どこまでも広く、水平線で空と繋がる海を望むリムサ・ロミンサの港に、一隻の大型船が入港した。
桟橋が陸地に渡され、ぞろぞろと流れ出た船客達は久しぶりの大地の感触を味わうかの様に踏み締める。
ある者達は談笑に耽り、またある一団は下ろされていく積荷に自分達の物を探しに歩み寄る。
皆が一様に晴れやかな表情を浮かべているのは、この船がいまや臨戦状態にあるガレマール帝国境界付近からの帰還船だからであった。
多くは商人や軍人であったが、傭兵や冒険者、わずかな疎開民達も見受けられる。
そうして和やかな空気の漂う波止場へ、最後に船から降りたのは、そのどれにも当てはまらない獣頭の大男であった。
エオルゼアにはまだ珍しいロスガル族の青年は身体を屈め船員達に一礼すると、辺りを窺うように見渡し、そそくさと雑踏に紛れるように街に向けて歩き出した。


「凄いな・・・聴いてはいたけど、僕より小さい人ばかりだ・・・」
港町の中心、巨大なエーテライトの設置された八分儀広場のベンチに腰かけ、青年は独りごちた。
市場通りから上甲板層へと繋がる広場は老若男女、様々な人種が行き交い賑わいに満ちている。
「シュコォ・・・シュコォ・・・おにーさん そこ スウィ〜トニクスが しょ〜ばいの おてがみ かくとこ!
すこし すこし あけて ほしーの!」
「わっ、ごめんなさい!」
急に見知らぬ種族に話しかけられた青年は思わず飛び退いた。
声の方に向かうと、顔面をすっぽりと覆う被り物をした、小柄な獣人種が腰に手を当て胸を張っていた。
聴き慣れない言語だが、どうやらこの場所は自分の定位置だと言いたい様であった。
「すみません、この街は初めてで、気づかなくて・・・!」
青年は自身の腰元ぐらいしかない獣人種に片膝を突いて頭を下げた。
「シュコォ・・・あやまる なくて いーの! わなし い〜ゴブリン となり かけて! 」
マスク越しの表情を読み取ることはできないが、声色から怒っているわけではない様で安心した青年はゴブリン族の隣に座り直した。
「おにーさん このまち はじめて? おにーさん ぼーけんしゃ?」
「そう、ですね、まだ登録したばかりの駆け出しですが、一応は・・・。」
「シュコォ・・・えらい! 届け出だいじ〜。 バデロン はなし きくきく い〜ヒトよ。」
「そうですね、だいぶ助けてもらいました。スウィートニクス・・・さんは、この街に暮して長いんですか?
 もしお仕事の邪魔でなかったら、話を聞かせてもらえませんか・・・?」
知っている名前に安心した青年は、この人懐こい雰囲気の小さな獣人に街の教えを請うことにした。
情報収集をしたいということもあったが、単純に寂しさもあった。
これまでも一人、流れるままに旅をしてきたが、これほどまでに賑やかな人の海は初めてで、その中で寄る辺ない自分がとても侘しく思えてしまったからであった。


