3/自由のために

 


「ダイゴさーん。」
 ルーブの声に、頭の薄い中年男が振り返った。
ここアティクアでは人間自体が珍しい。
そんな中でダイゴと呼ばれる中年男はひときわ異彩を放っていた。
「ダイゴさん、その服…。」
 近くに駆け寄ったルーブはその格好を見て思わず眉をひそめた。
ダイゴの服は一般的でないもの…いわゆる着物と呼ばれるものだった。
「おう、イカスだろ。」
 そういって親指をぐっと立ててウィンクをして見せた。
ルーブは思わずその場で一歩あとずさる。
「生地薄そうですけど、寒くないんですか…?」
 突っ込むところはそこじゃない、と分かりつつもルーブは尋ねた。
他の部分に突っ込むのは怖すぎたのだ。
「もう春だしな…。
そのうちあったかくなるだろ。」
 えらく投げやりな言葉にルーブはもはや突っ込む気力すらなくしてしまった。
「それで…虎姫さんは?」
 辺りを見回しながらルーブが尋ねる。
一緒に来るはずだった虎姫の姿はどこにも見えない。
ルーブの言葉にダイゴはやや顔を赤らめた。
「ああ…疲れたんで休ませてるよ。」
 近くにある喫茶店を指差しながらぶっきらぼうにそう言い放つ。
ルーブは指差された店を見る。
小さな喫茶店の窓の向こうに、カップを片手に持った虎姫の姿が見えた。
ルーブは彼女の姿を見つけて思わず笑顔になる。
ダイゴの手をつかみ、引きずるようにして喫茶店へと駆け込んだ。
「虎姫さーん!」
 手をブンブンと振りながら大きな声でルーブが叫ぶ。
流石にそれで気付かないはずがない。
苦笑を浮かべながらも、小さく手を振って返した。
「虎姫さん、おひさし…ぶり?」
 虎姫に駆け寄ったルーブは思わず言葉に詰まった。
「ええと…太った?」
「そんなはずがあるか。」
 現実を受け止められないルーブに、後からダイゴの冷たいツッコミが飛ぶ。
ルーブは後を振り向くと、何か言いたげな目をダイゴにむけた。
それを見てダイゴは思わず視線をそらす。
虎姫は顔を赤らめながらも笑顔を見せている。
「僕と先輩の子だよ。
あれから妊娠、したんだ。」
 そういってさらに顔を赤らめてみせる。
ルーブは唖然とした顔でそれを眺めていた。
ダイゴと虎姫はあれから正式に結婚したのだから、当然といえば当然なのだが。
「予想外だったなあ…。」
 大きくなっている虎姫のお腹を見つめながらルーブはつぶやいた。
「あ、そういえばディラック君達は少し遅れるけど、すぐにつくみたいだよ。
一緒に来たかったんだけどね、あんまり体に負担かけられないから。」
 自分のお腹をゆっくりと撫でながら虎姫は言った。
ルーブは優しげなその手つきを思わずじっと見つめる。
「で、イスズは?」
 ぼんやりとしているルーブに虎姫が尋ねた。
周りを見回してイスズの姿を探している。
「あ、えーと。
そう、そのことで話があるんだよ。
場所変えてもいいかな。」
 虎姫の言葉にぼんやりとしていたルーブが慌てて返事をした。
ルーブの言葉を聴いて虎姫は不思議そうな顔をした。
「あれ、話してないの?」
 ルーブはダイゴを振り返って尋ねた。
一応手紙には簡単に事情を記したはずである。
「心労をかけたくねえんだよ。」
 そういってダイゴは再びそっぽを向いた。
「もう、ちゃんと話してくれればいいのに!」
 そういって虎姫は少し怒って見せた。
ダイゴはそれでも顔を背けたまま黙っている。
「とにかく、移動しようよ。
イスズ達がまってるから…。」
 今にもケンカしそうな二人の間にルーブがわって入った。
もちろんこんなことでケンカになるはずもなく、
二人にとってはいつものこと、これはこれで仲がいいのだが
お腹が大きくなっている虎姫を見てルーブもまた動転しているのである。
さあ早く、とルーブにせかされて、お金を払うと虎姫とダイゴは店を出た。
案内されるままに裏道へ入り、右へ左へと曲がる。
「あれ、こんなところに住んでるの…?」
 虎姫が大きなお腹を抱えながら不安げな足取りで歩く。
「その…今見つかっちゃまずい状態でね。
いつもの家とは違うところにいるんだ。」
 言いにくそうにルーブが説明した。
それを聞いて虎姫とダイゴは同時にため息をつく。
「まったく、お前はゴタゴタに首を突っ込むのが好きだな。」
「ほんと、トラブルメーカーだよね。」
 二人はまったく同じ感想をほとんど同時に述べた。
「ち、違うよう。
僕じゃなくてトラブルメーカーなのはイスズ!」
 ルーブの言葉に一瞬二人は間を置いて、
そして理解したように二人とも大きく頷いた。
「なるほどねー…。」
「まあ言われてみりゃ前も元凶はあいつだしな…。」
 妙な説得力を感じて二人ともそれ以上の反論はないようだった。
その様子をみながら、ルーブは苦笑した。
自分で言ったことながら、イスズに罪を押し付けた気がして軽い罪悪感を覚える。
「ここだよ。」
 そんなことを話している間に三人は目的の場所についた。
暗い裏通りをとおり、汚い裏道をあちこちに曲がったその結果辿り着いたのは、
イスズとルーブが暮らしていた家よりも豪華な一軒家であった。
「いい家だねー…。」
 家を見上げながら虎姫はつぶやいた。
「その…母の知り合いの家なんですよ。」
 そう言って玄関の扉を開ける。
「オーブさんという方がしばらく家を空ける、というのでお借りしたんです。
いまさら母親に頼るのも情けない話ですけどね…。」
 そういってルーブは笑って見せた。
「二人とも、久しぶりだな。」
 玄関をくぐったとたんにかけられた声に、二人は声のしたほうを見あげた。
階段をゆっくりと降りてくるイスズの姿をみて、ダイゴは手をあげて挨拶する。
「イスズ、久しぶり。」
 虎姫も微笑みながら手を上げて挨拶する。
そんな虎姫の姿を見て、イスズも意外に思ったらしい。
「なんだ、子を作ったのか。」
 そういってイスズは階段を下りると虎姫に歩み寄った。
虎姫ははにかむような表情を見せて自分のお腹をなでて見せた。
ダイゴは相変わらず顔を赤くしてそっぽを向いている。
ルーブはそんなダイゴの様子を見ながらニヤニヤと笑っていた。
「ふむ…八ヶ月といったところか?」
 イスズはそっと虎姫の大きなお腹をなでた。
虎姫は相変わらずの笑顔で頷いてみせる。
隣ではダイゴの照れた顔を覗き込もうとしたルーブが思い切り殴られていた。
「ええと…とりあえず僕はディラック君迎えに行って来るね。」
 殴られたところを抑え、なみだ目になりながらルーブが言った。
ダイゴは言って来い、と手で答える。
その姿を見てルーブは苦笑を浮かべながら家を出た。
「おい、イスズ。
子供の話しはその辺にして、いい加減話きかせてくれねえか。」
 相変わらず視線を逸らしたままでダイゴが言った。
ダイゴの言葉に、虎姫の腹をなでていたイスズもわれに返る。
「む…。
そうだな、説明しておこう。
こちらに来るがよい。」
 そういってイスズは歩き出した。
虎姫とダイゴもその後をゆっくりと歩く。

