4/次への一歩

 


「だ、だめだよー、マイクー…。」
 のんびりとした言葉が夜の闇に吸い込まれた。
軍服を着た二人が闇の中で絡み合っている。
「いいじゃねえか、人なんか来やしねえよ。」
「う、うん…。」
 大柄な方が細身の軍人を小脇に抱えると、全力で茂みへと走り去った。

「な、言ったとおりだろ。」
 軍人が去る様子を物陰から見ていたジルが呟いた。
「あいつら昼間でも物陰でヤってるからなあ。
仕事してるときよく見たぜ、あいつらが物陰にいくとこ。」
「大丈夫なのかな、ここの軍隊…。」
 ジルの後ろから呆れたような口調で呟きながらナオミが姿をあらわした。
「大丈夫じゃねえだろ、これから俺たちが忍び込むんだから。」
 そういってジルはにやりと笑ってみせた。
「それもそうか…。」
 そんな会話を交わしながらジルを先頭に、四人は城壁へと歩み寄った。
あたりを見回すが、人影はもちろん門や扉の類もない。
「…どうやって入るの?」
『上から。』
 ジルとバズの言葉が重なった。
上?とナオミが聞き返す前に、二人は行動を開始していた。
それぞれナオミと少年を小脇に抱えると、でこぼこした壁の
小さな取っ掛かりに足をのせ、一気に壁を駆け上がった。
「っ!!」
 あまりのことにもれそうになる声を、ナオミは必死で堪えた。
少年も声は出ないもののナオミと同じ表情を浮かべている。
「じょ、常識外のことを堂々としないでっ。」
 ナオミの異議を二人は無視して駆け上がった城壁を一気に飛び降りた。
ゆうに数メートルはあろうかという高さから人を抱えたまま飛び降りて、
二人はほとんど音を立てずに着地した。
少年とナオミはその場にそっと下ろされる。
「…今度二人の過去、じっくり聞かせてもらうよ。」
 ナオミの言葉に少年もコクコクと首を縦に振っていた。
「そんなに珍しいか?」
 腰に下げた得物を確認しながら、バズが不思議そうな顔でナオミに答えた。
その言葉を聞いてジルはにやにやとしている。
ナオミは頭を抱えていた。
「ほら、さっさと行こうぜ。」
 ナオミは小さく溜息をつくと、ジルのあとに続いた。

 

 

 城内に入ってからはむしろ楽だった。
制服を着ているというだけで回りの軍人達はこちらを全く気にしない。
ジルも城で仕事をしていただけあってほとんど地図を見なくても城内を歩けるようであった。
「拍子抜けするほど簡単だね…。」
 ナオミの呟きにジルは小さく頷いた。
「もともとココの軍人はやる気ないからな…。
まあボスキャラ控えてるんだろ?
あんまり気を抜くなよ。」
 周りに聞こえないように小さな声で会話をしながら四人は歩みを進める。
やがて、一番怪しいと思われる地下への階段へとたどり着いた。
「ココか。
この下はたしか…仮眠室だったかな?」
 小さく折りたたんだ地図を確認しながらジルが呟いた。
少し階段を下り、薄暗い中にある扉の向うに耳を傾けると男のうめき声がうっすらと聞こえてきた。
「…人がいるな。
どうする?」
 ジルの問いにナオミは答えず、階段途中の壁を調べ始めた。
少年もそれにならって壁をなでまわしている。
ジルとバズはそれを呆然と眺めていた。
「虎姫さんやダイゴさん曰く…
一番見落としがちな場所に隠し扉があるらしいから…。」
 そう言いながら二人は相変わらず壁を探っている。
すると、突然風が流れた。
四人は背中を向けていた壁を慌てて振り返る。
「おいおい、姉さん。
探す壁が反対だぜ?」
 ナオミとバズにとっては二度目の。
そして少年にとっては三度目の対面。
ナイフを操る殺人鬼が、開いた壁の向こうに立っていた。
 いつもの黒いスーツにネクタイ、そしてサングラス。
いつもと変わらない服装に、いつもと変わらない表情。
四人はその男を睨みつけた。
「そう睨むなよ。
せっかく案内してやろうっていうんだぜ?」
 そう言って男は壁の中へと姿を消した。
ナオミたち4人は顔を見合わせると、壁の向うへと足を踏み入れた。

