第二話「特濃!生徒会」
「ポン太、帰ろうぜ〜。」
笑顔のドルがポン太の教室の窓から顔を覗かせて叫んだ。
クラス中の視線がそちらに向けられる。
そしてその後に、席に座っているポン太に視線が集まる。
「ほら、お呼びだぞ。」
顔を赤面させながらうつむいているポン太に虎のマキシムがからかうように行った。
ポン太はカバンをつかむと出来るだけクラスメイトと顔をあわせないようにして教室を出る。
「先輩…お願いですからもう少し目立たないようにしてください。」
廊下にでて、ドルと顔をあわせるとポン太は真っ先にそう言った。
そういわれてドルは不思議そうな顔を見せる。
「ん、そんなに目立ってるか?」
その言葉を聞いてポン太はため息をついた。
どうもドルの「目立つ」という感覚は一般常識、少なくともポン太とは違うらしい。
何をいっても無駄だろうと、とりあえずその場はあきらめることにした。
「すいません先輩。僕これからちょっと用が…。」
「用って…俺より大事な用なのか!?」
ドルが青ざめた顔で叫んだ。
ポン太は慌てて辺りを見回す。
授業が終わったばかりなので廊下には誰もいないが、
窓の向こうではクラスメイトが聞き耳を立てているに違いない。
「せ、先輩声が大きい!
生徒会の会議があるだけですよ…。」
眉をひそめてポン太が小さな声でそう言った。
それを聞いてドルは安心したように息を吐く。
「なんだ、そんなことか…。
よし、じゃあさっさと行ってさっさと終わらせようぜ!」
そういうと、ドルはポン太の背中を押して生徒会室へ向かう。
生徒会のことをわかっていないのでは、とポン太は一人心の中で苦笑した。
それでも、背中に触れるドルの手はとても心地よかった。
「到着!」
ドルがポン太の背中から手を離す。
生徒会室は校舎から離れたところに建っている。
掘っ立て小屋のようなものだが、つくりはそれなりにしっかりしておりもう何年も使われているらしい。
その生徒会室の前にある石段に、狼が一人腰掛けていた。
彼はポン太が来たことに気づいて立ち上がる。
「あ、バイス先輩こんにちは。」
その姿に気づいたポン太が頭を下げる。
狼はそれに対して軽く手を上げて答えた。
「よ。
そっちの彼は友達か?」
そういってドルに対して視線を向けた。
「あ、こちらドル先輩です。
バイス先輩とは同じ学年ですね。
ドル先輩、こちら生徒会で会計をしてるバイス先輩です。」
「ああ、ワシとおんなじ学年か。
よろしくなー。」
そういってバイスは右手を差し出した。
ドルも、義理程度にその手を握り返す。
「あ、バーツ。
はよ鍵あけたってや。」
そういわれてポン太ははポケットから鍵を取り出し生徒会室の鍵を開けた。
バイスとドルもポン太に続いて中に入る。
「生徒会室ってこんなになってるのか。」
中の様子を眺めながらドルはつぶやく。
中には数々の文房具や備品と思われるものが散乱している。
お世辞にも綺麗とはいえない部屋の中央には大きなテーブルが置かれていた。
ポン太とバイス、それにドルもそのテーブルについた。
「で、なんであんたがココにおるんや?」
バイスの問いにドルは返答に詰まる。
思わずポン太と顔を見合わせるが二人とも答えが出ない。
「…知ってるわよ。」
声は入り口の方から聞こえた。
三人が入り口の方を振り向くと一人の女性の姿。
「アヤメさん…。」
ポン太の言葉に返事することもなしに、狐の顔をした女性は中に入ってきた。
視線は誰の顔にも止まらず、虚空を見上げている。
「…愛し合う二人はいつ、どこでも一緒にいるものなの。
そう、たとえば…ハサミの右の刃と左の刃。」
思わず全員が沈黙する。
狐顔の女性は言いたいことをいって満足したのか、ドルの方を向いてにっこりと微笑んだ。
「…書記のアヤメ。よろしく。」
「よ、よろしく。」
さすがのドルもそれだけ返すのがやっとだった。
アヤメはドルの横を通り過ぎると、音もなくポン太の隣に忍び寄る。
思わずポン太は席から立ち上がりそうになったが、どうやら隣に座っただけらしい。
「え、ええと…今日もええ天気やなあ!」
「そ、そうですね!」
場の雰囲気に耐えられずバイスが適当な話題を振る。
ポン太も慌ててそれに乗るが、雰囲気を変えることはできなかった。
「おかしな…人たちね。」
アヤメの言葉で、場は完全に沈黙してしまった。
そのとき、がらりと生徒会室の扉が開かれた。
「ロン先輩!」
ポン太は入ってくる人影を見て、思わず声を上げた。
普段と違い、黒豹の彼が救世主に見えていた。
「ど、どうしたんだバーツ?
