QUEST ACCEPTED




 水面に浮かぶウキをぼんやりと眺める。
ここに釣り糸を垂らしてどれだけ経っただろうか。
知り合いから情報を得て、ようやくたどり着いたこの場所。
自分の手帳にも記録されていなかった、穴場中の穴場。
数々のヌシを釣ってきた彼でも把握できていないスポット。
風に乗り空を駆け初めてたどり着いたその土地に。
「うーむ……」
 彼は小さな呻きを漏らした。
青い空に輝く太陽は、時期がずれたおかげだろうか。
柔らかな日差しとなって彼に降り注ぐ。
 ロータノ海に浮かぶバイルブランド島。
その島の東に位置する東ラノシアという場所に彼はいた。
最近になって風のエーテルを読む術が広まり、冒険者は空へ出たのだ。
おかげで今まで見つからなかった釣り場が見つかって。
見たこともない魚がいると言われれば釣りたくなるのが釣り人というものである。
いや、釣り人などという生易しいものではない。
彼は仲間内からこう呼ばれている。
エビス、と。





「なかなか釣れないもんだなあ」
 彼はそうつぶやいて、自分のカバンの中を覗く。
冒険者の間に広まっている、収納の魔法がかけられた逸品。
その中に収まっているのは、ここについてから彼が釣り上げた魚たち。
鮮やかな縞模様をもつドジョウ、クラウンローチ。
長いひげをもつナマズ、オオモリナマズ。
そして細かな毛が生えたカニ、ミトンクラブ。
大量につれたそれらが鞄の中に詰め込まれていた。
それらを見ながらため息ひとつ。
そしてポケットから取り出したクッキーをかじり、再び釣り針を投げ込んだ。
「そろそろ三日……いったん帰るか?」
 空を見上げれば、先ほどまで空の高いところにあると思っていた太陽も、
既に西の空に姿を隠そうとしているところだ。
釣りを始めると平気で数日泊まりこむとこもあるが、さすがに鞄があふれてはどうしようもない。
もちろんここで魚を処理するという選択肢もあるのだけれど。
「とはいえ食用じゃねえしなあ」
 手元にある魚は一般的に食用には向いていない。
骨まで砕いてガラスの材料にするのが関の山だろう。
もっともそうしたところで需要が高いのモノでもないから、結局そのあたりにばらまくことになる。
なら最初からリリースしてやればよかった、と小さく溜息をついた。
目的の魚が釣れないときは、いつもこうやってため息を漏らしているのだ。
「やっぱもう一回情報収集かな」
 言いながら彼は竿を引き上げる。
その先には、大きなハサミを持ったカニがぶら下がっていた。
「ミトンクラブ……」
 不満そうな顔を隠すこともせず、彼は口元の髭を捻った。
釣り針からカニをはずすと、そのまま竿を畳んで背中に背負った。
心なしか、竿についた竜もしょんぼりとした顔をしている気がする。
 彼は立ち上がると大きく伸びをした。
ずっと座りっぱなしですっかり体が固まっている。
軽くストレッチをしてスジを伸ばすと、彼はポケットから小さなホイッスルを取り出した。
そのまま口に食われ鵜と、空に向けて強く吹く。
そのとたん、陽の光を遮るように大きな影が横切った。
ぐるりと旋回すると、その影はゆっくりと高度を下ろしていく。
彼が愛用している騎乗用の隼だ。
赤い光と土のエーテルを鮮やかにまき散らしながら、優雅な動きで隼は降り立った。
「いつもありがとうな」
 隼にエサを放り投げると、嬉しそうな顔で嘴を開く。
その合間に、彼はひらりとその背中に飛び乗った。
「よし、近くの村……いや、街にいくか」
 少し考えて行き先を変更する。
彼の言葉に応えるように、隼は大きく羽根を広げた。
向かう先は少し離れたリゾート地、コスタ・デル・ソル。
すぐ近くにワインの産地になっている村もあるが、そこは観光資源もなくとてもヒトが集まるところでない。