 

 


 しばらく薄暗い通路を進むと、やがて広い場所に出た。
石造りの床に、柱意外はなにもないただただ広い空間。
壁すらもどこにあるのかわからない程の広さがあった。
その広い空間を、冷たい空気が満たしている。
何の音もしない、冷え切った空間。
 足を止めた少年達4人の前には黒服が三人立っていた。
ナイフを持った殺人鬼、遠野。
冷ややかな笑顔を浮かべている女性。
無表情にこちらを見つめる男。
 唐突に無表情な男が口を開いた。
「少年はこっちに来い。
ある方がお前をお待ちだ。」
 そう言って男は背中を向けた。
少年は不安そうな顔でナオミを見上げる。
ナオミもどう判断していいかわからず、困った顔で少年を見返した。
「はやく来い。
今更お前を殺したりはせん。」
 その言葉に決意したように少年は走り出した。
遠くはなれた男の背中を必死で追いかける。
少年が追いつく前に、男は足を止め振り返る。
「そこでいい。」
 男の言葉とともに少年は姿を消した。
少年が落とし穴に落とされたのだと、数秒してからナオミたちは気が付いた。
「ちょっ…無事なんでしょうね!?」
「知らん。
わざわざ殺すつもりはないが守ってやるつもりもない。
俺は言われたままに道を案内しただけだ。」
 そう言って男は再び遠野達の隣に並んだ。
今度はそれぞれが三人ずつ、対峙する。
「そっちの虎は見たことねえな…。
まあ誰でもいいさ。
なあ牛よ、さっさとはじめようぜ?」
 そう言って遠野はポケットからナイフを取り出した。

 

 

 

「   。」
 突然床に投げ出された痛みに、少年は床にうずくまる。
それでも、少年の口からは全く声が漏れていなかった。
 痛みがようやく引いてきた頃、少年は体を起こしあたりを見回した。
先ほどと全く変わらない風景に、一瞬他の皆がいなくなったのではないかと錯覚する。
しかし先ほど落下したときの浮遊感と、まだ体に残る痛みが、自分が落ちてきたことを実感させる。
 少年がゆっくりと立ち上がると、声が聞こえた。
「ようやくご到着、か。」
 少年は慌てて振り返る。
若い男が立っていた。
おそらくまだ20代だろうその男は上であった男たち同様黒いスーツを着ている。
一つだけ違うのは、ネクタイをしていなかったこと。
「すまないね、私の部下は乱暴なものが多くて。
私はただ、君と話をしたかっただけなんだが。」
 そう言って男は少年に歩みよる。
にこやかな微笑を浮かべながら、なんの躊躇もなく近づいてくる男に少年は思わず一歩、後ずさった。
「逃げなくてもいい、危害を加えるつもりはないよ。」
 そう言って三メートルほどの距離で若い男は足を止めた。
「言っただろう、話をしたいだけだと。」
「   。」
 少年は喉を押さえ、口をパクパクと動かした。
それをみて若い男は驚いた表情を浮かべる。
「まだ…喋れなかったのか。
いやすまない。
もう喋って構わないよ。」
「え…?」
 少年の口から、言葉が漏れた。

 

 

 


 始めに動いたのは遠野だった。
ナイフを構えたまま、バズに向かって真っ直ぐに向かってくる。
バズは腰から斧を取ると、間合いを取るように後ろへと跳ぶ。
それが合図だったかのように、ナオミとジルはそれぞれ左右に跳んだ。
黒服の男と女も、合わせるように左右に散る。
自然と1対1が三つできる構図になった。

