第三話「恋せよ妹」


「なあポン太…。」
 帰り道を歩きながらドルが顔を赤らめ呟いた。
「その、ゴールデンウィークなんか予定あるか?」
 赤い顔でポン太の方を振り向く。
五月に入り、GWも目の前ということでドルは二人で過ごそうと考えているらしい。
期待するようなまなざしがポン太に向けられている。
だがポン太は視線をそらすと小さく頷いた。
「す、すいません。
じつはもう予定が入っちゃってて…。」
 その言葉を聞いたドルの口がカクンと開く。
顎が外れてしまいそうなほどに開かれた口を何とか閉じる。
「よ、予定が入ってるのか…。
じゃあ、じゃあしょうがない、よな。」
 何とか気を落ち着かせながらドルは寂しそうに呟いた。
ポン太は必死で頭を下げる。
「妹と約束があって…。
ゴールデンウィークが土日に重なってなかったら、
空く日もあったんですけど…。」
 必死で弁解するポン太をさえぎるように、ドルがポン太の頭を撫でた。
「いいさ。
気にするな。」
 顔が少し引きつっていて、ドルの方が無理しているのがよくわかる。
それでもドルの気遣いが嬉しくて、ポン太は微笑んだ。
「今度一緒にどこかいこうな。」
「はい!」
 笑顔で二人は歩きつづけた。

 


「よく晴れたね〜。」
 ポン太が手をかざして太陽の光から目を守る。
「あたりまえじゃない!
今日は特別な日なのよ!」
 隣でポン太の妹のクローネが元気一杯にそう叫んだ。
鼻息も荒く、気合十分といったふうである。
「ロン先ぱ〜い!」
 遠くに見えた黒い人影に反応してクローネは全速力で走っていった。
ポン太は苦笑しながらゆっくりと歩み寄る。
わかりやすい性格だ、とポン太は思った。
妹がロンを好きなことは誰から見ても明白である。
それでも本人は隠しているつもりなのだから、なんとも微笑ましい。
ポン太としては妹の思いをかなえてやりたいと思っているが、
どうもロンの態度を見ている限りでは脈はなさそうである。
「ロン先輩、今日は頑張ってくださいね!」
 愛くるしい笑顔でクローネはロンにそう言った。
ロンは間近に歩み寄るクローネに引きつった笑顔を浮かべながら少しずつ後ずさる。
 今日はとある会社が宣伝のために主催したバスケットボールの大会。
バスケ部であるロンはこの大会に出場するために、ポン太とクローネはロン達のチームを応援するために、
市立体育館へとやってきていた。
「後のヒト達はまだですか?」
 クローネに迫られて困っているロンに助け舟を出す形でポン太がたずねる。
バスケットボールにでるには最低でも五人、チームメイトが必要である。
現在きているのはロン1人、明らかに足りない。
「それが…なんかバスケ部が食中毒になったらしくてな。」
『食中毒!?』
 ポン太とクローネの声がピッタリと重なった。
『どうするんですか!?』
 再び同じタイミングで同じ台詞を口にする二人。
「す、助っ人を二人呼んであるけど…。
後二人、出てくれない?」
 完全にハモっている二人に戸惑いながらロンがそう言った。
『え…。』
 ポン太とクローネは顔を見合わせる。
「もちろんです!」
 クローネはそう叫んだ。
現在はバスケ部のマネージャーではあるが中学まではバスケ部のレギュラーだったクローネ。
ロンへの恋心抜きにしてもバスケが大好きなのである。
「う…うーん。」
 対するポン太は口篭もった。
あまり運動が得意ではないポン太は足を引っ張りそうで悩んでいる。
「頼むよバーツ。
でないと人数が足りなくてでられないんだ。」
 ぱん、と手を合わせロンがポン太に頭を下げる。
「うーん、じゃ…」
「もちろん出ますよ!
そうよね、お兄ちゃん!」
 ギラギラと光る目でポン太を見ながら、クローネが割り込んだ。
あまりの迫力にポン太は言葉を失い、かくかくと首を縦に振る。
「じゃあ後はその助っ人さんだけですね!」
 ちょうどクローネがそう言った時、ポン太の肩を誰かが叩いた。
振り返った所には見知った姿。
「あれ、マキシム。」
 ポン太のクラスメイトの虎、マキシムがそこにいた。
呆然としているポン太の顔を見ながらマキシムはにっ、と笑う。
「よう、奇遇だな。」
 さらにその後ろからドルがぬっと顔を出した。
「ドル先輩も、二人そろって…え、助っ人って…。」
 疑問を口にしようとして、途中でその答えに思い当たる。
ロンを振り返ってみれば、肯定するように大きく頷いた。
「ドルは運動神経がいいしな。
マキシム君は俺の友達の後輩なんだよ。」
 ロンの説明を聞きながらポン太は納得したというように何度か頷いた。
と、突然ポン太の頭が後ろからがしっと捕まれる。
「おまえよー、バスケの大会ならそういえよなぁ。」
 そういいながらイジワルな笑顔でドルがわしわしとポン太の頭を撫でる。
突然音が出るほど強く頭をこすられて、ポン太はずり落ちるメガネもそのままに慌てて抵抗した。
「や、やめてくださいよぉ。」
 じたばたと慌てるポン太をよそに、クローネはロンの腕に自分の腕を絡ませた。
「さあロン先輩、受け付けはあっちですよ!」
「う、うん…。」
 マキシムは1人、溜息をついた。

