俺は狭いモグハウスの中で異形の物体と対峙していた。
俺の両手は、それを手放した形のままぶるぶると震えている。
競売で買った羊皮紙、スカーレットリボン。
それにハートチョコ。
合成をほとんどしたことがない俺でも、材料を集めて合成すれば簡単に完成するはずだった。
確かに裁縫なんかほとんどしたことがないのは認める。
だからといって、この材料で小さなモンスターが生まれるのはどういうわけだ。
見た目は羊皮紙とリボンが絡んだだけなのに、たまにごそごそと動き小さく泣き声が聞こえたりする。
「そ、それはいくらなんでもやばいクポ…。」
いつもはニコニコしながら部屋の整頓を請け負ってくれるモグも、
今回ばかりはおびえた表情で家具の陰からおびえた顔をのぞかせている。
…処理するか。
俺は意を決してその物体の端をつまみあげた。
あ、足生えてる。
どうしようか困った俺は、とりあえず手近にあった植木鉢に入れると上から土をかぶせた。
泣き声もやみ、動きも止まった。
あとはしばらくしてから土と一緒にどこかに捨てればいいだろう。
まあ、毒はないと信じたい。
俺はその場で大きくため息をついた。
「ポンズー、おーいポンズー。」
モグハウスの扉がどんどんとノックされた。
直後俺が返事をする前に扉は開かれる。
黒いひげを生やしたヒュームの東風だ。
「ん、栽培か?」
俺が植木鉢の前にしゃがみこんでいるのを見て東風がたずねた。
「いや、そういうわけじゃないんだが…。」
先ほどの惨劇を説明するわけにもいかず、俺は言葉を濁した。
植木鉢を部屋の隅に追いやり、東風の好む東洋のお茶を入れる。
東風はテーブルに置かれたお茶に手をつける前に、俺を抱きしめてきた。
「ちょ…っ!」
文句を言う前に、俺の口はふさがれる。
ガルカである俺より、東風は背が低い。
それでも俺が逃れられないように首に腕を絡みつけ、舌を進入させてくる。
東風の舌が俺の口のなかで暴れるたびに、俺の体は小さく震えた。
自分が崩れ落ちないように、必死に東風の体にしがみつく。
くちゃり、とぬれた音がモグハウスに響いた。
東風の右腕が首からはずれ、胸からゆっくりと下に降りて行く。
すでに俺の竿は服のなかで痛いほどに張り詰めている。
「クポ〜…。」
その声で俺は我に返った。
東風の背中をバシバシと叩き、なんとか口付けから逃れる。
「も、モーグリが見てるっ!」
俺は東風の耳元で必死に抗議した。
おそらく情熱的な口付けと、モーグリに見られていた恥ずかしさとで俺の顔は真っ赤だろう。
東風はにやりと笑って俺から体を離した。
「たまにはええかな、と思ってんけどな。」
そういって彼は茶を一口すすると、手近にあるいすを引き寄せて腰掛けた。
俺もどうにか息を整えると、彼と向かい合うようにして座る。
「そ、そもそも用があったんじゃないのか?」
そう切り出した俺に東風は手をポン、と打って見せた。
どうやらすっかり忘れていたらしい。
「そうそう、忘れとった。
実はな…」
俺たちが今いる国は、俺の祖国でもあるサンドリア王国。
エルヴァーンが作った国ではあるが、俺のようなガルカやヒュームなどの人種もごく少数まぎれてはいる。
そんな国で、ひとつの伝説が生まれた。
恋心をプレゼントに託し、身分違いの貴婦人へ送った騎士。
王立の騎士団が存在するこの国では、身分違いというだけで恋愛も許されない。
それでも命がけで恋を成就させたこの騎士はサンドリアだけでなく、ヴァナ・ディール全土の人々に感動をもたらした。
その日は、以降彼の伝説にあやかろうと意中の人にプレゼントを贈る記念日となる。
伝説の騎士の名をとって記念日はヴァレンティオン・デーと呼ばれていた。
もちろん俺が作ろうとして失敗していたのも、東風に送るためのプレゼントだ。
もうすぐヴァレンティオン・デーを迎えるこのヴァナ・ディールではみなプレゼントを用意するために必死なのである。
「つまり…ヴァレンティオン・デーにプレゼントするものを取ってきてほしい、と?」
俺の言葉に東風は頷いた。
どうも街中でクエストを受けてきたらしい。
しかしなあ…。
「告白したいんなら自分でとりに行けばいいだろうに…。」
俺の言葉に東風は苦笑いを浮かべてみせた。
こういうことは普段は東風の方が辛口なのだが、今回ばかりは違うらしい。
…何か事情でもあるのだろうか?
