歩いてきた廊下を指差す。
「その前にお風呂入りたい場合はあっち。」
 今度はさっきと違う方向を指差す。
「散歩行くときは一声かけて。
とりあえずうちの敷地内なら誰に見られても平気だけど。」
 言いたいことを全部言うと、「じゃ」と一言残して障子を閉めた。
ランスや、俺自身の精液で汚れた自分の体を見下ろす。
ゆっくり振り返ると、やはり体液で汚れた全裸のランス。
「い…いろいろ見られたね…。」
 引きつった声で俺はつぶやいた。
「いいんじゃないか。
どうせSEXの現場だって見られてるんだし。」
 …ランスってひょっとして鈍感かなあ。
そういう問題じゃなく恥ずかしいもんだと思うんだけど。
でも、考えてみたら風花だって気にしてないし、ひょっとして俺がおかしいのか?
いや、まさか…。
そんなことを考えながら俺とランスは風呂へ向かった。

 

 


「広い風呂はいいな。」
 風呂から上がり身支度を整えた俺たちは食堂に向かって廊下を歩いた。
広い湯船に二人で入ることができ、ランスも上機嫌だ。
「ところで…さっき風花が言ってたことだけど。」
 そういいながら俺は後上方を振り返る。
ん、と小さく声を漏らしながらランスが俺の顔を覗き込んだ。
「敷地内なら人に見られてもいい、って言ってたよね。
なんでだろ。
敷地内とかそういうの関係あるのかなあ…。」
 俺の言葉を聴きながらランスが目線を少し前方にやる。
そして、突然困った顔を見せた。
なんとなく前を向くのが怖くて、後を向いたまま足を止める。
気付いてないと思ったのか、ランスが俺の前方を指差し促した。
ランスと視線が合う。
明らかに困った顔のランス。
俺は恐る恐る前を向いた。
熊。
「え?」
 思わず声が漏れていた。
獣人だとか、そういうのじゃない。
後ろ足で立ち上がったツキノワグマがそこにいた。
無表情な視線でこちらを見て、なぜか片手をあげている。
太い手に、大きな肉球が見える。
全身真っ黒な毛で覆われ、首の下のあたりにしろい月の模様が浮かび上がっていた。
「何してるの、ご飯だよ。」
 熊の後から風花が顔をのぞかせた。
「…ペットか?」
 立ち去ろうと背中を向けた風花にランスがようやく言葉を搾り出す。
風花はランスを振り返り、何事か言おうとして自分の後に立つ熊の姿を見る。
小さくため息をついて改めてこちらに向き直った。
「紹介する。
うちの父の月嶋風神。」
 心底嫌そうな顔で風花はそう言った。
熊が…父親?
俺とランスで疑問符を飛ばしまくっていると、熊は自分のあごの辺りの毛皮をつかんだ。
そのままべりべりと音を立てて顔をはがしていく。
下から現れたのは、短髪にフルフェイスの髭を生やした40前後のおじさんの顔。
男くさい顔ではあるが、間違いなく人間の顔だった。
「風花の父親兼、この寺の住職の風神だ。
趣味は特殊メイク。ヨロシク!」
 そういいながらさわやかな笑顔でびっ、と親指を立てたこぶしを突きつけてきた。
『ヨロシク…。』
 俺とランスはほうけたようにそういうのが精一杯だった。
どう見ても本物だったんだけど…。
ハリウッドも真っ青?


「ヨシキ…。」
 ランスの弱々しい声が聞こえた。
「何…?」
 俺も微動だにせずつぶやき返した。
「俺たち、ここでうまくやっていけるのか…?」

 その問いに答えられる人間は、この場にはいなかった。