恋する☆ヒーロー




「ゴッドフレイム!」
 男の右手が炎に包まれた。
相対していた、鎧のライオン頭があわてて背を向ける。
「まて、おちつけ、話せばわかる!」
 逃げながら叫ぶライオン頭。
それでも正義のヒーローはとまらない。
怪人を倒すのは彼の仕事だから。
男が走る。
逃げるまもなく、男とライオン頭の距離が一瞬で詰まった。
「クラッシュ!!」
 言葉とともに、燃え上がる右手を思い切り振り下ろす。
もはや避ける術はない。
ライオン男は後ろから拳を受けて。
「ぬおおおおぉぉぉぉ…。」
 空のかなたへと吹き飛ばされた。
辺りにいた戦闘員風の男たちもそれを見てあわてて走り去る。
男はビシッと空を指差した。
「正義のヒーロー、フレイムレッド!
俺に燃やせぬ悪はない!」
 正義のヒーローの言葉に子供たちの拍手が巻き起こる。
ほかにも主婦や女子高生、なぜかサラリーマン姿の青年までいたりする。
一通り拍手が静まったあと、ヒーローは周囲にむかってぺこぺことお辞儀をすると近くにあった大きなバイクにまたがって走り去った。
後に残ったのは一般人と、物陰からヒーローをじっと見つめる黒服の男。
マントに兜、片手にはなぜかゴテゴテと装飾のついた杖まで持っている。
「おのれフレイムレッド…。」
 懐からハンカチを取り出しその端を思い切りかみ締める。
今にもハンカチが裂けそうなほどの力でそれを引いた。
彼こそが世界征服をたくらむ秘密結社の総統である。
「次こそは!」
 そういって総統は近くにあった自転車にまたがり、その場を後にした。





 国道沿いにある窓のない建物。
その裏手には先ほど総帥が乗っていた自転車が止めてある。
こここそが秘密結社「あけみ」の本部である。
駅から徒歩五分でコンビニが正面とまさに理想的な立地条件。
国道沿いにあるため夜中でもすこしうるさいのが玉に瑕ではあるが。
その中で総統と幹部たちが顔をつき合わせていた。
「なぜ勝てん…。」
 総統がポツリとつぶやいた。
幹部たちは視線をそらし気まずそうな顔をしている。
そこにいる人間は全員初老と言ってもいい年代だ。
みな頭が薄く、顔にはシワが刻まれている。
何より表情に浮かんだ疲れの色が実年齢より老けて見える要因であった。
「やはり…我々だけでは体力的に問題が…。」
 幹部の一人が発した言葉に全員がうなずく。
世界征服を目指しているとはいえ結成して間もない秘密結社「あけみ」。
構成員はメカニックを兼ねた総統と、戦闘員を兼ねた幹部五人。
あとはバイトで怪人を雇っている程度だった。
それも基本的に自給が安いので、怪人の士気は高くない。
たいていが物見遊山的なものでいざ戦闘に入ればすぐに逃げ出すものばかりだった。
「一人本格的に怪人を雇ってはどうでしょう。」
 先ほどとは別の幹部が口を開く。
その言葉に総統が頭を抱えた。
「しかし…これ以上正社員を増やしては…。」
 弱々しい声で答える総統。
世界征服のために動いているとはいえ、毎日の生活費は欠かせない。
電気代やガス代、それに様々な機械を作るための材料。
出費はかさむ一方なのだ。
「ですが毎回フレイムレッドに邪魔されていては…。」
 確かに幹部の言うとおりである。
何を発明しようと、どのような作戦を立てようと邪魔されていてはそれにかけた資金はすべて無駄になる。
それよりは多少金がかかっても先行投資と割り切って確実にフレイムレッドを倒した方がいい。
「…しょうがない。
怪人候補の若者を一人さらって来い!
必要なら倉庫にある機械も持って行け!」
『了解!』
 総統の言葉に幹部全員が立ち上がり敬礼をした。






 場所は変わって。
路地裏を少し進んだところにあるマンホール。
一見何の変哲もないが、このマンホールはほかとは違う。
フレイムレッドはあたりに人がいないのを確認するとマンホールの蓋を持ち上げ、すばやく中に入り込んだ。
中にある梯子を無視してそのまま落下するに身を任せる。
数メートル下った辺りで床に足が着いた。
「お帰りなさい、赤金くん。」
 穏やかな優しい声がかけられた。
フレイムレッドは立ち上がり、頭にかぶったヘルメットをはずす。
「あ、ただいま戻りましたっ。」
 思わず声が上ずった。
それでも目の前に立つ犬の頭をした大柄な男は優しく微笑んでこちらを見つめている。
自分を落ち着かせるように、軽く咳払いをする。
フレイムレッドこと赤金鉄。
彼は今、恋をしていた。
「怪我はないですか?
スーツは置いておいてくださいね。」
 そういって犬頭が椅子に腰掛けてキーボードをたたき始める。
大きな画面に今回の戦いの様子が映し出された。
必殺技であっさりと吹き飛ぶ今回の怪人。
とはいっても相手はただのきぐるみであることが以前に判明している。
鉄は腕輪についているスイッチを押して変身を解除した。
それだけで普段から着ているジーパンとジャンパーに戻る。
「ほんとにあいつら、倒す必要があるんですかねえ。」
 普段から抱いている疑問を口にする。
敵対している組織の活動は、言ってしまえばとてもセコイ。
わざわざ戦って相手にするほどのものかといつも疑問に思うのだ。
「赤金くんもそう思いますか…。」
 そういって目の前の男も苦笑する。
その表情は、彼自身もそう感じているという表れであろう。
それでもこの仕事をやめられないのは上からの指令らしかった。
 彼の名前は青砥。
ファミリーネームはなく、あてられた漢字はもっとも母星の雰囲気を表現できるものらしい。
つまり彼は地球出身ではない。
異なる銀河系からきた異性人であるらしいのだが…。
どう見ても顔が日本犬である以外はごく普通の大柄な男だった。
「まあ平和なことはいいことですけどね。」
 ずり落ちたメガネを押し上げながら青砥が笑う。
その笑顔を、鉄は思わず見つめていた。
視線に気づいた青砥が不思議そうに振り返る。
絡み合う視線。
あわてて鉄は視線をそらした。
自分の顔が赤く染まるのがわかる。
彼の恋の相手は、今目の前にいる犬顔の男だった。
暖かな視線、優しい声。
穏やかな表情に立っているだけで感じる包み込むような存在感。
鉄の心臓が跳ね上がった。
「あー…。
お、俺バイトあるから行きますね。」
 視線をそらしたまま鉄が言った。
その言葉に青砥がはい、と答える。
「すいません、それじゃあ。」
 きびすを返すと逃げるように鉄は駆け出した。
青砥の優しい視線に、すべて見透かされている気がしたから。
気持ちが、漏れてしまう気がしたから。