なら情報を集めるならヒトが集う土地のほうがいいだろうと判断したのだ。
 隼に添えた手を小さく動かし、飛ぶ方向を指示する。
鞍も手綱もなく、決して乗りやすいわけではないが既に体が感覚を覚えているのだ。
羽根をはためかせ高く飛び上がった隼は、そのまま滑空するように東の海岸を目指した。
そこにある海上に作られた桟橋の上の歓楽地。
それがコスタ・デル・ソルだ。
 さすがに街中に降りては邪魔だろうと、少し外れに隼を着陸させる。
隼の背中を軽く叩き、空に送り出すと彼はそのまま街の桟橋へと足を向けた。
向かう先は桟橋と陸地をつなぐ場所にある大衆向け食堂、フライングシャーク亭だ。
この地を買い取り、街として育て上げた大富豪ゲゲルシュ。
美食家としても有名な彼すら認めるこの店は、沢山の冒険者が出入りしている。
だからこそ、情報を集めるにはここが一番なのだ。
流れていく人の間を流れる噂。
それを掴むには間に立つ人物に聞くのが手っ取り早いということである。
「ディル!」
 彼は手を振りながら、カウンターの向こうに立つ大柄なルガディンの男に声をかけた。
いつも清潔なエプロンを付けている彼の名はディルストヴェイツ。
長い名前は、いつもディルと略されている。
「ああ、あんたか。
探してた魚は釣れたかい?」
 言って竿を吊り上げるようなモーションをして見せる。
だが手元のカバンにあるのはカニとドジョウとナマズばかり。
大げさに肩を落として見せると、ディルストヴェイツは声をあげて笑った。
「三日も姿を見ないから、てっきり釣り上げてもう旅に戻ったと思ってたがな。
まさかこんなに粘ってたのか?」
 言いながら彼は机に乗せられた樽に歩み寄った。
そのまま近くのジョッキを手に取ると、突き出た蛇口にあてがっておもむろに捻る。
なかから出てくるのは泡がたっぷりのエールだ。
「ほらよ、俺のおごりだ」
 すっかり上客になった彼を、そうやって出迎えてくれる。
もっとも今は他に客がいないからできることだろう。
「ああ、ありがとう」
 それを受け取って、弱々しく乾杯する。
ディルストヴェイツも自分の分のエールを入れて乾杯をした。
ふと視線を外に向ければ、しとしとと雨が降り始めている。
先ほどまで晴れていたはずなのに、いつの間にか分厚い雲が空を覆っていて。
彼の気分を代弁してくれているようだった。
「新しい情報、入ってないか?」
 エールの入ったジョッキを傾けながら彼は問う。
ディルストヴェイツは顎を撫でながら空を睨む。
だがすぐに彼は首を横に振った。
「あれから新しい何か、と言われると何も入ってないな。
虹色に輝く魚が山の中で釣れた、ってだけだぜ」
 確かにそれは以前聞いた話だ。
虹色に輝く魚といえば、海を越えた向こうの大陸、クルザス地方ではレインボートラウトと呼ばれる魚がいる。
だがそれは体表の色合いが鮮やか、と言える程度だろう。
さらに大陸を超えた向こう側。
東方地域にあるオサード地方では七色に輝くウロコを持つ伝説の魚。
七彩天主という魚もいた。
いずれも彼が釣った記録の中には残っている。
 だがこの森の中にいるとするなら、明らかに生息域が違う。
おそらく別の魚なのだろうという予測が成り立つ程度には。
「他には釣った奴はいないのかい?」
 ディルストヴェイツの言葉に彼は首を振った。
釣りにもやはり流行り廃りというものがある。
たとえば閉ざされ続けていたイシュガルドの門が開いたときには、冒険者がなだれ込みそこでの釣りが流行った。
東方地域の戦乱が落ち着いたころには、その地域の伝説の魚の噂ばかりを聞いた。
そして彼が異世界に行ったときには、向こうでの情報ばかり集めたものだ。
 そういう意味では、この地域は廃れたほうに入るだろう。
今では東ラノシアで釣りをしようという冒険者は少ない。