「そ〜。だから わなし いえ〜ろ じゃけっと ちょーと いやいや」
「なるほど、いきなりは怖いですものね。でもイエロージャケットって、本当に黄色い服を着てるんですよね! 面白かったなぁ・・・。」
街の紹介もそこそこに雑談に花を咲かせる。
話の中心は街を行き交う人々で、リムサ・ロミンサひいてはエオルゼアという土地のもつ多文化性に青年は面食らうばかりであった。
遠く故郷を離れた青年の物寂しさに、無邪気なゴブリン族の話は心を温めるように沁みいっていく。
「あにた めずらしい するの へんなの〜。でも ぼ〜けんしゃ かわりもの お〜いね」
「僕の居たところは、みんな同じ種族でほとんど同じ格好でしたからね。スウィートニクスさんみたいに可愛らしい方もいませんでしたよ。」
「あら〜 おじょ〜ず! うれし〜ね! おに〜さんも い〜ヒト! おっき〜ネコちゃん!」
「ふふっ、ありがとうございます。やっぱりこちらだと、ロスガル族は珍しいですかね?」
スウィートニクスはマスクの鼻先に指をあて思い返す。
子供のような仕草に青年はほっこりとした笑みを浮かべる。
「そうね〜 でも さいきん みるよ〜。 ほら あっこ〜。」
鼻に当てた指を雑踏へと向けると、その先には市場通りの交易掲示板を眺めている一人のロスガル族の姿があった。
東方の着物とみられる衣に身を包み、眼鏡をかけ豊かな口ひげを蓄えた老人とも見えるその姿は、青年にとって衝撃であった。
「・・・スウィートニクスさん、すみません。僕、どうしてもあの人と話がしたいです! なので今日はここで・・・!」
言いながら青年は立ち上がり、小さな友人に微笑みかけると掲示板の方に向かって駆け出した。
「は〜い いっていって〜。スウィ〜トニクスも おしごと するよ〜。おに〜さん またね〜」
「はい、必ずまた!」
少しだけ振り返り別れの挨拶を返す。マスクの下の表情を読み取ることはできないが、きっと笑っているように思えた。
既に老人は掲示板を離れ雑踏の中に姿を消している。まだそう遠く離れたわけではない、老人の後を追って青年は人混みに身を投じた。


「すみません・・・! ちょっと急いでいて、前をいいですか・・・! ごめんなさい、気をつけますので・・・!」
無我夢中で人混みをかき分け道を急ぐ。
着いたばかりの頃は忍ぶように難なく歩けていた道を今度はもがくようにして辛うじて前に進んでいた。
人を探しながら進むというのは存外に難しく、ようやく一区画を抜ける頃にはすっかりもみくちゃに、膝に手をあててぜいぜいと息をする有様であった。
「まいったな・・・どこにいっちゃったんだろう・・・」
息を整えながら辺りを見回す。ここが上甲板区画である事はわかったが老人の向かう先の見当は付かない。

「もし、お若いの。ひょっとしてワシをお探しかな?」
またも急に声をかけられ、飛び上がるように向き直る。
そこには先ほどまで追いかけていた老人が腕を組んで壁にもたれかかっていた。
「先ほどから熱の籠もった視線を感じてな。念のため一旦まかせてもらったが、どうやら駆け出しの冒険者ときた。
 その出で立ちを見るに、ご同輩をお捜しかな?」
「え、あ、はい・・・すみません、追いかけるような事をしてしまって・・・仰る通りです。」
自分の行いを全て見抜かれている事にしどろもどろになりながらも、誤解をされないよう言葉を紡ぐ。
「僕はガラギア・・・ガラギア=ガンと申します。今日、リムサ・ロミンサで冒険者になったばかりの者です・・・!」
老人は言葉を遮る事無く頷き、続きを促した。
「僕の生まれはボズヤ西方の・・・帝国から離反した一団で、戦いにばかり明け暮れる生き方をしていました。
 だから、貴方の様にご長命な同族の方を見るのは初めてで・・・つい気になって追いかけてしまったんです。」
「なるほど、の。まぁ概ね予想通りじゃわい。
 構わんよ、お前さんの気になること、知りたいこと、ワシに話せる限り答えてあげよう。」
「え!? あ、ありがとうございます・・・?」
意外な程あっさりと話が進み、青年は面食らう。
「さて、往来で立ち話というのもなんじゃ、溺れた海豚亭で一杯引っかけるかの・・・お前さんも場所はわかるじゃろ?」
「は、はい、わかります! こちらですよね・・・!」
「そうそう、良い子だ。地図の把握は冒険者にとって大事な武器になる。」
慣れない褒め言葉にくすぐったさを覚えつつ、記憶を頼りに店の方へと歩き出した。