「待ってたぜ、牛。
俺はお前と決着つけたくてたまらなかったんだよ。」
 そう言って遠野はにやりと笑う。
心底嬉しそうなその笑顔に、バズも思わず笑みを浮かべた。
「戦闘狂だな。
いいぜ、敗北の味を教えてやるよ。」
 バズの言葉が終わらないうちに、遠野は地面を蹴り再びバズの懐へ潜り込んできた。
バズの首めがけてナイフが閃く。
咄嗟に斧の柄を使いナイフの軌道をそらしたバズは、そのまま相手の顔をめがけて肘うちを叩き込む。
遠野も体を軽くそらしてこれをかわすと、今度は自分から間合いを離した。
その挙動をみて、バズは相手が着地する前に斧を持ち直す。
注意がそれ、武器の握りを甘くした瞬間。
その瞬間を狙うように、遠野は空を蹴った。
何もないはずのその空間を蹴り、予想外の速さで遠野は再びバズに襲い掛かる。
遠野とバズがすれ違った瞬間、大量の血が吹きだした。


「私達は女同士、仲良くしましょうか。」
 そう言って黒服の女はサングラスを外した。
穏やかとも言える笑顔に似合わない冷ややかな目が現れる。
「そういうなら自己紹介くらい、するべきじゃないんですか?」
 懐から呪符を取り出しながらナオミが言った。
「河合。あなたは?」
「…ナオミ。」
 それだけ言うと二人の女性は静かに向き合った。
どちらからも近づかず、無言で相手の挙動を待つ。
ナオミには相手の手の内を読めない焦りの色が、
河合には余裕の笑みが浮かんでいた。
「っ!」
 先にナオミが動いた。
手にもった呪符を河合に向かって真っ直ぐに投げつける。
「『燃…」
 ナオミの言葉が終わる前に。
ぱちん。
河合の指が乾いた音をたてた。
その音に答えるように、虚空から現れた一本の剣がナオミの呪符を貫く。
剣に貫かれたその呪符は発動することもなく、地面に縫いとめられていた。
「この…!」
 更に枚数を増やした呪符を河合に投げつける。
大きく振りかぶり、ナオミの手から呪符が放たれたその刹那。
「遅いよ。」
 河合は再び指を鳴らし、全ての呪符を剣で貫いていた。


「さて、俺たちも始めるか?」
 ジルが指をゴキゴキと鳴らしながら無表情な男に言った。
男は無言で手を動かし―――
「っ!」
 ジルは天性の勘でそれをかわした。
間髪いれず、男は次の何かを放つ。
見えない何かは間違いなくジルの額を狙い、真っ直ぐに飛んできていた。
ジルは再びそれをかわす。
「悪いが、無駄なことは嫌いだ。
さっさと死んでくれ。」
 そう言いながら男はジルに向かって見えない何かを放ちつづけた。
ジルは必死でそれをかわすが、何発かはジルの顔を掠めていく。
あっという間に傷だらけになったジルは、いったん大きく横に跳ぶと男を真っ直ぐに見つめた。
「妖しげなもん投げやがって…。」
「怪しげなのはお互い様だろう?」
 そう言って男は再び何かを投げ始めた。

 

 

 

 


「声…でる…。」
 少年の呟きに若い男は笑顔で頷いた。
「君を造った時に安全装置として声を封じていたんだよ。
簡単な催眠だったからすぐにとけたもんだと思っていたんだが。
すまなかったね。」
 そう言って男は小さく頭を下げた。
少年は男をじっと見つめた。
自分を『造った』という男は何事もなかったようにニコニコとしている。
「さて、話を始めてもいいかな?」
 男は笑顔で問い掛けてきた。
プレッシャーを感じているのか、少年は唾を飲み込もうとして口の中が乾いていることに気が付いた。
震える手を強く握り締め、意を決して少年はゆっくりと口を開く。
「その前に…。
貴方は、誰なんですか?」
 少年の言葉に男は笑顔のまま大げさにお辞儀をしてみせた。
「そうか、自己紹介がまだだったね。
先ほどからのミス、すまない。
流石の私も焦っているようだな。」
 そう言ってスーツの襟を持ち、服装を正してみせる。
相手の笑顔には緊張感がまるでなかった。
「僕の名は武藤。
ただの小説家だよ。」
 男の言葉に少年は黙った。
何を返していいかもわからず、再び問い掛けるだけの勇気はなかった。
「それじゃあ…こっちの話に移っても構わないかな。」
 そう言って男はゆっくりと、自分のペースで話を始めた。
少年の、生い立ちに関する話を。