もちろん釣りや漁で生計を立てている者はいるだろうが、彼らはわざわざ冒険をしない。
新しい場所に踏み入って釣ってみようということはほとんどないのだ。
それはつまり、新しい情報が入る望みが薄いということでもある。
「うーん……せめて噂の出どころでもわかればなあ」
 テーブルの上にあった洋ナシを手に取りかぶりつく。
ディルストヴェイツはそれを見ながら伝票に何事かを書き込んだ。
これはサービスではないのだ。
「出どころか。
そういやレインキャッチャー樹林の方の漁師から聞いた、なんて話があったように思うが……」
 ディルストヴェイツは気を使ってくれているのだろう。
必死に思い返そうとして腕組みまで始めてしまった。
こうなってはこの街一と言っても過言ではない料理を味わうことは難しそうだ。
「漁師ねえ。
あんな森の中に漁師どころか、人もいないんじゃないか……?」
 その言葉にディルストヴェイツは不満そうな表情を浮かべる。
「俺はあんな樹海の方までは行ったことがないからな。
詳しいことは知らねえよ」
 せっかく思い出してくれたのに、少々申し訳ない態度をとってしまっただろうか。
すまない、と小さく呟いてエールのおかわりを頼んだ。
彼はジョッキを受け取って、再びなみなみと注いでくれる。
「そもそもワインポートでワイン作ってる人たちと、その北の帝国兵くらいしか――」
 そこまで言いかけて思わず言葉につまる。
そうだ、向こうにも隠れ住むようにして暮らしているヒト達がいる。
ひょっとしたら彼らに聞けば。
「よし、ちょっと行ってみるか」
 注いだばかりのエールを一気にあおると、彼は勢いよく立ち上がった。
「なんだ、もう行くのか?」
 ようやく料理の準備に取り掛かろうとしていた彼が呆れたようにつぶやいた。
ポケットからギル貨幣を取り出し、ディルストヴェイツに投げてよこす。
再び隼を呼び出そうと、併せてホイッスルも取り出した。
「そういえば」
 そこでディルストヴェイツが思い出したように口を開く。
「あんたを探してる人たちがきたぜ。
人形みたいな双子のエレゼンの子供たちと、赤い目をしたミコッテだ」
 言われて彼は苦笑する。
探しにくるなら彼らだろうと思っていたからだ。
「立派な髭を蓄えた釣り好きの冒険者……って言ってたが、あんたの事だろ。
知らないって答えたがよかったのか?」
 彼は桟橋から飛び降りながらホイッスルを吹く。
水面に到達する前に、大きな隼が彼の下に滑り込んだ。
「いいんだよ、今は休暇中だ!」
 そう言って彼は手を振って再び空へと飛び立った。





 徒歩ではとても超えられないような切り立った断崖を超え、彼はさらに西へ飛ぶ。
船着き場の近くにある掘っ立て小屋の近くに隼を下ろした。
当たりを警戒する門番のような男に手を挙げて挨拶をする。
「……入れ」
 手短にそれだけを言われるのもいつものこと。
彼も軽く微笑みを浮かべて小屋の中へと入った。
「おや、お主……」
 小屋の中にいたのは、当方の装束に身を包んだミッドランダーの男。
「ああ、すまない。
今日はいつもとは別件でな」
 反応した中の男――オボロの機先を制すように彼は口を開いた。
「ちょっと探し物をしてるんだが……ひょっとしたら何か知らないかと思ってな。
この辺りで虹色に輝く魚が釣れるという噂なんだが」
 その言葉にオボロは首を捻る。
「うーむ、私も自らの食い扶持のために魚を捕ることもあるが、そのような話は寡聞にして聞かぬな」
 彼は迷うことなくそう答えた。
ディルストヴェイツとは違い、自分の答えに自信を持っている表情である。
彼は東方から流れてきた忍びの一人。
以前教えを乞うた縁で知り合ったのだ。
落ち伸びてきたとはいえ、元は凄腕の忍びである。
さすがに情報を忘れるようなことはないのだろう。