と…、そっちにいるのはドルか。」
名指しをされたドルはめんどくさそうに振り向く。
入り口のところで、ロンがドルに向かって手を振っていた。
「…誰だ、お前。」
ドルの言葉にロンの口がカクン、と開いた。
「体育委員長のロン先輩ですけど…知り合いですか?」
ポン太の言葉にドルは力いっぱい首を横に振る。
「いや、同じクラスだろ?」
その言葉にドルは首をひねり、再び考え込んだ。
一通り考え込んで、ドルは顔を上げる。
「すまん、やっぱり知らん。」
その言葉にロンは目に見えて落ち込んだ。
ポン太が慌ててフォローを入れる。
「せ、先輩授業サボってばかりいるからですよ!」
「う…でも最近はちゃんと出てるんだぞ。
こいつが地味だから悪いんだ!」
ロンを指差すとドルは思い切りそう叫んだ。
事実、ドルは最近になってまじめに授業を受けるようになってきた。
しかしそのことと、クラスメイトの認知には直接関係はなかったようである。
それを思い切り相手のせいにするドルと、それを真に受けて落ち込むロン。
「ううう…俺って地味なのか…。」
その場でうずくまってロンは一人頭を抱え込む。
「そんなことありませんよ、ねえバイス先輩?」
とにかくフォローを入れようとポン太がバイスに話を振る。
「そうやなあ…そういえば選挙のときは対抗馬もなく、一番盛り上がらん選挙やったなあ…。」
悪気もないのだろうが、フォローする気もないバイスの言葉にロンはすっかり落ち込んでしまった。
ポン太もさすがにフォローできないと思ったのか、うずくまるロンを見つめて苦笑するしかなかった。
「―――――何の騒ぎだ。」
凛とした声が場に響いた。
メガネをかけた黒猫の女性。
かなり目が鋭いせいかきついイメージを受けるが、相当の美人である。
「アイス先輩、こんにちは。」
ポン太をはじめ、場にいた全員が彼女に挨拶をする。
そのうちの一人、ドルに彼女は視線を止めた。
「そこの犬。」
自分が呼ばれていると気づかずに、ドルはあたりを見回す。
「お前だ、ドーベルマン。
悪いがココは一般生徒は立ち入り禁止だ。」
ようやく自分のことだとわかり、ドルは彼女の方を向いた。
「いいじゃねえか、硬いこというなよ。」
「お前は、馬鹿か?