「もともと君を造ったのはこの国をなくそうと思ったからなんだ。
どういった方法が最も効率がいいのか、様々な実験を繰り返したよ。
たどり着いた答えが、君だ。強力な魔術を操る生体兵器。
結構長い時間をかけたからね、君の完成を待ち次第実行に移すつもりだったのだけれど。」
 そこで武藤は言葉を切った。
小さく溜息をつき、笑顔のままで少年を見る。
「どうしてか、君は完成間際に逃げ出してしまった。
後は、君も覚えているだろう?
追っ手を使わせてもらったよ。
一度は君が死んだものと思っていたんだけどね…。」
「じゃあ…。」
 少年は呟いた。
男は笑顔を崩さずに少年を見つめている。
少年の手は小さく震えていた。
恐怖ではなく、怒りに。
「じゃあ、フェイルを殺したのも貴方なのか!」
 少年の叫びが広い空間にこだまする。
恐怖も忘れ、少年は真っ直ぐに武藤を見つめていた。
「ああ、そうだよ。
表の世界とのつながりを断ち、なおかつ此方の武力を見せれば観念して戻ってきてくれるかと思ってね。」
 先ほどから変わらない笑顔が、とても無気味に見えた。
感情が欠落しているのではないかと疑うような、張り付いた笑顔。
「そう睨まないでくれないかな。
変に魔法を発動されても困る。」
 まったく困っていないような口調で武藤はいった。
「発動…?
呪文も魔方陣も知らない僕が魔法なんか使えるわけがない。」
 怒りをはらんだ口調で少年が呟く。
それを聞いて武藤の表情が変わった。
笑顔が消え、呆れるような顔を見せる。
「驚いたな…、君は何も覚えていないのか。
そうだな。いずれ君には教えることだ。
少し長くなるが、説明しようか。」
 そう言って武藤はゆっくりと話を始めた。

 

 

 

 

「やっぱいいぜ、お前。
かわしてくれるなんて最高だ。」
 そう言って遠野はナイフを振り、血を振り払う。
切り裂かれたバスの腕からはどくどくと血があふれていた。
バズは服の袖を破ると、腕の根元あたりで強く縛る。
「お前、何した?」
 バズの言葉に遠野は軽く飛び上がる。
そしてそのまま、空中に立ってみせた。
「どこにでも足場が作れる。
俺が使える唯一の魔術さ。」
 そう言ってそのままバズにゆっくりと歩み寄る。
「なるほどな…。
まあ多少やりにくいって程度だな。」
 そういうとバズは斧を構えてみせる。
「そう思うなら…そう思え!」
 遠野は空を蹴り、大きく上に飛び上がり―――
「!」
 そこで再び空を蹴るとバズの右側方へと飛ぶ。
「くそっ!」
 咄嗟に振り返るバズをあざ笑うかのように、
遠野は三度空を蹴った。
バズが必死で遠野を追うのに対し、遠野は視線から逃げるように宙を蹴る。
蹴っているのがただの壁であればすぐにバズは対応できただろう。
しかし実際に蹴っているのは空中である。
毎回蹴る場所が変わるために、どのタイミングで動くのかが読めなかった。
「この野郎!」
 必死で斧を振り回すが、バズの体の傷はじわじわと増えていった。