「一応聞くんだけれど、冒険者にそういう話をしたり聞いたりってこともないよな?」
 もちろん、とオボロは頷いた。
近くに立つもう一人の男、ヨウメイにも視線を向ける。
オボロと共にいる彼は、まだまだ未熟な忍びだ。
それでもその情報は信じていいだろう。
「まだ我々は人前に堂々と出る立場ではない故にな。
そもそもお主以外の冒険者とここ三月は話しておらん」
 そういうことならば、やはりオボロの可能性は排除していいだろう。
そして入り口に立っていた不愛想な門番、ビャクブもあの無口っぷりである。
その可能性はないと考えていい。
「ならもう一人の心当たりをあたるか」
 もともとオボロの可能性は低いと思っていた。
それでも可能性をつぶすという意味と、久々に顔を見ようと思って寄ったのである。
「忍びとしての精進を忘れるでないぞ」
 オボロの言葉に、彼は神妙な表情で頷いて返すとその場で踵を返した。
「ああ、それから」
 その彼の背中にオボロの言葉がかかる。
「どうも北の帝国兵が不穏な動きをしておるようだ」
 思わず足を止めて振り返る。
「北……カストルム・オクシデンスの連中か?
あそこは第XIV部隊だから、部隊長が抜けて実質的には壊滅してるようなもののはずだが……」
 思わず眉間にしわを寄せる。
だがオボロは首を小さく振るのみだ。
「何が目的かは知らんが、以前は北の要塞の門にしかいなかった帝国兵がこちらの川の辺りまで出てきている。
ワインポートの辺りの住人ともトラブルがあったようだな」
 ふむ、と呟いて彼は考える。
もともとあそこの兵士はこちらを侵攻するというよりも、この地に落ちた隕石ダラガブの破片を調べる調査隊である。
そのダラガブの破片も徐々に非活性化されてきているはずだ。
それとも。
逆に、非活性化されたことで調査の目を外に向けたのだろうか?
だとしたらその責任の一端は自分にあるとも言えるが――
「考えてもしょうがないか。
ありがとう、参考になったよ」
 そう言って彼は小屋を出た。
「気を付けるのだぞ」
 オボロの声に、彼は深々と頭を下げて戸を閉めた。





「さ……て?」
 外に出るなり、彼の目は異変を捕らえる。
小屋を出てすぐ左、桟橋の向こう側に見慣れない人影を見たのだ。
とっさに彼は背を低くし、気配を殺す。
人はおろか、魔物にすら見つからなくなる技術。
自然に混じりその一部とすら化す業。
スニークである。
「あれは……帝国兵?」
 赤い縁取りに黒地のヘルメットは見覚えがある。
腰にはひと振りの剣、そして背中に背負った盾。
間違いなく、北にある要塞に常駐している帝国兵だ。
他にも斧を背負った者や槍を背負った者の姿もある。
どうやらこちらまで帝国兵が出てきているという話は間違いないようだ。
「だが、何のために?」
 まさか虹色の魚のため――ではないだろう。
カストルム・オクシデンス、つまり北の砦の兵士たちは決して歓迎されているわけではないが、
侵攻のためではないということは既に知れ渡っている。
そのためお互い不干渉を貫くのが暗黙の了解だ。
だから帝国からの支給品が滞るはずもない。
帝国兵が食料に困るということは起こりえないはずだ。
ならば仮に出ているというわけでもないだろう。
まさか自分と同じ、釣り道楽のためでもあるまいし――
「何か、探している……?」
 そんなことを考えている間に、彼らは辺りをきょろきょろと見回しながら歩いていく。
だがそれは魚を探す動きではない。
どちらかというと人や動物など、陸上の何かを探す動きである。
槍を背負った男が少し後ろに控え、斧持ちと剣持ちの二人が手近なやぶをつついては何かが出てくるのを待つ。
そしてまた次の茂みへと向かう。
そんなことを繰り返していた。
それはまるでペットでも探しているかのような動き。