 

 


「…とまあ、こういったわけだ。」
 現状をあらかた説明し終えると、イスズは隣に座るライオンの少年を横目で見ながらお茶をすすった。
「ほんとにトラブル抱え込むねえ…。」
「トラブルメーカーめ。」
 虎姫もダイゴも話を聞いて、深くため息をつく。
現在のイスズや少年の立場は二人が予想していたよりもずっとややこしい状態であった。
「まさかまた奴らとやりあってるとはなあ…。」
 そういってダイゴはいやそうな顔をしてみせる。
もともと自分が所属していた組織だけに、その組織のいやな部分が露骨に想像できてしまっていた。
「喧嘩売るにしてももうちょっと相手選べよ。」
 そういって出されたお茶を一気に飲み干した。
「申し訳ない。」
 そういってイスズは下を向いた。
隣ではライオンの少年がさらに申し訳なさそうにしている。
「とにかく。」
 そう言ってダイゴは手にしていた湯飲みをテーブルにだん、と叩きつけた。
「今回は俺は降りるぞ。」
 その言葉に一番驚いたのは虎姫だった。
予想外の言葉に一瞬あっけに取られた表情を見せる。
「ちょ…ちょっと先輩!」
 虎姫の言葉も無視してダイゴは立ち上がる。
ダイゴは虎姫の手をとり立ち上がらせるとそのまま玄関へと向かった。
「先輩!ちょっと待ってくださいよ!」
 虎姫はなんとかダイゴの手を振り解き、そう叫んだ。
「見捨てるんですか?
イスズたちは自分で何とかできるかもしれないけど、
でも彼は。」
 そういって虎姫はうつむいたままの少年を見た。
自分が迷惑をかけていることがわかっているのだろう。
そんな様子をみて、虎姫はとても不憫に思っていた。
「見捨てる。
以前ならいざ知らず…今はもっと大切な、守るべきものがある。
誰になんと言われようと俺はお前と子供を守る。
そのためには手段をえらばねえよ。」
 真剣な表情で、ダイゴは虎姫をまっすぐに見つめた。
虎姫はダイゴの視線に言葉を失う。
「虎姫、ダイゴの言うとおりだ。
その体で無理をするべきではない。」
 イスズは悲しげな顔でそういった。
「協力をえられんのは残念だが、何かあってからでは遅い。
よい子を産んでくれ。」
 イスズの言葉にダイゴも頷いた。
「さあ、帰るぞ。」
 ダイゴはそういうと、今度はやさしく虎姫の手をとった。
それでも虎姫はそこから動こうとしない。
「トラ。帰るんだ。」
 虎姫は首を横にふった。
「先輩は将来、この子が生まれたときに言えますか?
お前を守るために他のヒトを見殺しにしたんだって。」
 今度はダイゴが言葉に詰まる番だった。
虎姫のまっすぐな視線を正面から受け止めながらも、何も言い返すことは出来ない。
「協力してあげましょう、先輩。
僕は大丈夫ですから。」
 そういって虎姫は微笑んだ。
「…大丈夫って、保証でもあるのかよ。」
「先輩が守ってくれるんでしょう?」
 虎姫はとてもやさしく笑っていた。
それを見てダイゴは大きく、そして深くため息をついた。
イスズは不安そうに、虎姫は相変わらず笑顔のままでダイゴを見つめていた。
「俺の手に負えない事態になってもしらねえぞ?」
 虎姫は大きく頷いた。
「だから先輩が好きなんです。」
 その言葉にダイゴは顔を真っ赤にして視線を逸らした。

 

 