「まあ、とりあえず本人に会ってみるか。
案内頼む。」
そういって俺は立ち上がった。
二人分の湯のみをモグに片付けてくれるように頼み、俺たちは部屋を出る。
依頼人は遠目で見ても、異様な風体なのがわかった。
モグハウスからでて、少し歩いた噴水そばのベンチに白い人影が腰掛けている。
あれは…包帯?
近づくと全身のほとんどを包帯でくるんであることがわかった。
どんな怪我したんだ…?
そう思っていると彼はこちらに気づいたのか立ち上がり、深々と頭を下げた。
「この人が依頼主のセイクさんや。
セイクさん、こっちがさっき話した相方のポンズ。」
東風が紹介すると、セイクさんは改めて俺に頭を下げた。
長い顎鬚を蓄えたエルヴァーンの彼は、まるで老人のようだった。
実際に年は取っているのだろうが、あまりの落胆振りに年相応以上の老齢に見えてしまう。
「すいません、このような情けないことでわざわざ…。」
そう言った彼は今にも消え入りそうだった。
なるほど、これは雰囲気だけでどんな頼みごとでも引き受けたくなる。
俺は彼の隣に腰掛けると話の先を促した。
「ずっと思いを寄せていた方がいたのです…。
あなたと同じ、ガルカです。
男同士の恋だからと、ずっとあきらめておりました。
しかしどうしてもあきらめきれず、ヴァレンティオン・デーに告白しようと思ったのです。
つてのつてを頼って彼の好きなものまで調べ上げたのですが、
いざ取りに行く段階で失敗してしまいまして、このざまです。
誰にでも相談できる内容でもなく、街中で仲良さそうに歩いているあなた方ならわかっていただけるのではないかと…。」
そういって彼は顔を伏せた。
なるほど、この怪我は苦労した証か。
視線をあげ、彼の向こう側にいる東風に目をやった。
俺の視線に気づき、東風はこちらに頷いてみせる。
たしかに、これはほっとく訳にはいかない。
恋がうまくいくかはわからないが、せめて思いを伝える手伝いくらいはしてやりたい。
相手がガルカなら、男同士ということに対する抵抗も少ないだろう。
俺と東風は成り行きでうまくいった例だが、男同士だと世間的に肩身が狭いという気持ちはよくわかる。
なんとか力になってやりたい、と思った。
「わかった。
それで、その彼の好きなものっていうのはどこに?」
俺の言葉に彼は顔を上げた。
安堵…というよりはむしろ感動したような表情を見せてこちらを見ている。
「彼は美しい花を好むようで…
特にユグホトにだけ咲く花が好きなようです。
名前まではわからないのですが、ユグホトに咲く紫の花はそれだけだそうですのですぐにわかるとのことでした。」
なるほど、ユグホトの岩屋か。
ある程度のレベルに達した冒険者になら特に怖いところでもないが、
一般人にとってみればオークたちの巣窟。
苦労するのも無理はない。
俺は東風と顔を見合わせると、お互いにうなずきあった。
「よっしゃ、俺らがとってきたるからおっちゃんはここで待っとき!」
そういって東風は元気よく立ち上がった。
俺も立ち上がり、依頼主に笑顔を見せてやる。
「んじゃさっさといくで、ポンズ!」
そういって彼は腰に帯びた刀を確認するとロンフォールへの門に向かって歩き出した。
俺は一礼すると、あわてて東風の後を追う。
「で、場所はわかるのか?」
俺の問いに東風は不思議そうな顔をして振り返る。
いやな予感がした。
「まさか…わかってない、のか?」
「現地いったらわかるんちゃうかなー。」
相変わらず能天気というか、何も考えてないというか…。
まあそこが東風のいいところでもあるんだが…今回ばかりはなあ。
あまり時間もないのだし、東風に先導させるわけには行かない。
とはいえ俺も方向音痴だしな、どうしたものか。