「考えててもらちが明かないな」
 彼はその場で立ちあがり、おもむろに一本のステッキを取り出す。
同時に身に着けていた服装も、魔力を増幅するためのそれに変化した。
「術式展開No.66」
 ステッキの先端を槍持ちに向け、口の中で呪文を唱える。
「異端の証、騎士の覇道、蝕のエーテル、滅せよ、滅せよ、滅せよ」
 その声に気づいたのだろう、槍持ちが不振な顔をして振り返る。
だが、遅い。
「【ブラックナイトツアー】!」
 彼の声と共に、黒い波動が光となって帝国兵を貫いた。
「がっ……?!」
 何が起きたのかすら理解する前に、彼らはその場に膝をつき。
そのままばったりとその場に倒れ伏した。
「あっ」
 倒れる三人をみて、彼は小さく声を漏らす。
「やりすぎちゃったかな……」
 そもそも話を聞くために、相手の動きを抑えるのが目的だったのである。
気を失うまでやってしまってはただの弱い者いじめにしかなっていない。
 ひとまず近づいて、彼らの息を確かめる。
幸い三人とも気を失ったのみで命に別状はないようだ。
今更縛り上げる必要もないので、道のわきまで引きずって彼らの目が覚めるまで待つこととする。
道のわきには穏やかな川が流れていて。
「まあ暇はつぶせるか……」
 彼はステッキをしまい込むと、再び釣り竿を取り出した。
ルアーを付け、釣り針を投げ込むと小さな椅子を取り出して腰を下ろす。
そのまま小さな魚を何匹か釣り上げて。
剣持ちの帝国兵が目を覚ましたのは十五分ほど過ぎてからだった。
「あ、気が付いたか」
「あなたは……?」
 どうやら女性だったようで、意外とかわいらしい声がヘルメットの下から聞こえてきた。
「びっくりしたよ、釣りに来たら三人で倒れているんだから」
「えーと……何があったんでしたっけ……」
 もちろん彼が後ろから魔法をぶち込んだわけであるが。
「さあ、俺が来たときにはもう倒れてたよ」
 後ろから、なのである。
彼女には見えなかっただろう。
唯一振り返っていた槍持ちも、あの一瞬で彼の顔をきちんと覚えているかどうか。
「そうでしたか、すみません」
 そう言って彼女は頭を下げた。
帝国兵にしては随分と腰の低い態度である。
「その服装からして帝国兵だろ?
どうしてこんなところにいるんだ?」
 その言葉に、彼女はばつが悪そうに視線を逸らす。
そんなに喋りにくい内容なのだろうか。
目に余るような内容であるなら、北の砦に送り返さなければならないだろう。
「それが……」
「それが?」
 言いにくそうな彼女の目をまっすぐにのぞき込む。
それで彼女は観念したのだろう。
小さくため息をついた。
「鳥が逃げてしまって……」
 恥ずかしそうにそう漏らした。
「鳥?」
 思わず空を見上げる。
青い空には大きな鳥が一羽、大きく弧を描いていた。
「ああ、違うんです。
ああいうのではなくて、その」
 無言で空を見上げる彼をみて、剣持ちは慌てて首を振った。
「鳥には違いないんですけど、飛ばない鳥なんです」
 そう言われて考えるのは、鳥の仮面をかぶった――
いや、あれではあるまい。
考えるのはよそう。
「飛ばない鳥って言うとチョコボ……は飛べるな。
パイッサはこの辺にはいないし……。
あ、アプカル?」
 彼の言葉に彼女は首をひねる。
アプカルを知らないのだろうか。
「えっとこんな感じの……」
 手近な木の枝を拾って絵を描いて見せる。
それを見て、彼女はぱっと顔を輝かせる。
「そう、そうです。
どこで見ました?!」
 どこで見た、と言われても困る。
そもそも見かけていないのだ。
飛べない鳥で連想しただけなのだから。
「うーん、こっち側に生息域はなかったはずなんだけどな」
 その言葉に彼女は再び首をひねる。
「山向こうにコスタ・デル・ソルってあるの知ってるか?