一度駄目だといっているのだから早々に立ち去れ。」
アイスの冷たい視線がドルに向けられる。
思わず喧嘩を売りそうになるドルを、すばやくポン太が抑えた。
「だめよ〜アイスちゃん、もっと穏やかに生きなきゃ〜。」
アイスの後ろからもう一人、猫の女性が現れた。
見事な毛並みをもったアメリカンショートヘアー。
「うるさいぞオーロラ。
規則は規則だ。」
後ろから抱き付いてくる彼女を気にすることもなくアイスはそう言い放つ。
だがオーロラの方もそれを聞いていないかのように生徒会室にいる全員に手をふって挨拶をした。
「そうか、わかったぞ。」
今まで黙っていたドルが突然声を上げた。
びしっとアイスを指差す。
「お前なんかイラついてるとおもったら…生理だな!」
「でてけぇっ!!!」
アイスの声と、ドルが表に蹴り出されるのはまったく同時であった。
「いってぇ…あの生理女。」
ぶつけたところをさすりながらドルは地面から起き上がる。
その隣を、白い猫が通り過ぎていった。
「お…?」
すぐに振り返るが、すでに生徒会室に入ったのか人影は見当たらなかった。
「今のは…。」
生徒会室に入ろうかと思ったが、すでに会議が始まっているらしく先ほどとは違った雰囲気の会話が聞こえる。
中に入ってもまたアイスに蹴りだされるだろうと判断して、ドルは生徒会室の前の石段に座り込んだ。
このまま会議が終わるまでポン太を待つ。
夢を見ていた。
はるか昔の夢。
ドルがまだ小学校のころ、友人と一緒に遊んでいたときの。
「あ、先輩おきました?」
ドルが顔を上げるとポン太がドルの顔を覗き込んでいた。
どうやら寝顔を見られたらしい。
少し照れながらドルは目をこすった。
「終わったのか?」
「ちょと職員室に行く用がありますので、もうちょっとだけ待っててください。
すぐ帰ってきますから。」
そういってポン太は校舎の方へと歩いていった。
一人残されたドルはその場で立ち上がると、生徒会室へと足を踏み入れた。
先ほど顔をあわせたメンバーは一人もいない。
そこに残っていたのは、白い猫。
「………よう。」
机に向かって何か書いている背中に、ドルは遠慮がちに声をかけた。
猫は何も答えない。
聞こえていないはずはないので、おそらくわかっていて無視しているのだろう。
ドルはしばらく返答を待った後、あきらめて生徒会室から出た。
扉の横の壁にもたれかかりポン太を待つ。
「…何か用?」
窓から、猫の声が聞こえた。
いまいち声が聞き取りにくいのは、向こうを向いたまま話しているからだろう。
「いや。
久しぶりだな、と思って。」
ドルも壁に寄りかかったまま返事をする。
「最近は、まじめになってきたみたいじゃない。
バーツ君のおかげ?」
一瞬答えに詰まるが、おそらく隠しても無駄だろうと判断した。
「…まあな。」
会話はそれですべてだった。
後は、無言でポン太の帰りを待つ。
しばらくすると校舎の方から人影が二人近づいてきた。
ポン太と、大量のプリントを抱えたマキシム。
「先輩、お待たせしました。」
ポン太が笑顔でそう言った。
ドルの視線がマキシムへと移る。
「あ、僕が一人でこれ運んでたら手伝ってくれたんです。」
そういってポン太はマキシムからプリントを受け取ると、生徒会室へとそれを運び入れた。
ドルとマキシムは目線を合わせるが、気まずい空気しか流れない。
「それじゃあ俺はこれで。」
クラブの途中だったのか、ラガーシャツを着たマキシムは軽く会釈をするとグラウンドの方へと走っていった。
窓からポン太が身を乗り出す。
「マキシム、ありがとー!」
ポン太の言葉にマキシムは振り返らず、手を上げて答えた。
「さ、帰るぞ。」
ドルは足元においていた自分のカバンを拾い上げてそう言った。
どことなく無愛想な声。
「あ、その前に先輩。
紹介しますよ、生徒会長のミールさんです。」
そういうポン太の言葉を無視するようにドルは歩き始めた。
ポン太も慌ててカバンをつかむ。
「…紹介しなくても、知ってるよ。」
作業を終え、後片付けに入っているミールがそう言った。
入り口に向かうポン太は、その言葉に足を止める。
「一応、幼馴染だしね。」
「え…。」
思わず聞き返したポン太に、ミールの返事はなかった。
「ドル、行っちゃうよ?」
その言葉にポン太ははっと我に返る。
「あ、じゃあお先に失礼します!」
ポン太は頭を下げると慌ててドルの後を追った。
後にはミール一人が残される。
「ドルと話したのは…あの時以来かな。」
一人過去を懐かしむ白猫を、夕日が紅く染め上げた。