 


 試合は、ポン太の心配をよそに恐ろしいほど順調に進んでいた。
パスを通そうとする相手チームのボールをカットして、ドルが1人敵陣へと走る。
「ドルっ!」
 逆サイドからロンの声が聞こえるが、ドルは気にせず1人で走る。
「舐めるなよ!」
 相手チームの選手が、ドリブルするドルのボールを狙う。
だがドルはニヤリと笑うとそれをかわし、ゴールへと向かって跳躍する。
選手とギャラリー、全ての視線が集まる中でドルはボールをゴールへと叩きつけた。

「落ち着いていくぞ!」
 相手選手が叫ぶ。
ゆっくりとパスを廻しながらじわじわと近づいてくる。
突然、マキシムが高く飛び上がった。
相手のパスルートを予測して、上に手を伸ばしとてもポン太にはとどかないところでボールを捕える。
相手チームは取り返すよりも守りを固めることを選んだのか一気にUターンをする。
それを見たマキシムはドリブルでゆっくり近づくと、
相手が近づいてくる直前に飛び上がりボールを投げた。
3ポイントラインの外から投げられたボールは、そのまま吸い込まれるようにゴールネットを揺らした。

 体育館に、乾いたホイッスルの音が響き渡った。

「ちょっとはロン先輩にも廻してください!」
 試合が終わると同時に、クローネがドルとマキシムを睨みつけた。
ポン太の妹ということで二人ともどう扱うべきか困ったような表情を浮かべる。
「ま、まあそれはともかく二人とももうちょっとパスとか…。」
 フォローするようにポン太が口を挟んだ。
その言葉にマキシムとドルが顔を見合わせる。
「パスって苦手なんだがなあ。」
 そういってドルが頭をぼりぼりと掻いた。
マキシムも眉間に皺をよせ困ったような顔を見せている。
「次の試合はちゃんとやってくださいよ!」
 クローネに念を押され、二人はしぶしぶ頷いた。
「なあバーツ…。
さっきみたいに点取るのはちゃんとやってないのか…?」
 クローネに聞こえないようにマキシムがポン太にささやいた。
それを聞いてポン太は苦い顔をする。
「うーん…、要するにクローネはロン先輩の活躍が見たいだけだと…。」
「なんだ、お前の妹アイツが好きなのか。」
 マキシムとポン太の間にわって入るようにしてドルが参加してきた。
マキシムは見えないところで少しむっとした表情を浮かべる。
「そうなんですよ。
なんでも昔バスケの試合見に行って一目ぼれしたらしくて…。」
「へぇ、クローネの奴もついに好きな男が出来たのか。」
 今度はマキシムがドルとポン太の間に割り込む。
「うん、うちの学校に来たのもそれが原因みたいだし。」
 クローネの態度を見ても気づいてなかったのか、とポン太は胸のうちで呟いた。
思ってたより鈍感だなあと、自分を棚に上げた感想をもったままポン太は歩く。
後ろで張り合っているドルとマキシムに気づくことなく、クローネ達の元へ戻った。

 