ああ、血塗れ海岸、のほうが通じるかな」
「いえ、わかります。
そのコスタの方にいるんですか?」
「いるけど……群れで」
「えっ」
 ようやく合点がいった。
どこをどうしたか、彼女たちはアプカルを拾ってしまったのだろう。
そして状を移す程度にはその世話をしたと考えられる。
そのアプカルが居なくなったから、こうやって探しているのだ。
「ところで、いつからそのアプカルを探してるんだ?」
 その言葉に彼女は少しだけ考えて。
「一週間ほど前ですね。
なるべく人目につかないように探しているんですが、どうも最近はこの辺りも人が増えてきてなかなかはかどらず……」
「なるほどな」
 そこまで聞いて、彼にはようやくすべてが理解できた。
そういうことなら、ここでアプカルを見つけてやるしかないだろう。
 彼は立ち上がり辺りを見渡す。
アプカルはもともと海辺に住んで魚を食べる種族である。
となると自分で生きていくなら水辺にいるに違いない。
カストルム・オクシデンスからもっとも近い水辺はこのアジェレス川だ。
ならばここから川上か、川下か。
「少し待っててくれ」
 彼はそういうと橋がある川下へと足を向けた。
橋を挟んで川下側には小さな船が止まっている。
コスタ・デル・ソルの方面につながる川下りのための船を出しているのだ。
そしてここにはいつも船頭が交代で立っている。
今日は、いつものルガディンが風に飛ばされないように帽子を抑え込んでいた。
「おーい、おっちゃん!」
 その声にルガディンの船頭は顔を上げる。
「お前もいい年だろうが!」
 彼はこちらを見て、笑いながら答える。
「俺はまだ三十前なんだよ!」
 あくまで精神的には、であるが。
それはともかく。
「おっちゃん、アプカルを見なかったか?」
 その言葉に彼はすぐに首を振った。
「こっち側でか?
こっちにはアプカルはいねえぞ」
 少なくとも彼は見ていないらしい。
「そっか、ありがとう!」
 そう答えて彼は帝国兵たちの元へと戻った。
大声だったから、会話は聞こえていたのだろう。
彼女はすこし不安げな顔をしていた。
「川下にくだってないなら、おそらく川上にのぼったんだろう。
さあ、さっさと行くぞ」
 ようやく目が覚めてきた斧持ちと槍持ちを揺さぶって目を覚まさせると彼はおもむろに歩き出した。
剣持ちは二人に簡単に説明すると慌ててその後を追ってくる。
「あ、あの。
どうして手伝ってくれるんです?」
 剣持ちが斧持ちに肩を貸しながらそう聞いてきた。
まあそう聞かれるだろうと思っていたので、彼は振り返って小さく笑う。
「目的の魚を釣るためだよ」
 その言葉に、彼女たちは再び不思議そうな顔をして見せた。
「あ、ほら。
あれじゃないか?」
 彼女たちがその疑問のために再び口を開く前に。
彼は川上で魚を取ろうとばたばた暴れているアプカルの姿を見つけ、指さした。
「ぷーこちゃん!」
 剣持ちが斧持ちをを放り投げて、坂道を転がるようにして川へ飛び込んだ。
水しぶきを上げてそのまま川へと飛び込む。
それに驚いたのか、アプカルは慌てて逃げだす。
「逃げないで、ぷーこちゃん!」
 そのままとびかかってアプカルを抑え込んだ。
アプカルは必死で暴れるが、剣持ちはうまく抑え込んで放さない。
「ああ、心配したのよ。
魔物に襲われるんじゃないかって」
 言いながら逃げようとするアプカルの腹に必死で頬ずりをしている。
「気にしないでください、いつもああなんで……」
 怪訝な顔をしている彼に、斧持ちが答えてくれた。
どうやらアプカルに入れ込んでいるのは彼女だけなようだ。