「で、何すりゃいいんだよ。」
 半ば投げやりな様子でダイゴはつぶやいた。
もう虎姫に逆らうつもりもないらしい。
「うむ…。
ともかくは相手のことを知らねば始まらん。
やつらがどこから来るのか、それがわかればこちらから攻めることもできようが…。」
 それを聞いてダイゴは改めてため息をついた。
虎姫も隣であっけに取られたような顔をしている。
「ふ、二人ともどうした?」
 二人のリアクションにイスズも思わず不安になる。
ダイゴは説明するのも面倒だという風に、目で虎姫に答えるように振った。
「あー…。
その程度ならすぐにわかるよ。
自宅から回収してきた分の中にそういうデータが入ってるはずだから。」
 そういってダイゴが持っていたカバンをごそごそとあさり始めた。
机の上には見慣れないものがゴトゴトと音を立てて並べられていく。
それが何かもわからないまま、少年とイスズはそれを見つめた。
「その程度なら別にここまでくる必要もなかったんじゃねえか…。」
 虎姫が準備する隣ではダイゴがつぶやくが誰もその言葉には耳を貸さない。
手際よく準備する虎姫を、みなが黙って見つめていた。
「ただいまー。」
 ちょうどその時にルーブが帰ってきた。
こちらに近づいてくる足音は三つ。
やがてルーブが部屋の扉を開けた。
「ディラック、ロック。
久しぶりだな。」
 ルーブの後ろにいた二人にイスズが立ち上がって声をかけた。
虎姫も準備の手を止めないまま二人に笑顔を向ける。
ダイゴもまた椅子に座ったまま手をひらひらと振って見せた。
「皆様、お久しぶりです。」
 ディラックが部屋全体に聞こえるようにそういうと、二人は並んで頭を下げた。
「それからライオン君は始めまして、だね。」
 頭を上げるとディラックは少年に向かってやさしく微笑んだ。
少年はそういわれてあわてて頭を下げる。
「事情は聞いているのか?」
 ルーブとロックが二人で椅子の準備をしている間に、イスズが訪ねた。
ディラックは頷きながら少年の隣に腰掛ける。
不安げな表情を見せる少年にディラックはやさしく話しかけた。
「君がどれくらい大変だったかは僕にはわからないけどさ。
大切な人がいない辛さは少しくらいわかるつもりだから。
僕に出来ることなら手伝うよ。
…相手の家に喧嘩売りにいった経験ならあるからね。」
 そういってディラックは笑って見せた。
少年はその笑顔を見て、少し安心した表情を見せる。
「だめだ…。」
 虎姫の言葉が場の雰囲気をがらりと変えた。
ダイゴやディラックの協力も得られ順調に行くと思われたその考えが、
虎姫の言葉で一気に不安へと置き換わる。
「どうした?」
 虎姫の正面に座っていたイスズが尋ねた。
隣にいたダイゴも虎姫が持っているものを覗き込む。
「何かトラブルか?」
 隣の部屋に椅子を取りに行っていたロックが、
部屋に入ってくるなり虎姫の手元を覗き込む。
虎姫の持っているものにはロックには理解不能なアルファベットがびっしりと画面いっぱいに表示されていた。
「先輩ー…。」
 持っていたものをそのままダイゴへと渡す。
ダイゴはそれを受け取ると何か操作を始めた。
ロックの目の前で、画面に映っていたアルファベットが消える。
そしてピ、という小さな電子音に続いて再びアルファベットが画面いっぱいに表示された。
「んー…。
おいトラ、ドライバーとか持ってきたか?」
「持ってきてませんよー…。
いるとは思ってませんでしたから。」
 ダイゴの言葉に虎姫が困ったような顔で答えた。
その後もダイゴは無言で機械をいじっていたが、ロックには状況が改善されたようには見えなかった。
「故障…なのか?」
 イスズが聞くと虎姫が申し訳なさそうに頷いた。
その場にいた全員の口から小さくため息が漏れる。
「ちくしょう…せめて道具があればなあ。」
 ダイゴが頭をがしがしとかきながらそうつぶやいた。
その言葉にディラックが反応する。
「…道具があればいいんですか?」
 ディラックのつぶやきに、全員の視線が集まった。
何故だが申し訳なさそうな顔をしている。
「なんとかなるかもしれん、程度だが。
なんかあるのか?」
 その言葉にディラックはあいまいに頷いた。
「ルーブも知らない?
この街にいる、自称天才発明家。」
「あ…。」
 そういわれてルーブも思い出したようにつぶやいた。
それを見ながらディラックは苦笑を浮かべている。
「あんまり人付き合いのいい性格じゃないけど…。
頼むだけ頼んでみますか?」
「そうだな。どんな奴か知らんが、そいつが道具を持ってる可能性が高いなら、
行くだけでも行ってみたいところだな。」
 ディラックの問いにダイゴはそう答えた。
その答えを聞いてディラックは小さくため息をついた。
「わかりました、案内しますよ。
他の人はここで待っててください。」
 そういってディラックとダイゴは立ち上がった。
「俺も行こうか?」
 ロックも立ち上がりそういったが、ディラックはゆっくりと首を振った。
「偏屈な人だからね…。
人数は少ない方がいいよ。
イスズさんやルーブ君に会うのも久しぶりなんだし、ゆっくりしておいて。」
 そう言ってディラックとダイゴが立ち上がった。
それに続いて今までずっと座っていた少年が立ち上がる。
ディラックとダイゴは戸惑った顔でイスズを見た。
イスズもどうしたものか、といった表情を見せている。
その間にも少年はダイゴに近づき、着物の腰の辺りをつかむ。
しゃべることが出来ない少年は、無言のままダイゴを見上げる。
少年にじっと見つめられ、ダイゴは困ったようにイスズを見た。
「…つれていってやれ。」
 あきらめたようにイスズはつぶやいた。

 

 


「こんにちわーっ!」
 店の入り口をくぐると、ディラックが大きな声をあげた。
店の置くからどたどたと大きな音が聞こえて、やがて一人の犬の少年が顔を出した。
「いらっしゃいませーっ。」
 先ほどのディラックにも負けない大きさで店員は叫ぶ。
叫んだ後に、店員はディラックの顔をみて口を大きく開けた。
その様子を見ながらディラックは苦笑してみせる。
「ディラックさん、お久しぶりです。」
 店員はカウンターから出てくるとディラックの下へ走りよった。
「最近お顔を見ないからずいぶん心配してたんですよ。
引越しでもなさったんですか?」
 犬の少年は大きく尻尾を振りながら矢継ぎ早に質問を繰り返す。
「うんまあ…。シュウジ君は元気そうだね。」
ディラックは少し困った表情を浮かべながらシュウジと呼ばれた少年の問いに答えていた。
「…浮気相手だと思うか?」
 いまだ自分の着物をつかんでいる少年に、ダイゴは小さな声でつぶやいた。
少年は表情を変えないまま、小さく首を傾ける。
「…忘れてくれ。」
 ダイゴはため息混じりにつぶやいた。