「てめえら、放しやがれっ!」
 ばたばたと脚をばたつかせながら若者が抵抗する。
後ろ手に縛られた上にさらに厳重にロープが巻かれているが、それでも幹部たち五人全員で押さえるのがやっとだった。
秘密結社本部につれてこられたのは元ラグビー選手の若者だ。
「まあ落ち着け。
ほら、アメちゃんをやろう。」
 そう言って幹部の一人が若者の口に飴玉を放り込んだ。
素直にそれを舐めながら幹部をにらみつける若者。
「君には、怪人になってもらおう。」
 そう言って総統が近づいた。
存在に気づいた若者が総統を胡散臭げな表情でにらみつける。
「改造人間ってか?」
 その言葉に総統は首を振った。
「そんな取り返しのつかないことはしない。
ほら、そこらに転がってるキグルミでいい。」
 指差された先にはいくつもの動物のキグルミが転がっていた。
紫の狼頭や黄金色のライオン頭。
黒い熊に白い虎。
キグルミ状態で転がっているからそれとわかるが、精巧にできているそれは着てしまえば見分けがつかないだろう。
「キグルミでいいのかよ…。」
 てっきり改造手術を施されると思っていた若者は思わず全身の力が抜けた。
それならそこまで抵抗する必要もない。
「ああ。
それから給料もこれくらいは…。」
 総統が電卓をたたいて見せた。
決して高いものではないが今しているバイトよりは収入が多い。
若者は少しだけ考えて口を開いた。
「ボーナスとか出るのか?」
 その問いに一瞬迷ったが、総統は力なくうなずく。
男はにやりと笑った。
秘密結社だから悪事に手を染めることになるのだろうが、働く条件は悪くない。
それに世界征服さえしてしまえばこっちのものなのである。
「できるんかなあ…。」
 誰にも聞こえないように若者がつぶやいた。
幹部たちがごそごそとロープを切り始めた。
数分かかってようやく若者は開放される。
「んじゃあキグルミは後で着るとしてだ。
世界征服のために何やってるんだここの組織は?」
 手近な椅子を引き寄せ若者が椅子に座った。
あわてて総統と幹部たちも椅子に座る。
…一人幹部が座れなかったが。
「うむ、まずは先月の頭にやった幼稚園バスののっとりだ!」
 総統が胸を張って答える。
数少ない成功した作戦のひとつであるからだ。
「俺、ボランティアがバスの運転手買って出て園長が喜んでたってうわさ聞いたんだけど…?」
 彼もこの町の住人である。
一応世界征服に役立ちそうなレベルならニュースとして聞いているはずだが、
彼の思い当たる幼稚園バスにかかわるニュースはそれだけだった。
「のっとろうが何をしようが、園児を送り迎えしないものは幼稚園バスではない。」
 その言葉に若者は少し考える。
「まさか…幼稚園バスという体裁を守るためにのっとった後も園児の送り迎えを続けているのか。」
 その言葉に総統とすべての幹部がうなずいた。
若者は頭を抱えて苦悶する。
気を取り直して頭を上げた。
大丈夫だと、なんとか自分を奮い立たせる。
「ほかにはないのか…。」
 総統が首をひねって黙り込む。
しばらくして幹部の一人が立ち上がり口を開いた。
「地域の運動会の乱入だ。
我々『あけみ』のメンバーと地域の人間との試合は白熱したぞ。」
 若者は再び頭を抱えた。
ほかの幹部がさらに続ける。
「点数は250対300で、最後のリレーさえ勝てれば逆転だったのだが。
いかんせん我らもよる年波には勝てず…。」
 思わず幹部が目頭を押さえた。
隣の幹部は涙を流しながら一人ハンカチでそれをぬぐっていたりする。
それを見ながら若者は思った。
だめだこいつら、と。
「とりあえずさあ、対象絞ろうぜ。」
 机に肘を突き投げやりに口を開く。
若者の言葉に全員が不思議そうな顔をする。
意図が汲み取れていないらしい。
若者はため息をついた。
「世界征服のために活動するのか、
フレイムレッドだっけ?あのヒーローの動き押さえてしまうのか。
どっちかに絞ったほうが成功率も上がるしスムーズにいくんじゃねえの。」
 どちらかに絞ってもこの面子で成功するとは思えないが。
危うく続きそうになる言葉をなんとか飲み込んで、若者は口を閉じた。
総統も幹部も若者の言葉を反芻して各自でうなずいていたりする。
「ならばこういうのはどうか。」
 総統が挙手したので思わず若者ははい、と指差した。
席から立ち上がる総統。
立場が逆じゃないのか、と思うが話を円滑に進めるために若者は黙っていた。
「フレイムレッドが、ヒーローどころじゃなくなればいい!」
 その言葉に全員が考え込む。
具体的な案がないことには賛成も反対もしにくいものだ。
「具体的には?」
 転がっていたボールペンを手に取り、ゆらゆらと振ってみせる。
「あいつの考えを調べて一番興味を持ってることに誘導してやればいい。
ほかに夢中になることができればヒーローどころではなくなるに違いない!」
 総統がぐっと拳を握って熱く語る。
周りの幹部たちもおーっと声を上げながら拍手をした。
「今回はこの発明が役に立つ!
平成ラブテスター2007!」
 そう言いながら総統は懐から怪しげな機械を取り出した。
細い棒の先に小さなディスプレイが着いているだけの簡単な構造である。
若者はそれを受け取りひっくり返しながらあらゆる方向からそれを見る。
ディスプレイの先に小さなアンテナと、棒にスイッチがついている。
構造としてはそれだけに見えた。
「先のアンテナを対象に向けてスイッチを押すだけだ。
その人間が今最も好きなものがわかる。」
 ふうん、と気のない返事をしながら若者は幹部の一人にそれを向けスイッチを押した。
ディスプレイが光、ぼんやりと何かを映し出す。
アンテナを向けられた幹部以外と総統が覗き込もうと近寄ってきた。
「これは…!」
「居酒屋『ゆびきたす』の看板娘!」
「われらがアイドルミミちゃん!」
 画面を見た幹部たちがざわめく。
若者は知らないが、どうやら幹部たちにとってのアイドル的な存在らしい。
「うわあああああん!」
 アンテナを向けいれられていた幹部は突然泣き出して走り去った。
ほかの幹部たちがあわてて後を追いかける。
「…信用できんのか、これ。」
 未来のネコ型ロボットの道具じゃあるまいし、とそれを総統に返す若者。
だが総統はにやりと笑って見せた。
「バッチリだ。
ちなみに以前フレイムレッドに使用した時のログが残っているぞ。」
 そういいながら総統がスイッチを押す。
長押しすればログが表示されるらしい。
順番に人の顔が出てくるのは向けられた相手だろうか。
フレイムレッドのマスクが表示されたところで総統は手を離した。
ディスプレイに人物の顔が表示される。
「これは…誰だ?」
 人物というよりはそれはどう見ても犬の顔だった。
ペットにでも愛情を注いでいるのだろうかと思ったが、どうやら違うらしい。
総統がマントをなびかせながら高笑いで解説を始めてくれた。
「これはフレイムレッドを生み出した異星よりの使者!
名を青砥と言う。
ヒーローを生み出し我々の邪魔をしているのだ。」
 なるほど、と若者はうなずいた。
確かに常識を超えた力があることを考えれば、そういうバックがいるのは当然だろう。
目の前に常識を超えた科学がある気がしなくもないがあえてそれはスルーした。
「というわけで我々としては、この二人に恋仲になってもらうのが一番だ。」
 なるのか、という言葉を若者は飲み込む。
普通の男はオス犬と恋仲にはならないと思う、と。
それでも若者は協力する気になっていた。
「面白そうじゃねえか。」
 それだけの理由で。
総統と目を合わせてにやりと笑う。
「で、計画なんだけどさ…。」
 若者と総統がじっくりと計画を練り始めた。