槍持ち、斧持ちはそれに付き合わされているのだろう。
そしてアプカルすらも、懐いているわけではなさそうだ。
引き合わせてよかったのかどうか悩ましいところではあるが、目的のためにはやむを得ない。
あのアプカルには涙を飲んでもらおう。
「ありがとうございました。
これで安心して帰れます」
 アプカルを捕まえたまま、剣持ちがこちらに歩いてきて頭を下げた。
アプカルは疲れたのか、ぐったりとしたままほとんど動いていない。
「まあ……ほどほどにな……」
 彼にはそれを伝えるのが精いっぱいだった。
斧持ちも困ったように笑いながら頭を下げ、槍持ちは大きくため息をついた。
ようやく解放される、というのが彼らの本音なのだろう。
 せめてあのアプカルがすこしでも幸せになるようにと祈りながら。
彼はようやく帝国兵を送り返すことができたのだ。





「さて」
 軽く伸びをして、再びポケットからホイッスルを取り出す。
愛用の隼の背中に乗り、彼は三度空を飛ぶ。
木々の間をすり抜けるように飛び、やがて見えてきた古い木造の建物の前に隼を下ろす。
『切られた革紐亭』と呼ばれる場所だ。
かつては非合法な物の取引が行われた場所と言われるが。
「いるかい?」
 ノックしてから、彼はおもむろに扉を開いた。
そこにいるのは汚れた服を着て眼帯をしたみすぼらしい男。
「あ、ああ。
あんたか……」
 おびえたような顔でこちらを見ていた男が、安堵したように胸をなでおろす。
この建物に隠れ住んでいる帝国からの脱走兵、ドレストだ。
以前ちょっとしたことで彼を助けた縁もあり、こちらの顔を覚えてくれていたようである。
「ちょっと聞きたいことがあるんだが」
 そう言って彼は釣り竿を取り出して見せる。
「虹色に光る魚の話、知ってるか?」
 その言葉にドレストは驚いた顔をした。
彼がその話を持ってくるとは思っていなかったのだろう。
「あ……ああ……。
確かにその噂は……」
 聞いたことがある。
そう言いかけたドレストに、彼は指を突き付けて黙らせる。
「『流した覚えがある』だろう?」
 彼の言葉にドレストはごくり、と音を立てて唾を飲んだ。
「ど、どうして……?」
 簡単な話だ。
彼は帝国からの脱走兵。
ならば他の帝国兵に見つかるわけにはいかない。
だが最近になって帝国兵が突然南下を始めたという情報が彼の耳に入る。
アプカルを探していたあの三人だ。
ならどうするか。
ここから逃げるのが一番手っ取り早いはずだが、怯えた彼は帝国兵がいるかもしれないのに外に出るのは難しい。
なら帝国兵がここまで来なければいい。
敵対するエオルゼアの冒険者たちに珍しい魚の噂を流し、この辺りに来るように仕向ける。
自分たちが暗黙の了解を犯していることを自覚している帝国兵たちは冒険者に見つからないように。
あるいは南下すること自体をあきらめて。
彼は自分の無事を勝ち取ることができる、という計画だ。
なるほど、確かにここから離れられない彼にしてみればいい案かもしれない。
かもしれないが。
「新しい魚が見つかったと思ったんだけどなあ……」
 そう言って彼はがっくりと肩を落とした。
「あ、あ……その……虹色の魚は……確かに俺が流したが……。
嘘、では……ないんだ……」
 その言葉に、彼ははじかれたように顔を上げた。
「ほんとか?!」
「み、南の……帝国の兵器が落ちた池で……冒険者が釣ったと……」
 言われて頭の中で地図を開く。
隼に乗っていけばあっという間の場所。
そこで釣れたということだろう。
「よし、行ってみるか!