「おいシュウジ。
客じゃねえのか。」
 不機嫌な声が聞こえた。
皆が声のした方向を振り向く。
メガネをかけた狼がカウンターの向こうから顔を覗かせていた。
「あ、えーと…。」
 シュウジはなんとか説明しようとしているが、どう説明していいのかわからないようで
言葉に詰まったままあわてた表情を見せる。
その間にもメガネの狼はカウンターから出てくるとディラックに詰め寄った。
「よう、あんた。
客じゃねえならさっさと帰ってくれねえか。」
 狼は思い切りディラックの顔をにらみつけながらそういった。
「俺たち思いっきり無視だよな…。」
 ダイゴの呟きに、少年は小さく頷いた。
「いえ、今日は貴方に用がありまして。」
 これ以上ないほどに顔を歪めてディラックをにらみつける狼を、
なんとか押しとどめながらディラックは言った。
「俺はお前に用なんかねえ!」
 狼は叫ぶ。
シュウジは困ったような顔であわてていた。
「さっさとかえりやがれ!」
 そう叫ぶ狼に、ダイゴが突然後ろからしがみついた。
「俺たちは用があるっていってんだよ。
さっさと工具かしてくんねえか。」
 今まで無視していた相手に後ろからしがみつかれて狼は一瞬不快な顔を見せるが、
ダイゴが言っていた内容に反応したのか、その表情から先ほどまでの怒りが消えた。
「工具って…お前も発明家か。」
 狼の言葉にダイゴは小さく笑った。
「そんなんじゃねえよ。
もっとも扱いならお前より巧い自信があるけどな。」
 そういってダイゴはしがみついたままニヤリと笑って見せた。
ダイゴの言葉に狼はむっとした顔を見せる。
「だったら見せてもらおうじゃねえか。」
 狼はダイゴを振りほどくと、その鼻先にびしっと指を突きつけた。

 

 

 狼は大きく開いた口からよだれを垂らしながら、意識を半分以上手放していた。
「使いにくいよなあ。
まあ手作りなんだからしょうがねえか。」
 そういいながらもダイゴは借りた工具で自分の持ってきた機械をがちゃがちゃといじり倒している。
見たこともないものを、ものすごい勢いでいじられる様をみて狼はほぼ完全に失神していた。
「スパイク、大丈夫…?」
 シュウジの言葉にも狼は一切反応しない。
「すっかり魂でちゃって…。」
 そんな様子を見ながらディラックも呟く。
「よし、こんなもんだろ。」
 そう言ってダイゴは蓋を閉じた。
ぐるりと反転させるとスイッチと思われるところを押す。
ピ、という小さな電子音とともに画面にアルファベットが現れる。
しばらくその画面を眺めた後にダイゴが大きくため息をついた。
「よし、治ったみたいだな。」
 そういってダイゴは安堵の表情を見せた。
「で…で…」
 ダイゴの言葉にスパイクがプルプルと震えながら何事か呟きだした。
あまりの不気味さに全員がスパイクを見ながら少し距離をとった。
「弟子にしてくださいっ!」
 スパイクが突然その場に土下座しながら叫ぶ。
「いや…弟子とかそんなんじゃねえしなあ…。」
 ダイゴは困ったような顔で視線をそらす。
スパイクはそれにもめげずに、ダイゴの手をしっかりと握り締めた。
「お、俺にもキカイの作り方をおしえてくれええええっ!」
 今にも泣き出しそうな顔でダイゴに迫る。
ダイゴは手を振り解き、迫ってくるスパイクを必死で押しとどめた。
「お、俺が発明したわけじゃねえよ。
もともとあるこいつの中身を知ってるだけで…。」
 そういって手元にある機械をポン、とたたいて見せた。
「それでもいい、教えてくれーっ!」
 振り払われても振り払われても、スパイクはダイゴにしがみついていった。
必死で抵抗していたが、さすがのダイゴも根負けしたらしい。
最後にはしぶしぶ頷いていた。
「おい、ディラック。
これもって帰ってトラに渡してくれ。
扱い方はあいつも全部わかってるから。
それから、こいつもな。」
 そういってダイゴは自分の脇に座っていた獅子の少年をぐいっと差し出した。
ディラックは頷くと立ち上がる。
「それじゃあシュウジ君、またね。」
 シュウジが深々と頭を下げたのを見ると、
ディラックは少年をつれて店を出た。

 

 