「すんませーん、青砥サーン。」
 いつもの入り口をくぐり鉄が入ってくる。
何事もないのに鉄が隠れ家であるここを訪れるのは珍しいことだ。
どうしたのかと、青砥は椅子にすわったまま振り返る。
鉄がへらへらと笑いながら近寄ってきた。
妙な違和感を青砥は覚える。
「これ、読んでください。
俺からのラブレターです。」
 そう言って鉄は手にしていた手紙を青砥に渡し、そのまま出て行った。
後には呆然とした青砥だけが残される。
しばらくそのまま考えた後、ようやく気づいたように手紙に視線を落とした。
白い封筒に赤いハートで封をされた、見本のようなラブレター。
「赤金くん…?」
 疑問を感じながら青砥は封を切った。
中には半紙に書かれた手紙が出てくる。
広げて目を通してみた。
「あ、青砥さん!」
 あわてた顔で鉄が駆け込んできた。
青砥はラブレターから視線だけをあげて鉄を見る。
「さっき、街中で俺、俺とすれ違って、俺…。」
 完全に混乱している。
青砥は手にしていたラブレターを折りたたんで再び封筒に収めた。
「落ち着いてください。
今ここに赤金くんの偽者が来たところですよ。」
 変装はともかく役作りはお粗末なものでしたがね、と青砥は微笑んだ。
思わず鉄は視線をそらす。
鉄にとって青砥の微笑みは太陽のようにまぶしかった。
「な、何もされませんでしたか。
どうせ『あけみ』の奴らが何かたくらんでるに決まって…」
 そこで鉄の言葉が途切れた。
青砥が手にしている封筒に気がついたらしい。
その視線で青砥も鉄の疑問を感じ取った。
「ああ、赤金くんから私にラブレターだそうですよ。」
 そう言って笑いながらラブレターを振ってみせる。
言葉を聞いて鉄は完全に固まる。
その様子に気づいていながら青砥は言葉を続けた。
「熱烈な愛の言葉が書いてありましたよ。
達筆ですからすぐに赤金くんの字じゃないとはわかりましたけど。」
 鉄は真っ赤な顔でそれを奪い取った。
あわてて中の手紙を引っ張り出し目を通す。
文中にはそこかしこに「好き」だの「愛してる」だの恥ずかしい言葉が並んでいた。
もちろん青砥は、この手紙が偽者によって作られたことを承知している。
この手紙があるから自分の気持ちがばれたと思うほど、鉄も抜けているわけではない。
それでも。
「は、はずかしすぎるうううううう!」
 鉄は思わずそれを握りつぶしていた。
握った拳が火に包まれ、手紙はあっという間に灰になる。
「ぶぶ、ぶっ飛ばしてきます!!」
 それだけ言うと鉄は大慌てで表に飛び出す。
その背中を、青砥は笑顔で見送っていた。