「いらっしゃい! おや、ずいぶん久しぶりじゃないか。元気そうでなにより!」
「お前さんも息災の様じゃの、バデロン。一席かりるぞい。」
「あぁ、ごゆるりどうぞ。・・・おや、昼間の新米くんもか! 良い先輩を捕まえたじゃないか!
 その飲んだくれは、ぱっと見じゃあただのご隠居さんだが名うての冒険者なんだぜ。しっかり勉強するといい!」
「飲んだくれは余計じゃ、まったく・・・ス・ホジュビ、エールを頼む。
 この子には・・・ココアかの。夜風で身体を冷やすといかん。」
給仕のミコッテ族に注文を告げると老人はホール端のテーブル席に腰掛け、青年にも座るよう促した。
「さて、なにから話したものかな。まぁ、ワシは見た目通りの爺で、冒険者をやっておる。
 お前さんの産まれた所じゃ珍しかろうが、ここでは気を付けていけばこれぐらい生きていくこともできるわけじゃ。」
「すみません、なんだか不躾なことを聞いてしまって・・・。」
「構わんよ。お前さんが怪しいモンでないことぐらい、少し話せばわかることさ。
 それに、立ち振る舞いを見れば故郷でそれなりに良くされておったことも察しは付く。
 まぁ、コチラまで来たワケは聴かんでおくさ。」
「その・・・ありがとう・・・ござい・・・ます・・・」
自分の悉くを見抜かれ、絞り出す様に礼を述べると青年は項垂れた。
目を伏せると様々な疑問と思いが胸を巡る。
それら全てを内に納めるように生唾を飲むと、結んだ口の両端から深々と息を漏らした。

「デリケートな話題を振って悪かったのう。それでどうじゃ、逆にワシに聴きたいことはあるかの?」
沈黙を破る老人の声に、深呼吸をしながら天を仰ぐ。
「はい、では・・・お聞かせ願えますか・・・?」
「応とも。」
目を見開いた青年は、テーブルから身を乗り出すように前のめりになって告げた。

「そのお召し物、どこで購入なさったんですか!
 ロスガル族もそういう他民族の衣装を着ることができるのですか?
 着方は難しくありませんか?
 出来ればもう少し袖口を絞ったトラウザーの様な下履きもあるのでしょうか?
 ロスガル族向けの物は行商で扱っていたりしますか?
 それとも店先でも普通に買えたりするのですか?
 シッポはどの様に通されているのでしょうか、専用の穴があったりするのですか?
 やはり多少の改造は必要なのでしょうか?
 駆け出しの冒険者でも手が出るような手頃な価格の物があれば是非教えて頂けませんか?」

堰を切ったかのように放たれた疑問は、殆どが老人の身に纏う衣装の事ばかりであった。
矢継ぎ早に予想外の話をぶつけられ、老人は思わず頬杖から思い切り顎をずらし落とした。
「そう、きたか・・・お前さん、想像してたより・・・変わりモンじゃな・・・。」

それから老人は一つ一つ、時に青年の新たな質問に脱線しながらも、疑問に答えていった。
加えて交易掲示板、いわゆるマーケットボードの使い方や、好事家の集めるトームストーンでも武具を備えることができること。
武具を好みの外見に変える投影技術がウルダハという国で研究されていることも教えられた。