「短い付き合いになりそうですね。」
 そう言って河合は指を鳴らす。
ナオミは倒れるようにしてその場を離れた。
先ほどまでナオミがいた場所を、数本の刃が切り裂く。
既にナオミの息は上がっており、肩が大きく上下している。
なんとか体勢を立て直し、正面から河合を睨みつける。
「どうして呪文もなしにこんなことができるか、ですか?」
 薄ら笑いを浮かべながら河合がいった。
その言葉を聞いてナオミはにやりと笑い返す。
「アイコンタクトはバッチリみたいね?」
 その言葉に河合は小さく吹きだす。
「そうですね。
まあ、説明する義理はありません。
私は呪文も呪符もナシで魔法が使える。
それだけで貴方には十分でしょう?」
 そう言って再び河合は指を鳴らす。
ナオミはそれを見て咄嗟に横に飛ぶ。
そのナオミを追うように、剣はその空間を横に貫いた。
「っ!」
 自分の体に走る熱い感覚に、ナオミは小さくうめき声をあげた。


 ぽたり、と床に血が垂れ落ちる。
「っつう…。」
 ジルが小さく呟いた。
その言葉にはあまり感情が感じられない。
反射的に、あるいは儀礼として痛みを伝えたといったふうであった。
ジルは血がにじむ指先をじっと見つめる。
ジルの指は間違いなく、見えない『何か』をつかんでいた。
「おいおい、早いんじゃなくてホントに見えねえのかよ。」
 そういってつまんでいたそれを放り投げる。
その様子を見て、黒服の男は顔をしかめた。
いかにも不快といった表情でじっとジルを睨みつける。
その様子に気付いたジルは軽く鼻で笑ってみせた。
「掴み取ったか…。
非常識な奴だ。」
「おいおい、お互い様じゃなかったのか?」
 そういうとジルは地面に手を伸ばし、床石に指をつけて力をこめる。
床石は強い力で、ゆがみ、砕け、ジルの手にそのかけらを残した。
「こう見えても握力は強いほうでなあ。」
「…そういう問題か?」
 男の冷めた言葉とともに、二人は手にしたものを互いにめがけて投げつけた。
空中で見えない何かと、掴み取られた床石がぶつかり、
石の破片が当たりに散らばる。
男は間髪いれずに二発目、三発目を投げ続ける。
勘でそれをさけ、あるいは掴み取り投げ返しながらジルは一つのチャンスをうかがっていた。

 

 

 

「魔法というのはね…呪文も呪符も。魔方陣すら必要ない。
それらは魔法を使う人間の想像力を補強するものに過ぎないんだ。」
 先ほどと変わらぬ笑顔で、武藤は喋り始めた。
少年に対する、魔法についての講義。
それを聞けば魔法を使う方法も見えてくるだろうと少年は予測し、
しばらく黙って聞くことにした。
「さて。
魔法の発動にはエーテルというものが必要になる。
これはこの星なら空気中、どこにでも存在している特殊な気体だ。」
 優しげな瞳は少年をじっと見つめている。
しかし本当にその眼が少年を見ているのかはわからない。
「この気体は非常に不安定でね。
ある条件で簡単にその形を変える。
あるときは炎に。」
 武藤が出した指先に、小さな炎がともる。
「あるときは風に。」
 振られた腕が大きな風を巻き起こし、少年をつつむ。
吹き飛ばされないように必死でその場に留まりながら、
荒れ狂う風の中で少年は目を開く。
「そして、あるときは剣に。
私達が思い描くままに姿を変えてくれる。
あらゆる魔法の正体は、このエーテルなんだ。」
 手の中に生み出した諸刃の剣を携えながら、武藤はゆっくりと少年に歩み寄る。
それでも少年は臆することなく、真っ直ぐに武藤を見つめていた。
その顔をみて、武藤は手を小さく振ると剣をどこかへと消してしまう。
「このエーテルが姿を変える条件は、電気信号。
私達が脳内で使っている情報伝達手段だよ。
エーテルはそれを読み取るかのように、電気信号によって姿を変えるんだ。」
 その言葉を聞いて少年は眉をひそめる。
武藤の言葉が少しずつ理解できなくなってきた。
「よくわからないけど…。
つまり、この空気中にある気体は僕達の望みどおりに姿を変えると?」
 少年の言葉をきいて武藤は満足そうに頷く。
「そのとおり!
そこには呪文も道具も必要ない。
私達の想像力だけがものをいうんだ。」
 とても楽しいことを話すように、武藤の表情には興奮が混じり始めていた。
少年は話を聞きながらあることに思い当たる。
「じゃあ…貴方が小説家だって言うのは…」
「君は頭がいい。
そう、小説家や画家のような職業はそういった想像力が一般の人間よりも強いんだ。
だから、この星では私達は力を持てた。」
 そこでようやく少年は納得した。
つまり少年は人よりそういった力が強い、ということなのだろう。
武藤の話を信じるなら電気信号だかなんだか、少年には理解できないそれが並以上ということになる。
彼は自分をそういう風に造ったのだと理解した。
そして、その力を使えといっているのであろうということも。
「さあ、こんな話はもういいだろう。
そろそろ協力してくれないか。
なんなら…こういったものを用意したって構わないよ。」
 その言葉とともに、武藤の後ろに人影が現れた。
少年にとって、忘れられない顔がそこにはあった。
思わず、呟きが漏れる。
「フェイル…。」