「てめえらあああああ。」
 路地裏でモニターを覗き込んでいた幹部と総統、それにモグラ怪人。
そこにすでに変身を済ませたフレイムレッドが現れた。
「ふ、フレイムレッド!
なぜここがわかった!」
 あわてて立ち上がりそう叫ぶ総統。
あわてて幹部兼戦闘員も立ち上がり戦闘態勢をとる。
その後ろでモグラ怪人があきれた顔をしていた。
「まあ…この場合は気合だけで見つけたんだろうなあ…。」
 通行人に見られた可能性もあるが、フレイムレッドの様子を見るにずっと走っていたようだ。
まさに気合と根性だけで見つけ出したのだろう。
それだけの怒りが彼には見て取れた。
「余計なことしやがって…覚悟はできてるんだろうなあ?」
 フレイムレッドの全身が炎に包まれた。
思わず全員があとずさる。
「まあそういうなよ、好きなんだろ?」
 一人モグラ怪人だけが前に進み出てそういった。
キグルミであるにもかかわらずその顔はニヤニヤと笑みを浮かべている。
「ついでだから告っちまえよ、なー?」
 怪人の言葉にフレイムレッドがわなわなと震えだした。
言葉にできないほどの恥ずかしさと、怒りが全身を駆け巡る。
「俺はなあ…今のままで十分なんだよ!
邪魔してんじゃねえっ!」
 フレイムレッドが叫んだ。
身にまとっていた炎の勢いが一気に強くなる。
「まあ、まて。
話を」
「ゴッドフレイム!バースト!」
 総統の言葉をさえぎってフレイムレッドが叫んだ。
全身の炎が一気に右手に収束する。
ポーズを決め、狙いを定めた。
あわてて総統と戦闘員が逃げようとするがもう遅い。
「クラーッシュ!!!」
 背後から一気に叩き込まれる炎の塊。
炎はそのまま爆風となり、その場にいた全員を吹き飛ばした。
「まあ、そうなるよなあ…。」
 モグラ怪人は吹き飛ばされながら一人うなずいていた。