 ピーーーーーッ!
開始のホイッスルが鳴り響いた。
第二試合、マキシムがジャンプでボールを手にする。
そのままドリブルで進もうとするが、後ろから感じるクローネの視線を感じ、
あわててロンがいる場所をさがす。
「くっ!」
 敵からボールを守りながら、無理な姿勢でボールを投げる。
無理に投げたためか、そのボールはロンに届く前にあっさりと敵に止められてしまった。
「速攻!」
 ボールをもったままそう叫んだ。
「させるかよ!」
 ドリブルで走り出そうとするボールを、ドルが横から奪っていく。
先ほどのように走ろうとして、ドルもまたクローネの視線を感じた。
「ぅ…。」
 小さくうめき、冷や汗を垂らしながらしょうがなくロンの姿を探す。
ロンの姿を見つけ、投げようとしたところを思い切り弾かれた。
「チッ!」
 ただではとられまいとドルは必死で手を伸ばす。
敵もまけじと手を伸ばし、ボールは二人の手によって思い切り弾けとんだ。
「あ…。」
 まさに避ける間もなく、そのボールは近くまで来ていたポン太の顔に直撃した。

 

 

「うー…。」
 頭を押さえながらポン太は上体を起こした。
彼にかけられていた薄い布団がぱさりと音を立てて、腰の辺りに落ちた。
思わず辺りを見回す。
ベッドに寝ていた自分と、自分を囲むように引かれた白いカーテン。
「…医務室?」
 呟いたポン太の声を聞いたのか、カーテンが開けられドルとマキシムが入ってきた。
「ポン太、目ぇ覚めたか!」
「あ、先輩…。」
 いまいち視界がはっきりしない。
メガネが外されているのだと、ようやく気が付いた。
ドルが少し曲がったメガネをポン太に差し出す。
「ボールぶつかって脳震盪起こしたんだってよ。」
 マキシムがそう言って笑った。
「あ…じゃあひょっとしてもう負けちゃった?」
「お兄ちゃんのせいよ!」
 ドルとマキシムを押しのけてクローネが入ってきた。
ずかずかと歩み寄り、びしりと人差し指を突きつける。
ポン太は少し体を引いて、クローネを見上げた。
「ごめん…。」
「まあまあ。
ほらバーツ、参加賞のスポーツドリンク。」
 後から入ってきたロンがクローネをなだめながら、
大会を主催している企業の製品を手渡した。
ポン太が栓をあけると、プシュッと軽い音が鳴った。
「そっか…終わっちゃったか…。」
 口をつけながらポン太はぼんやりと呟いた。
「まあ、気にするなよポン太。
そんなことより、今度二人でどこかいかねえか?」
 マキシムの方をちらりと見て、わざと肩など組みながらドルがそう言った。
突然のことにポン太は驚いた顔を見せる。
「え、あ、そ、そうですね。」
 肉親の手前ということもあり、いつも以上に照れた顔を見せながらポン太は頷いた。
それを見ながらマキシムがむっとした顔をしていることにポン太は気づかない。
ふと、マキシムは何かを思いついたような顔をみせた。
「なあバーツ、宿題終わったか?」
「えーっと、GW前に出た数学?」
 ポン太の答えにマキシムが満足そうな笑顔で頷いた。
「もう終わらせたけど…。」
「悪い、教えてくれ。」
 顔の前で、片手で拝む仕草を見せながらマキシムが言った。
ポン太は快く頷く。
「じゃあこの後うちくる?」
「お、悪いな。」
 そう言いながらマキシムはドルをちらりと振り返り、ニヤリと笑った。
それを見てドルは思わず叫ぶ。
「俺もいくぞっ!」
「いいですけど…勉強、します?」
 純粋に疑問だけでポン太はそう口にした。
だがドルにしてみればもどかしいばかりである。
助け舟は意外なところから来た。
「あらいいじゃない。
折角だし、みんなで晩御飯でも食べましょうよ。
いいでしょ、ロン先輩?」
 クローネにしてみればロンを誘う口実だったが、ドルにとっては渡りに船。
一も二もなく賛成した。
「そしたら…お鍋とかがいいのかなあ。」
 1人ぼんやりと悩むポン太の見えないところで、ドルはマキシムを思い切り睨みつけていた。
マキシムはわかっていながら涼しい顔で露骨に目をそらしている。

 ポン太が自分の見えないところで起こっていることに気づくには、
まだまだ時間がかかりそうだった。