 

 

 

「ぬおおおおおお!」
 バズの叫び声が響く。
バズは気合とともに、手にもっていた斧を全力で投げつけた。
「どこ狙ってやがる!」
 遠野は宙を蹴り、それをあっさりとかわすと一気にバズに肉薄する。
「があぁっ!」
 男の野太い声が、遠野の後ろから聞こえた。
とっさに地面に足をつけ、後ろを確認する。
そこには肩口を切り裂かれた男がいた。
ジルと遣り合っていたはずの男はバズが真後ろから投げた斧をかわしきれず、
右肩に深い傷を負っていた。
「鈍間がっ!」
 男に向かって遠野の罵声が飛ぶ。
そのときにはジルは既に、河合の喉笛をつかんでいた。
ぐちゃり、と濡れた音が聞こえる。
河合は悲鳴をあげることもできず、ジルの腕の中で悶え苦しんでいた。
 遠野は自分の危機を感じ、咄嗟に後ろに飛ぶ。
バズの拳が、遠野の胸を掠めた。
遠野は必死で間合いを取ろうと後ろへととび、
バズはそれを追うように走る。
わずか数ミリのその距離を遠野は維持しつづけていた。
「『切り裂け』!」
 ナオミの言葉が当たりに響いた。
その言葉に応え、バズの全身に刻まれた刺青がうっすらと輝く。
「てめぇ…!」
 遠野が言葉を口にするよりも早く。
バズの体を中心に巻き起こった旋風は、辺り一体を切り裂いていた。
全身から血を流し、どさり、と重苦しい音を立て、バズと遠野がその場に倒れる。
二人を中心に、ゆっくりと血だまりが広まっていった。
「あとは…お前だけだな。」
 ジルが動きをとめた河合から手を離し1人残った男に言い放った。
男は無言で、残った左手を振るう。
見えない弾丸がジルの頬を掠める。
「利き腕が使えねえんだ、勝ち目はないだろ?」
 それでも放たれる弾丸を、ジルはかわし、あるいはつかみ取りながらゆっくりと歩み寄る。
「…っ!」
 男の胸に、突然ナイフが生えた。
状況を察したジルが振り返ると、半死半生の遠野が体を起こし男を睨みつけている。
「みっともねえ真似…してるんじゃねえよ…。」
 男と遠野は、同時に倒れた。

 

 

 