 休日の午後、鉄は人通りから少し外れたところに一人佇んでいた。
ちらちらと腕にはめた時計を見ながらあたりを見回す。
往来の中に見知った顔をようやくみつけ、鉄は大きく手を振った。
「木崎せんぱーい!」
 その声で鉄に気づき、木崎と呼ばれた男はため息をついた。
周りの視線を感じながら木崎は小走りで駆け寄る。
「でかい声だすな、恥ずかしいだろう。」
 軽く手を上げて挨拶しながら木崎はそういった。
そのことでようやく周りの反応に気づいたのか、鉄は照れた笑いを浮かべる。
そのまま木崎と鉄は並んで歩き始めた。
「で、話があるんだろ。
どっか入るか。」
 そういいながら木崎は頭の中で周辺の地図を思い浮かべる。
近いという条件で考えるなら近くに二件。
そのうち人の出入りが激しくないほうを思い浮かべ、木崎は足を向けた。
鉄は何も言わずに木崎に続く。
狭い入り口をくぐり、席について適当な飲み物を頼んだ。
「ふぅ。」
 腰を落ち着け木崎は小さく息を吐いた。
鉄はその正面に座りながら、まだ緊張を解いてはいない。
思いつめたように下を向き黙ったままである。
やがてコーヒーが二つ運ばれてきた。
木崎はそのままそれを口に運び、匂いを楽しむように少量を口に含む。
「相談ってなんだよ?」
 鉄の様子を見て、待っていては埒が明かないと判断したか木崎が口を開いた。
その言葉に鉄は体をびくりと振るわせる。
やがて視線をあげ、恐る恐るといった風に口を開いた。
「先輩は…好きな人とかいます?」
 その言葉に木崎は眉をひそめた。
「そうだなあ、お前みたいに思いつめるほど好きな相手はいねえな。」
 鉄の物言いを考えればどういう相談内容かはすぐに見当がつく。
言われた鉄は、顔を赤らめて視線をそらした。
その様子を見ながら木崎はニヤニヤと笑う。
鉄は再び言葉に困っているようだが、今度は助け舟は出さない。
ようやく適温になったコーヒーを飲みながら木崎は続きを待った。
「その…自分でもまさかあんな人を好きになるとは思わなかったんですけど…。」
 木崎が待っているのを感じてか、鉄がしどろもどろに言葉をつむぎ始めた。
「『あんな人』ってその人もひどい言われようだな。」
 木崎が笑いながらツッコミを入れる。
言われてようやく気づいたのか鉄はあわてて首を横に振った。
「あ、いえそういう意味ではなくてですね。
なんといいますか、今までから考えたら完全に圏外というかなんというか。」
 顔を真っ赤にしながら言いつくろう鉄。
それでも肝心なところに触れないようにする話し方に木崎はため息をついた。
「相手は男か?」
 木崎の言葉で鉄の動きが完全に止まった。
言い当てられることが予想外だったのか、それともばれたことが恥ずかしいのか。
あうあうと意味不明な言葉をつぶやきながら鉄はきょろきょろと辺りを見回し始めた。
「別に気にする必要はないと思うがなあ。」
 その言葉に糸が切れたように鉄がおとなしくなった。
下を向いたままじっとしている鉄。
それを見ながらため息をつく木崎。
短い時間ながらすでに何度も繰り返された構図である。
「どうしたらいいかわからなくて…。
あの人のことを思うと苦しいんです。
今は何しているんだろうとか、何を考えているんだろうとか。
あの人と仲がいいのか、ひょっとしたら好きな人がいるんじゃないかって。
寒い夜には風邪引いてるんじゃないかと心配になりますし、
雨が降ればぬれてないかと心配になります。
何があっても…いえ。
何もなくても、いつでもあの人のことで頭がいっぱいなんです。」
 熱っぽく語る鉄を見ながら木崎は思う。
何も悩む必要はないのではないかと。
「何が問題なんだ。
好きでいるのがいやなのか。」
 木崎の言葉に鉄はあわてて首を振る。
「あの人のこと好きになれて、幸せだと思ってます。
声が聞けて、笑顔が見れて、話ができて。
たとえ仕事でも声をかけてもらえた日には天にも上る気持ちです。
あの人のことを一つ知るたびに宝物を手に入れた気分になります。」
 鉄はそこで言葉を切る。
何かを飲み込むように大きく唾を飲み込んだ。
木崎は無言で続きを待つ。
「でも…。
俺が欲張りなんだと思います。
今だって幸せなはずなのに、もっと上を望んでしまうんです。
手をつなぎたいとか、一緒にご飯を食べたいとか、もっと身近に感じたいとか。
そばにいたいと言うよりも、存在を重ね合わせていたいんです。
…できるはずがないのに。」
 静かに押し殺したような声。
それでも木崎には悲痛な叫びにも聞こえた。
彼にも片思いの経験があるから、その気持ちは手に取るようにわかる。
「思い余って告白しようとしたこともあります。
でもやっぱりできませんでした。
男同士なんて考えたこともなかったんです。
言えば嫌われてしまうんじゃないか、言えば相手の負担になるんじゃないかって思うと…。」
 そこまで言って鉄は黙り込んでしまった。
木崎も黙ってコーヒーをすする。
「…結局、さ。」
 手にしていたコーヒーをゆっくりとおろす。
鉄は下を向いたまま木崎の言葉を聴いていた。
「好きになったら隠すか、言うか。
どちらかしかねえよ、タイミングの問題はあるけどな。」
 木崎はじっと鉄を見る。
鉄は先ほどと変わらずただじっと下を見つめているだけだった。
「いいじゃねえか、一喜一憂してれば。
幸せも感じるんだろ。
辛い事があっても笑顔があれば頑張れるんだろ。
なら笑顔を見れるように頑張ればいい。
耐える期間があるなら、愚痴ぐらいきくさ。」
 その言葉に鉄はありがとうございます、とつぶやいた。
ややあって鉄が顔を上げる。
「俺…あの人が好きでたまらない。
どうしようもないんです。」
 その瞳にはうっすらと涙が浮かんでいた。
優しい目でそれを見る木崎。
「人に好かれて迷惑なんて奴はいないさ。
告白するにしてもしないにしても、だ。
大事にしろよ。」
 その言葉に鉄は大きくうなずいた。
何かに耐えるように目の前にあった自分のコーヒーを一気飲みする。
木崎は笑いながら立ち上がり、伝票を手に取った。
「いこうぜ、気分転換なら付き合ってやるよ。」
 伝票を振りながらレジへと向かう。
鉄はあわてて後を追いかけた。
「あ、半分出しますよ。」
 その言葉に木崎はにやりと笑いながら振り返った。
その笑みに押されるように鉄はその場に足を止める。
「最近給料のいい仕事についてな。
これくらいおごらせろ。」
 そう言って木崎は再びレジへと歩き出した。