「そういえば、ミソノはどうしたんだ?」
俺の問いに東風は歩みを止めぬまま振り返る。
「あー、なんか里帰り中らしいで。
目的まではしらんけど。」
里、というとウィンダスか。
白魔道士のミソノなら頼めばすぐにテレポで来てくれるだろうが、
せっかくの里帰りをつぶすのも悪い。
特別難しいクエストでもないし、二人だけでいいだろう。
そう思い、俺たちはゲルスパ野営陣へと足を踏み入れた。
だがその考えは甘かった。
しばらく後に、俺たちは後悔することになる。
「ここどこやああああ!」
東風の叫びが響き渡った。
その隣で俺はため息をつく。
手元で地図を開き現在位置はわかるものの、どうしても実際に歩くと違う道を通ってしまう。
「今ここだから…こっち行けばいいんじゃないか?」
分かれ道があるたびに地図を開き、なんとか少しずつ前に進んでいるもののすでに日も暮れそうである。
幸いオークたちはこちらの力量に気づいてか襲ってくることはないが、
休んでいると隙をみつけては襲ってくる。
座ることもできず、俺たちは少しずつ疲れをためていた。
せめてオークたちの目が届かないところがあればいいんだが…。
「お、あれ洞窟ちゃうんか!」
そう思っていたところに東風が声を上げた。
指差す先を見れば、たしかにぽっかりと穴が開いている。
地図と見比べる限り、あれがユグホトの岩屋への入り口で間違いなさそうだ。
俺たちは転がり込むようにして洞窟の中へと駆け込んだ。
一瞬暗闇に慣れず、自分たちの周囲しか見えなくなるがそれも束の間。
すぐに俺たちは周囲の闇になれ、壁にぶつかることなく歩くことができた。
「こっちでええんかな?」
そういいながら、東風は右手を壁につけたままどんどん歩いていく。
引きとめようかと思ったが、目は慣れたとはいえまだ地図は見にくい。
右手を壁につけて進むのなら戻るのも容易だろう。
「しかし、そうやってどんどん進むのは悪い癖だぞ。」
後に続きながら俺が後ろから声をかける。
その声に東風は笑い声で返した。
「まあええやん、いつもなんとかなるんやし。」
そういいながら相変わらずずんずん進んでいく。
確かに、東風はいつもなんとなくで行動していながら最後にはうまくいく。
そういうところは俺とまさに正反対だ。
とはいえ俺と行動するようになってから妙な運のよさは減った気もする。
俺がそ口に出してみると、先ほどよりも大きな声を上げて彼は笑った。
「そりゃお前、ポンズの運の悪さ中和するので精一杯なんやろ。」
その言葉に妙に納得して、俺は押し黙った。
そういや、最近妙に運の悪いことは起こらなくなったな…。
まあ東風とであったこと自体が強い幸運だったわけで、厳密に言えば東風に出会う直前から俺の運はよかったと言えなくもない。
と考えていたら、なんだか照れてしまった。
「どした?」
「なんでもない。」
東風が振り返って聞いてくる。
おそらく今俺の顔は真っ赤だろう。
暗闇の中でよかった…。
そう思っていると、不意に視界が開けた。
あまりのまぶしさに思わず顔を覆う。
「おー!!」
先に慣れたのか、東風の声がすぐそばで聞こえた。
どんな危険があるかわからない場所で、いつまでも目を閉じていられない。
俺はまぶしさを耐えながら必死で目を開けた。
そこに広がる光景は、危険なものなどではなかった。
一面に広がる大きな池から湯気が立ち上っている。
「温泉・・・か?」
恐る恐る近寄って、足をつけてみる。
…靴を履いていてよくわからなかった。
「温泉やなー。」
そういって東風がためらいもなく腕を突っ込む。
危険を確かめるという考えはないのだろうか…。
それとも俺が気づかない何かで安全を確信してるのか?