「…というわけで。」
 ダイゴがいなくなった理由を話して、ディラックは虎姫に預かっていたものを手渡した。
虎姫は呆然とした顔でそれを受け取り、はあ。と呟いた。
「あの様子だとしばらくは帰れそうにないですよ。」
 ディラックは苦笑を浮かべながらそういった。
「まあ…浮気よりはいいけど…。
守ってくれるんじゃなかったのかなあ…。」
 虎姫はぶつぶつと呟きながらも、あきらめたように機械のスイッチをいれた。
ピ、という電子音と画面にならぶアルファベット。
みなが見つめる中で虎姫の指が鮮やかに動く。
カチャカチャという軽い音だけが辺りに響いた。
「なんとかなりそうか?」
 イスズの問いに虎姫は笑顔で頷いた。
その様子をみて、一同の肩から力が抜ける。
緊張がほぐれたのか笑みをこぼすものもいた。
「さすが先輩。
完全に治ってるね…。」
 そういいながら虎姫はポケットから取り出したディスクを挿入し、読み込ませる。
「えーと、組織のアジトだったよね…」
 データを呼び出し、虎姫はじっと画面を見つめる。
ふたたび一同に緊張が高まった。
「…あ。」
 虎姫の呟きに一同が息を呑んだ。
虎姫は画面から顔をあげると、ゆっくりと少年たちの方に向き直った。
誰も一言もしゃべらず、虎姫をじっと見つめている。
彼女は、小さく呟いた。
「ここ。」
 皆が、言葉の意味を理解できなかった。
虎姫はもう一度言う。
「ここ、北の街。
アティクアにアジトがあるよ。
それも中枢規模の。」
 今度は、一同は言葉の意味が理解した上での沈黙だった。
思わず全員が無言で顔を見合わせる。
ようやくイスズが口を開いた。
「まあ…予想通りというか…。」
 なかばあきれたような声で言った。
「このような大きな町にあってよく見つからぬな…。」
 その言葉に虎姫は少し操作をした後何かを確認したようにうなづく。
「そうだねー。
やっぱり軍隊の力は偉大だってところなのかな。」
「え、軍が組織と手を組んでるの?」
 驚いたようにディラックが声をあげた。
虎姫は首をひねる。
「というか…。
うーんそうか、貴方たちは知らないんだね。」
 虎姫の言葉に全員が不思議そうな表情を浮かべた。
全員が虎姫の言葉を待って、無言で待ち続ける。
「正確に言えばね、軍は組織の一部なんだよ。
派生した、って言ったほうが正しいのかな。」
「って…じゃあ組織ってそんなに大きいわけ!?」
 ようやく相手の大きさを悟ったのか、ディラックが驚きの声を上げた。
声には出さないがその場にいた誰もが予想を上回る相手の大きさに驚いている。
ディラックが叫んだことが、他の全員の興奮を抑えていた。
「うーん、私も末端の人間だからわかんないけど…。
少なくとも私が所属してた組織でもこの国の軍隊と取引するときにはずいぶん高圧的だったし…。
立場的にはうちの組織が上だったのは間違いないよ。」
 ディラックの興奮とは対照的に、虎姫はつとめて冷静に言った。
その言葉にディラックは再び無言になった。
以前の自分を思い出し、その無謀さに血の気が引いた。
ディラックの考えに気づいたのか、ロックが後ろからそっと肩を抱き寄せる。
抱き寄せられるままにロックに歩み寄ると、ディラックは彼の手を強くにぎった。
「しかし…俺はここの軍施設に忍び込んだことがあるが、
そんな部屋は一つもなかったぞ?」
 ロックの言葉に虎姫は首を横に振る。
「甘い甘い。
組織の施設がそんなに判りやすくあるわけないでしょ?
大方地下にでも埋めてあるんじゃないかな。」
 虎姫の言葉に、ロックは自分が監禁されていた施設を思い出した。
確かにあそこも目立たないように、地下に埋められていた。
今回も同じように隠されていることは想像に難くない。
「しかし…そうなると乗り込むには道案内が必要だな。」
「できれば隠密行動がいいからな。
軍服もあるといいんだが。」
 イスズが首をひねりながら言うと、それに答えるようにロックが続けた。
さすがにこの問題ばかりは虎姫にもどうしようもない。
親切に地図までが手元にあるわけではないのだ。
「道案内かあ…軍関係者でもいないことにはねえ…。」
 そのルーブの呟きに、ロックがはじかれたように顔を上げた。
ディラックを呼び、二人で何事か話している。
「どうした。」
 イスズの問いに、少し考えた後ロックが答えた。
「こっちに来る途中な…。
一人のトカゲにあってさ、そいつが言うには元軍人の家にお世話になったとか何とか…。」
「……怪しいな。」
 怪訝そうな顔でイスズが言った。
ロックもディラックも苦笑するしかない。
「そもそもどうしてそのようなことを言う。」
「ん、俺たちがアティクアに向かってるって言ったら、
最近までそこの軍人に世話になってたとか…。
まあホントかどうかわからねえけど。」
 そういわれて皆が黙った。
はっきり言って怪しい情報である。
誰からも他に変わる案が出ないが、かといってその一言を口にする勇気もない。
気まずい沈黙が訪れた。
「…会いに行ってみるか?」
 しょうがないといった風に、ロックがその言葉を口にした。
「しょうがないか……。」
 イスズも諦めたようにため息をつく。
「ではロックとディラック、そのトカゲを探してその元軍人とやらを探してきてくれ。
ルーブと少年はそうだな…。
裏通りでも回って一見本物に見える軍服でも探すか?」
 もはや投げやりな口調でイスズが言った。
それでも誰も代替案が出ないためか、口を開かない。
イスズは大きくため息をついた。
「しょうがない、その線でいくぞ。
少しでもマシな作戦が思いついたら言ってくれ。
すぐそちらに切り替える。」
 イスズの言葉に全員が頷いた。

 

 


「ほんとにこんなことでいいのかなあ…。」
 裏通りをのんびりと歩きながらルーブが呟いた。
あれからはや5日。
ルーブと少年は特殊な趣味を持つ人のための、制服屋を回っていた。
「いいかげんブルセラショップ周りも飽きたなあ。」
 少年がしゃべれないために、ルーブの呟きはすべて独り言になる。
それもまた、ルーブのやる気を減退させていた。
「はあー…。」
 手近な木箱に腰掛けてルーブはため息をついた。
少年が困ったような顔でルーブを見上げている。
「わかってるよ…。
ちょっと休憩。」
 そういってルーブは少し昔のことを思い出していた。
まだ、親の言いなりになっていた頃。
自分の大切な友達との出会い。
一緒に過ごした時間。
そして別れ。
 ルーブはそっと少年を見た。
一人でちょろちょろとあたりの様子を伺い、
のぞくべき店がないか探しているらしい。
自分が過去にした、友人との別れという辛い経験。
この少年もどうやら同じ経験をしていることはわかっている。
だからこそ、ルーブは気持ちがわかるし、協力もしたかった。
「それにしてもなあ…。」
 ルーブは自身の行動に確信がもてるかというと、首をひねらざるをえなかった。
果たしてこれで前に進んでいるのか。
一度そう思ってしまうと、どんどん自信がなくなっていた。
「はあー…。」
 ルーブはもう一度ため息をついた。
ちょうどその時。
「あれ?」
 若い声が聞こえた。
ルーブと同じくらいの、少年の声。
「君、確かこの間の…。」
 そう言って、獅子の少年に近づくのは熊の少年だった。
熊の少年はゆっくりと歩み寄り、その様子を見ながら獅子の少年はぼんやりとしている。
「――!」
 ようやく思い出したように、獅子の少年がパンと手を叩いた。
その様子をみて熊の少年もにっこりと微笑む。
「久しぶりだね。
あの時一緒だったお兄さんは元気?」
 その言葉で、獅子の少年の表情がさっと翳った。
ルーブはあわてて熊の少年に駆け寄った。
「あ、ちょっと!」
 半ば引き離すように、ルーブは熊の少年の手を引いた。
「彼と、知り合い?」
 突然現れたルーブに熊の少年は怪訝そうな顔をした。
まずかったかと思い、ルーブはあわてて少年の手を離す。
「……一度顔をあわせただけですけど。
貴方は?」
 それでも、熊の少年は疑問に答えてくれた。
安心してルーブは口を開く。
「僕はルーブ。
彼とは…ここしばらくずっと一緒にいるんだけど…。
ほら、彼しゃべれないから。
僕と出会う前にどうしてたのか全くわからなくて…。」
 その言葉に熊の少年は納得したように頷いた。
「僕はビッグ。
以前彼と、もう一人ライオンさんがうちの店に来たことがあって…。
それだけですよ。」
「そのもう一人のこと聞きたいんだけど…。
どこの誰かわからないかな。」
 ビッグの言葉にルーブは詰め寄るようにして質問を返す。
が、ビッグは首を横に振るだけだった。
その姿を見て、ルーブは思わずがっくりと肩を落とす。
「えーと…何か探しモノですか?」
 ルーブの肩の落とし方に気まずさを覚えたのか、
ビッグは苦笑いを浮かべながら話題を変えてきた。
「えっと…」
 答えかけて一瞬詰まる。
果たして話してもいいものかと思ったが、地元の人間の方が詳しいだろう。
ルーブはそう判断して、事情を伏せながら現状を説明することにした
「えっと…事情があって軍服…に似た服を…その、探してるんだけど…。」
 自分の説明の下手さに、ルーブは泣きそうになった。
普通「軍服を探している」なんて言われれば怪しむだろう。
それはわかっていても、ルーブには上手くごまかしながら説明するなどと器用なことはできそうになかった。
「はあ……。
なんかよくわかんないですけど。
それならうちになかったかな。」
 首をひねりながらビッグが言った。
「え、うち…って…?」
 ルーブは思わず聞き返す。
ビッグは少し顔を赤らめた。
「あ……うち、娼館なんです。
そういうの喜ぶ方もいるんで……。」
 その言葉をきいて、ルーブの方も顔を赤くした。
「……案内、しましょうか。」
「…………うん。」
 ルーブの蚊の鳴くような声を、獅子の少年は不思議そうに聞いていた。