「第二作戦の状況はどうだ。」
 安物のリクライニングシートに腰掛けた総統が、壁の大きなディスプレイを見ながら尋ねた。
後ろに控えた幹部がリモコンで画面を操作する。
画面が切り替わり、街中の様子が映された。
画面の中央には腕を組んでいる青砥と鉄。
二人でゲームセンターに入り、プリクラの機械をいじっている。
『こ、ここを触るのか?』
『このペンじゃないんですかねえ?』
 画面から悪戦苦闘する二人の声が聞こえた。
顔も服装も二人そっくりだが、声は明らかに「あけみ」の幹部のものだ。
今回の作戦は、青砥と鉄に変装してデートするというものである。
二人の仲を進展させるよりもまず既成事実として作り上げてしまおうと考えたのだ。
実際青砥のビジュアルは目を引く。
犬の頭をもった人間などそうはいないからだ。
それに加えて鉄の顔をした男がこれでもかというほどくっついているわけだから、
これでは目を引かないはずがない。
「でもなあ…。」
 隣でおかきをつまみながらモグラ怪人が呟いた。
視線は総統同様に壁の大きなディスプレイに向けられている。
「服装、いつもの戦闘員のまんまじゃバレバレじゃねえの…?」
 モグラ怪人が指摘した言葉に、総統が意外そうに振り向いた。
実際画面の中の二人はいつもの黒い全身タイツを着ている。
唯一背中には白字で「あけみ」と書いてあるが、むしろ入っているせいで逆に正体がわかりやすい。
「ああいうものには気づかないのが世間のお約束とやらではないのか!?」
 思わずモグラ怪人は眉をひそめながら振り向いた。
総統の顔には驚きの表情が浮かんでいる。
どうやら本気で言っているらしいことはわかった。
「いや…うん…そうなんだけどな…。」
 モグラ怪人が言葉につまる。
総統の言っていることは事実だ。
メガネを外すとか、髪型をかえるとか、場合によっては服装を変えるだけで、
世間は当人であることに気がつかない。
どこにでも転がっているいわゆる「お約束」である。
ただ世間がその「お約束」を認めてくれないのが現実だ。
いい大人ならそこら辺は普通わかっているものだが。
「いいよ…続けよう…。」
 説得もツッコミも諦めてモグラ怪人はお茶をすすった。
だいたいオチの予想はつくが、最後まで見届けるのも一興である。
『つ、次はこれだっ!』
 ディスプレイの中では青砥と鉄がいまだにプリクラを取っている。
「なあ、こいつらいつまでプリクラ取ってるんだ?」
 モグラ怪人がやる気なさげに聞いた。
むう、と総統が言葉に詰まる。
「おそらく、若者のデートというものを他に知らんのだ。」
 思わずモグラ怪人は頭を抱える。
まあ確かに50もこえたいい大人である。
若者のデートなど話にも聞かないのだろう。
「まあ…頑張ってるよ、うん…。」
 モグラ怪人はそれしか言えなかった。



「よし、よくやった!」
 帰ってきた二人に総統が笑顔で声をかけた。
二人の方もやり遂げた顔をしている。
実際はあまりやり遂げていないのだが。
モグラは気を使ってあえて何も言わないことにした。
「これで『二人がデートしていた』という既成事実は作られた!
…はずだ!」
 総統が叫ぶ。
後から付け足した言葉が少し悲しい。
「あとはフレイムレッドが告白…」
「するわけねえだろうがっ!」
 叫び声が入り口から聞こえた。
その場にいた全員の視線がそちらに集まる。
怒りの表情を浮かべた赤金鉄。
その手には、変身もしていないのに炎が燃え盛っている。
幹部と総統は驚きながら一歩後ずさる。
モグラはわかっていたようにため息をついた。
「ゴッドフレイム!バウンド!」
 生身のままに鉄は炎を操る。
幹部たちは逃げようと背を向けるがもちろん間に合わない。
「クラッシュ!」
 鉄が地面に拳を打ち下ろした。
炎が地面を走り、幹部を、総統を、そしてモグラを襲う。
『んがー!』
 情けない声を上げて、全員が爆発に巻き込まれた。
その場にぐったりと横たわる幹部たち。
モグラだけがなんとかその場に上体を起こしていた。
「どうしてこんなこと…。」
 鉄が小さく呟いた。
強く握られた拳が小さく震えている。
「そんなに俺が憎いのかよ。
もうやめろよ、こんなこと!」
 鉄は顔をあげ、モグラをきっとにらみつけた。
まっすぐにこちらを見つめる瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。
モグラは黙ってそれを見つめ返した。
「俺はこのままでいいんだよ。
好きなヒトのそばにいられたらそれで満足なんだ。
今以上の関係なんて、望んで…」
 そこで言葉が切れた。
何かをこらえるように、言葉を飲み込むように。
鉄は言葉を切ったまま口を開かない。
モグラも黙ったまま沈黙を守る。
「とにかく、もうやめろよ!」
 それだけ言って鉄は踵を返した。
どさくさに、目元にたまっていた涙をぬぐいそのまま建物を後にする。
後には倒れたままの総統と幹部、それに一人起きているモグラ怪人だけが残された。
「ふ、ふふ、ふふふふ、ふふ、ふふふ、ふ。」
 詰まりながらの笑い声が聞こえた。
モグラが振り返れば、総統が無理して笑いながら起き上がっている。
不敵な笑いは総統の顔にはどう見ても似合わなかった。
「やめろと言われてやめる秘密組織がどこにいる。
第三作戦を展開するぞ!」
 幹部は倒れたままハイと弱々しい返事を返す。
そんな様子をみながらモグラは大きくため息をついた。







「で、どうでした?」
 イスを回転させて青砥が振り返る。
視線の先にはうなだれた鉄が立っている。
「とりあえずいつもどおり『あけみ』の連中シメときましたけど…。
ほんとすいません、青砥さんまで巻き込んで。」
 そう言って鉄は頭を下げた。
鉄自身「あけみ」の作戦の標的になることは慣れているが、
今回、前回共に相手は青砥まで巻き込んだ作戦を行おうとしている。
そのことが鉄にとってはとても申し訳なく思えてしょうがなかったのだ。
こうやって頭を下げるのもすでに何度目か。
「本当に、気になさらないでください。
何か実害があったわけではありませんし、相手も鉄さんですからね。
そう悪い気はしませんよ。」
 そう言って青砥は微笑む。
その言葉と、その笑顔で。
鉄の顔はあっという間に真っ赤になった。
「い、今のは、その、あの…」
 鉄が照れながら必死で言葉をつむぐ。