そう思っているうちに、東風は服を脱ぎ始めた。
「お、おい?」
俺が止める暇も有らばこそ。
あっという間に全裸になると、東風はお湯の中へと飛び込んだ。
「ぅあああーーー…。」
何かうめき声を上げながら、ゆっくりと腰を下ろしていく東風。
やがて彼の肩までが湯の中に隠れた。
「えーと…。」
俺がようやく声を絞り出すと、東風が気づいたようにこちらを見た。
「なんや、はいらへんのか?」
どうして入るのが普通になってるんだ…?
異議を申し立てようかとも思ったが、こうなった東風が腰を上げるはずがない。
疲れも取れるだろうし、まあいいだろう。
そう思って俺も身に着けていた鎧を脱ぎ始めた。
鎧を脱ぎ、下穿きに手をかけたところで東風の視線に気づいた。
「なんでそんなに見てる…?」
俺の言葉に東風はニヤニヤとした笑いを返すだけだった。
むう…。
俺はその場で後ろを向くと最後の下穿きを脱いだ。
「えー、後ろむくんかー。」
後ろから文句が上がるが俺は気にしないことにする。
股間を手で隠すと、俺はすばやく湯の中に飛び込んだ。
「手で隠してもはみ出すんやなあ…。」
「しみじみ言わなくていいっ!」
俺は改めて東風に向き直ると声を荒げて文句を言った。
そんな俺の声を無視して東風は俺に擦り寄ってくる。
辺りに人影はない。
特に抵抗する理由はない…と考えているうちに、東風はすでに俺のひざの上に座っていた。
東風との肌のふれあいに、俺は見る見るうちに自分が頭を持ち上げてきたのに気づく。
「お?」
東風も気づいたのか、視線を下におろした。
水面から生えるように、俺の性器が顔を出していた。
彼はそれをはじくように先端をいじる。
「と、東風・・・。」
俺はうめくように声をだして、彼を抱きしめた。
彼は濡れた手で俺の先端をいじりながら、もう片方の手で俺を抱き寄せた。
どちらからともなく、俺たちは唇を重ねる。
そっと手を伸ばすと、すでに東風のものも張り詰めて水面から顔を覗かせていた。
自分の物と重ね、ガルカの大きな手でそれをまとめて握る。
俺たちのモノがぴったりと寄り添った。
「うはっ、ポンズ…。」
東風も気持ちいいのだろう、体をのけぞらせ自分から腰を動かしていた。
俺は東風にもっと気持ちよくなってほしくて、握っている手を激しく動かす。
それがきいたのか、東風は大きくのけぞって声にならない悲鳴を上げた。
「あっ……くぁ……あああっ!」
珍しく俺がリードしているという現実にもやや興奮を覚え、俺は東風を抱えあげて風呂から出すとその場に押し倒した。
興奮した息遣い。
欲情した目。
快感に翻弄されている東風を見ながら、俺は彼の乳首に舌を這わせた。
「ふぅっ…。」
先ほどよりは弱い刺激に東風は小さく息を吐いた。
しかし俺もそんなすぐに余裕を与えるつもりはない。
東風が息をついたのを見て、俺はすばやく彼の股間をつかみしごきあげた。
「ああああああっ!」
気を抜いていたところを一気に攻め立てられ、東風は大きく叫び声を上げた。
「あかん、ポンズ!そんなにしたら俺すぐ…っ!」
東風の言葉に、俺はすばやく手を離した。
いったん絶頂に達しかけた状態から手放され、東風は不安そうな顔をこちらに見せる。
俺はそんな彼に優しくキスをすると、つぶさない程度に彼の上にのしかかった。
そのままゆっくりと上下に体を動かす。
「ああ…ポンズ…。」
俺の体と東風の体とで板ばさみになりながら、俺たちの性器はごりごりと擦れ合っていた。
気持ちいいのだろう、東風も必死で腰を振り続けている。
「東風、好きだ。
東風…。」
「俺もや、ポンズ…。
大好きやで。」
そういって俺たちは何度目かの口付けを交し合った。
二人の先走りで俺たちの腹の間はすでにどろどろになっている。
だんだんと二人の動きも早くなってきた。