「フェイル…どうして…」
 少年の呟きを聞きながら、獅子の青年はゆっくりと歩み寄ってきた。
その姿をみた少年は動くこともできず、恐れとも戸惑いともつかぬ感情のままに、青年を見つめつづける。
「会いたかったのだろう?
私が今、用意したよ。」
 少年の様子をみながら武藤が言う。
その言葉で、少年は我に返った。
「違う、こんなのフェイルじゃない!」
 少年の言葉で、手を差し伸べていたフェイルの姿が掻き消える。
「フェイルは死んだんだ!
生きてるはずがない!」
 少年は叫んだ。
腹の底から、全ての力をこめて。
その言葉に、武藤は笑顔をやめた。
「…なぜ認める?
別れを望むはずがないだろう!
なぜ死を認めるんだ!」
 武藤の語気が乱れる。
そこに少年は、初めて感情を見出した。

「別れたくなんかない、
でも認めなきゃ進めないんだ!」

「認めるな!
お前のせいで死んだんだ、お前が殺したんだ!」

「僕のせいかもしれない、
でも逃げてちゃダメだ!」

「好きだったんだろう!?
助けることもできず、見殺しにしたことを覚えていたくなんかない!」

「でもたくさんもらったんだ!
生きることの楽しみも、頑張ることの大切さも、失うことの悲しみも!」

「大切な人間一人守れずに、そんな自分だけが生き長らえて、
そんな自分を許せるのか!?」

「貰ったものを、無駄にしたくないんだ!
彼がくれたものを守って、生きていかなくちゃいけないんだ!」

「黙れ、見るな!真実から目をそらせ!
辛い想いなどしたくはない!」

「生きろっていわれたんだ、頑張れっていわれたんだ!
彼の気持ちを、無駄にしたくない!」

「忘れろ、忘れろ、忘れろ!
全て夢だ!現実ではない!」


「絶対に、忘れない!」

 

 

 二人の叫びが暗く、広い空間ですれ違う。
思いを叫びきった少年は、大きく肩を動かしながら武藤をじっと見つめた。
思いを搾り出した武藤は、下を向きゆっくりとその場に膝をつく。
「死んでなど…いない…。
忘れろ。死んでなど…」
 小さな呟きが聞こえてくる。
少年は途中から気付いていた。
武藤は、目の前の哀れな男は自分と会話をしているのではないと。
ただ、自分に言い聞かせるために叫んでいるのだと。
「違う…死んでなんか…殺してなんか…」
 床を見つめたまま、武藤はぶつぶつと呟きつづけた。
「貴方も……?」
 少年の問いに武藤は答えない。
ただ1人でぶつぶつと呟きつづけている。
少年はようやく気付いた。
初めからこの男は、壊れていたのだと。

 

 

「ライオンくーん!」
 どこから降りてきたのか、少しはなれたところからナオミの声が聞こえた。
隣には血まみれのバズを背負ったジルも立っている。
「…これは…?」
 目の前でうなだれている武藤をみて、ナオミは心配そうに少年を覗き込んだ。
「黒幕…だったみたいです。
まだ戦意があるとは思えませんけど。」
 少年の言葉に、ナオミは目を丸くした。
少年を指差し、何事かいおうとしているが言葉が続かない。
ただただ驚いた表情を浮かべていた。
「お前…しゃべれたのか?」
 ジルがナオミの言葉を代弁した。
少年は困ったような表情を浮かべてから答える。
「後で、説明しますよ。
それより早く戻らないとバズさんが…。」
 ジルの背中でぐったりとしているバスを心配しながら少年が言う。
「あ、バズは…血はたくさんついてるけど、
致命傷はないから大丈夫。
1週間もすれば歩けるようになると思うよ。」
 その言葉を聞いて少年は安堵の溜息をついた。

「じゃあ…ひとまず帰りましょう。
なんだかとても疲れました。」
 ナオミはその言葉に頷き、ジルは少し心配そうに武藤の方を見ている。
「大丈夫ですよ。
まだ僕を狙うようなら…今度は直接戦いますから。」
 そう言って少年はナオミとジルを、帰り道と思われる二人が来た方向へ促す。

 