 ぼすん、と音がした。
鉄は言葉を切り、怪訝そうな顔で入り口を振り返る。
青砥も覗き込むようにして入り口に視線をやった。
二人は視線を合わせ、用心しながらゆっくりと入り口へ歩いていく。
開放されている自動扉をくぐり、細い通路を用心深く進む。
やがて二人の耳に会話が聞こえてきた。
「みろ、このようにがっちりと入り口の蓋を固定することが可能なのだ!
こうやってあいつらを二人きりにしてしまえばやがて二人は枕を共にすることに…!」
 総統の言葉に幹部たちが歓声を上げながら拍手する。
後ろでモグラが一人ため息をついた。
「いや、中からそれしたら俺らも出れないんだが。」
 モグラの言葉に総統と幹部が驚いた顔で振り向いた。
まるで今の言葉で気づいたといわんばかりの表情だ。
振り返った顔をみてモグラはため息をつこうとして息を止める。
「あけみ」に入ってからため息の回数が飛躍的に増えた気がしてモグラは意識的にとめていた。
総統が困った顔でモグラを見つめる。
「こっちみんな。」
 モグラの言葉に総統が幹部を見渡す。
幹部は視線が合う前に一斉に視線をそらした。
「…そろそろいいか。」
 鉄の言葉に「あけみ」のメンバーが全員振り向いた。
表情を見る限り、モグラ以外は鉄と青砥の登場すら予想外だったらしい。
「しまった、気づかれた!」
 いまだに梯子の上で入り口近くにいた総統が大慌てで飛び降りた。
幹部たちもあわててマスクをかぶり戦闘員の格好になる。
鉄とモグラのため息が重なった。
「俺、言ったよな?」
 鉄が一歩前に出る。
その声には明らかに怒りの色にがにじみ出ていた。
プレッシャーに圧されるように幹部たちが一歩下がる。
「もうやめろって、さっき言ったよな?」
 その右手が先ほどよりも大きな炎に包まれる。
それをみて青砥を除く全員の顔色が変わった。
幹部と総統はその後に襲い来る衝撃を予測して。
モグラは、その後に起こるであろうことを予測して。
「バカ、お前!
こんなところで火なんか燃やすな!」
 モグラの言葉に耳を貸さず、鉄はさらに炎を大きくする。
腕だけでなく、もはや炎は渦となって全身を包んでいた。
「ゴッドフレイム!ブースト!」
 鉄の声が響く。
だが、声は続かなかった。
幹部がばたりとその場に倒れる。
それが合図であったかのように、残りの幹部が、総統が。
そして鉄自身がその場に倒れた。
「こんな狭いところででかい火なんか燃やすから…。」
 モグラがあきらめたようにつぶやいた。
青砥が倒れた鉄をそっと抱き起こす。
「酸欠ですね。
すぐ目覚めるとは思いますが、一応部屋に運びましょうか。」
 青砥の言葉にモグラは頷き、総統と幹部の足を適当につかんで引きずり始めた。
青砥の背中を見ながらモグラは口を開く。
「アンタは倒れねえのな。」
 その言葉に青砥の笑い声が聞こえる。
振り返らずに青砥は返事をした。
「いちおう宇宙人ですからね。
多少の環境変化には対応しますよ。」
 その言葉に軽い笑いが含まれている。
宇宙人だから変化に対応してるとは限らないだろうが、環境の違う星に来ているのだから変化に対応する準備はしているだろう。
おそらく青砥の言葉はそういう細かい部分の説明を省いたものだろう。
「そういう貴方も平気なんですね。」
 青砥の言葉にモグラは少し考えた。
自分が無事でいる自信はなかったが、結果的に無事なのは事実である。
「まあ、このキグルミのおかげなのかなあ。
何かいろいろ機能ついてるっぽいし。」
 そう言ってモグラは自身の体を見下ろす。
このキグルミを選んだのは自分だが、機能については特に確認していなかった。
モグラ自体地下でくらす生物であるし、このキグルミで地下にもぐった際に酸素が薄くても平気なように調整してあるのかもしれない。
 青砥が開放されている扉をくぐり、手近なソファに鉄を寝かせた。
モグラも後に続き、あたりの床に幹部と総統を放り出す。
「さて、どうします?」
 青砥が振り返り笑顔で言った。
モグラは一歩後ずさる。
笑顔は先ほどまでと変わらない。
それでも雰囲気は一変していた。
メガネの奥の瞳が鋭く光る。
「普段はここにいますが、一応戦闘訓練は一通りこなしていますよ?」
 そう言ってにっこり笑う。
それはつまり、「戦うつもりなら相手になる」ということだ。
モグラは肩をすくめて見せた。
「悪いけど、血なまぐさいのは興味ねえんだ。
あと世界征服とかもな。」
 その言葉に青砥の態度が軟化する。
必要がなければ戦う意思はないらしい。
「その割には世界征服の組織にいるんですね。」
 青砥は微笑みを崩さぬまま手近なイスに腰掛けた。
その言葉にモグラは困ったような表情を浮かべる。
「こいつら世界征服できそうにないしな…。
給料でるしあくどい事してないならしばらく楽しませてもらおうかな、と。」
 そういいながらつま先で総統の頭をつんつんとつつく。
いまだに目覚めない総統の頭が、向こう側にごろんと転がった。
「お前こそ、そいつどうするんだ?
俺らが動くまでもなくわかってるんだろ?」
 モグラが顎で鉄を指した。
青砥の視線が引かれるように鉄に向けられる。
その瞳はとても優しい色をしていた。
「もうしばらくは今のまま、でしょうかね。
はっきり言われればそれなりの返事はしようとは思っていますが。」
 青砥はモグラを振り返りにっこりと微笑んだ。
モグラはそれを見て不満そうにため息をつく。
「ま、いいか。
こいつら抱えていくわ。
そこらへんの壁穴あけていいよな?」
 そういいながらモグラは手についている大きな爪をわきわきと動かした。
その爪は鋭く光り、硬い鉄板でも簡単に穴が開けられるほどの強度を持つ。
入り口がふさがっているので、まさにモグラにふさわしく穴をほって脱出しようというのだ。
「それはかまいませんが…。
私はもう少し貴方と話してみたかったんですけどね。」
 モグラは言葉も聴かず既に穴を掘る体制に入っている。
「悪いけど、おれヒーローに嫉妬されたくねえの。」
 ガリガリと耳障りな音を立てながら壁に穴が開いていく。
モグラの言葉に青砥は少し考えた表情を浮かべた。
「なら彼と一緒に三人でどうです?」
 その言葉をモグラは鼻で笑う。
手を止めて青砥を振り返ってみた。
「好きな相手目の前にして、恋敵と仲良く談笑する趣味はねえよ。」
 その言葉に青砥が驚いた様子を見せた。
モグラは笑いながら再び穴を掘り始める。
既に厚さ数センチはありそうな壁を掘りぬき、土に穴が開き始めていた。
「青砥、と言います。
音は生まれた星でも同じ名前ですよ。」
 発言の意図が汲み取れず、手を休めないままモグラは少し考える。
相手が言いたいことを理解して、モグラは口を開いた。
「木崎だ。
木崎土竜。土の竜でドリュウな。
まあモグラって呼んでくれればいいさ。」
 モグラの言葉に青砥は満足そうに頷いた。