 

 


「店長ー。」
 店の扉をくぐり、ビッグが声をあげた。
その声に呼ばれ、店の置くから一人の猫獣人が現れる。
「何だー?
…ってまた時間外か。」
 店の主人はそういいながら、迷惑そうな顔でルーブを一瞥した。
店の主人ににらまれて、ルーブは思わず一歩後ろに下がる。
後ろに立っていた少年がルーブの背中に鼻をぶつけ、迷惑そうな顔で見上げていた。
「あ、いえ。
そうではないんです。
うちの在庫に軍服ってありませんでしたっけ。」
 そういわれて店主は眉をひそめてしばらく考える。
「ない…ことはないと思うが…。
販売分はあったか。
確認してこよう。」
 そう言って店主は店の奥に姿を消した。
思いがけず時間が空いてしまったルーブは、取り残されたような気分になっていた。
思わずあたりをキョロキョロと見回す。
ふと、二階部分にある扉が開いた。
中から顔を出した狼獣人と目が合う。
「よ!」
 手をあげて、挨拶をしてみせる狼獣人にルーブはあわてて頭を下げた。
「あ、リロード先輩。
おはようございます。」
 ビッグの挨拶にも、ひらひらと手を振って答えながら、
リロードと呼ばれた狼は階段をおりてこちらへと歩み寄ってくる。
「ようビッグ、元気か。」
 そういってリロードはビッグにしなだれかかる。
ビッグは少し迷惑そうな顔をしてリロードの手をそっと押し戻した。
「ええ…まあ…。」
 露骨に迷惑そうな顔をされても、逆にそれを楽しむようにリロードはビッグにまとわりついた。
「話聞いたぜー。
軍服がいるんだって?」
 きいてたんですかか、とビッグは小さく呟くがリロードはそれに取り合わない。
そんな二人のやり取りを、ルーブと少年はぼんやりと眺めていた。
「なんなら、用立ててやろうか。
コスプレ用じゃなくて、より本物ソックリの軍服。」
 それをきいたルーブは、ビッグよりも早く反応した。
「ホントですかッ!」
 あまりの食いつきっぷりに、リロードばかりかビックも思わずあとずさる。
それでもルーブは鼻息を荒くしてリロードにしがみついた。
「そんなにソックリなんですか?」
 ルーブにつめよられて、リロードはこくこくと頷く。
自分の仕事終わりが目の前に見えて、ルーブはかなり興奮していた。
「ま、まあうちの客の話なんで詳しくは話せねえけど…。
なんだよ、事情でもあるのか?」
 その言葉に、ルーブは思わず後ろを振り返った。
不安げな視線で自分を見つめる、少年の姿。
しばらく二人は見つめあい、そしてルーブは改めてリロードに向き直った。

「実は……」


 すべての事情を話し終え、ルーブは大きくため息をついた。
ビッグは無表情ながらもどこか物悲しげな顔をしており、
リロードにいたってはなぜか号泣していた。
「お前苦労したんだなあ…!」
 そういって、流れる涙も拭かずにリロードは少年を抱きしめた。
突然強く抱きしめられ、少年はあわててそれに抵抗する。
だがリロードはその抵抗に気づかないかのように少年を強く抱きしめた。
「そういう事情なら任せろ!
明日には用意して見せるぜ!」
 ようやく少年を解放し、自分の胸を強く叩きながらリロードが叫んだ。
「はあ…。」
 リロードのやる気に気おされつつ、ルーブは頷いた。
少年は先ほどのことを恐れてかルーブの後ろに隠れる。
「そ、それじゃあまた明日きますね。
失礼しましたーっ。」
 それだけ言うと、ルーブと少年の手をとって店を飛び出した。
あとにはビッグとリロードだけが残される。
「よーし!」
「……それじゃあ僕は仕事の準備を。」
 リロードが声を上げるとほぼ同時に、暑苦しさから逃れるようにビッグはその場を立ち去った。
「よーし…。」
 リロードだけが、ぽつんとロビーにたたずんでいた。

 

 