 最後に少年は振り返り、哀れみをこめて呟いた。
「…さようなら。」

 

 

 


 少年は夢を見た。
とても哀しくて、辛い夢だった。

 

 

 

「…目が、覚めたか?」
 少年が目を開けると、イスズが顔を覗き込んでいた。
あたりには誰の姿もない。
「僕は…。」
 体を起こし、重い目をこすりながら少年は呟いた。
「ずっと眠っていたのだ。
帰ってきてから三日になるな。」
「そんなに寝てたのか…。」
 改めて少年はあたりを見回す。
出発前までいた家とは違う。
一度来たことがある…イスズとルーブが暮らしている部屋だった。
少年はゆっくりと立ち上がり、自分の服装を確認する。
ベルトは緩められているが、最後に起きていたときのものと変わらない。
「お前が起きたと知れば、この街に残っている皆がきてくれる。
会っていけ。礼を、言わねばならぬしな。」
 少年の考えを見透かしたようにイスズが優しく声をかけた。
「…はい。」

「少年よ。
今が、選択のときだ。」
 イスズはゆっくりと立ち上がり、傷ついた翼を広げた。
「過去とともに、この街に残るか?
未来を知るために、この街を去るか?」
 イスズの問いに、少年は迷いなく答える。
「旅に、でます。
自分のやりたいことを探さなくちゃならないから。」
 そういった少年の笑顔はとても悲しげだった。
「最後に聞いておこう。
汝の名は?」

「僕の名は―――――。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Army/リング
ハリソンとともに、アティクアからはなれた山中で木こりとして生活中。
最近は近くの町から遊びに来る少年達に剣を教えたりもしている。


Boy/ビッグ
春・夏はワイルドとともに近くの山でのんびりと暮らし、
秋・冬は以前同様娼館「ソドム」で働いている。最近は生活に刺激を求めている。


Cleric/ロン
相変わらず行方不明の師匠を探して旅を続けている。
最近は名物食べ歩きになりつつあり、当初の目的を忘れかけている。


Dream/ディラック
海の見える丘に二人の家を構えようかと計画中で、土地を探しがてら
ロックとの二人旅を満喫中。もうしばらくは旅を続ける模様。


Enlistment/マイク
相変わらずガッツやドン大佐と肉欲の日々を過ごしている。
最近はノンケの分隊長に御執心で、なんとか喰えないかと画策中。


Free/ルーブ
イスズと二人でのんびりと生活中。最近はバイトを首になり、
イスズの占い家業でなんとか生計を立てている。


Guys/ジル
三日で怪我が治ったバズと、ナオミの三人で今までどおりの生活に戻る。
最近ナオミの生理がとまったらしく、1人慌てている。
獣人と人間の間に子供ができないことを、彼は知らない。


Heaven/スパイク
ダイゴに教えてもらった知識をもとに新しい機械を発明。
が、当然失敗。ストレス解消もこめてシュウジと(半ば強制的に)
ソフトSMに挑戦中。


Independence/虎姫
ダイゴとの子供を無事出産。イーヴァと名づけられた女の子は元気に成長中。
ダイゴは予想通りの親バカっぷりを発揮して、財産を食いつぶすほどベビー用品を買い込んでいる。


Judge/本名不明
夢でであった『彼女』とともに、教会で孤児院を開いている。
最近の悩みは自称サンタが毎日のように入り浸ること。


Karma/リロード
ついに息子にオナニーについて教えることを決心。
医学的な知識を詰め込み、真面目に解説した。仕事も順調で一安心。


Live/『フェイル』
死亡。


Miracle/サンタB
無事に仕事をリストラされ、もっぱらサンタAのヒモ。
最近は毎日のように孤児院に遊びにいっては子供たちの遊び相手をしている。


Next/少年ことユウキ
皆に見送られ、アティクアを旅立つ。
あちこちの町、国を見ながら自分の本当にしたいことを探している。

 

 

 

 

 

 


                                                                   北の街 完