ありがとな!」
 彼は礼もそこそこに家を飛び出して。
「あ、そうそう。
帝国兵が南下してる件は解決しといたから安心していいぞ!」
 それだけ言い残して、隼の背中に飛び乗った。
南と言っていたが、正確には『切れた革紐亭』からは南東。
そこに帝国平気のジャガーノートと呼ばれる、縦長の飛行型魔導アーマーが墜落した池がある。
どうやらそこで釣れた、という話らしい。
「よーし、待ってろよ。
虹色の魚ちゃん!」
 釣り針を投げ入れて、待つこと数刻。
強い引きが、竿を通して彼に手に伝わる。
引きに合わせて竿を握り、一気に釣り上げた。
大きく跳ねあがった釣り竿の先は、レインキャッチャーと呼ばれる花を背後にきらきらと輝いている。
その先についてた魚は、陽の光を浴びて虹色に輝いていた――





「で、その釣れた魚ってのが?」
 グラスを磨きながら、ディルストヴェイツが話の先を促す。
彼は皿の上のあげたポポト芋をかじりながら、その魚を差し出した。
それは紛れもなく、虹色に輝く魚である。
が――
「くせっ、なんだこれ?」
 ディルストヴェイツがそれを手に取ろうとして、すぐに手を引っ込めた。
汚い油のにおいが辺りに漂っている。
「あそこ、帝国の魔導アーマーが池の中に浸かってるんだけどさ。
どうもそこから油が流れ出てるみたいなんだよな……」
 それゆえに、あの池では汚れに強い魚しか生息していない。
食用に適さないものが多いのだが、それを知らない釣りの素人があそこで釣りをしたのだろう。
そして素人であるがゆえに細かいことがわからず、虹色に光った魚だと喜んで吹聴して回ったのだ。
どうやら今回は完全に噂に踊らされる形になったようである。
「さすがにこいつは俺でも調理できねえなあ」
 そういってディルストヴェイツは苦笑いを浮かべる。
「ひょっとしたらノルヴラントに近い魚でもいるんじゃないかと期待したんだがなあ……」
「ん?」
 彼が漏らした言葉にディルストヴェイツが不思議そうに問い返す。
それを彼はなんでもないとごまかした。
「まあ、とりあえずいったん帰るよ。
待たせてるヒトもいるし」
 その言葉にディルストヴェイツも頷く。
そういえば、あれから他にも探しにきた奴らがいたぜ。
鳥みたいな覆面かぶった連中とか、あとは……」
 その言葉を聞いて彼の顔が引きつる。
「そうそう、額にバッテン傷のあるロスガルだな。
東方の……人狼族ってのか?
あれと一緒に探しに来てたみたいだが」
「ん……?」
 ちょっと心当たりのない人相に、今度は彼が首をひねった。
「ま、いいや。
全部追い返してくれたんだろ?」
 彼の言葉にディルストヴェイツは頷いた。
彼は安心したように頷いて、ポケットからギル効果を取り出す。
「それじゃ、また遊びに来るよ、ディル」
 ホイッスルを拭いて、いつもの隼を呼び出す。
ひらりと隼の背に乗り、彼は空へ飛び立った。
「ああ、それじゃあな、ボルシチ!」