互いに絶頂が近いことがわかった。
「い、いいか東風っ。」
「ああ、俺はいつでも…ッ!」
手を握り、熱いキスを交わしながら二人の動きは絶頂へとむけて高まっていく。
「もう…っ!」
「あかんっ!」
そして、俺たちのは互いの間で大量の精液を撒き散らした。
「あー、たまにはリードされるのもええもんやなあ…。」
ぽわんとした表情を浮かべながら温泉の湯を使って東風は俺の腹を洗い流してくれた。
俺も恥ずかしさをこらえながら、湯をすくい体を洗い流す。
辺りは日も暮れてすっかり暗くなっていた。
「あー、暗なってしもたなあ。」
そういいながら東風は改めて風呂につかる。
俺も体が冷えないように、もう一度風呂につかることにした。
「しかし…」
そこまで言ったところで、俺の言葉は切れた。
東風の雰囲気が一瞬で変わったのに気づいたからだ。
「どこだ?」
敵を見つけたのだろうと思い、俺がその言葉を口にした瞬間に。
東風は動いていた。
風呂から一息で飛び上がると、落ちていた刀を拾い上げ大きく跳躍する。
「そこやっ!」
空中で一気に刀を抜き放ち、空中にいたそれを居合いで切り払った。
全裸のままで中を舞う東風の後ろ姿は、そんなときでも格好がよかった。
「なんや、蝙蝠か。」
着地して刀を納めると、東風はそういった。
蝙蝠か…。
まあ裸の時に突然襲われれば脅威ではあるが。
それよりも重要なのは、ここで休めなくなったことだ。
「しょうがない、東風。
出発しよう。」
俺の言葉に東風は頷いた。
「ここにこいつらがでるんやったら、もうのんびりする場所もないしな。
さっさと済ませて帰ろか。」
そういうが早いか、東風はさっさと落ちている服を拾い上げて身に着けはじめる。
遅れてはまた視姦されると思い、俺もあわてて鎧を拾い上げた。
「これ…やな。」
手にした松明が地面の草に燃え移らないように注意しながら東風はこちらを振り返る。
あれから少し進んだ先で、その花は難なく見つかった。
まさに一面に生えるその花は、地面を覆うようにびっしりと生えている。
花自体が非常に小さいことも手伝って俺たちはしばらくその花が依頼された花だとはきづいていなかった。
「この花が…ガルカにプレゼントする花か…。」
そういいながら東風は片っ端からそれをつんでいく。
まあ確かにガルカの大きい手には似合わないかもしれないが…。
物静かな、知的な雰囲気のガルカなら似合うんじゃないか?
口に出して言わなかったのは、俺にも自信がなかったからだ。
二人とも何かいいたげでありながら、それでも黙々と花を摘む。
「なあポンズ。」
東風が手を止めてこちらを振り返った。
俺も手を止めて彼の元に歩み寄る。
「綺麗な花やなあ…。」
そういって彼は俺の胸にもたれてきた。
俺は彼の肩を軽く抱き返す。
「ああ、すごく綺麗だ。」
そうしてしばらく俺たちは花畑を眺めていた。
「…こんなもんでいいやろ。」
俺たちが花摘みを再開して少したったころ。
二人の手に大きな花束が出来上がっていた。
「今回は何事もないクエストだったなー…。」
そういいながら俺と東風はもと来た道を向き直る。
「なあポンズ。」
俺が歩き出そうとすると、東風が俺を引きとめた。
不思議に思い振り返ると、東風が珍しく照れた表情をして視線をそらしている。
「なんで俺が、この話引き受けたかわかってるか?」
その言葉に俺は少し考えた。
いつもの東風なら『告白くらい自分でしろ!』とかなんとかいって一括してそうなもんだ。
それは確かに最初に感じたが…。
「男同士はやはり何かと肩身が狭い思いをするだろうし…、
エルヴァーンの爺さんに同情したからじゃないのか?」
俺はそう納得して、そして俺自身そう感じたから彼の依頼を受けたのだが。
わざわざたずねてきたってことは違うのだろうか?