 次の日。
「こんにちはー…。」
 昨日とほぼ同じ時間、開店少し前にルーブと少年は娼館『ソドム』を訪れていた。
それを待っていたかのように、奥からリロードが飛び出してきた。
「待ってたぜええぇぇぇぇぇぇぇ!」
 あまりの勢いにルーブも少年も背を向けて逃げようとする。
しかしその前にリロードは二人を捕まえていた。
「どこ行くつもりだ?ん?」
 二人に向けられた笑顔が、逆に怖かった。
ルーブも少年も声を出さずに必死で首を振る。
自分たちでも意味はわからなかったがとにかく必死で首を振った。
「よーし。
お前らを待ってる客がいるんだからな、さっさといくぞ。」
 意味はわからなくても誠意は伝わったらしい。
笑顔を崩さないままリロードはそういうと、二人の肩に腕をまわし、
そのまま引きずるように歩き出す。
「あ、あの…客って…」
「俺のお得意様。」
 ルーブの言葉をさえぎってそれだけ言うと、
リロードは二人を引きずって店の奥へと続く扉をくぐった。
細い廊下を通り、奥の部屋へと二人を連れて行く。
たどり着いたのは小さな部屋だった。
応接室として使われているのだろう、小さなソファとテーブルが置かれていた。
お世辞程度に花や絵も飾られている。
「こんにちは。」
 中にいた若い獅子が笑顔で行った。
隣に座った虎の中年も笑顔でこちらを見つめている。
部屋の中を見回していたルーブと少年はあわてて頭を下げた。
「事情は聞いてるよ。大変だったねー。」
 少しも大変ではなさそうに、若い獅子が笑顔で言った。
虎は沈痛な面持ちでしきりに頷いている。
そんな二人をルーブはぼんやりと見つめた後、あることに気が付いた。
「あああっ!?」
 その声に少年やリロード、獅子と虎も思わず体をびくつかせる。
何事かと皆の視線を浴びる中でルーブはポツリと呟いた。
「ひょっとして…ソードさんとメイルさん…?」
 ルーブの呟きに二人はゆっくり頷いた。
「ああああああ!やっぱりぃ!」
 二人の頷きを見てルーブは再び大きな声を上げた。
尻尾をぶんぶん振りながら二人のもとに駆け寄る。
「ふぁ、ファンなんです!握手してください!」
 ルーブの興奮ぶりに獅子獣人のソードが苦笑しながら握手に応えた。
続いてメイルと握手しているルーブを見ながらようやくリロードが口を開いた。
「あー…。何の話だったか…。」
 すっかりテンションも下がり、落ち着いたリロードの言葉にソードが傍らに置いていた荷物を取り出した。
大きなカバンを机の上に置き、ジッパーを開けると中から何着かの服を取り出した。
町のそこかしこで見られる、青を基調とした制服。
この国の軍服ソックリの制服だった。
「これは?」
 なんとか落ち着いたルーブがそれを受け取り広げてみる。
襟の形やポケットのデザインなどが微妙に違うが、それも微妙なもので一見すればわからない。
「軍服がいるんでしょ?
うちの劇団で使ってる奴、4着あるから使ってよ。」
 相変わらず軽いノリでソードが言った。
本当に状況が飲み込めているのかと疑いたくなるが、それでも協力してくれていることには変わりない。
「ありがとうございます!」
 ルーブはその服を受け取ると深々と頭を下げた。
その隣で少年もそれにならって頭を下げる。
「ああ、いいよいいよ。
頑張ってねー。」
 そういってテーブルにあったお茶をぐっと飲み干した。
これから自分たちが行うことの意味がわかっているのか、とルーブは思わず問いそうになるが
そんなことをして協力を取り消されても困る。
ありがたくそれを受け取ると、仲間たちに報告するためにすぐに家に戻ることにした。
「それじゃあ、仲間が待ってますから失礼します!」
 ソードに渡されたカバンを受け取るとルーブはもう一度頭を下げた。
「あーい。」
「頑張れよ。」
 ソードは手をひらひらと振り、メイルは優しい笑顔を浮かべていた。
少年とルーブはしつこいくらいにお礼を言うと、カバンをしっかりと抱えて店を出た。

 

 


「イスズーっ、借りてきたよー!」
 手にもった鞄を振り、大きな声を張り上げながらルーブが家に駆け込んだ。
少年も慌ててその後に続く。
「おお、戻ったか。」
 イスズがなだめるような口調でルーブに声をかける。
それに対して、ルーブは全力で走ってきたせいか肩を大きく揺らし
倒れるんじゃないかと思うほど激しい息遣いをしていた。
「…あれ?」
 そしてようやく、部屋に見知らぬ顔がいることに気が付いた。
落ち着いた雰囲気の――悪く言えば、老けた雰囲気をもつ虎と、
こちらのことを気にしているのかいないのか、興味深げにイスズの背中を見つめている
いかにもマイペースといった雰囲気のリザードマン。
虎はルーブに見られていることに気が付いたようで、
視線を合わせると優しく微笑み軽く会釈してみせた。
ルーブと少年も慌てて頭を下げる。
「あ、お帰り。」
 台所からディラックがお盆を持ってでてくる。
人数分のお茶を運び終えると、再び台所に戻りルーブと少年の分を運んでくる。
「はいどうぞ。
ほら、僕達が探しに行ってた元軍人さんの。」
 そう言いながらディラックは席についた少年とルーブの前にお茶を並べた。
紹介された虎は改めて頭を下げると口を開く。
「はじめまして。
俺はリング。それからこっちが…。」
「ん、あ。
俺か。ロンだ。」
 リングに小突かれて、隣のリザードマンも自己紹介をする。
「まあコイツはオマケだが…。」
 自分の羽に触ろうとするロンの頭を鷲づかみにし、
近寄ってくるロンを押さえつけながらイスズが話を進めた。
「まさか本物に会えるとは思わなかったがな。
道案内役もできた、後は…」
「攻めるだけだあぁぁぁぁ!」
 部屋の奥から巨漢の牛が飛び出してきた。
しばらく顔を合わせていなかったバズだ。
「相変わらずやかましいな、お前は。」
 うんざりした顔でイスズが呟く。
そんなことも意に介さず、バズは1人鼻息を荒くしながらやる気に燃えているらしい。
「ごめんね、なんか燃えてるらしくて。」
 バズの後ろから今度は女性が現れた。
「ナオミさん、もういいんですか?」
 ルーブの言葉にナオミは笑顔で頷いた。
黒服に襲われた傷もすっかり治ったらしく、顔色もいい。
「おかげさまで、リベンジできるくらいにはね。」
 そう言って懐から一枚の札を出してみせた。
戦闘準備もバッチリ、ということらしい。
「では…詳細は―――」
 そこでバズの腹がぐう、となる。
「後にして、とりあえず夕飯だな…。」
 イスズの言葉にバズが元気一杯に頷いた。

 

 