「あ、青砥さんッ!」
 鉄が目を覚ますなり叫ぶ。
自分を覗き込む青砥の顔に驚き、照れ、思わず叫んだのだ。
突然の叫びに驚くことなく青砥は微笑む。
「気づかれましたか。」
 そういいながら青砥は鉄の頭をぽんと叩いた。
その行動に鉄の動きが止まる。
「あっあっあっ…。」
 続く言葉が出てこない。
その様子を青砥は笑顔で見つめ続けていた。
視線があったことの気まずさか、鉄があわてて視線をそらす。
その顔はもはや耳まで真っ赤になっていた。
「あいつら、どうなりました?」
 視線をそらしたまま鉄がたずねる。
「モグラさんが連れて帰りましたよ。
まあ実害はないですしね、彼ら。」
 そう言って青砥は再び鉄の頭を撫でた。


「うおおお!」
 総統が目を覚ますなり叫んだ。
自分がどうなったのかわからずにとりあえず叫んだらしい。
叫び声をあげる総統を、モグラが冷ややかに見つめていた。
「やっと気づいたのか。」
 そういいながらモグラは手にしている落花生の皮をむいた。
それをみた総統が一つもらおうと歩み寄る。
「やらん。」
 モグラに言われて総統は少し寂しそうにイスに腰掛ける。
モグラは相変わらずさめた目で一心不乱に落花生を剥いていた。
なんとなく気まずくて、総統は黙ったままモグラの手元を見つめる。
それでも意を決して口を開いた。
「作戦の方向性、変えてもいいか…?」
 視線をそらしたままモグラが答える。
「もうちょっと早く反省してさ。
改めて違う作戦だせばこんな思いしなかったんじゃねえの。」
 モグラの爪が、器用に落花生の皮を剥いていた。









「来たな、フレイムレッド!」
 総統がマントをなびかせながら叫んだ。
変身したフレイムレッドがビシっと総統を指差した。
「でたな『あけみ』め!
このフレイムレッドがお前の悪事、焼き尽くしてやる!」
 二人の間に緊迫した空気が流れた。
 あれから一ヶ月。
「あけみ」も、フレイムレッドもいつもどおりの日常を過ごしていた。
くだらない計画をたてる「あけみ」と、
それをいとも簡単につぶしていくフレイムレッド。
「ゴッドフレイム!ブレイク!」
 フレイムレッドの右手に収束した炎が辺りを包むように広がる。
慌てる総統と、その隣であきらめたような顔をしているモグラ怪人。
 フレイムレッドの片思いは続いている。
いまだに青砥と視線が合えば顔を赤らめるフレイムレッド。
それでもそばにいられるだけで彼は幸せを感じている。
「アロー!」
 散った炎が矢のように収束して総統を襲った。
「うおおおおおおおお!」
 総統の叫びが辺りに響く。
 「あけみ」は相変わらず少しずれた計画を立てている。
モグラはその案を聞いて実害がでないように軌道修正しながら総統に付き合っていた。
フレイムレッドたちと何らかの関わりを持つことで、モグラは満たされていた。
「正義のヒーローフレイムレッド!
俺に燃やせぬ悪はない!」
 総統とモグラが倒れたのを確認し、フレイムレッドはビシッと決めポーズをとる。
 二人の胸には、フレイムレッドでも燃やせないほどの熱い恋心が燃えている。
その二つの恋に決着がつくのは、まだもう少し時間がかかりそうだった。








                                            終