「俺な、昔ここにきたことあるねん。
そん時も道に迷って、この花畑に迷い込んで。
ほんまに綺麗やなって思ったんや。」
……。
彼の言わんとすることがわからない。
そのときも道に迷ったなら今回も迷ったことは別に不自然でもないし。
俺が不思議そうにしていると、東風が痺れを切らしたように俺に向き直って叫んだ。
「そやからな、俺が依頼うけたのは同情したって面もあるんやけどやな!
お前と一緒にこの花畑みれたらええなって思って…」
そこまで言って東風は再び視線をそらした。
そこまで言われて俺はようやく話を理解できた。
つまり。
俺をなんとかしてこの花畑に連れてきたかった東風にとって、
今回の依頼は渡りに船だったのだろう。
直接言えばいいものを、そういうところで照れる男だ。
まったく、相変わらず乙女だな。
「なんやねん、なんか言えや!」
顔を真っ赤にして叫ぶ東風。
照れ隠しであることは見ていてもわかる。
俺は彼の元に歩み寄ると、ゆっくりと唇を重ねた。
「ありがとう、東風。
最高のヴァレンティオン・デーだよ。」
俺たちは改めて、恋人たちの時間を楽しんだ。
「よし、おっちゃん行って来い!」
そういって正装したセイクさんの背中を、東風は力いっぱい叩いた。
ばちんとした音が辺りに響き渡る。
それは痛いぞ、東風。
「がんばってきてくださいね。」
そういって俺も彼に笑顔を向けた。
「本当に、ありがとうございます。」
そういって白髪のエルヴァーンは深々と頭を下げ、道のそばで待機するために俺たちから少し離れた所へ移動した。
手には俺たちが取ってきた花束がしっかりと握られている。
あれから山を下り、世があけるのを待ってから彼に花束を渡したのだ。
何かお礼を、というセイクさんに俺たちは丁重に断った。
俺たちは彼のおかげで十分楽しい思いをさせてもらったのだから。
あとは彼の告白がうまくいくように祈るだけだ。
彼の話だと、そろそろここを通る時間のはずなのだが…。
「花束が似合いそうなガルカなあ…。
いまいち想像つかんなあ…。」
そういいながら東風は辺りをきょろきょろと見回している。
「まあ、うまくいけばいいな…。」
そんなことを話していると、遠くでたっていたセイクさんが動いた。
どうやらお目当ての人が現れたらしい。
俺たちの視線は自然と彼が歩く先に向けられた。
「なあ…。」
「ああ…。」
「あの禿ガル…?」
「ああ禿ガルだ。」
俺たちの目の前で、淡く小さな花の束は禿ガルに手渡された。
二人は二言三言会話を交わすと、禿ガルはセイクさんのほほにそっと口付けるとその場を立ち去った。
セイクさんは顔を真っ赤にしながらふらふらとこっちに戻ってくる。
「や、やりました!
健全なお付き合いから初めてくれるそうです!」
『にあわね〜…』
俺と東風の声がぴったり重なった。
「ま、何はともあれハッピーエンドだな。」
「まあそういうことやろうなあ。」
そんな会話をしながら俺と東風はモグハウスの扉をくぐる。
モグハウスの扉をくぐった瞬間に、俺の背筋が凍りついた。
隣で東風が固まっているのもわかる。
だが俺たちは動くことができなかった。
「クポ…。
ご主人様〜、すごい花が咲いたクポ〜。」
部屋の隅に押しやった植木鉢には確かに『すごい』と形容するしかない花が咲いていた。
「なんや、あれ…。」
珍しくおびえの色を紛らせながら東風がつぶやく。
俺は少し迷ったあと、素直に答えた。
「東風への、ヴァレンティオン・デーのプレゼント…」
「いるかあああああああっ!」
東風は大きく叫ぶと、俺の手を引いて全力でモグハウスから逃げ出した。
終