「さて…。」
 夕飯も食べ終え、夜もふけた頃。
イスズがゆっくりと切り出した。
今回の件に関わった主要人物が顔を並べてイスズの言葉を聞いている。
「リングが協力してくれたおかげで、地図も手に入った。」
 そう言ってイスズは大きな紙をテーブルに広げる。
流石に元軍関係者だけあって、詳細な地図が描かれていた。
「協力してくれたリングには感謝する。」
 イスズの言葉にリングと、何故かロンも一緒に頭を下げた。
全員の視線がリングに集中する。
その事に気付いたのか、リングは全員の顔を見回すと
慌てて後を続けるようにイスズに促した。
「それで、この後どうするの?」
 ルーブが首をかしげていった。
その言葉にイスズは小さく頷く。
「少年、もう一度だけ聞くぞ。」
 イスズは口のきけない少年をじっと見つめた。
少年もイスズを真っ直ぐに見返す。
その目には問うまでもなく、決意が見て取れた。
「戦う決意は…あるな?」
 イスズの言葉に少年はしっかりと頷いた。
その様子を見てイスズは安心したような、
それでいて彼のことを心配しているような。
複雑な表情を浮かべながら、イスズは少年の頭をなでた。
「では…作戦を説明しよう。」
 そう言ってイスズは改めて全員の顔を見回した。
「もっとも、作戦というほどしっかりとしたものでもない。
決まった者が気付かれないように忍び込み、相手の親玉のところにねじ込む。
それだけだ。」
 全員が口を閉ざしていた。
相手の規模の大きさを考えて閉口しているものもいれば、
ただこの先の戦いに思いを馳せるものもいる。
そして、亡くした過去を想うものも。
思いはまさに十人十色。
それでも全員が、少年のために動くことに躊躇いはなかった。
「決まった者と言いますけど…」
 ナオミが口を開いた。
今度は全員の視線がナオミに集まる。
「そもそも服の枚数に限りがあります。
つまり、忍び込めるのは軍服の枚数である四人、ということですよね?」
 確認するように言ったナオミの言葉にイスズは頷いた。
「できればリングには同行してもらい、道案内ができればいいのだが…」
「危険でしょう。私では顔が知られすぎています。」
 イスズの言葉を引き継ぐようにリングが口を開いた。
イスズもリングの言っていることに大きく頷いてみせる。
「それに最愛の恋人サマに危険なことするなって釘さされてるしなー。」
 隣に座っていたロンが茶化すように口を挟んだ。
リングはその言葉を聞いて顔を真っ赤に染める。
「あ、いや、その。」
 何事か釈明しようとしているが慌てていて言葉にならない。
その場にいた全員がリングの方をみて微笑を浮かべていた。
「まあ、無理にとはいえんな。
他には…ロックはどうする?」
 今度はロックに視線が集まった。
元傭兵という経歴を持ち、面子のなかでは数少ない戦闘経験者だけに、
全員の期待がロックに集まっていた。
ロックは隣に座るディラックをちらりと見る。
「ディラックは、一緒にはいけないだろう?」
 ロックの言葉にイスズは頷いた。
「戦闘経験が皆無に近いものを連れて行くのは危険だ。
それに、小柄なディラックには服のサイズがあいそうにない。」
「そうか…。
なら俺もここに残っていいか。
ディラックを1人で残したくない。」
 イスズの言葉にロックは答えた。
ディラックは少し顔を赤らめながらロックを見上げる。
視線に気付いたロックはディラックの頭を優しくなでてやった。
「まあ、ココを守る意味でも実力者は残らねばならんしな…。」
 イスズは自分に言い聞かせるように呟いた。
「ねえ、僕は?」
 イスズが再び口を開く前に、ルーブが割り込んできた。
いやがおうでも盛り上がる雰囲気に、自分の番まで待てなかったらしい。
鼻息も荒く、身を乗り出さんばかりにイスズに詰め寄っていた。
「ダメだ。
自分の実力を考えろ。」
 切り捨てるようなイスズの一言に、ルーブはしゅんと下を向いた。
「アッシュに剣を習っていたようだが…まともな戦闘経験もないだろう。
相手は生粋の殺し屋だ。
やめておけ。」
 珍しく歯に衣着せぬイスズの言葉にルーブは返す言葉もない。
「…ここに残ってロック達と一緒に見張りの方を頼む。
この周辺の地理は、お前が一番詳しいだろう。」
 イスズの言葉にうなだれていたルーブは顔を上げた。
イスズとルーブの視線が一瞬交わされる。
それだけで、二人は意思疎通ができていた。
「さて、バズとナオミは…」
「当然だぁぁぁ!」
「リベンジするよっ!」
 バズとナオミは二人で袖をまくり、二の腕を出してみせる。
大きく、硬そうな力瘤をもつバズと、
細く、白い腕のナオミ。
二人の肩には同じ刺青が刻まれていた。
「愛用の武器も持ってきたんだ、おお暴れするぜぇ!」
「気合も準備も十分だよ!」
 二人の言葉にイスズは笑顔で頷いた。
「あとは…虎姫とダイゴはどうする?」
 念のためにと、残った二人にイスズは問い掛けた。
二人は顔を見合わせると苦笑しながら首を振った。
「トラはこんな腹だしな。
それをおいて俺が行くわけにもいかねえし。」
「ふむ…、私も目立ちすぎるから行くわけにはいかぬし…。
結局ナオミとバズと少年の三人、か…。」
 イスズはバズを見つめながら不安げな口調で呟く。
ナオミも少年もイスズの表情を見て、顔を見合わせた。
唯一意味がわかっていないのは当のバズくらいのものである。
「あ、そうだ…。
一着余ってるならジル…私の知り合い連れてきますよ。」
 思い出したようにナオミが手をたたく。
「ジルも昔は鍛えたって言ってたし…
バズとのコンビネーションも抜群だよね?」
 問い掛けるようにナオミはバズを振り返る。
「おお!いいな!
久々に二人で暴れるぜ!」
 もうバズは暴れることしか考えていないらしい。
ナオミの言葉に更にヒートアップして、周りの人間には理解できない何かを叫んでいた。
「ふむ、ナオミの知り合いなら信用も十分だな…。
わかった、では潜入は少年、ナオミ、バズ。
それからナオミの友人の四人だ。」
 イスズの言葉に、全員が大きく頷いた。

 

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