「とまぁ、ひとまずはこんなところかの・・・いやはや、まさかこうなるとは思わなんだ。」
「ありがとうございました! 凄いです、エオルゼアがこんなに先進的な場所だったなんて!」
すっかり活気を取り戻した青年に目を細めながら、確認するように老人は尋ねた。
「気に入ってくれたようでなによりじゃよ・・・して、どうじゃ? 冒険者としてやっていけそうか?」
「はい! 僕、この街で、このエオルゼアで頑張ります!
 まずはバデロンさんにお仕事を貰って、いずれウルダハにも足を伸ばしてそのミラージュプリズムという研究にも協力したいです!」
「よしよし、目標があるのは良い事じゃな。
 とはいえ、冒険者という家業は楽しいばかりじゃない。苦しい事、時には辛い事も多くあるだろう。
 そういう時は、今のお前さんの気持ちを思い出すと良い。」
「はい!」
「それに、まぁなんとかなるものじゃよ。
 特に、街について早々ゴブリン族と打ち解けるお前さんのようなお人好しはな」
意外な言葉に青年は目を丸くして驚く。
「見ておったよ、最初から。逆に追いかけられるとは思わんかったがの。
 ともかく、お前さんは己よりも小さき者、違う生まれ育ちの者とも丁寧に言葉を交わして関係を作れる。
 これはとても大事な才じゃ。それはこの先、お前さんを助ける大きな力になる。
 今はまだわからんかもしれんがな。」
「そんな、僕はただ・・・」
青年にとって、スウィートニクスと話したことはただ寂しかったからで他意は無い。
加えて、自分に危害を加えるような者ではないとわかっていたからだった。
言い淀む青年に柔らかく微笑むと、老人は再び口を開く。
「みなまで言わんでもよい、今はまだそれで良いんじゃ。
 この先お前さんが力を付け、多少のことで臆さぬようになっても、ヒトと言葉を交わすことの大事さを忘れんでくれれば良い。」
暖かく、それでいて真っ直ぐに向けられた瞳を青年は深く心に刻みつけた。
「はい。いまのお言葉、決して忘れません。」
己自身に確かめる様に告げた言葉に老人は満面の笑みを浮かべて頷いた。
「さて、では名残惜しいがお開きとするかの。すっかり夜になってしもうたわ。
 お前さんも長旅で疲れてるじゃろう、諸々はまた明日にしてもう休むと良い。」
「はい、なにからなにまで本当にありがとうございました! おやすみなさい!」
「おう、おやすみなさい。
 ・・・おっと、わすれるところじゃった。一つだけ、お前さんに渡しておこう。
 今日の記念と、新たな冒険者の旅立ちを祝して、ちょっとしたものじゃがな。」
そう言って、手のひらほどの小包を渡される。
促されるまま、箱を開けると中には老人が付けている物と同じ眼鏡が入っていた。
「これ、は・・・?」
「お前さんの性格、ソレを付けている方が理解されやすいかと思ってな。
 度の入ってない伊達レンズじゃから邪魔にはならんよ、掛けてごらんなさい。」
恐る恐る箱から眼鏡を取り出し、教わりながら蔓を開き、顔に掛ける。
「よしよし。よーしよし、よく似合っとるわい。
おーい、バデロン! 鏡を持ってきとくれい!」
店仕舞いの準備をしていた亭主はやれやれと簡素な手鏡を持ってテーブルに向かってくる。
「なんだい、化粧するんでもなかろうに・・・。
 おっと、失礼。こいつは似合ってるな、ガラギアの人となりが良く出てるじゃないか!」
向けられた鏡を覗きこむと、中には見慣れぬ自分の姿が映っていた。
度が入っていないとはいえ、レンズ越しの瞳は気持ち大きく、つぶらな瞳を強調する。
また、野生的なロスガル族の顔立ちも眼鏡という人工物をひとつ重ねることで、文化的な面が見いだせるようになった気もする。
「これが、僕・・・? 凄い・・・こんな素敵な物、頂いてしまっていいのですか?」
「記念の祝い品といったじゃろう? 持って行きなさい。
 返したいと思うなら、お前さんがいつかベテランになった時、今の自分みたいな駆け出しを導いてくれたなら、それが一番の恩返しじゃよ。」
「・・・はい、本当にありがとうございます。これ、大事にします!」
感無量といった面持ちで蔓の側面を慈しむように撫でる。
「はてさて、また引き留めてしまったのう。今度こそ休むとしようか。
 バデロン、この子はこのままミズンマストに泊めるんじゃろう?」
「応とも。ガラギア、個室に行きたい時はそこのミートシンに話しかけてくれ、すぐ案内してくれるさ。」
「ありがとうございます。こんな暖かそうな所に泊まれるの、久しぶりです。」
「明日からまた忙しくなるかもしれん、ゆっくり休みなさい。
 さて、ワシはちょっと寄るとこがあるから失礼するかの。おやすみよ。」
「はい、おやすみなさい。」
別れの挨拶を済ますと、青年は通された部屋であっという間に眠りに落ちたのであった。


 翌日、八分儀広場のいつものベンチ腰掛けたスウィートニクスは書き上げた手紙を手に、頭を捻り悩んでいた。
そこに昨日話したロスガル族の青年が歩み寄る。
「おはようございます、スウィートニクスさん! ・・・なにかお困り事ですか? 」
「シュコォ・・・ネコちゃんの おに〜さん! よかった わなし あるあるよ たなびごと〜 きいて〜」
「はい、僕で良ければ相談してください!」

こうして、どこまでも広く、水平線で空と繋がる海を望むリムサ・ロミンサの街に、新しい冒険者が誕生した。